バディ、始動します
2026/9/10 22:01に文章の修正を実施いたしました。
ノアとの朝練を始めた、その日のこと。
午前の授業で、エルディンは黒板へ三つの言葉を書いた。
《前衛》
《後衛》
《支援》
「冒険者のパーティは、三人から四人で組むことが多い」
エルディンが、俺たちを見渡す。
「だが、人数より先に覚えてほしいことがある」
黒板へ向き直り、《前衛》を指差した。
「職業の名前を覚える前に、まず役割を覚えろ」
前衛。
後衛。
支援。
「前衛は敵を止める。攻撃を引きつける。後ろにいる仲間へ敵を通さない」
剣士。
槍使い。
盾を持った重装戦士。
剣と魔術を組み合わせる者。
同じ前衛でも、戦い方は違うらしい。
「次に後衛」
隣の文字を指差す。
「距離を取り、弓や魔術で攻撃する。前衛が作った隙を利用して、敵へ攻撃する」
魔術師の多くは、ここに入る。
でも、魔術師だからといって、必ず後ろから攻撃するだけではない。
地属性で壁を作る者。
風で相手の足を止める者。
水で地面を濡らし、敵の動きを制限する者。
属性によって、できることは違う。
「最後に支援」
エルディンが、三つ目を指差す。
「治療、防御、浄化、索敵、罠の発見、物資の管理」
神官は、祈りによって魔元素を聖なる魔元素へ変え、それを体内へ蓄積する。
その力を使い、治療や防御、浄化を担う者が多い。
「ただし」
エルディンが黒板を叩いた。
「剣士だから前衛」
「魔術師だから後衛」
「神官だから支援」
「そんなふうに、職業だけで役割を決めるな」
教室を見渡す。
「同じ剣士でも、敵を倒すのが得意な奴もいれば、仲間を守るのが得意な奴もいる」
「魔術師が敵の足を止めて、仲間を守ることもある」
「神官が身体強化を使い、前へ出ることだってある」
ガイルたちの姿が浮かんだ。
ガイル。
ダイス。
ジル。
確かに、基本となる役割はあった。
でも、三人とも、それしかしていなかったわけじゃない。
状況によって、動き方を変えていた。
「強い奴を集めれば、強いパーティになるわけじゃない」
エルディンが言う。
「誰かにできないことを、別の誰かが埋める」
「それがパーティだ」
俺は、隣に座るノアを見る。
今の《Never Die》なら、俺が前へ出る。
ノアが後ろ。
たぶん、それが基本だ。
でも、ノアはまだ、魔術の威力を上手く絞れない。
俺には、ノアほどの火力はない。
俺にできて、ノアにできないこと。
ノアにできて、俺にできないこと。
『だから、組む意味があるのか』
今の俺を何かへ当てはめるなら、魔術剣士。
それが一番近い。
剣を使う。
魔術も使う。
どちらか一つではなく、両方を使って戦う。
でも、エルディンの言う通り、今すぐ形を決める必要はない。
使えるものを使う。
足りないものは、仲間と補う。
そして、生きて帰る。
まずは、それでいい。
授業が終わったあと、俺とノアは、エルディンのところへ向かった。
「先生」
エルディンが、手元の書類から顔を上げる。
「どうした?」
「バディを決めたので、登録に来ました」
「もう決めたのか」
エルディンの視線が、俺へ向く。
「アドリス・ライラスだな」
「俺のこと、知ってるんですか?」
「試験記録は読んだ」
なるほど。
五属性なんて結果を出したんだから、知られていてもおかしくないか。
「面白い記録だった」
エルディンは、それだけ言った。
そして、机の上にあった紙を一枚取る。
「だが」
顔を上げた。
「ここからは試験じゃない」
「はい」
「仲間と何ができるかを見せろ」
俺は、横にいるノアを見る。
「バディは、ノアです」
「ノ、ノア・ダスウィルです」
ノアが頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします」
エルディンが、ノアの記録にも目を通す。
「なるほど」
それから、俺とノアを交互に見る。
「バディ名は?」
「《Never Die》です」
「ネバーダイ?」
エルディンが眉を上げる。
「聞いたことのない言葉だな」
「昔、どこかで聞いた言葉です」
前世で、とは言えない。
「死なない、って意味です」
「死なない、か」
エルディンが、少しだけ笑った。
登録用紙へ、《Never Die》と書き込む。
「この学科には、悪くない名前だ」
「でしょ?」
「調子に乗るな」
「はい」
即座に諫められた。
エルディンは、登録用紙を机へ置く。
「名前だけで終わらせるなよ」
「はい」
「二人で生きて帰れ」
俺は頷いた。
隣で、ノアも。
「う、うん!」
強く頷いた。
こうして、俺とノアの《Never Die》は、学院へ正式なバディとして登録された。
