016 壊したのは誰か
「愛していた、か」
「違うのか?」
「どうかしら。少なくとも、家族に抱く様な愛情は持っていたわ。でもそれだけよ」
ルドガーのことを異性として見ていたかと言われれば、はっきり言って自信はない。
レオ様に感じるようにドキドキしたことも一度もないし、その関係性に頭を悩ませて眠れないなんてこともなかったから。
好きとか嫌いとかの次元ではなく、ただ家族だったというだけ。
それに托卵を教えたのだって、別に親切心からでもない。
ましてやそこに愛情なんて、ほんの少しもなかった。
「家族……でも、愛してくれていたんだろう?」
まるで縋りつくようなルドガーの瞳。
そして彼はまた、私にその手を伸ばす。
「家族としてはそうであっても、異性としてはないわ。それに、その関係性を壊したのはあなたよ、ルドガー。むしろあなたこそ、彼女を愛していたのならば、その子どもごと受け入れてあげらたどうなの?」
「無理だよ、そんなのは。おれはフィオナに騙されていたんだぞ?」
「自分が騙されていたなら、私に何をしてもいいとでも思っているの?」
「分かっている。いくら騙されたとはいえ、君を傷つけてしまったことは分かっているんだ」
ルドガーは一度下を向いたあと、それでも真っすぐにこちらを見た。
分かっているのならば、放っておいてくれればいいのに。
この感じを見ると、そういう雰囲気ではないのよね。
今さら私に執着する理由は何なのだろう。
例えフィオナ嬢が托卵だったとして、彼女とは破談になったとしよう。
でもそれならばそれで、新しい婚約者を探せばいいだけではないのかしら。
わざわざ自分から大々的に破棄した人間に縋りつく意味が私には分からないわ。
自分のモノを手放した途端、惜しくなったとか?
いや、私は所有物じゃないんだけど。
「でもおれにはルクレツィアしかいないんだ。君が屋敷を去って初めて気づいたんだ。毎朝おれの体のために気遣って出してくれたあのお茶も、毎日の体調管理も。君がいないとおれは何も出来ない人間だったんだ」
だからまた自分の面倒を見てくれってことかしら。
だけどさっきから聞いていれば、ルドガーは私を失ったことに後悔しているとは言っても、一度も謝罪すらしていないのよね。
別に「すまなかった」という言葉が聞きたいわけじゃないけれど、そんな細かいところに彼の人間性を感じてしまう。
一度嫌いになるともうダメだと、どこかの恋愛小説で読んだことがあるけれど、まさにその通りかもしれない。
昔だったらそんな細かいところまで気にならなかったことが、気になって仕方がない。
それにどれだけ綺麗ごとを並べられても、私をいいように使いたいようにしか思えないし、ただただ腹が立つ。
「あなたの気持ちはよく分かったわ」
「そうか、ルクレツィア! 嬉しいよ」
許されたとばかりに微笑み、再び私の手を握ろうとするルドガーに私も満面の笑みを返した。
「勘違いしないでね。ただ分かったというだけよ」
「え? ルクレツィアそれはどういう意味なんだい」
「あなたの気持ちは分かったけれど、私には別に許すつもりも、あなたと元の関係に戻る気もないということよ」
「どうしてなんだ! また元のようにうちで暮らそう。君には何不自由させたりしないさ」
「不自由ねぇ」
あの広い屋敷で、婚約者なのに婚約者扱いされることもなく働き続けた私に、そんなことを言うのね。
あれで私を大切にしてきたつもりだというのだから、笑えて来る。
自分は私を置いて、フィオナ嬢といろんなことをしてきたくせに。
よく言えたものだわ。
「だってそうだろう? わざわざ王宮でなんて働く方が大変じゃないか。君はうちにいるべきなんだ」
「少なくとも、私は今の仕事をとても気に入っているの。重要なお仕事よ。それに何度も言うけれど、あなたとよりを戻す気はさらさらないわ。好きか嫌いかと聞かれたら、ハッキリ言えるわ」
私はカフェの伝票を持つと、その場に立ち上がった。
ルドガーは私の行動の意味が分からず、ただ見上げている。
「……ルクレツィア?」
「私はあなたのことが大嫌いよ、ルドガー。托卵を教えてあげたのは、ただ幸せそうなあなたに仕返ししてやりたかっただけ。長年尽くしてきた婚約者をあっさり捨てて、幸せになろうとしている人を祝福できるほど私は寛大な人間じゃないの」
回りくどいこと言っていたって通じないみたいだから、やっぱりきっぱり言ってあげるのが優しさよね。
パンケーキは一口も食べていないけれど、もうどうでもいいわ。
これだけ大騒ぎしてしまって、他のお客さんたちからも注目を浴びてしまっているし。
食欲なんてとっくに消えてしまっていた。
早く帰りたい。
今はただそれだけだ。
「そんなこと言わないでくれ。おれが一時フィオナに心を奪われてしまったから、そんな意地悪な言葉を言っているだけだろう? そんな風にいじけなくてもいいんだ。おれはルクレツィアのことを、ちゃんと愛しているから」
「ねぇ、私の話を聞いてた? だからもう、私にはあなたを思う気持ちは少しも残っていないんだって。関係性を壊したのはあなたでしょう。私になんて構わないで、次の人を探せばいいじゃない」
「そ、それは……」
そこで言いよどみ、私からそっと視線を外すルドガーを見て、ようやく私には理解出来た。
ルドガーがどうしてここまで私に固執するのかを。




