獣人グレンが見つけた道
◾️ グレン ◾️
拝啓 お母さん。
お元気ですか。
王立学院に入学して、一か月が過ぎました。
初めての実地課題では、三位になったんだよ。
バディの名前は《赤牙》。
ウォルスが「格好いいからこれにする」って決めました。
ウォルスは剣が上手くて、魔獣を見ても全然怖がりません。
三位になれたのも、ほとんどウォルスのおかげです。
僕は、まだ戦うのが怖いです。
みんなは、僕の身体が大きいから、きっと強いと思っています。
大きな槍を持っていると、前に立てば頼りになるとも言われます。
でも、本当は。
魔獣を探したり。
通った跡を調べたり。
そういうことの方が好きです。
それでも、ちゃんと役に立てるのかな。
また手紙を書きます。
グレンより。
◇
返事が届いたのは、それから何日か経った朝だった。
教室で渡された封筒には、見慣れた字で僕の名前が書かれている。
端を破らないよう、そっと開いた。
グレンへ。
手紙をありがとう。
三位、おめでとう。
お母さん、とても嬉しかったです。
ウォルス君にも、よろしく伝えてください。
戦うのが怖いことを、無理に隠さなくていいのよ。
怖いなら、怖いままでいい。
あなたは小さい頃から、森へ行くのが好きでしたね。
お母さんには同じにしか見えない道なのに、
「昨日はなかった足跡がある」
「この枝は誰かが通って折れた」
なんて、いつも楽しそうに教えてくれました。
そういう時のあなたは、本当に楽しそうでした。
索敵や道案内が好きなら、そのこともウォルス君に話してみたらどうでしょう。
何が好きなのか。
何ができるようになったのか。
それを見つけることも、大切なことだと思います。
それでも。
いつか、あなたが本当に守りたいと思うものができた時には。
その時だけは、ほんの少し勇気を出してみてください。
また手紙で聞かせてくれるのを、楽しみにしています。
朝晩は冷えるでしょうから、寝る時はお腹を冷やさないように。
母 ラーナより。
最後の一行を読んで、少し笑った。
学院へ来る前の夜にも、同じことを言われた。
僕はもう十歳で、村の大人より背だって高い。
それでも、お母さんにとっては、寝ている間に毛布を蹴飛ばす子供のままらしい。
便箋を折り目に沿って畳む。
「家からか?」
隣から声がした。
ウォルスが、こちらを覗いている。
「うん。お母さんから」
「元気だったか?」
「うん」
「そりゃよかった」
それだけ言うと、ウォルスは教科書を鞄へ押し込んだ。
「今日、外だろ。遅れねえように行こうぜ」
「うん」
僕は手紙を封筒へ戻し、鞄の内側へ大切にしまった。
◇
その日の授業は、学院近郊の林で行われた。
木立の間に集まった僕たちの前へ、エルディン先生が大きな袋を下ろす。
中から出てきたのは、網、縄、それから、見たことのない金具がいくつか。
「今日は罠の扱いをやる」
僕は、思わず顔を上げた。
「魔獣を見つけたからって、何でも剣を持って追い回す必要はない」
先生が、網の端を持ち上げる。
「通る場所が分かってるなら、先に待ってりゃいい」
何人かが頷く。
「ただし」
先生は、周囲の林を指差した。
「獲物が通らない場所に罠を置いても、ただの荷物だ」
網を袋へ戻す。
「仕掛ける前に探せ。足跡。糞。折れた枝。匂い。何でもいい」
「相手が、どこを通るのかをな」
隣から、肘で軽くつつかれた。
ウォルスだった。
「お前、今日やけに楽しそうだな」
「そう?」
「ああ。剣の授業の時と全然違うぞ」
言われて初めて、自分が少し前へ身を乗り出していたことに気づいた。
「僕、こういうのが好きなんだ」
「罠が?」
「それもだけど。魔獣がどこを通ったとか、どっちへ行ったとか調べるのが」
「へえ」
ウォルスの視線が、僕の背中の槍へ向く。
「そんなでけえ槍背負ってるから、てっきり前で戦うのが好きなんだと思ってた」
「……よく言われる」
僕は肩紐を握り直した。
教室で立てば、ほかの生徒より頭一つ高い。
廊下では、年上に間違えられることもある。
その上、この槍だ。
そう見えるのも仕方がない。
「鼻も利くし。探す方なら、少しはできると思うんだけど」
「そうだったのか」
ウォルスが、改めて僕を見る。
その時、エルディン先生が声を張った。
「今回は二組ずつ、四人で動け。指定した範囲からは出るなよ」
僕たち《赤牙》と組むことになったのは、《Never Die》だった。
アドリスが手を上げる。
「よろしくな」
「よ、よろしく」
ノアも、小さく頭を下げた。
「今日は順位つけねえんだってな」
ウォルスが言うと、アドリスが笑った。
「残念だった?」
