魔力制御、始めました
ブンッ!
木剣が、朝の空気を切った。
「九十八」
踏み込む。足で地面を押す。
腰。肩。腕。
最後に、木剣へ力を伝える。
「九十九」
もう一度。
「百!」
振り抜いた木剣を止めた。
息を吐く。
額には薄く汗が滲んでいる。
それでも、腕には、まだ余裕があった。
『百回か』
初めてガイルに剣を教わった頃は、百回振るだけで、腕が上がらなくなった。
でも、今は違う。
百回というのは、八歳の頃から続けてきた、朝の最低回数だ。
俺も、もう十歳。
いつまでも同じでいいわけがない。
『ガイルなら……』
――いつまで八歳のつもりだ、坊主。
たぶん、そんなことを言う。
「よし」
俺は木剣を握り直した。
「今日から二百回にするか」
「に、二百回?」
少し離れた場所から、ノアの声が聞こえた。
学院の訓練着を着て、父親からもらった杖を、大切そうに両手で持っている。
「うん」
「い、今から?」
「今から」
「そ、そうなんだ……」
なぜか、ノアの顔が少し引きつっていた。
別に、ノアまで二百回振るわけじゃないんだけど。
「待たせて悪い」
俺は再び木剣を構える。
「すぐ終わらせる」
「う、うん。見てるよ」
「百一」
地面を蹴る。
「百二」
足から、腰、肩、腕、剣。
速く振っても、形は崩さない。
一振りずつ、ガイルに教えられた動きを確かめながら。
俺は木剣を振り続けた。
「二百!」
最後の一振りを終える。
さすがに、腕が少し重い。
呼吸も速くなっていた。
それでも、木剣を握っていられないほどではない。
『このくらいなら、毎日続けられそうだな』
俺は木剣を置いた。
「ごめん。待たせた」
「う、ううん」
ノアが首を振る。
「す、すごかった」
「毎日やってれば慣れるよ」
「ま、毎日……」
「ノアも今日から毎日だからな」
「う、うん」
返事が、少しだけ弱くなった気がした。
俺は荷物の中から、《五相杖》を取り出す。
一年以上使い続けてきた、初心者用の属性変換補助杖。
先端には透明な魔導晶石。
その周囲を囲むように、五色の小さな晶石が埋め込まれている。
「今日は、これ使おう」
「こ、これを?」
「ああ」
俺は《五相杖》をノアへ渡した。
「最初は属性変換しなくていい」
「ひ、火にしないの?」
「しない」
俺は、五相杖の中央にある透明な晶石を指差した。
「まず、自分の魔力だけをここへ流す」
「ま、魔力だけ?」
「そう」
魔術を使うわけじゃない。
周囲の魔元素を取り込み、火へ変えるわけでもない。
自分の中にある魔力を、ただ、杖へ流す。
それだけだ。
「この透明な晶石は、流れた魔力が強いほど大きく光るんだ」
「そ、そうなんだ」
「だから、まずは流す魔力を細くする練習」
ノアが不安そうに五相杖を見る。
「ほ、細く……」
「イメージは、糸一本」
俺は人差し指を立てた。
「指先から、一本だけ細い糸が伸びてる感じ」
「い、糸一本?」
「うん」
「そ、そんな細くできるの?」
その言葉に、俺は一瞬、考えた。
『……そうか』
ダイスに最初に同じことを言われた時。
俺は、言われた通りにやった。
指先から、魔力を細く。
糸一本分。
さらに、意識すれば、それより細くすることもできた。
当時は、それが特別なことだとは思っていなかった。
ダイスが妙な顔をしていた理由も、今なら分かる。
『俺には、こっちの方が簡単なんだ』
大きな魔術を放つことより。
大量の魔力を使うことより。
ほんの僅かな魔力を、必要な分だけ動かす。
その方が、俺には向いていた。
「とりあえず、やってみよう」
「う、うん」
ノアが、《五相杖》を握る。
目を閉じた。
ノアの体内で、魔力が動く。
俺には、それが分かった。
『……多い』
まだ、魔元素へ干渉してすらいない。
ただ、自分の魔力を杖へ流そうとしているだけ。
なのに、最初から、流れが太い。
「もっと細く」
「う、うん」
ほんの一瞬、流れが細くなった。
『お』
だが、次の瞬間、一気に膨らむ。
「ノア、止めろ!」
俺が声を上げるのと、ほぼ同時だった。
中央の透明な晶石が。
カッ!
激しく光った。
「わっ!」
ノアが慌てて魔力を切る。
晶石の光が消えた。
静けさが戻る。
ノアが、申し訳なさそうに杖を見る。
「ご、ごめん……」
「謝る必要ないよ」
俺は五相杖を確認する。
壊れてはいない。
「それより」
俺はノアを見る。
「途中、一瞬だけ細くできてたぞ」
「ほ、本当?」
「ああ」
本当に、一瞬だけ。
俺には分かった。
太かった魔力が、ほんの僅かな時間だけ、細い一本の流れになった。
「まずは、あれを長くする」
「な、長く……」
「いきなり火球を小さくしようとしなくていい」
試験で見たノアの魔術。
あれは、異常だった。
取り込んだ魔元素へ、ノアの魔力が一気に流れ込む。
しかも、火属性への変換効率が異常なほど高い。
結果、少し火を作るつもりでも、大量の魔元素が、一気に火属性へ変わってしまう。
『だったら』
まず、干渉に使う魔力そのものを細くする。
そこからだ。
「今日は、これだけ」
「こ、これだけでいいの?」
「いい」
俺は頷く。
「火には変えない」
「ま、魔術の練習なのに?」
「魔術を使う前の練習だよ」
ダイスも、何度も言っていた。
形成より先に。
属性変換より先に、まず、自分の魔力を扱え。
「これができるようになったら、次は魔元素を少しだけ取り込む」
「う、うん」
「それから、その少ない魔元素に、今練習してる細い魔力で干渉する」
「そ、それで火に?」
「ああ」
一つずつだ。
「明日もやろう」
「う、うん」
ノアが、少し笑った。
「よ、よろしくお願いします」
こうして、俺とノアの早朝訓練が始まった。




