選ぶ道
モニスからアレスへ戻った翌日。
俺は再び、王立学院の進路相談室を訪れていた。
目の前に座っているのは、前回の面談でも話した、年配の女性。
その隣には、かなり体格のいい男性がいる。
二人の前には、俺の適性試験の結果が記された書類が置かれていた。
「前回の面談では」
年配の女性が、書類から顔を上げる。
「聖騎士学科と冒険者学科の間で、まだ迷っていると答えていましたね」
「はい」
「希望する進路は決まりましたか?」
「はい」
今度は、迷わなかった。
父さんからもらった木剣。
ガイルたちと過ごした一年七か月。
モニスの家で見た夢。
そのすべてを思い出しながら、俺は、はっきりと答えた。
「冒険者学科を希望します」
年配の女性は表情を変えなかった。
ただ、隣に座っていた男性が、僅かに眉を上げる。
「冒険者学科で間違いないか?」
「はい」
男性は、俺の試験結果へ目を落とした。
「君の魔術評価は、極めて高い」
五属性。
魔元素の感知。
取り込み。
属性変換。
形成。
制御。
一つ一つの項目に、細かな文字が書き込まれている。
「魔術師学科からは、まず推薦が出るだろう」
「はい」
「剣術の実技も、受験者全体でかなり上位だ。聖騎士学科を希望することもできる」
男性が俺を見る。
「それでも、冒険者学科へ?」
「はい」
俺は、もう一度答えた。
「俺はこの一年七か月、三人の冒険者と旅をしてきました」
ガイル。
ジル。
ダイス。
三人の顔が浮かぶ。
「怖いこともありました」
人が売られている場所を見た。
死んだ人間が、再び歩き出すところも見た。
魔獣に食い殺されそうになったことだってある。
「でも」
知らない町へ行った。
知らない景色を見た。
いろいろな人に出会った。
「俺も、あの人たちみたいな冒険者になりたいんです」
男性は、しばらく俺を見ていた。
やがて、隣にいる女性へ視線を向ける。
「本人の意志は固いようだ」
「そうですね」
年配の女性が、俺の書類へ何かを書き込む。
「分かりました」
顔を上げる。
「希望進路を、冒険者学科として登録します」
「ありがとうございます」
胸の奥に、少しだけ緊張が走った。
これで、本当に決まった。
誰かに勧められたからじゃない。
適性があると言われたからでもない。
俺が、自分で選んだ。
「合格者の発表は、明日の正午です」
「はい」
「学院正門前の掲示板へ、学科ごとに名前が掲示されます」
年配の女性が、僅かに微笑む。
「良い結果になるといいですね」
「ありがとうございます」
俺は椅子から立ち上がり、二人へ頭を下げた。
翌日。
王立学院の正門前には、大勢の人が集まっていた。
受験した子供たち。
その両親。
兄弟。
親戚らしき人までいる。
『前世の合格発表みたいだな』
違うのは、校門の前に、桜が咲いていないことくらいだろうか。
そういえば、この世界に桜ってあるのかな。
どうでもいいことを考えながら、人混みの向こうにある掲示板を見上げる。
掲示板は、学科ごとに分かれていた。
聖騎士学科。
魔術師学科。
神官学科。
冒険者学科。
ほかにも、研究や商業、職人向けの学科が並んでいる。
俺が目指す冒険者学科の掲示板は、正門から見て、一番端にあった。
「アドリス」
後ろから、聞き覚えのある声がした。
振り返る。
杖を両腕で抱えた少年が立っていた。
「ノア」
「あ、アドリス」
「お前も来てたのか」
「う、うん」
ノアは、人の多さに落ち着かないのか、しきりに周囲を見回している。
「どこの学科を希望した?」
「ぼ、冒険者学科にしたんだ」
「え?」
思わず聞き返す。
てっきり、ノアは魔術師学科へ進むものだと思っていた。
あれだけの魔力量。
異常なほど高い、火属性への変換効率。
制御はできていないけど。
才能そのものは、誰が見ても明らかだった。
「魔術師学科じゃないの?」
「ま、魔術師学科も勧められたよ」
「じゃあ、何で冒険者学科に?」
ノアは、抱えている杖へ視線を落とした。
「ぼ、僕は、一人で魔術を使うのがまだ怖いから」