「別に。ただ、こないだの二位様がどんなもんか近くで見てやろうと思ってよ」
「じゃあ、しっかり見とけよ」
「言ってろ」
二人のやり取りに、ノアが苦笑する。
僕も少し笑った。
前の実地課題では、アドリスたちが、デンスボアに襲われた生徒を助けたらしい。
その話を聞いた時、すごいと思った。
そして、
『僕だったら、何ができただろう』
とも思った。
答えは、まだ分からなかった。
◇
指定された場所は、背の低い木と下草が入り組んだ一帯だった。
頭の上で枝が重なり、日差しが細かく途切れている。
僕は槍の先が枝へ引っ掛からないよう気をつけながら、三人の後を歩いた。
「虫、多すぎだろ」
ウォルスが首の横を払った。
アドリスも、頬へまとわりつく虫を手で追っている。
「ちょっと待って」
僕は足を止めた。
道の脇に、細い葉をつけた低木がある。
葉を少し擦って、匂いを確かめる。
つんとした、苦い匂い。
「これ、使えるよ」
「何に?」
「虫よけ。村で森へ入る時、よく使ってたんだ」
ノアが近づき、葉を覗き込んだ。
「こ、この木、授業で見た。こんなところにも生えてるんだね」
「うん。この辺にもあるみたい」
ほんの少しだけ葉を取り、上着の裾へ擦りつける。
ウォルスも真似をして、次の瞬間。
「くさっ!」
顔を思い切りしかめた。
「鼻の近くにつけちゃ駄目だよ」
「先に言えって!」
アドリスが吹き出した。
「グレンは裾につけてただろ」
「見てなかったんだよ!」
「俺たちより鼻が利くグレンが顔から離してんだから、察しろよ」
ウォルスが僕を見る。
僕は小さく頷いた。
「かなり、きついと思う」
「……なるほどな」
今度はノアまで笑った。
ウォルスは上着をぱたぱた振りながら先へ進む。
僕も、その後を追った。
少しだけ、肩の力が抜けていた。
◇
林を進んでいると、ウォルスが、突然しゃがみ込んだ。
「この辺、通ってるな」
倒れた草を指でなぞる。
地面には、小さな爪の跡。
「ここに仕掛けるか?」
アドリスが周囲を見る。
僕も、地面へ顔を近づけた。
獣の匂い。
でも、薄い。
鼻先を上げる。
風の中に、別の匂いが混じっていた。
焦げた木の皮。
その下に、湿った鱗みたいな生臭さ。
「……そっちは、少し古いかも」
三人が僕を見る。
一瞬、言葉が止まった。
でも、鼻には、まだ匂いが届いている。
「岩の向こう。今は、あっちを通ってると思う」
ウォルスが立ち上がった。
「分かるのか?」
「匂いが新しい。それに」
僕は足元を指差した。
「こっちの草は、もう起き始めてる」
ウォルスもしゃがみ込む。
「……確かに」
アドリスが顔を上げた。
「見てみようぜ」
誰も、僕の身体も、槍も見ていなかった。
僕が指差した先を見ていた。
それが、少しだけ不思議だった。
岩を回り込む。
低い枝の下へ、細い獣道が続いていた。
落ち葉は押し分けられ、土には新しい爪跡が残っている。
僕は岩肌を指差した。
「ここ。擦れてる」
ウォルスが手を当てる。
「本当だ」
「身体を寄せて通ったんだと思う」
もう一度、匂いを確かめた。
「たぶん、イグリザド」
「火を吐くやつか」
アドリスが言った。
「うん。村の近くにもいたから」
僕は獣道を見る。
片側は岩。
もう片側には、太い木の根。
「ここなら、横へ逃げにくいと思う」
言ってから、少し不安になった。
間違っているかもしれない。
ただ、僕がそう思っただけだ。
ウォルスは通り道へしゃがみ、しばらく眺めた。
やがて、持っていた道具袋を地面へ下ろす。
「よし。先生に見てもらおうぜ」
「……いいの?」
「お前が見つけたんだろ」
ウォルスは、当たり前のように言った。
「俺が見てた場所より、こっちの方がよさそうだ」
◇
エルディン先生に確認してもらい、僕たちは、獣道へ実習用の網を仕掛けた。
縄を支えるウォルス。
反対側を確認するアドリス。
邪魔になる枝を退けるノア。
僕は、獣道が見える木陰まで引き綱を伸ばした。
先生が、網と周囲を確認する。
「悪くない」
僕は、思わず背筋を伸ばした。
「ただ、かかったからって不用意に近づくなよ」
「はい」
「異変があれば知らせろ。隣の班を見てくる」
先生が木々の間へ消える。
僕たちは少し離れ、道具をまとめ始めた。
その時だった。
耳が動く。
カサッ。
落ち葉を引っ掻く音。
鼻を上げる。
匂いも近い。
「待って」
手にしていた袋を地面へ置く。
「何か来る」
ウォルスの手が、剣の柄へ伸びた。
アドリスも顔を上げる。
「どっち?」
「岩の向こう」
低い枝が揺れた。
鱗に覆われた頭。
長い尾。
短い四本の脚。
喉元だけが、赤い。
その後ろに、もう一体。
――二体。




