草を見分けられないと死ぬらしい
翌日の授業。
エルディンが、教壇の上へ小さな籠を置いた。
中には、草、木の実、細い枝、見たことのない茸まで入っている。
「今日は、採取についてやる」
その言葉を聞いた瞬間、教室の空気が、ほんの少しだけ緩んだ。
剣術でもない。
魔術でもない。
魔獣との戦いでもない。
草や木の実を採る。
そう聞けば、まあ、そうなるよな。
エルディンも、それに気づいたらしい。
「今、地味だと思った奴」
何人かが、僅かに目を逸らした。
「正解だ」
エルディンは、あっさりと認める。
「地味だ」
教室のあちこちから、小さな笑い声が漏れた。
「そして、冒険者になりたがる奴が、一番蔑ろにする技術でもある」
エルディンは籠の中から、一本の草を取り出した。
細長い葉。
どこにでも生えていそうな、何の変哲もない草だった。
「だが、覚えておけ」
それを黒板の前へ掲げる。
「採取ができる奴と、できない奴じゃ」
教室を見渡した。
「いざという時の生存率が変わる」
先ほどまで緩んでいた空気が、少しだけ引き締まった。
「薬になる草」
一本。
「食える木の実」
もう一つ。
「火を起こしやすい枝」
さらに一つ。
「近くに飲める水があることを教えてくれる植物もある」
籠の中身を、一つずつ教壇へ並べていく。
「依頼で必要だから採るだけじゃない」
「何が食える」
「何が薬になる」
「どこに水がある」
「その土地に、どんな生き物がいる」
エルディンが、俺たちを見渡す。
「それが分かれば、武器を失っても、荷物をなくしても、生き残れる可能性が上がる」
なるほど。
確かに、ガイルたちと旅をしていた時も、必要な物を何でも街で買っていたわけじゃない。
ジルが道端の草を摘み、傷薬へ混ぜていたこともあった。
ダイスが食える木の実を見つけて、子供みたいに喜んでいたこともある。
ただの草や木の実だと思っていたけど、あれも、冒険者として生きていくための技術だったのか。
「それと」
エルディンが、籠から二本の草を取り出した。
左右の手に、一本ずつ。
「採取で一番怖いのは」
二本を並べる。
「知らないことじゃない」
俺は、目を凝らした。
二つとも、ほとんど同じに見える。
葉の形。
色。
長さ。
俺には、違いがまったく分からなかった。
隣を見る。
周りの生徒たちが首を傾げる中、ノアだけが、二本の葉の裏側を交互に見つめていた。
「知っているつもりになることだ」
エルディンが言う。
「片方は、傷薬に使われる薬草」
右手の草を僅かに持ち上げる。
「もう片方は、煮て食えば腹を壊す」
『分かるか、こんなの』
もう一度、二本を見比べる。
でも、やっぱり、同じ草にしか見えない。
「依頼書に名前が書いてあったから」
「図鑑で一度見たから」
「たぶん、これだろう」
エルディンは、二本の草を教壇へ置いた。
「その“たぶん”で、死ぬことがある」
誰も、もう笑っていなかった。
「だから」
エルディンが、再び籠を持ち上げる。
「採取を舐めるな」
「剣を振るのと同じくらい、ちゃんと覚えろ」
地味。
だけど、生きて帰るために必要な技術。
『冒険者って』
俺は、教壇に置かれた二本の草を眺める。
『覚えること、多いな』
でも、少しだけ、面白くなってきた。
◇
授業が終わり、俺とノアが教科書を片づけていると、近くから声をかけられた。
「採取が必要なのは分かるけどよ」
顔を上げる。
赤茶色の髪を短く切った少年。
ウォルス=ハーゲンが、俺たちの机の前に立っていた。
入学初日、五属性を使える俺が、どうして冒険者学科へ来たのかと聞いてきた奴だ。
この一か月弱で、名前は覚えた。
ただ、初日の印象もあって、まだほとんど話していない。
ウォルスが、教壇に残された籠を見る。
「せっかく冒険者学科に入ったんだ。俺はもっと、でかい魔獣との戦い方とか知りてえよ」
「最初の実地課題で草を間違えて、腹壊して倒れるよりはいいだろ」
俺が言うと、ウォルスは、少しだけ顔をしかめた。
「それはそうだけどよ」
どうやら、採取なんて必要ないと、本気で思っているわけではないらしい。
単純に、戦う授業の方が楽しみなんだろう。
「で、でも……」
ノアが、小さく口を開いた。
「薬草って、種類によっては魔獣の素材より高く売れるものもあるよ」
ウォルスが、ノアへ顔を向ける。
「お前、草に詳しいのか?」
「む、村の近くに、いろいろ生えてたから……」
ノアは、少しだけ杖を抱き直した。
「き、傷薬に使う草くらいなら、子供でも教わるんだ」
「へえ」
ウォルスが、意外そうに目を丸くする。
「じゃあ、さっき先生が持ってた二本も分かったのか?」
「す、少しだけ」
「どこが違うんだ?」
「は、葉の裏にある筋。薬草の方には、白い筋が二本あるんだ」
『そんな違いだったのか』
俺には、言われても、すぐには分からない気がする。
火属性への異常な変換効率。
制御できないほどの魔力。
ノアには、そういう派手な才能ばかり目が行っていた。
でも、それだけじゃないらしい。
俺の知らないことを、ノアは、ちゃんと知っている。
「お前、すげえな」
ウォルスが素直に言った。
ノアが、困ったように目を瞬く。
「そ、そんなことないよ」
「俺には全然違いが分からなかったぞ」
「俺も」
「だろ?」
なぜか、ウォルスが得意そうに胸を張った。
「いや、お前も分からなかった側だろ」
「ま、細かいことは気にすんなよ」
そのまま、腹を押さえる。
「それより、腹減った。食堂行こうぜ」
「俺たちも?」
「お前たち以外、誰がいるんだよ」
ウォルスは、当然のように教室の出口へ向かった。
俺とノアは顔を見合わせる。
「……行く?」
「う、うん」
俺たちは、ウォルスの後を追った。




