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そういう判断は、嫌いじゃない

 飛竜の石像の前には、すでに何組ものバディが戻っていた。


地面へ座って水を飲む者。


採取物を並べ、教員の確認を待つ者。


離れた場所では、ウォルスが大柄な獣人の少年と話している。


こちらに気づくと、腕を大きく振った。


「おい、遅えぞアドリス!」


「ちょっと、寄り道した」


「寄り道?」


俺たちは受付の教員に帰還時刻を記録してもらい、採取物と討伐証明を差し出した。


湿った布を開く。


薬草は、葉をしおれさせることなく収まっていた。


別の袋には、大鼠の尾が三本。


教員がそれぞれを確認し、用紙へ書き込んでいく。


「意外と時間がかかったね」


横から声がした。


オスカーだった。


腕を組み、こちらを見ている。


その顔には、隠す気もない笑みが浮かんでいた。


「君たちは馬鹿だね」


「何が?」


「あのまま戻っていれば、僕たちより先に着けたかもしれないのに」


俺は、オスカーを見た。


「あいつは、足を怪我して動けなかった」


「だから?」


「俺たちは、間に合う場所にいた」


オスカーは、わざとらしく息を吐いた。


「それは君たちが勝手に決めたことだろう?」


「そうだよ」


「なら、仕方ないね」


笑ったまま、俺とノアを交互に見る。


「点にもならない戦いをして、帰還まで遅らせるなんて。随分と余裕があるじゃないか」


腹の奥が、かっと熱くなった。


あの二人を見ていないくせに。


足を抱えて動けなかったことも。


必死で相棒を守ろうとしていたことも。


「僕たちは、課題で結果を出すために来た」


オスカーが言う。


「君たちは、仲良しごっこをしに来たのかな?」


「お前な――」


「ア、アドリス」


ノアが、俺の袖を引いた。


振り返ると、ノアは少し困った顔で首を横へ振っていた。


俺は息を吐く。


ここで言い争っても、あいつの考えは変わらないだろう。


「……もういい」


「そう。結果発表が楽しみだね」


オスカーは、それだけ言って自分のバディのもとへ戻っていった。


入れ替わるように、ウォルスが近づいてくる。


「何だよ、あいつ。また何か言ってたのか?」


「いつも通りだよ」


「なるほどな」


それだけで納得したらしい。


ウォルスが、俺たちを見る。


「で、寄り道って何してたんだ?」


「救難信号が上がった方へ行ってた」


「お前ら、あっちにいたのか?」


「ああ」


「無事だったんだろ?」


俺は頷いた。


「怪我してたけど、救護の人が来たから」


「そうか」


ウォルスが、短く息を吐いた。


それから、俺の肩を軽く叩く。


「なら、よかったじゃねえか」


「ああ」


その一言で、少しだけ腹の熱さが引いた。



     ◇



正午の鐘が鳴った。


ほどなくして、すべてのバディの帰還が確認される。


助けた二人は救護所へ運ばれ、手当てを受けていると聞いた。


命に別状はない。


それを聞いて、ノアと顔を見合わせた。


ようやく、本当に安心できた気がした。


採取物と討伐証明の確認が終わると、エルディンが俺たちの前へ立った。


手には、結果をまとめた用紙を持っている。


「待たせたな」


ざわついていた生徒たちが静かになる。


「初めての実地課題、ご苦労だった。これから順位を発表する」


ウォルスが、隣の獣人の少年と顔を見合わせた。


ノアも、杖を抱き締め直している。


俺は、エルディンの口元を見た。


遅くはなった。


それでも、採取は間違えていない。


大鼠も、規定より一匹多く倒した。


どこまで行けただろうか。


「まず、三位」


エルディンが用紙へ目を落とす。


「《赤牙》」


「まじかー!」


ウォルスが声を上げた。


隣の獣人の少年が、その背中を叩く。


「二位くらいは行ったと思ったんだけどな」


悔しそうに言っているが、口元は少し笑っていた。


「採取物は三株とも正しく、状態も良好。大鼠は規定の二体。帰還も早かった」


エルディンが顔を上げる。


「よくまとめたな」


「おう!」


ウォルスが答える。


周囲から拍手が起きた。


俺も手を叩く。


『ウォルスが三位か』


なら、俺たちは。


「続いて、二位」


エルディンが言った。


「《Never Die》」


隣で、ノアが大きく息を吸った。


「ア、アドリス……!」


「ああ」


二位。


思っていたより、ずっといい。


エルディンは、俺たちの採取物へ目を向けた。


「薬草は、三株とも正しく採取されている。根の傷みも少なく、保存状態も良い」


ノアの方を見る。


「乾燥に弱いことを分かっていたな」


