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2年ぶりの、モニス

 馬車が角を曲がってからも。


俺は、しばらく窓の外を見つめていた。


もうガイルたちの姿は見えない。


聞こえるのは、車輪が街道を踏む音。馬の蹄。ときどき揺れる荷物の音だけだった。


さっきまで。四人だった。


それが。急に、一人になった。


「……静かだな」


思わず呟く。


寂しい。


胸の奥に、ぽっかりと穴が空いたような感じがする。


でも、怖くはなかった。


両親を失った直後。知らない場所へ一人で置いていかれることが、怖くて仕方なかった。


あのときの俺には。どこへ行くのかも。これからどう生きるのかも。何一つ選べなかった。


ただ。ガイルたちについていくしかなかった。


でも。今は違う。


俺は。自分でモニスへ向かっている。


ガイルに言われたからだけじゃない。


父さんと母さんが暮らしていた家へ。自分で帰ろうと決めた。


これからは。何もかも、ガイルたちに決めてもらうわけにはいかない。


どこへ行くのか。


何になるのか。


誰と歩くのか。


少しずつ。自分で決めていかなければならない。


俺は、馬車の壁へ背中を預けた。


頭に浮かぶのは。面談で聞かれたことだった。


――希望している進路はありますか?


聖騎士。


冒険者。


二年前。俺は確かに、聖騎士になりたいと思った。


クオン・レオンディアを見て。父さんと母さんの前で、そう口にした。


父さんは笑って。木剣まで買ってくれた。


あの気持ちは。今も嘘じゃない。


聖騎士は、格好いいと思う。


誰かを守るために剣を振るう姿に、今でも憧れている。


だけど。ガイルたちとの旅の中で。俺は、冒険者という生き方にも惹かれてしまった。


知らない街へ行く。


初めて見る景色に出会う。


誰かの依頼を受け。ときには命を懸けて。自分たちの判断で前へ進む。


怖いこともあった。


もう見たくないものも、たくさん見た。


それでも。次はどこへ行くのだろう。どんな人に出会うのだろう。


そう考えるだけで。胸が高鳴った。


『俺は、どっちになりたいんだろうな』


父さんの前で、聖騎士になりたいと言った。


だからといって。聖騎士になると約束したわけではない。


分かっている。


それでも。木剣を買ってもらった日の父さんの笑顔を思い出すと。別の道を選ぶことが。あの日の気持ちを裏切るような気がしていた。


『モニスに戻れば、答えが出るのかな』


そんな都合のいい話があるわけじゃない。


答えを出すのは。結局、俺だ。


でも。父さんと母さんがいた場所へ戻れば。何か。自分の気持ちを整理できるような気がした。


昨日は、ほとんど眠れていない。


最後の夕食。


ガイルたちとの別れ。


適性試験。


いろいろなことが、一度に起こりすぎた。


馬車の揺れに身を任せているうちに。いつの間にか。俺は眠りに落ちていた。


     


「坊主」


肩を軽く叩かれた。


「ん……」


目を開ける。


御者が、御者台からこちらを振り返っていた。


「もうすぐモニスだぞ」


「あ……はい」


身体を起こし。窓の外を見る。


空は、すでに茜色へ変わっていた。


街道の先。見覚えのある低い建物が並んでいる。


小さな鐘楼。


町の外へ広がる畑。


そこから立ち上る、夕餉の煙。


モニス。


俺が生まれ育った町だった。


やがて馬車が、町の入口でゆっくりと止まった。


荷物を抱え、外へ降りる。


「迎えは来るのか?」


御者が聞いた。


「いえ。今日は町の宿に泊まります」


「そうか」


御者が俺を見る。


ガイルから何か聞いているのかもしれない。


少しだけ心配そうな顔をしていた。


「帰りの便は、明後日の朝だ。乗るなら遅れるなよ」


「分かりました」


「それと」


御者が手綱を握り直す。


「何か困ったら、ギルドの出張所へ行け。ガイルからも頼まれてる」


やっぱり。俺が一人でも困らないように。ガイルは、きちんと話を通してくれていたらしい。


「ありがとうございます」


俺が頭を下げると。御者は小さく手を上げ、馬車を走らせていった。


一人。町の入口に残される。


鼻をくすぐる。


薪の煙。


焼いたパン。


土と草の匂い。


「……懐かしい」


二年近く離れていたはずなのに。身体が覚えていた。


道も。


建物も。


店先に並ぶ樽も。


二年前とほとんど変わっていない。


変わったのは、たぶん。俺の方だ。


十歳にしては、随分と年寄り臭い感想だけど。


中身は四十歳半ばだから、仕方ない。


町の中央へ続く道を歩く。


何人かの住民が、俺の方を見た。


知っている顔もある。


でも。もう日が暮れかけているせいか。声をかけてくる者はいなかった。


俺は。以前、父さんたちと利用した宿へ向かった。


扉を開ける。


カラン。


小さな鐘が鳴った。


「いらっしゃ――」


奥から出てきた宿の主人が、俺を見て固まった。


「……アドリスか?」


「うん」


主人が、何度か目を瞬く。


それから。俺の後ろを見た。


誰もいないことを確かめるように。


「帰ってきたのか」


「少しだけ」


「そうか」


主人は。何かを言おうとして。やめた。


父さんと母さんのことだろう。


確かに、何を言われても困る。


今は。それでよかった。


「腹は?」


「減ってる」


「なら、先に食え」


主人が棚から鍵を取る。


「部屋は空いてる。二階の奥を使え」


「宿代は――」


「明日でいい」


「でも」


「帰ってきたばかりの子供から、入口で金を取るほど困ってねえよ」


主人は、それだけ言うと。厨房へ向かって声を上げた。


「一人分、温かいもん頼む!」


しばらくして。野菜と肉を煮込んだスープが出てきた。


特別な料理ではない。


でも。モニスで何度も口にした味だった。


一口食べる。


身体の奥へ。温かさが染み込んでいく。


「……うまい」


その夜。俺は。泥へ沈むように眠った。

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