王立学院、初日
一週間後。
王立学院の入学式が行われた。
大講堂には、新入生、学院の教員、在校生の代表が集められていた。
学院長らしい老人の長い話を聞き、何人かの教員から、学院生活の規則を説明される。
前世でも、入学式や入社式の偉い人の話は、だいたい長い。
世界が変わっても、そこは、あまり変わらないらしい。
入学式を終え、俺は、冒険者学科の教室へ向かっていた。
廊下には、俺と同じ制服を着た新入生が大勢いる。
案内板を見上げる者。
教室を間違え、慌てて引き返す者。
すでに友人らしき相手と話している者。
その中に、見覚えのある少年を見つけた。
「セドリック」
名前を呼ぶ。
セドリックが振り返った。
王立学院の制服を着ている。
ただし、胸元と肩の装飾が、俺のものとは少し違った。
聖騎士学科。
やっぱり、セドリックは、そちらを選んだらしい。
「アドリス」
セドリックの視線が、俺の制服へ向く。
「冒険者学科か」
「ああ」
「そうか」
何か言いたそうな顔をする。
でも、今は、深く聞いてこなかった。
「今度は、必ず手合わせしろ」
「入学初日からそれ?」
「約束しただろう」
「分かったよ」
セドリックが、僅かに笑う。
「では、またな」
「ああ」
セドリックは、聖騎士学科の教室へ入っていった。
俺も廊下を進む。
やがて。
《冒険者学科・第一教室》
と書かれた部屋の前へ辿り着いた。
今日から、ここが俺の教室になる。
『……何か、緊張してきたな』
適性試験では、あれほど平気だったのに。
教室の扉を開けるだけなのに、少し手が重い。
ガチャリ。
扉を開けた。
「――俺の親父、破線級の冒険者なんだぜ!」
「本当かよ?」
「今度、ダンジョンの話を聞かせてやるよ」
「あなた、どこから来たの?」
「私はトーゴ地方。家から通うには遠いから、寮に入るの」
すでに、教室の中は賑やかだった。
四人ほどで集まっている者。
隣同士で出身地を聞き合っている者。
一人で座り、周囲を観察している者。
初日だというのに、もう仲間ができている奴もいるらしい。
『早くない?』
前世でも、入学初日から、妙にコミュニケーション能力が高い奴はいた。
俺は教室の中を見回した。
窓際。
後ろの方に、見覚えのある少年が座っている。
ノアだ。
ただ、その周囲だけ、ほかの席より、人が少なかった。
ノアの右隣。
左隣。
どちらも空いている。
教室には、もうかなりの人数が集まっているのに。
「ほら」
小さな声が聞こえた。
「あいつだよ」
「魔術試験で、すごい炎を出した奴」
「暴走させたって聞いたぞ」
「近くにいて大丈夫なのか?」
ノアは、聞こえていないふりをしていた。
机の上へ両手を置き、俯いている。
俺は、空いていた隣の椅子を引いた。
ガタッ。
ノアが、驚いたように顔を上げる。
「おい、ノア」
「あ、アドリス」
「今日からよろしくな」
「き、今日からよろしく」
ノアの表情が、少しだけ明るくなる。
「き、緊張するね」
「そうか?」
「み、みんな、もう話してるから……」
「俺たちも話してるだろ」
「そ、そうだけど」
ノアが、僅かに笑った。
そのとき。
「なあ」
前の方から声をかけられた。
振り返る。
赤茶色の髪を短く切った少年が、俺たちを見ていた。
さっき、父親が破線級だと話していた奴だ。
「お前、魔術試験で五属性を使った奴だろ?」
「そうだけど」
「だったら、何で魔術師学科じゃないんだ?」
「剣術の評価も高かったって聞いたぞ。聖騎士学科だって狙えたんじゃないのか?」
「たぶん」
「だったら、どうしてここなんだよ」
俺は、少しだけ考えた。
でも、答えは、もう決まっている。
「冒険者になりたいから」
少年が瞬きをする。
「……それだけか?」
「それ以上、いるか?」
誰かに命令されたわけじゃない。
ほかの学科に行けなかったわけでもない。
俺が、冒険者になりたい。
だから、冒険者学科を選んだ。
少年は、しばらく俺を見ていた。
やがて、僅かに口元を緩める。
「いや」
それだけ言って、今度は、隣にいるノアへ視線を向けた。
「でも、そいつの隣で平気なのか?」
ノアの肩が、小さく揺れた。
「試験で魔術を暴走させたんだろ?」
「まあな」
「なら」
「でも、外したんじゃない」
少年の言葉を遮る。
「何?」
「あの火球」
俺はノアを見る。
ノアは、俯いたままだ。
「こいつは、周りにいる奴へ当てないように、自分で空へ向けたんだ」
「……見てたのか?」
「ああ、見てた」
少年が、もう一度ノアを見る。
「俺が聞いた話とは、少し違うな」
ノアが、おそるおそる顔を上げる。
少年はそれ以上何も言わず、自分の席へ戻っていった。
完全に納得したわけではないのかもしれない。
