冒険者を目指す理由
学院本棟の食堂は、昼休みを迎えた生徒たちで混雑していた。
今日の料理は、ヴァルド地方の郷土料理。
肉厚のヤシキノコと、鶏肉を煮込んだシチューだった。
白い湯気。
香草とキノコの匂い。
大きく切られた具が、濃い色の汁の中に浮かんでいる。
「おお、これ」
料理を見た瞬間、思わず声が漏れた。
「あ、アドリス、知ってるの?」
ノアが尋ねる。
「ああ。ヴァルドに行った時、一度食べた」
「お前、ヴァルドへ行ったことあんのか?」
ウォルスが食いついた。
「あるよ」
俺たちは料理を受け取り、三人で空いている卓へ座った。
ウォルスは、椅子へ腰を下ろすより先に、さらに聞いてくる。
「お前、入学前から冒険者やってたのか?」
「正式な冒険者じゃないけどな」
パンを一つ取り、シチューの横へ置く。
「一年七か月くらい、離線級の冒険者パーティに同行してたんだ」
「離線級!?」
ウォルスの声が食堂へ響いた。
近くの生徒が、何人かこちらを見る。
ウォルスは気にせず、身を乗り出した。
「上から二番目じゃねえか!」
「そうだな」
「とんでもなく強い連中だったんだろ?」
ガイル。
ジル。
ダイス。
三人の顔が浮かぶ。
「うん」
俺は頷いた。
「すごく強かった」
ガイルの大剣。
ジルの防壁と治癒。
ダイスの雷。
それだけじゃない。
依頼の選び方。
野営。
周囲の警戒。
戦うか。
逃げるか。
その判断。
強いというのは、単に、魔獣を倒せることだけじゃなかった。
「だから」
俺はシチューを一口食べた。
懐かしい味がした。
「俺も、あの人たちみたいな冒険者になりたいと思ったんだ」
ウォルスが、しばらく俺を見る。
それから、少しだけ気まずそうに視線を逸らした。
「……初日は悪かったな」
「何が?」
「お前みたいに、魔術師学科にも聖騎士学科にも行けそうな奴がさ」
ウォルスは、パンを小さく千切った。
「冒険者を、物珍しさだけで選んだのかと思ってた」
なるほど。
だから、あの時、わざわざ理由を聞いてきたのか。
「俺の父ちゃんのパーティ、破線級なんだ」
「へえ」
「今も現役で、依頼が入ればあちこちへ行ってる」
ウォルスは、千切ったパンをシチューへ浸した。
「何日も帰ってこないことだってあるし」
「帰ってきても、傷だらけだったりする」
「依頼に失敗すれば、金も入らねえ」
一度、言葉を切る。
「前に、帰るって言ってた日から三日経っても戻らなかったことがあってさ」
ウォルスが、僅かに目を伏せた。
「母ちゃんなんて、ほとんど寝ないで待ってた」
「……そうだったのか」
「結局、仲間が怪我して動けなくなってただけだったんだけどな」
無事に帰ってきた。
そう聞いて、少しだけ安心する。
「だから分かるんだよ」
ウォルスが言う。
「冒険者なんて、いいことばっかじゃない」
「危ないし」
「汚れるし」
「失敗すれば、何も持って帰れないことだってある」
俺は、これまでの旅を思い出した。
ヴァルドの地下。
死んだエリック。
グレイファング。
命を落としかけたことだって、一度や二度じゃない。
「確かにな」
俺は頷いた。
「本当に、危ない仕事だよ」
「だろ?」
「でも」
口を開いた瞬間、ウォルスの声と重なった。
「格好いいんだよな」
一瞬、二人とも黙る。
顔を見合わせた。
「……お前も?」
俺が聞く。
「そっちこそ」
ウォルスが答える。
父親の仕事が危険だと、嫌というほど知っている。
それでも、ウォルスは、その父親に憧れた。
俺も、ガイルたちの旅が、格好いいと思った。
入口は違っても、冒険者になりたい理由は、案外、似ているのかもしれない。
「ふ、二人とも」
ノアが、俺とウォルスを交互に見る。
「冒険者が、本当に好きなんだね」
「まあな」
ウォルスが答える。
「ノアは違うの?」
俺が尋ねると、ノアは少し考えた。
「ぼ、僕は……まだ、よく分からない」
杖を抱えていた手へ目を落とす。
「でも」
顔を上げる。
「じ、自分の力を、ちゃんと誰かの役に立てられるようになりたい」
「じゃあ」
俺は笑った。
「来週、それを試してみる番だな」
「う、うん」
ノアが頷く。
ウォルスも、不敵に笑った。
「来週の実地課題」
俺たちを交互に指差す。
「お前らには、負けねえからな」
「こっちこそ」
「う、うん。頑張ろう」
ノアまで乗ってきた。
そのとき、遠くから、午後の授業が始まる前の予鈴が鳴った。
ノアが、びくりと肩を揺らす。
「ふ、二人とも!」
「何?」
「ひ、昼休み、もう終わるよ!」
食堂の壁に掛けられた時計を見る。
次の授業まで、ほとんど時間がない。
「やべえ!」
「急げ!」
ウォルスが残っていたパンを口へ押し込む。
俺もシチューを一気に飲み干し、三人で、食堂を飛び出した。
先を走るウォルスの背中を追いながら、俺は、少しだけ笑った。
どうやら、思っていたより、悪い奴ではないらしい。
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