ノアの得意なこと
森へ向かう足音を背に、俺たちは岩場へ走った。
ほかのバディが木々の間へ消えていく。
それを横目で見送ると、少しだけ不安になった。
「ノア、本当にこっちで大丈夫か?」
「う、うん。あの薬草は、水が染み出してる岩の近くに多いんだ」
ノアは足を止めず、前を見ていた。
いつものように、周りの様子を窺っているわけじゃない。
探す場所が、ちゃんと頭の中にあるらしい。
「村でも摘んでたんだっけ?」
「う、うん。僕の村、いろんな街に薬草を卸してたから」
「売るために?」
「そ、そう。採取も、立派な仕事なんだ」
なるほど。
ノアにとっては、授業で初めて覚える知識じゃない。
村で暮らす中で、当たり前に身につけてきたものなのだろう。
『頼もしいじゃん』
そう思っているうちに、足元の土へ小石が混じり始めた。
岩場へ近づくにつれ、水音が大きくなる。
重なり合った岩の隙間から、細い水の筋が落ちていた。
小さな滝というには頼りない。
それでも、流れ落ちた水は岩肌を濡らし、足元へ浅い水溜まりを作っている。
張り出した岩が日差しを遮っているせいか、辺りの空気もひんやりしていた。
「おお、涼しいな」
「い、岩の陰を見てみて」
ノアが指差した先へ目を向ける。
細長い葉を広げた草が、岩の根元から何本も生えていた。
見覚えがある。
エルディンが教壇で掲げていた薬草と、そっくりだ。
「あった!」
俺はしゃがみ込んだ。
「お前、やっぱりすげえな。こんなにすぐ――」
「ま、待って」
草へ伸ばしかけた手を止める。
ノアも隣へしゃがみ、葉の先をそっと持ち上げた。
「う、裏を見て」
「あ」
そういえば、食堂へ行く前、ウォルスに説明していた。
「白い筋が二本、だったよな?」
「う、うん」
葉を裏返す。
表とほとんど変わらない、薄い緑色。
白い筋は、なかった。
「……違うのか」
「こ、こっちは似てる方だよ」
『危なっ』
エルディンの言葉が頭をよぎる。
――知っているつもりになることだ。
見分け方を聞いていたのに、それらしい草を見つけた途端、確認を忘れていた。
知っていることと、実際にできることは違うらしい。
「助かった。俺一人だったら、そのまま持って帰ってたぞ」
「も、もう少し、水の近くを探そう」
ノアが立ち上がる。
俺もその後へ続き、岩陰を回り込んだ。
こちら側は、さらに湿っている。
岩肌から染み出した水が、細い溝を伝って流れていた。
その脇に、先ほどとよく似た草が生えている。
今度は、すぐに手を伸ばさなかった。
しゃがみ、葉を一枚だけ持ち上げる。
裏側に、細い白い筋。
二本。
「……あった」
ノアへ葉を向ける。
「これだろ?」
「う、うん。それで合ってる」
ようやく、最初の課題が目の前にあった。
◇
薬草は、傷つけずに三株。
俺は支給された採取用のへらを取り出した。
ノアが、株の周りの土へ指で小さな円を描く。
「こ、この辺りから掘れば、根に当たりにくいよ」
「分かった」
示された場所へへらを差し込み、少しずつ土を崩す。
ノアが反対側を押さえた。
引っ張るのではなく、根の周りを緩めてから持ち上げる。
最初の一株が、土ごと抜けた。
同じように、あと二株。
思っていたより根が細かい。
適当に引き抜いていたら、途中で切れていたかもしれない。
「よし。これで三株だな」
俺が鞄を開く横で、ノアは一枚の布を取り出した。
岩から流れ落ちる水で濡らし、軽く絞る。
「それ、何に使うんだ?」
「ね、根元を包むんだよ。この草、乾くとすぐに傷んじゃうから」
ノアは三株を並べ、根元だけを湿った布でくるんだ。
葉は潰さないよう、外へ出している。
「こ、こうしておけば、戻るまで持つと思う」
「採って終わりじゃないんだな」
「む、村でも、運ぶ時はこうしてたんだ」
俺は受け取った薬草を、鞄の上の方へ収めた。
ほかの荷物で押し潰さないよう、隙間を作る。
「ノア、すごいじゃん」
「い、いや。知ってる草だったから……」
「それが助かるんだって」
ノアの口元が、少しだけ緩んだ。
魔術の話をしている時とは違う。
自分の知っていることを、落ち着いて話せている。
『こいつ、まだ俺の知らないことをいっぱい知ってそうだな』
鞄を背負い直したところで、岩場の向こうから話し声が聞こえた。
ほかのバディが、何組かこちらへ歩いてくる。
地図と図鑑を見比べ、水の流れる岩を探しているようだった。
俺たちが来た場所も、別に抜け道ではない。
ただ、ノアは最初から行き先を絞れていた。
その分だけ、早かったのだ。
「よし。次、行くか」
「う、うん」
採取では、完全にノアに助けられた。
今度は、俺の番だ。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これからどんどん成長していくアドリスをよろしくお願いします。
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