でも、最初からノアを馬鹿にしたかったわけでもなさそうだ。
ただ、知っていることを確かめたかっただけなのだろう。
「あ、アドリス……」
「何?」
「あ、ありがとう」
俺は前を向く。
「別に、見たことを言っただけだよ」
そのとき、教室の扉が開いた。
一人の男性が入ってくる。
三十代後半くらいだろうか。
少し長い茶色の髪を後ろで束ね、腰には短い杖と、一本の剣を下げている。
教員用らしい濃紺の上着。
男性が教卓の前へ立つ。
「全員、席につけ」
よく通る声だった。
教室に立っていた子供たちが、慌てて空いている席へ座っていく。
少しずつ、教室が静かになった。
男性は、全員が座ったことを確認してから、黒板へ自分の名前を書いた。
《エルディン・ロズウェル》
「今日から、この教室の担任を務める」
こちらへ向き直る。
「エルディン・ロズウェルだ」
教室全体を見渡す。
「専門は、実戦魔術と魔獣学」
腰に差した杖を軽く叩く。
「以前は、冒険者をやっていた」
何人かが、小さく声を上げた。
冒険者学科の担任が、元冒険者。
当然といえば当然だけど、少しだけ安心する。
「魔術のことでも」
エルディンが続ける。
「魔獣のことでも」
「依頼先で生き残る方法でも」
片方の口元を上げた。
「分からないことがあれば、何でも聞け」
何でも、か。
五属性のことを聞いてもいいんだろうか。
ダイス以外の魔術師から学ぶのは、少し楽しみだった。
「最初に、一つだけ言っておく」
エルディンの表情から、笑みが消える。
「冒険者学科は、一人で強くなるためだけの場所じゃない」
教室が静まった。
「魔獣を倒す」
「依頼を達成する」
「金を稼ぐ」
「どれも必要だ」
教卓へ手を置く。
「だが、一番大事なのは」
全員を見回す。
「生きて帰ることだ」
俺の頭に、ガイルの言葉が浮かんだ。
――死ぬな。
「一人でできないことなら、誰かと組め」
「分からないことがあるなら、知っている奴を頼れ」
「ここでは」
エルディンが言う。
「他人と組んで、生きて帰る方法を学んでもらう」
冒険者学科。
名前の通り、剣や魔術だけを学ぶ場所ではないらしい。
その後、学院生活について、いくつか説明を受けた。
授業の時間。
使用する教室。
訓練場。
食堂。
図書室。
アレス近郊に住む生徒は、実家から通うこともできる。
遠方から来た者。
あるいは、家庭の事情で通学できない者には、学院の寮が与えられる。
俺も、ノアも、寮で暮らすことになっていた。
部屋については、今日の授業が終わったあと、一覧が配られるらしい。
そして、最後に。
エルディンが、一枚の紙を掲げた。
「お前たちには、一か月ほど基礎を学んでもらう」
「その後」
教室の空気が変わる。
「最初の実地課題を行う」
何人かが、期待したように身を乗り出した。
俺も、少しだけ胸が高鳴る。
実地課題。
つまり、学院の外へ出る。
「場所は、学院近郊の実習区域だ」
エルディンが言う。
「区域内に用意された複数の課題を、制限時間内にこなしてもらう」
指定された物の回収。
素材の採取。
小型魔獣への対処。
課題ごとに点数が決められ、最後はバディごとの合計点で順位をつけるらしい。
教室が、少しざわついた。
「もちろん、十歳のお前たちだけを放り出すわけじゃない」
エルディンが続ける。
「実習区域の各所には、学院の教員と、冒険者ギルドから派遣された現役冒険者を配置する」
「だが、お前たちの横について、逐一指示を出すわけではない」
つまり。
どこへ向かうか。
何を優先するか。
その場で何をするか。
判断するのは、俺たち自身ということだ。
「各バディには、非常用の信号具も渡す」
エルディンが指を一本立てる。
「危険を感じたら、迷わず使え。近くの監視役が救助へ向かう」
「ただし」
教室を見渡す。
「助けを呼べば、その瞬間に誰かが現れるわけじゃない」
教室が静まった。
「救助が来るまで退くのか。隠れるのか。それとも、その場で持ちこたえるのか」
「そういう判断も、この一か月で覚えてもらう」
冗談ではない。
ガイルたちとの旅で、俺は、それが必要になる場面を何度も見てきた。
「そして、実地課題では」
エルディンが続ける。
「二人一組で行動してもらう」
教室がざわついた。
「二人一組?」
「誰とでもいいの?」
「もう決めてもいいですか?」
何人もの声が上がる。
「好きに決めろ」
エルディンが答える。
「ただし、遊び仲間を選ぶつもりならやめておけ」
「自分にないものを持っている奴」
「背中を任せられる奴」
「危険なときに、話を聞ける奴」
一つずつ、指を折る。
「そういう相手を選べ」
教室のあちこちで、子供たちが互いの顔を見始める。
「期限は一週間だ」




