白衣の少女、リーゼ=ベルフォード
実地課題から、数日が過ぎた。
朝の訓練を終えた俺とノアは、食堂で朝食を受け取っていた。
焼いたパンに、卵料理。
湯気の立つスープを盆へ載せながら、俺は隣のノアを見る。
「今朝の火球、前より落ち着いて出せたな」
「ま、まだ不安定だけど。前ほど怖くはなくなったかも」
ノアが、少しだけ笑った。
ノアは実地課題を終えてから、練習への取り組み方が変わった。
以前は、俺が次を促すまで杖を見つめていることが多かった。
最近は違う。
失敗しても、自分から言うのだ。
「も、もう一回」
その声を聞くたびに、あの日、ノアへ礼を言った少年の顔を思い出す。
自分の火で、誰かを助けられた。
それが、ノアの中に残っているのかもしれない。
「焦らずやろうぜ」
「う、うん」
空いている席を探していると、少し離れた卓に見覚えのある少年を見つけた。
背筋を伸ばし、行儀よく朝食を食べている。
周りが騒がしくても、姿勢が崩れない。
あれだけで、誰なのか分かった。
「セドリック!」
声をかけると、少年が顔を上げた。
「アドリスじゃないか」
「おはよう。ここ、座っていい?」
「ああ。空いている」
俺とノアは、向かい側の席へ盆を置いた。
セドリックの視線が、ノアへ向く。
「そちらは?」
「ああ、ノア。冒険者学科で一緒なんだ。同室で、バディも組んでる」
「そうだったのか」
セドリックが、ノアへ顔を向けた。
「俺はセドリックだ。聖騎士学科にいる。よろしく」
「ノ、ノア・ダスウィルです。よろしく」
ノアが、少し緊張した様子で頭を下げる。
セドリックは頷くと、早速口を開いた。
「ノアも剣を使うのか?」
「挨拶の次がそれかよ」
俺が言うと、セドリックが不思議そうにこちらを見る。
「剣を使うなら、一度手合わせをと思ったんだが」
「ノアは魔術師だよ」
「そうか。急に聞いて悪かったな」
「う、ううん」
ノアが慌てて首を振る。
俺はパンを千切りながら、セドリックを指差した。
「こいつ、すぐ剣の話になるんだよ」
「別に、剣の話しかしていないわけではないだろう」
「俺と会うと、だいたいそうだけど」
「お前が剣を使うからだ」
「結局、剣の話じゃん」
ノアが、小さく笑った。
セドリックも、少しだけ口元を緩める。
試験の時は、もっと近寄りがたい奴だと思っていた。
こうして一緒に飯を食べてみると、案外、普通に話せる。
ただ、剣の話になるのが早いだけだ。
そんなことを考えていた時だった。
「今のベルフォード家から、王立学院に入る者が出るとはね」
少し離れた場所から、声が届いた。
穏やかな口調だった。
けれど、その声には聞き覚えがある。
顔を上げる。
食堂の通路に立っていたのは、オスカーだった。
その前に、白を基調とした服を着た少女がいる。
試験会場で見かけた子だ。
合格発表の時にも、神官学科の掲示板の前にいた。
少女は朝食の載った盆を両手で持ち、オスカーを見ていた。
「まだ、その家名が役に立ったのかな?」
オスカーが、薄く笑う。
少女の指が、盆の縁を僅かに握り直した。
それでも、声は落ち着いていた。
「ご心配いただかなくても、試験は自分で受けて、合格しておりますので」
「それはご立派だ」
オスカーは、感心した様子もなく頷いた。
「家の看板が傾けば、自分でどうにかするしかないものね」
『またあいつかよ』
俺は匙を置いた。
少女は、オスカーの言葉を受けても俯かなかった。
ただ、丁寧に微笑む。
「お話は、それだけでしょうか」
盆を持ち直した。
「朝食が冷めてしまいますので、失礼いたします」
少女が横へ動く。
だが、オスカーは通路の真ん中に立ったまま、連れの生徒と顔を見合わせていた。
すれ違うための場所を、空けるつもりはないらしい。
俺が椅子を引くと、セドリックも立ち上がった。
「知り合いか?」
「同じ学科。さっきの話し方で、だいたい分かるだろ」
「……なるほど」
ノアも席を立ち、俺たちの後についてきた。
◇
「オスカー」
近づきながら声をかけると、オスカーが振り返った。
「何をやってるんだよ。通れないだろ」
「おや。君たちか」
オスカーは俺を見て、次にノアへ、そしてセドリックへ視線を移した。
セドリックが、少女の持っている盆へ目を向ける。
「話は終わったんだろう。道を空けてやれ」
さっきまで食事をしていた時とは違う、はっきりした声だった。
オスカーは一度だけ口を閉じた。
それから、わざとらしく肩をすくめる。
「これは失礼」
