013 分からない気持ち
あの日から、毎晩のように私は抱き枕として活躍した。
そう、抱き枕……。
レオ様の手は私をハグするようにギュッと掴み、寝た瞬間は真っすぐに下にあったはずの足も、いつの間にか私の足に絡みつく様に寝てしまっている。
そして寝ぼけるように互いが抱きついて寝てしまっていることも多く、朝起きた時の絶望感と言うか、虚無感というか何と言うか。
お互いわざとではないし、単なる寝相だからどうしようもないんだけど。
目覚めた瞬間の恥ずかしさといったら……。
恥ずかしさなんてものは通り越し、何とも言えない感情だけが毎朝襲ってくる。
「もうお嫁に行けない。本当にそんな気がする……」
自室でミラが用意してくれた午後のお茶を飲みつつ、つい毎朝の状況を思い浮かべてしまった。
あまりにみだらとも言える、思い出した姿たちをかき消すように、私は頭の上を手で何度も必死に払う。
思い出さなければ良かったのだけど、気が付くといつも朝のことを思い出してしまう。
レオ様はあの日から、五時間ほどはまとめて一気に眠れるようになった。
私はと言うと、初日は棒のように緊張したものの、この生活に慣れつつある。
だけどそれが問題なのだ。
こんなことに慣れてしまっていいものなのだろうか。
私の中で、大丈夫だと楽観視している私と、絶対にダメでしょうと怒る私が二人いて、いつもせめぎ合っているのだ。
「はぁ。大丈夫じゃないわよね」
抱き枕としてレオ様と添い寝することには、仕事なのだからと自分を無理やり納得させた。
だからそこは問題ない。
そこじゃないのだ。
「レオ様は起きるといつも普通なのだけど、私はいつもどういう顔をしていいか分からないのよね」
そう、分からない。
私は自分の感情がイマイチ分からないのだ。
もちろん顔が近ければドキドキするし、触れられると心臓の音が早くなる。
でもそこには少しも嫌だとか、やめてほしいだとか拒否する気持ちはない。
だけどレオ様は、きっと私と同じ気持ちではないのだ。
それも分かっている。
分かっているから……。
前に感じた、王子様に憧れるという感情とは明らかに違ってきてしまっている。
「私は薬師よ。それ以上でもそれ以下でもない。勘違いしてどうするのよ」
何度そう自分に言い聞かせてみても、頭では分かっていても、あの笑顔を見るとどうしてもダメなのよね。
こんなことなら、抱き枕役なんて引き受けない方が良かったのかもしれない。
「ルクレツィア様?」
考え込む私の視界に、ミラが急に現れる。
ミラは私の顔の前で手を振っていて、随分前からここにいたようだ。
「ミラ! やだ、ごめんなさい。考えごとをしていたものだから、気づかなかったわ」
「こちらこそすみません。何度かお声がけしたのですが、あまりに反応がないため入室してしまいました」
ビックリした。
まさか独り言は聞かれなかったと思うけれど、ミラの顔を見た瞬間、寿命が縮まるかと思ったわ。
あんな馬鹿みたいな考え、誰かに聞かれでもしたら大変だもの。
ただでさえ、私とレオ様のやっていることは誰かに知られてしまったら終わるようなことなのに。
いくらここが自室だからといって、迂闊すぎるわ、私。
「ううん、全然いいのよ。ちょっと治療方針事考えていただけだから」
「ルクレツィア様はいつも仕事熱心ですね」
純粋無垢にそう笑うミラの笑顔がいつもより眩しく感じる。
あんなこと考えていたなんて知ったら、絶対に幻滅してしまうわよね。
ミラは特に薬師としての私を尊敬してくれているみたいだし、変な考えごとで失望されないようにしないと。
そうね。
これは私だけの問題じゃなくて、うちの一族の信用にも関わるもの。
変なことを考えるのはやめよう。
考えたってどうしようもないんだし。
自分が苦しくなるようなことを考えたって意味ないじゃない。
私はもう仕事に生きるって決めたのよ。
「仕事は楽しいからね。でもすんなりいかないことも多いから」
「でも使用人たちがみんな言っていましたよ。殿下の顔色がすごく良くなったって」
「そう? 他の者たちから見ても、レオ様は良い感じかしら」
「ええ。前までは激務で疲れ切った顔をしていて、みんなすごく心配していたんです。でもルクレツィア様が来られてからというもの、顔つきが全然違うって」
私は毎日近くで見ているから、何となく良くなっているかなという感じでしかなかったけれど、他の者から見てもそうならば、本当に良くなっているみたいね。
目の下のクマはほぼなくなったし、食事量も増えた気がする。
最近はお散歩の距離も増え、騎士団と体力づくりまで出来るようにもなった。
細かった線は筋肉でやや太くなり、顔つきもしっかりしているのよね。
絵姿とか書かせたら、前とは全然別人で描かれそう。
ちょっと並べて比較してみたい気がするわ。
「それならば良かったわ」
「ああそうだ。本題ですが、殿下からの伝言を預かっております」
「伝言?」
「はい。お手紙としてちょうだいしております」
ミラはそう言いながら、小さな手紙を私に差し出した。
用がある時はすぐに私をお呼びになるのに、こんな風に手紙で伝言を書くなんて何かあったのかしら。
少し不安になりながらその中身を確認すると、急に隣国の王太子が訪問することになり、今日の夜は遅くなるため先に寝ていて欲しいとのこと。
そして明日も一日休暇を取って、自由時間を楽しんでくれとのことだった。
いつものキチンとした文字ではなく、急ぎ時間がない中で走り書きしたような文字。
それでもわざわざこんな風に手紙にした上に、中には小さな花が同封されている。
ホント、こういうところなんだよね。
勘違いしてしまいそうになるのは。
でもそっか。
今日は一人で寝るんだ、私。
いつか来るだろうお役御免なのに、それが急だとなんだか……。
「ルクレツィア様、大丈夫ですか? 何か顔色が少し悪そうですが」
「え、ううん。何でもないわ、大丈夫。明日急に休暇をいただいてしまったから、何をしようかちょっと考えていただけよ」
感情が顔に出ていたことに驚きながらも、私はさも何もなかったかのように振る舞った。