それから、二週間ほどが過ぎた。
日の出前の訓練場。
俺は二百回目の素振りを終え、木剣を下ろした。
回数を増やしたばかりの頃は、最後の方になると、腕も足も重くなっていた。
今も楽ではない。
でも、少しずつ、身体が慣れてきている。
「ふぅ……」
息を整えながら、少し離れた場所を見る。
そこでは、ノアが《五相杖》を両手で握っていた。
杖の中央。
透明な晶石に、小さな光が灯っている。
初めて訓練した日は、魔力を流した瞬間に、激しく光っていた。
今は違う。
ノアの身体から杖へ伸びる魔力は、細い。
僅かに揺れてはいるものの、一本の流れを保っている。
「ノア」
「う、うん」
「次、行ってみよう」
ノアが俺を見る。
「つ、次?」
「ああ」
俺は頷いた。
「魔元素を、一息分だけ取り込んで」
「う、うん」
ノアが、ゆっくりと息を吸う。
周囲の魔元素が、身体の中へ入っていく。
『やっぱり多いな』
一息分。
そうは言っても、俺より取り込める量が多い。
でも、今日はそこじゃない。
「そのまま」
俺は言う。
「今まで練習してきた細い魔力で、取り込んだ魔元素に干渉して」
「ひ、火に変える?」
「ああ」
ノアが、不安そうに五相杖を見る。
「ま、また大きくならない?」
「火球にはしない」
「え?」
「形成しなくていい」
俺は、赤い晶石を指差した。
「少しだけ火属性へ変えて、その状態を保つ」
ノアが、小さく頷く。
「う、うん」
魔力が動く。
ここ二週間、毎朝、何度も見てきた流れ。
細い。
以前とは違う。
ノア自身が、流す量を抑えている。
その魔力が、取り込んだ魔元素へ触れた。
赤い晶石が、僅かに光る。
『……速い』
やっぱり、ノアは、火属性への変換効率が異常に高い。
少ない魔力で干渉しているのに、火属性へ変わっていく量が多い。
一呼吸。
二呼吸。
三呼吸。
まだ、保っている。
「そのまま」
「う、うん」
でも、俺には分かる。
ノアの魔力が、僅かに揺れた。
毎朝、何度も見てきた揺らぎ。
ここから、少しずつ太くなる。
そして、魔元素へ干渉する力が増え、火属性への変換量が跳ね上がる。
『まだ』
一瞬。
『もう少し』
赤い晶石の光が、僅かに強くなる。
『ここだ』
「ノア、止めろ」
「う、うん!」
ノアが、すぐに魔力を切った。
赤い晶石の光が消える。
暴走しない。
何も起きない。
朝の静かな訓練場が、そこに残った。
ノアが、恐る恐る俺を見る。
「で、できた?」
「できた」
俺は笑った。
「今、三呼吸以上保てたぞ」
「ほ、本当!?」
「ああ」
ノアの顔が、ぱっと明るくなる。
「それに」
俺は五相杖を見る。
「今日は膨らむ前に止められた」
「で、でも」
ノアが少し俯く。
「俺が言ったから?」
「う、うん」
「今はそれでいいよ」
制御しているのは、ノア自身だ。
俺は、止める時機を伝えているだけ。
ただ、毎朝、ノアの魔力を感じ続けているうちに、俺にも分かることが増えてきた。
どこで流れが揺れるのか。
どの瞬間から太くなるのか。
いつ、火属性への変換が急激に加速するのか。
本人より、俺の方が先に気づくことすらある。
『変な感じだな』
自分の魔力なら、細くするのも、止めるのも、ほとんど意識するだけでできる。
でも、ノアの魔力は、当然、俺には動かせない。
だから、見る。
感じる。
変化する瞬間を読む。
そして、ノアへ伝える。
「明日は、自分で止める時機を探してみよう」
「じ、自分で?」
「ああ」
「で、できるかな」
「今日できたんだから、できるよ」
ノアは、しばらく杖を見つめた。
そして、小さく頷いた。
「や、やってみる」
そんな朝を、俺たちは何度も繰り返した。
俺は木剣を振る。
ノアは、自分の魔力と向き合う。
細く流す。
魔元素を少しだけ取り込む。
その魔力で干渉し、少量だけ火属性へ変える。
失敗する。
止める。
またやる。
少しずつ。
本当に少しずつ。
できることを増やしていった。
そして、朝の訓練が終われば、今度は学院の授業だ。
地図の読み方。
野営の基礎。
薬草の見分け方。
魔獣が残す足跡。
縄張りの痕跡。
非常用の信号具。
剣や魔術だけじゃない。
学院の外で、生きて帰るために必要な知識を、一つずつ学んでいった。
気づけば、二百回の素振りも、すっかり朝の日課になっていた。
ノアも、ほんの少しずつ、自分の力を扱えるようになっている。
まだ、小さな火球すら作れていない。
実戦で、どこまで役に立つのかも分からない。
それでも、前には進んでいる。
俺も。
ノアも。
《Never Die》も。
そして、最初の実地課題まで。
あと六日。




