010 治療ならば……
「レ、レオ様⁉」
いきなりの行動に、私は思わずよろけそうになってしまう。
しかしあまりに強い力で抱きしめられているため、よろけただけで倒れるまではいかなかった。
彼の行動の意味が分からず振りほどこうとしたものの、その背中が小刻みに震えているのを見た瞬間、私はそっとその背を撫でることしか出来なかったのだ。
何度かレオ様から話を聞くうちに分かったことがある。
レオ様は幼い日に、誰か大切な人を失くしてしまったということ。
そしてその喪失感を夢で幾度も体験しているという。
その大切な人が誰かは教えてくれなかったけれど、おそらくは彼が幼い頃に亡くなった母親か、流行病で亡くした乳母かどちらかだろう。
大切な人を失う痛みはいつか癒えたとしても、何度も夢でそれが繰り返されてしまっては体がもたない。
夢を見なくさせる薬はないけれど、熟睡してしまえば夢はある程度見なくなるという。
やっぱり強力な薬でも一度試してみてもらうしかないわね。
「大丈夫ですか? 大きな音がして、心配になってしまったので来てしまいました」
自分の腰に顔を埋めるレオ様の顔を確認するために、私は彼の髪を掻きわける。
するとやや疲れ切ったような、悲し気な顔を上げてくれた。
泣いてはいないようだけど、疲弊してしまっているのは見て取れる。
いつもの陽気な感じはどこにもなく、弱り切ったその姿に胸が締め付けられた。
「ルクレツィア」
ようやくレオ様が声を上げる。
どこかかすれてしまったその声は、弱々しい。
「はい、レオ様。私はここにいますよ」
そう返せば、レオ様は私を確認でもするかのようにその手を伸ばし私の顔に触れた。
なんだかくすぐったい。
まだ夢を見ていると、勘違いでもされているのかしら。
「大丈夫ですか?」
しかし私の問いかけに、レオ様は子どものように首を横に何度も振った。
んー。困ったわね。
全然大丈夫じゃないみたい。
落ち着かせるために、少しお酒でも飲んでもらった方がいいかしら。
だけど動こうにも、レオ様の片手は未だ私の腰に回されたまま。
よほど怖い夢を見たのか、一向に話してくれる気配はない。
「眠れませんのなら、お酒でも用意してもらいますが、どうでしょうか」
しかしまた首を横に振るだけ。
急に子どもに戻ってしまったみたいね。
本当に寝ぼけてしまっているのかしら。
「レオ様、一度離していただけませんと、私は何も出来ないですわ」
「……嫌だ。もう離したくない……」
見たことなかったけれど、寝起きが悪いタイプかしら。
そうなると、しばらくはこんな状態よね。
困ったわ。
まだ時間も深夜だし、明日のためにももう一度寝ていただかないと体が壊れてしまうわ。
「このままですと、眠れませんよ?」
「でも嫌だ」
「それは困りましたねぇ」
「……ルクレツィア、一緒に寝てくれないか?」
「……え?」
どうしようか考えている私に、泣きそうな顔のままのレオ様がそう言った。
しかしその言葉の意味が分からず、私は顔をのぞき込む。
「えっとそれは、どういう意味でしょうか?」
「一番初めに君が来てくれた日、あの時だけは熟睡出来た。あの時だけは夢を見なかったんだ……」
確かにあの時、あの数時間だけでもレオ様はすごく感激していたわね。
あんなこと初めてだって。
だけど、だけど!
「確かにあの時はそうかもしれませんが、あれは疲れていたから偶然そうなっただけで、私がいたから眠れたとは限らないのですよ」
「だったらそれを検証するためにも、一緒に寝てくれないか?」
「それは……」
検証か。
あれが偶然なのかそうじゃないのか。
確認するためにはもう一度同じような状況を作ってみる必要があるのは本当だけど。
でも、婚約者でもない相手と同じベッドで寝るなんて、いくらなんでも無理でしょう。
「君には何もしないと誓うよ。何なら、紐などでぼくの手を縛ってくれてもいい。だからお願いだ、ルクレツィア」
「ですが」
「治療のためだと思って、ぼくを助けるためだと思って頼む。一度だけでいいんだ。それでもし、眠れなかったら今度こそ諦めるから」
どこまでも切実なレオ様の顔。
そこには下心の欠片も見えはしない。
眠れない。
ある人にとっては、たったそれだけのことだとしても、慢性的に悪夢にうなされ、ずっと眠れていないレオ様には本当に切実なことなのだろう。
私は貴族令嬢である前に、薬師だ。
そしてこの方を絶対に治すと決めたし、そのためならどれだけの努力でもしようと誓った。
まだ担当になって浅いけれど、強力な薬を使うよりも先に試せることは全て試しておかないといけない。
後悔しないためにも、というのは私にも当てはまることだから。
「ルクレツィア……」
「い、一度だけですよ……。一度試してみて、この前のような効果が現れなかった時は、別のお薬などの対処法を考えましょう。レオ様の不眠を治したい気持ちは私も同じですから」
「ルクレツィア!」
泣きそうな笑みで、レオ様は私に回した腕に強く力を込めた。
これが正解だとは思わないけれど、やるだけのことはやってみよう。
そう覚悟を決め、私は彼と一晩過ごすことにしたのだった。




