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あの日の約束

 面談室には、三人の試験官が座っていた。


中央には、落ち着いた雰囲気の年配の女性。


左右には、武術担当らしい男性と、魔術師らしい細身の女性。


魔術試験の主任も、少し離れた席に座っている。


「アドリス・ライラス君ですね」


「はい」


「そこへ座ってください」


椅子へ腰を下ろす。


年配の女性が、手元の書類へ目を落とした。


「まず、これまでの生活について聞かせてください」


俺は、モニスで暮らしていたこと。


両親を失ったこと。


その後、ガイルたちと旅をしたことを話した。


ヴァルド。


死霊。


グレイファング。


すべてを詳しく話したわけではない。


それでも、一年七か月、冒険者たちと各地を旅してきたことは伝わったらしい。


武術担当の男性が、興味深そうに俺を見る。


「剣は、そのガイルという冒険者から?」


「はい」


「魔術は?」


「ダイスに教わりました。雷属性の魔術師です」


「神官も同行していたと」


「ジルです」


試験官が、それぞれ何かを書き込んでいく。


やがて、中央の女性が尋ねた。


「では、最後の質問です」


俺は姿勢を正す。


「現時点で、希望している進路はありますか?」


少しだけ、答えに迷った。


二年前なら、すぐに答えられた。


「聖騎士に、なりたいと思っていました」


「思っていました?」


「今も、なりたくないわけじゃありません」


クオン・レオンディアを見た、あの日。


胸が熱くなった。


父さんに、聖騎士になりたいと告げた。


あれは嘘じゃない。


今でも、聖騎士は、格好いいと思う。


「でも」


俺は膝の上で、手を握った。


「この一年七か月、冒険者として旅をしてきました」


「それで?」


「冒険者も、続けたいと思っています」


中央の女性が、静かに俺を見る。


「どちらを第一希望にするか、まだ決められていない?」


「はい」


正直に頷く。


「まだ、迷っています」


少しの沈黙。


魔術師らしい女性が、俺の試験記録へ目を向ける。


「君の魔術適性を考えれば、魔術系の学科も有力な候補になります」


「はい」


「剣術の評価も高い。聖騎士学科を推薦される可能性もあるでしょう」


「はい」


「それでも、今は決められない?」


「……はい」


情けない回答かもしれない。


せっかく試験を受けたのに、自分が何になりたいかも、はっきり言えない。


でも、今ここで、分かったふりをして答えたくはなかった。


中央の女性が、小さく頷く。


「それも、一つの答えです」


「え?」


「この面談は、今日ここで人生を決めさせるためのものではありません」


書類へ何かを書き込む。


「試験結果は、君に向いていると思われる道を示します」


顔を上げる。


「その中から何を選ぶかは、君自身が考えなさい」


ガイルと、同じことを言われた。


「はい」


今度は、迷わず答えた。


「正式な結果通知は、七日後です。それまでは指定された宿に滞在するか、受付へ行き先を届け出てください」


「分かりました」


「面談は以上です」


俺は椅子から立ち上がる。


扉の前で一度振り返り、頭を下げた。


「ありがとうございました」


     ◇


学院の門を出る。


ガイルたちは、朝と同じ場所に立っていた。


「終わったか」


ガイルが聞く。


「うん」


「何て答えた?」


ダイスが興味津々で顔を近づけてくる。


「まだ迷ってるって」


「正直だな」


「仕方ないだろ。本当に決まってないんだから」


ジルが微笑む。


「それでいいんじゃない?」


「うん」


ガイルも、何も言わず、小さく頷いた。


それから、懐から一枚の木札を取り出し、俺へ投げる。


慌てて受け取った。


「何これ?」


「モニス行きの定期便だ」


「モニス?」


木札には、出発時刻と、行き先が記されている。


確かに、目的地はモニスだった。


「結果が出るまで、七日あるんだろ」


「うん」


「王都とモニスを往復するギルドの定期便に、席を取ってある」