「む、村でも、こうやって運んでいたので……」


「そうか。知識を使えたわけだ」


ノアが、小さく頷いた。


「大鼠は三体。帰還点では《赤牙》に及ばなかったが、規定数を超えた一体分の加点で上回った」


なるほど。


あの三匹目にも、ちゃんと意味があったのか。


俺はノアを見る。


ノアも、こちらを見ていた。


採取と駆除。


二人で積んだものが、結果になっている。


「そして、一位」


分かっていた。


それでも、自然と背筋が伸びる。


「《暁の天秤》」


オスカーが、僅かに顎を上げた。


周囲から拍手が起きる。


オスカーのバディは嬉しそうに笑い、本人は当然とでも言うように胸を張っていた。


「薬草は三株とも正確で、状態も良好。大鼠は三体」


エルディンが続ける。


「採取と駆除の得点は《Never Die》と同じだが、帰還点で上回った」


『……やっぱりか』


あのまま戻っていれば。


そんな考えが、一瞬だけ頭をよぎる。


オスカーが、こちらを見た。


目が合うと、薄く笑う。


『本当に、嫌な奴だな』


でも、あいつらが結果を出したのも事実だ。


家の名前で一位をもらったわけじゃない。


正しく採り。


規定より多く狩り。


誰より早く帰った。


そこまで否定するつもりはなかった。


「以上が、課題の得点による順位だ」


エルディンが用紙を下ろす。


拍手が収まる。


そのまま解散になるのかと思った時、エルディンが続けた。


「もう一つ、報告しておく」


全員の視線が戻った。


「途中で、救難信号が上がったのは知っているな」


何人かが頷く。


「負傷した生徒一名と、そのバディが、デンスボア二体に襲われていた」


教室で聞く魔獣の話とは違う。


ついさっき、自分たちも同じ区域にいたのだ。


周囲の空気が、少し変わった。


「監視役が到着するまでに、その二人を救助したのが《Never Die》だ」


こちらへ視線が集まる。


ノアの肩が、小さく跳ねた。


「二体とも、お前らが倒したのかよ」


ウォルスが、隣から小声で聞いた。


俺は短く頷く。


ウォルスが目を丸くした。


エルディンは、俺とノアを見た。


「救護所の二人からも、監視役からも報告を受けている」


「はい」


「その救助は、競技の得点とは別に、実習記録へ残す」


順位が変わるわけではない。


一位は、《暁の天秤》のままだ。


でも。


「二人とも、よくやった」


エルディンが、はっきりと言った。


ノアが顔を上げる。


「無事に二人を救って、自分たちも戻ってきた。胸を張っていい」


「……はい」


俺は答えた。


隣で、ノアも頷く。


「は、はい!」


エルディンの口元が、ほんの少しだけ緩んだ。


「そういう判断は、嫌いじゃない」


少し遅れて、ウォルスが手を叩いた。


隣の獣人の少年も続く。


ぽつぽつと、周囲から拍手が重なった。


ノアは困ったように俯いた。


でも、その顔は、食堂でオスカーに何か言われた時とは違っていた。


「これで、最初の実地課題は終了だ」


エルディンが声を張る。


「道具を返却した者から、学院へ戻れ。疲れているだろうが、最後まで気を抜くなよ」


生徒たちが、それぞれの荷物を持ち始めた。



     ◇



道具を返し、俺たちも学院への道へ向かった。


隣を歩くノアは、何度も杖へ目を落としている。


朝、自分の火球が的へ届いた時と同じ仕草だった。


「二位か」


俺が呟くと、ノアがこちらを見た。


「く、悔しいね」


その言葉に、少し驚いた。


ノアは、すぐに視線を落とす。


「ぼ、僕、最初はちゃんと戻れればいいと思ってたんだけど……」


「うん」


「で、でも。途中から、一位になれるかもしれないって」


「俺も」


顔を見合わせた。


そして、少し笑った。


薬草はすぐに見つかった。


大鼠も、思っていたより早く倒せた。


あのまま戻れば、一位だったかもしれない。


やっぱり、悔しい。


オスカーの勝ち誇った顔も、まだ腹が立つ。


それでも。


「助けに行ったことは、後悔してないけどな」


「う、うん」


ノアが頷いた。


「ぼ、僕も」


あの少年は、ノアの名前を呼んだ。


その火に助けられたと、礼を言った。


初めて実戦で放った小さな火は、ちゃんと誰かの役に立ったのだ。


「次は一位だな」


俺が言うと、ノアは杖を抱え直した。


「う、うん!」


まだできないことは多い。


剣も。


魔術も。


二人で動くことも。


今日やってみて、初めて分かったことばかりだった。


それでも、もう一度やりたいと思った。


俺たちは並んで、学院へ続く道を歩いていった。

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