半歩、脇へ寄った。
「よく見れば、君たちにはお似合いの話し相手かもしれないね」
「どういう意味だよ」
「好きに受け取ってくれて構わないよ」
俺の返事を待つこともなく、オスカーは連れの生徒へ顔を向けた。
「では、楽しい朝食を」
そう言い残し、食堂の奥へ歩いていく。
最後まで、嫌な言い方だった。
その背中が離れたところで、すぐ隣から小さな声がした。
「……ほんと、嫌な奴」
近くにいた俺には、はっきり聞こえた。
「ん?」
少女を見る。
すると、つい今しがた口にした言葉などなかったように、柔らかな笑みが返ってきた。
「いえ。何でもありません」
『……切り替え、早いな』
「助けてくださって、ありがとうございました」
少女が、盆を持ったまま軽く頭を下げる。
「いや、俺たち、大したことしてないけど」
言い返していたのは、彼女自身だ。
俺たちは最後に少し口を挟んだだけだった。
「道を空けていただけましたから。助かりました」
そう言われると、確かにそうかもしれない。
俺は、オスカーが去った方へ目を向けた。
「あいつとは、知り合いなの?」
「ええ。以前、家同士で少しお付き合いがありまして」
以前。
その言葉が、少しだけ引っ掛かった。
さっきのオスカーの口ぶりからして、彼女の家に何かあったのかもしれない。
でも、初めて話す相手へ聞くことでもなかった。
少女が、改めて俺たちを見る。
「申し遅れました。リーゼ=ベルフォードと申します。神官学科です」
「俺はアドリス・ライラス。冒険者学科」
隣へ目を向けると、ノアも慌てて口を開いた。
「ノ、ノア・ダスウィルです。僕も、冒険者学科で……」
「ノアと俺で、バディを組んでるんだ」
「そうなんですね」
リーゼが、ノアへ微笑む。
「よろしくお願いします、ノアさん」
「よ、よろしく」
ノアが頭を下げた。
俺は、リーゼの顔をもう一度見る。
「試験の時、同じ組だったよな?」
「はい。《飛竜》組でしたよね。何度かお見かけしました」
やっぱり。
試験会場で、何度か目が合っていた。
あの時は、お互いに声をかけなかったけど。
「それから」
リーゼが、俺の隣へ視線を移した。
「あなたは、聖騎士学科のセドリックさんですよね?」
セドリックは、一瞬だけ視線を逸らした。
「……」
「ああ」
あれ?さっきまで俺たちとは普通に話していたのに。
なぜか、少しだけ固い。
『……どうした、こいつ?』
リーゼは気にした様子もなく続ける。
「適性試験で拝見しました。相手の方に触れる寸前で、剣を止めていらしたでしょう」
俺も覚えている。
相手を先に動かし、できた隙へ剣を振るう。
あの時、セドリックの木剣は、相手の脇腹へ触れる直前で止まっていた。
「剣、とてもお上手でした」
「……」
「そうか」
セドリックは少し間を置いて
「ありがとう」
そこで、黙る。
普段なら、そのまま剣の話を始めてもおかしくない。
「セドリック?」
「何だ」
俺には、すぐ返事が来た。
「いや、別に」
リーゼが、俺たちの顔を交互に見る。
それから、小さく微笑んだ。
「お食事の途中に、失礼いたしました」
「気にしなくていいよ」
「またお会いした時は、よろしくお願いします」
「こちらこそ」
「よ、よろしく」
ノアも答える。
セドリックは、短く頷いた。
リーゼは三人へ丁寧に頭を下げると、盆を持って食堂の奥へ歩いていった。
背筋の伸びた、静かな歩き方だった。
さっきの悪態を聞いていなければ、見た目どおりの大人しい少女だと思っていたかもしれない。
『……あいつ相手に、あれだけ返せるんだな』
少なくとも、黙って言われるままの子ではなさそうだった。
◇
席へ戻ると、スープは少し冷めていた。
俺たちは朝食の続きを食べ、午前の授業へ向かう支度をした。
「じゃあ、またな」
食堂の前で、セドリックが言う。
「ああ」
「ノアも」
「う、うん。またね」
セドリックは、聖騎士学科の教室へ向かって歩いていった。
俺とノアも、自分たちの教室へ向かう。
「あいつなんか様子おかしくなかった?」
「そ、そうだね」
さっきのやり取りを思い出す。
「知り合いかと思ったけど、そういうわけでもなさそうだったな」
「う、うん……」
「アドリスあれは......」
ノアは何か言いかけて、口を閉じた。
それから、少しだけ笑う。
「どうした?」
「な、なんでもない。授業、行こう」
「おう」
俺は肩に掛けた荷物を持ち直した。
それが、リーゼ=ベルフォードと初めて言葉を交わした朝だった。