「いつの間に?」


「昨日だ」


ガイルが言う。


「護衛も付いてる。御者も知ってる奴だ」


俺は木札を見る。


モニス。


生まれ育った町。


父さんと母さんと暮らした家。


二人が死んでから、一度も戻っていない場所。


「一度、帰ってこい」


ガイルが言った。


「結果が出る前にな」


「でも……」


「学院へ進むなら、しばらく戻れねえかもしれん」


それに、と、ガイルが続ける。


「報告してえこともあるだろ」


父さん。


母さん。


俺、適性試験を受けたよ。


剣も。


魔術も。


少しは上手くなったよ。


言いたいことが、たくさんある。


「……うん」


木札を強く握る。


「帰ってみる」


「そうしろ」


俺たちは、そのまま定期便の乗り場まで歩いた。


大通りの外れ。


何台もの馬車が並ぶ広場。


モニス行きの馬車には、すでに荷物が積み込まれている。


出発まで、もう、あまり時間はない。


ガイルが馬車を見る。


それから、俺へ顔を向けた。


「これで、約束は果たしたな」


「約束?」


「十歳の適性試験まで、必ず送り届ける」


あの日、旅人墓地で交わした約束。


俺は、ずっとガイルたちと一緒にいられるような気がしていた。


でも、最初から、ここまでだったんだ。


「ありがとう」


声が、少し震えた。


「ガイル」


次に、ダイスを見る。


「ダイスも」


ジルを見る。


「ジルも」


何を言えばいいのか、分からない。


たくさんありすぎて、うまく言葉にならない。


ダイスが、俺の肩を軽く叩いた。


「次に会うときまでに、五属性を一つくらい増やしとけよ」


「いやいや、無理だろ」


「やってみないと分かんねえぞ?」


「基本五属性全部使ってるのに、何を増やすんだよ」


「新しい属性を作れ」


「無茶言うな」


ジルが笑う。


それから、俺を抱き締めた。


「元気でね」


「……うん」


「ちゃんと食べるのよ」


「分かってる」


「怪我したら、すぐ神官に見せること」


「うん」


「無茶ばかりしない」


「それは……努力する」


「そこは約束して」


少しだけ、抱き締める腕に力が入る。


俺も、ジルの背中へ腕を回した。


「約束する」


ジルが離れる。


最後に、ガイルを見る。


ガイルは、しばらく俺を見下ろしていた。


そして、大きな手を、俺の頭へ置く。


乱暴に、髪を掻き回した。


「何すんだよ」


「最後に一つだ」


ガイルの手が止まる。


「何を選んでもいい」


聖騎士。


冒険者。


魔術師。


俺には、いくつもの道がある。


「だが」


ガイルが俺を見る。


「死ぬな」


短い言葉だった。


でも、ガイルがこれまで教えてきたことの、全部が入っている気がした。


「……うん」


俺は頷く。


「死なないよ」


「なら行け」


御者が、出発を知らせる鐘を鳴らした。


俺は馬車へ乗り込む。


窓際の席へ座り、身を乗り出す。


「ガイル!」


三人が、こちらを見る。


「ジル! ダイス!」


俺は、大きく手を振った。


「またな!」


ダイスも、両手を振る。


ジルは笑いながら、少しだけ泣いていた。


ガイルは、最後まで、いつもの不機嫌そうな顔だった。


馬車が動き出す。


車輪が回り、三人の姿が、少しずつ遠くなっていく。


涙は、昨日、全部出したと思っていた。


でも、目の奥が熱くなった。


それでも、顔を背けなかった。


俺は、三人の姿が見えなくなるまで、ずっと手を振り続けた。


やがて、馬車が角を曲がる。


三人の姿が、完全に見えなくなった。


俺は席へ座り直し、手の中の乗車札を見る。


モニス。


父さんと母さんがいた町。


すべてが始まった場所。


今度は、二人に報告する番だ。


俺を乗せた馬車は、ゆっくりと、アレスの街を離れていった。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

これからどんどん成長していくアドリスをよろしくお願いします。

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