017 望んでいた助け
「ルドガー、あなた自分が子どもを成せないから、私とよりを戻したいんじゃないの?」
「あ、いや、それは……」
「それは?」
「だからその……」
焦り、視線を泳がせるその表情には、図星だと書かれているように思える。
まさかルドガーが固執する理由がそこだったなんて。
でも考えたらそうよね。
普通、貴族ならばその子孫を残すことが一番の務めだもの。
それなのにルドガーは初めからそれが叶わない。
しかも本来だったら家族だけが知り得た事実だったのに、今回の托卵騒ぎでフィオナ嬢にも知られてしまった。
そうなれば社交界にいつ広まったって、おかしくはないだろう。
フィオナ嬢も自身の子どもの件があるから、迂闊には話さないとは思うけれど、確証はない。
もし知られてしまえば、婚約者など見つかることはほぼ不可能に近いだろう。
「か、母さんもやっぱりルクレツィアがいいって言っているんだ。だから君しかいないんだ」
「自分から棄てておいて、いざ次が見つからないからって、もう一度手を伸ばすような真似をするのはやめて」
「だって君は子どもがいなくてもいいんだろう? だったらお互いピッタリじゃないか」
ルドガーはそう言いながらただへらへらと笑う。
ああ、本当に腹が立つ。
「一度だって私は、子どもがいらないなんて言ったことないはずだけど?」
「でもそれでもおれの傍にいてくれたじゃないか!」
ああ言えばこう言うというか。
レオ様とはまた違ったタイプよね。
人をイラつかせる天才だわ。
「それはあくまで、そういう契約の婚約をしていたから、という話でしょう」
「だったらもう一度……」
「お断りするわ。一度壊してしまったものは、もう元には戻らないのよ、ルドガー」
縋られれば縋られるほど嫌いになっていくというのに、なぜ分からないのかしら。
まったく話が通じなさすぎるわ。
「でも」
「もし仮に直るとしても、悪いけど私には直す気はないの。あなたが不妊だということは、誰のせいでもないし、同情をした時もあった。だけど、それだけ。もう私には関わりのない話よ」
「ルクレツィア、待ってくれ! 一度、一度だけでいい。ゆっくりうちで話し合わないか? 頼むよ。母さんも君に会いたがっているんだ」
会計へ向かう私の手を、ルドガーが無理やり掴む。
ルドガーの家になんて言ったら、もう二度と出してもらえない気がするのに行くわけないじゃない。
ここまでしつこいと困ったものね。
これだけ言っても聞かないとなると、どうすればいいのかしら。
店員さんに言って、警備でも呼んでもらわないとダメかもしれない。
「とにかく行こう、ルクレツィア」
ルドガーは私の手を強く掴んだまま、離そうとはしない。
振りほどこうにも、そこは男性の力。
いくら手を振っても、ルドガーは離そうとはしてくれなかった。
「行かないと何度言えばいいの、ルドガー。その手を離して」
「いや、離さない。君があの誓約書を破棄して、もう一度おれと婚約すると言うまで離さないからな」
迂闊だった。
まさかルドガーがこんな強硬に出るとは思いもしなかった。
大声で叫んだらどうにかなるかしら。
しかし周りを見ても、この異様な光景を遠巻きに見ているだけ。
「ルドガー、この手を離して。大声で叫んで、警備を呼んでもらうわよ」
私はそう言いながら、ルドガーを睨みつける。
するとルドガーは私を小馬鹿にするように笑った。
「呼びたければ呼べばいい。だけどおれは上級貴族だ。そんなものは、どうとでもなる」
本当に最悪の日だわ。
昨日は一日レオ様に会えなかったし、せっかくもらった休暇も台無し。
これなら王宮に引きこもっていた方がまだマシだった。
気分転換どころか、このままじゃもう二度とあそこに戻れなくなってしまう。
それだけはどうしても嫌だ。
力では敵わないと分かってはいても、私はただ必死に抵抗してみせた。
「離して!」
「ダメだ。このまま家に帰るんだ」
ずるずると引きずられるように歩き、半ば泣き出しそうになるのを必死に堪える。
そして店外まで出たその瞬間、一人の男性が足早にこちらに近づいてきたかと思うと、私を掴むルドガーの手を力強く掴んだ。
「な、なんだおまえは!」
急にその腕を掴まれたルドガーは怒号をあげる。
しかし彼を掴んだその手があまりに強かったせいか、ルドガーは短い悲鳴を上げながら私の手を離した。
するとその男性はそっと私の隣に立ち、ルドガーが掴んでいた手を見るように持ち上げる。
私はそんな状況よりも、その男性から視線を逸らせないでいた。
黒い髪に藍色の瞳。
着ている物はどこかの貴族令息のようだけど、髪色が違っても私はこの人をよく知っている。
思わずその名前を呼びそうになって、泣き出しそうになるのをただ必死に堪えた。
「ああ、ひどいな。腕が真っ赤になっているじゃないか。急いで手当をしないと」
「なんで邪魔するんだ。おまえは誰だ!」
そう言ったルドガーに彼が冷たい視線を送る。
今までに見たコトもない表情。
いつだって私に向ける彼の表情は、にこやかで温かいものだったから。
しかし髪の色は違っていても、ルドガーも彼が誰なのか気づいたのか、まじまじとその顔を見た瞬間、顔を真っ青にさせていた。




