Never Die
食事を終え。
俺たちは部屋へ戻った。
窓の外は、もう暗くなり始めている。
中庭にいた生徒たちの姿も減り、代わりに、廊下の魔導灯が淡い光を放っていた。
俺は寝台へ座り、明日使う教科書を机の上へ並べる。
ノアは、何かを言いたそうに、さっきから俺の方を何度も見ていた。
「どうした?」
「ね、ねえ」
ノアが、膝の上で指を組む。
「バ、バディのことなんだけど」
「うん」
「ア、アドリスは、誰と組むか決めてる?」
「俺?」
そういえば、授業が終わったあとも、結局、誰とも話していない。
でも、考えるまでもなかった。
「俺は、ノアと組むつもりだったけど」
「え、え?」
ノアが、大きく目を見開いた。
「ほ、本当に?」
「ああ」
「ぼ、僕は、魔術をちゃんと制御できないし」
「知ってる」
「ま、また誰かを危ない目に遭わせるかもしれない」
ノアが、机の横へ立てかけた杖を見る。
「オ、オスカーが言ってたことも、間違ってないんだ」
「全部が間違いだとは、俺も言ってない」
ノアの魔術が危険なのは事実だ。
だから、練習する必要がある。
「でも」
俺は続けた。
「試験のとき。お前、怖かっただろ?」
「う、うん」
「それでも、周りを見てた」
火球が、止められないほど膨れ上がったとき。
ノアは、逃げなかった。
泣き出しもしなかった。
先に、周囲にいる人間を確認した。
そして、誰にも当てないため、自分で杖を空へ向けた。
「危ないときに、自分以外を見られる奴なら」
俺はノアを見る。
「背中を任せても大丈夫だと思った」
ノアは、何も言わなかった。
ただ、何度か目を瞬いている。
「それに」
俺は頭を掻いた。
「試験の日から話してるの、お前くらいだし」
ノアの口元が、僅かに緩んだ。
「ノアは、誰かと組みたい奴いるの?」
「ぼ、僕も……」
杖を握る。
「ア、アドリスに聞こうと思ってた」
「俺に?」
「う、うん」
ノアが、少しだけ顔を上げる。
「ア、アドリスは、僕の魔術を見ても逃げなかったから」
「逃げるほど近くにはいなかったけどな」
「そ、そういう意味じゃなくて」
「分かってるって」
俺は笑った。
「じゃあ、決まりだな」
「う、うん」
授業の最後に配られた書類を取り出す。
《実地課題・バディ登録票》
上には、二人分の名前を書く欄。
その下には、《バディ名》と書かれた空欄があった。
実地課題の間、組を呼び分けるために、名前を付けるらしい。
「名前、どうする?」
「な、名前?」
「俺たちのバディ名」
ノアが、困ったように首を傾げる。
「お、思いつかない……」
「俺も」
二人で考える。
強そうな名前。
格好いい名前。
火と剣。
五属性。
いくつか頭に浮かんだけど、どれも、しっくりこなかった。
そのとき、エルディンの言葉を思い出した。
――一番大事なのは、生きて帰ることだ。
そして、ガイルが最後に言った言葉。
――死ぬな。
「《Never Die》」
思わず、口から出ていた。
ノアが首を傾げる。
「ネ、ネバーダイ?」
「死なない、って意味」
「ど、どこの言葉?」
「……昔、どこかで聞いた言葉」
遠い。
本当に、遠い場所で。
何度も聞いたことのある言葉だ。
「バディの目標としては、ちょうどいいだろ?」
「ふ、二人とも、死なない?」
「そういうこと」
魔獣を倒すより。
依頼を成功させるより。
まず、二人で生きて帰る。
少し格好をつけすぎた気もするけど、悪くはない。
「ノアは、嫌?」
「う、ううん」
ノアが首を横へ振る。
それから、少しだけ笑った。
「い、いいと思う」
「じゃあ、決まり」
俺は、登録票の空欄へ名前を書き込んだ。
《Never Die》
俺とノア。
二人だけの、最初のバディ名だった。
「それと」
俺はペンを置く。
「明日から、朝の訓練に来ない?」
「く、訓練?」
「俺、毎朝、日の出前に剣と魔術の訓練をしてるんだ」
学院へ来たからといって、今まで続けてきたものをやめるつもりはない。
「魔術の制御もやってる」
ノアが、自分の杖へ目を向ける。
「俺とノアじゃ、魔力の量も、属性変換の仕方も違う」
ダイスから教わった基礎を、そのまま伝えるだけでは、うまくいかないかもしれない。
「でも」
俺は言った。
「どうすれば小さく止められるか、一緒に考えることはできる」
「い、一緒に?」
「ああ」
「本当に俺たちがバディになるなら」
登録票を指差す。
「今のままより、少しでもできることを増やした方がいいだろ?」
ノアは、しばらく《Never Die》と書かれた文字を見つめていた。
それから、父親にもらった杖へ手を伸ばす。
「う、うん」
杖を、両手で握った。
「や、やってみたい」
「じゃあ、明日の朝からな」
「ひ、日の出前?」
「そう」
ノアの顔が、一瞬だけ引きつった。
「早起き、苦手?」
「す、少し……」
「なら、起こすよ」
「お、お願いします」
こうして、まだ一度も依頼へ出ていない俺たちのバディ、《Never Die》は、翌朝の早起きから始まることになった。




