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胸をはって行け

 その後も、試験は続いた。


走力。


持久力。


基礎体力。


残りの筆記試験。


武器の扱い。


どれも。


魔術試験ほど騒ぎになることはなかった。


走る速さは、かなり上の方。


持久力も悪くない。


毎日剣を振り。


街道を歩き。


ときには魔獣から逃げてきた成果だろう。


数日かけて、一通りの試験を終える。


最後に残ったのは。


面談だけ。


面談は、二日後に行われることになった。


間に一日だけ、何もない日ができた。


俺たちは特別なことをしなかった。


四人でアレスの街を歩き。


ダイスが屋台の串焼きを買いすぎて、ジルに呆れられ。


ガイルは武器屋を覗き。


俺は、二年前に父さんと母さんと歩いた道を、もう一度歩いた。


いつもと変わらない一日だった。


でも。


その日の夜が。


ガイルたちと過ごす、最後の夜だった。


     


ガチャリ。


宿の部屋へ入る。


「アドリス、お疲れさま」


ジルが笑顔で迎えてくれた。


「おお、五属性様のお帰りだ!」


テーブルの前に座っていたダイスが、両手を広げる。


「その呼び方、まだ続けるの?」


「学院でも呼ばれるかもしれないぞ」


「絶対嫌なんだけど」


部屋の中央。


大きなテーブルの上には、料理が並んでいた。


焼いた肉。


香草を使った魚料理。


温かいスープ。


山盛りのパン。


果物の入った焼き菓子まである。


普段の夕食とは、明らかに違う。


「……何、これ」


「お祝いよ」


ジルが言う。


「明日で適性試験も終わるでしょう?」


「まだ結果出てないけど」


「結果のためのお祝いじゃないわ」


ジルは、少しだけ困ったように笑った。


「あなたが、ここまで来たお祝い」


言葉が出なかった。


ダイスが料理へ手を伸ばす。


パシッ。


その手を、ジルが叩いた。


「痛っ!」


「まだアドリスが座ってないでしょう」


「目の前にあるのに待てって方が無理ですよ」


「少しくらい我慢しなさい」


「俺は今日、昼飯も少なかったんですよ?」


「串焼きを五本食べてたでしょう」


「よく覚えてますね」


いつものやり取り。


何度も見てきた光景だった。


ガイルは、少し離れた場所で酒を杯へ注いでいる。


不機嫌そうな顔も。


ダイスの軽口も。


ジルの呆れた声も。


何も変わらない。


でも。


今日で最後だと思った瞬間。


三人の顔が、滲んだ。


「あれ」


頬へ触れる。


指先が濡れていた。


「おいおい」


ダイスが目を丸くする。


「何で泣いてんだよ。まだ飯食ってねえぞ」


「俺にも分からない」


笑おうとした。


でも。


涙が次々と溢れてくる。


両親を失った、あの日。


俺は。


この世界で、一人になったと思った。


何もできず。


どこへ行けばいいのかも分からず。


ただ、ガイルたちについていくしかなかった。


それなのに。


気づけば。


俺のために料理を並べ。


俺がここまで来たことを祝ってくれる人たちがいる。


守ってもらった。


剣を教えてもらった。


魔術を教えてもらった。


叱られた。


笑った。


一緒に旅をした。


俺は。


失ったものばかり見ていたのかもしれない。


でも。


この一年七か月で。


こんなにも多くのものを、三人からもらっていた。


「坊主」


ガイルが呼んだ。


顔を上げる。


ガイルは、いつものように無愛想な顔をしている。


「よく、ここまで来たな」


「……え?」


「剣も、魔術も」


杯をテーブルへ置く。


「投げ出さずに続けた」


それだけで。


また涙が出た。


ガイルに褒められたことは、ほとんどない。


いつも。


遅い。


甘い。


腰が浮いている。


踏み込みが浅い。


そればかりだった。


「試験の結果がどう出るかは知らねえ」


ガイルが続ける。


「だが、この一年七か月で積み上げたもんは、お前のもんだ」


俺を見る。


「この先、何を選んでもいい」


少しだけ間を置いて。


「胸張って行け」


俺は、何度も頷いた。


「……うん」


ダイスが鼻の下を指で擦る。


「まあ、魔術に関しちゃ俺が保証してやるよ」


「何を?」


「お前は、間違いなく気持ち悪いくらいの才能を持ってる」


「褒め方」


「ただし、修行をサボったらすぐ鈍るからな」


「分かってる」


「学院の教官に教えてもらっても忘れんなよ?」


「何を?」


「俺が最初の師匠だってこと」


「自分で言うんだ」


ジルが笑った。


それから。


俺の頭へ、そっと手を置く。


「また会ったら、いつでもご飯を作ってあげる」


「……うん」


「何が食べたいか、考えておいてね。」


ダイスが笑う。


ジルも笑った。


ガイルの口元も。


ほんの少しだけ緩んだ。


俺も笑った。


涙は、まだ止まっていなかったけど。


それでも。


笑えた。


俺は。


ちゃんと幸せだった。


翌朝。


俺たちは四人で王立学院へ向かった。


昨日までと同じ道。


同じ坂。


同じ門。


でも。


今日で、ガイルたちと一緒に歩くのは最後になる。


学院の門前で。


ガイルが立ち止まった。


「終わるまで、ここで待ってる」


「いいの?」


「ここまで送るって約束したからな」


十歳の適性試験には。


必ず間に合わせる。


ガイルが、両親を失った直後の俺にした約束。


今日。


その約束が終わる。


「行ってくる」


「ああ」


俺は一人、学院の中へ入った。

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