011 私は抱き枕
あれほど固く決意をしたにもかかわらず、いざ同じベッドの上にあがると緊張から動けなくなってしまった。
もちろんレオ様が私に手を出して来る気配はない。
だけど初めて異性と同じベッドの上にいる。
そのことだけで、心臓の音が異様なまでにうるさい。
薬師としては正解かもしれないけれど、貴族令嬢としては最悪の選択なのよね。
これが誰かの耳に入ってしまったら、もう結婚は絶望的だ。
もともとルドガーとの婚約破棄で、痛いダメージを負ったのだから、こんな私を引き取りたい人もいないだろうけど。
それに結婚願望があるわけでもないから、問題ないのかな。
ただ少なくとも、お父様には怒られるか泣かれるかしそうね。
「ん」
隣で眠るレオ様が少し、寝息を漏らす。
二人で寝てもかなり広いこのベッドで、やや体を小さくさせて寝ているレオ様。
彼の腕は、先ほどと同じ私の腰に回されている。
元から寝ぼけていたのか、私とベッドに入るとすぐに寝入ってしまった。
この姿だけ見ていると、不眠とは無縁じゃないかという錯覚まで覚えてしまう。
だけど、それにしても落ち着かないわ。
ただ隣で寝ているだけなのに、生きた心地がしない。
身体は温かいから眠れそうな気もするのに、全然目が覚めてしまっている。
だいたいこのまま朝になって、侍女たちが部屋に入室してきたらどうなるのかしら。
不審者どころの騒ぎじゃないわよね。
もう大スクープじゃない?
この場合、夜這いをかけたのは私ってことになるのかしら。
この前婚約破棄されて、次は夜這いって、人として終わっているわ……。
今後の展開を考えても仕方ないのだけど、何か考えていないと落ち着かないのよ。
だってこんなに近くに他人の顔があるなんて、普段ないことだし。
あああああ。
もうどうしよう。
いや、もうすでにどうしようもないし。
私は抱き枕。そう、ただの抱き枕……。
呪文のように、そんな言葉を何度も何度も頭の中で繰り返す。
そんなことをしているうちに、まるで気絶でもするように私は意識を失っていた。
柔らかな窓から差し込む日差し。
それが顔に当たる感覚で目を覚ます。
「んっ」
いつもの朝のように起き上がろうとした瞬間、私は自分の体がまったく動かないことに気付いた。
「?」
なぜか体が重い。
そう思って自分の後ろ側に視線を持っていけば、レオ様が私の体をハグするような形で包み込んでいる。
そして足も絡められており、これこそが動けない原因だった。
昨日はただ、腰に手が回されていただけである程度距離が保てていたのに。
今やレオ様の顔は、私のすぐ後ろにある。
自分は抱き枕だと言い聞かせて寝たけれど、本当に抱き枕になってしまっているし。
う、動けない……。
これ、どうすればいいの。
しかもレオ様が寝てしまっている以上、起こすのは可哀そうだし。
でもでもでもでも。
困りながらも、モゾモゾと動く私に気付いたのか、レオ様がゆっくりと体を動かす。
そしてなぜか私を抱きしめる手に力を入れて、さらに密着したあと、首筋で囁く様に声をかけてくる。
「おはよう、ルクレツィア」
「おおおおお、おはようございます、レオ様」
「どうしてそんなに挙動不審なんだい? 変な人みたいだよ」
誰のせいですか! と叫びたい気持ちを抑えつつ、私は冷静を装って言葉を返す。
「レオ様の息が首筋に当たっていたので、びっくりしてしまっただけです。お目覚めになったのならば、離してもらえませんか?」
この人、絶対分かっていてわざと首筋に息吹きかけたでしょう。
絶対、また私のことからかっているんだわ。
今日という今日は、本当に文句を言ってやらないと気が済まない。
「ごめんごめん。少し寝ぼけていたようだ」
意気込んでいた私が拍子抜けするほど、レオ様はあっさりと私を離してくれた。
そしてそのまま起き上がると、私の手を引いて起こしてくれる。
まじまじと二人でベッドにいる姿を見てしまうと、治療の一環だとは分かっていても顔が赤くなるのが自分でも分かった。
「寝ぼけていたとはいえ、君には随分迷惑をかけてしまったみたいで申し訳ない」
どこまでも真面目な顔で、レオ様は頭を下げる。
王太子殿下である彼に頭を下げさせてしまうなんて、さすがにダメでしょう。
私は急いで、レオ様にフォローを入れる。
「今回のことは急でしたし、治療の一環ですから問題ありません」
「だが君の名誉に傷がついたら大変だ。ただでさえ、嫁入り前だというのに」
「そこはお気遣いなく。元より先日、婚約を破棄された身であり、今さら結婚が出来るとも思っておりません」
「だが……」
これだけ紳士的な姿を見ていると、昨日のあの姿はやっぱり寝ぼけていたみたいね。
不眠で苦しんできて悪夢にうなされ、縋るような気持ちで私を頼ってしまったのだろう。
でも今その顔には、後悔が見て取れる。
怒ろうと思っていたのに、これでは怒れそうもない。
「本当に大丈夫ですよ。ただ私たちの仲を誰かに誤解されてしまってはいけません。あくまで薬師と患者という立場です。もしものことがあっては、その名誉が傷つくのはレオ様なのですから」
婚約者もいない状況で、私との関係を疑われてしまったら、お妃様の選定にも困るわよね。
そこだけはキチンと配慮しなくちゃ。
今後の王政にまで支障をきたしたら大変よ。
一介の子爵なんかでは、どうしようも出来ないもの。
「分かった。今後は、侍女たちが来る前までにしよう」
「はい。……ん?」
さらりと言った彼の言葉に一度は頷いたものの、すぐに何かがおかしいと思い私は顔を上げた。