「一人で?」
「う、うん」
杖を持つ指に、少しだけ力が入る。
「だ、誰かと一緒に、ちゃんと使えるようになりたいと思ったんだ」
ノアの巨大な火球を思い出す。
止めることができず。
それでも、周囲の人間へ当てないように、最後の瞬間に空へ逸らした。
あのときのノアは、確かに、自分の魔術を怖がっていた。
「そっか」
「き、君は?」
「俺も冒険者学科」
ノアが目を丸くした。
「そ、そうなの?」
「うん」
「き、君なら、魔術師学科か聖騎士学科へ行くと思ってた」
「どっちも勧められたよ」
「な、なら、どうして?」
「冒険者になりたいから」
それ以上の理由は、もう必要なかった。
俺は、自分で、その道を選んだ。
「ほら」
冒険者学科の掲示板を指差す。
「名前、見に行こうぜ」
「う、うん」
俺たちは、人混みをかき分けながら、掲示板へ近づいた。
《冒険者学科・合格者》
大きな文字の下に、受験時の組ごとに、名前が並んでいる。
飛竜。
俺たちが受けた組だ。
上から、一人ずつ名前を追っていく。
『ええと……』
似た名前が多い。
姓から並んでいるのか。
受験番号順なのか。
規則がよく分からない。
何人目かのところで、見覚えのある名前を見つけた。
アドリス・ライラス。
「あった」
小さく声が漏れる。
本当に、あった。
俺の名前だ。
王立学院。
冒険者学科。
合格。
胸の奥から、じわじわと喜びが込み上げてくる。
思わず、後ろを振り返りかけた。
父さん。
母さん。
俺、受かったよ。
でも、当然、そこに二人はいない。
ガイルたちも、もうアレスにはいない。
少しだけ、胸の奥が寂しくなる。
そのとき。
「ア、アドリス!」
隣から声がした。
ノアが、自分のことのように、掲示板を指差している。
「ア、アドリスの名前、あったよ!」
「うん」
俺は笑った。
「受かった」
「お、おめでとう」
「ありがとう」
一人じゃない。
今は、一緒に結果を喜んでくれる奴が、隣にいる。
「次はノアだな」
「う、うん」
ノアの表情が、一気に強張った。
俺たちは、さらに下へ名前を追っていく。
飛竜組の合格者は、思っていたより少ない。
ノアが、隣で杖を強く抱き締めている。
「あ」
見つけた。
ノア・ダスウィル。
「ノア」
「な、何?」
「あったぞ」
「え?」
俺は、掲示板の名前を指差した。
「ノア・ダスウィル」
ノアが、ゆっくりと顔を近づける。
何度も、自分の名前を確認する。
「ほ、本当だ……」
「受かったな」
「う、うん」
ノアは、安心したように肩から力を抜いた。
その目が、僅かに潤んでいる。
「よ、よかった……」
「これから同じ学科だな」
「う、うん」
ノアが俺を見る。
まだ少し、信じられないような顔をしている。
「こ、これからよろしくね」
「こちらこそ」
俺たちは、もう一度、自分たちの名前を見上げた。
二人並んで、同じ掲示板に載っている。
何だか、少しだけ面白かった。
掲示板から離れようとしたところで、視線を感じた。
神官学科の掲示板の前。
白を基調とした服を着た少女が立っていた。
魔術試験。
剣術試験。
何度か見かけた、あの少女だ。
少女も、こちらを見ていた。
俺と目が合う。
その視線が、俺から、冒険者学科の掲示板へ移った。
何かを確かめるように。
もう一度、俺を見る。
しかし、声をかけてくることはなかった。
少女はそのまま、神官学科の掲示板へ視線を戻した。
『あいつも受かったのかな』
まあ、そのうち、会うこともあるかもしれない。
俺はノアと一緒に、学院の正門を出た。
入学は、一週間後。
それまでに、制服、教科書、寮へ持っていく荷物。
いろいろと準備する必要があるらしい。
まさか、前世で三十六歳まで会社員をしていた俺が、もう一度、学生生活を送ることになるとは思わなかった。
でも、嫌ではなかった。
父さんに言われたからでもない。
試験官に向いていると言われたからでもない。
この道は、俺が、自分で選んだ。
『父さん』
『母さん』
空を見上げる。
『俺、王立学院に受かったよ』




