八歳の俺、人生を選び直す
ギルド本部を出たところで、俺は三人を呼び止めた。
「ガイル」
「何だ」
「ダイス」
「はい?」
「ジル」
「どうしたの?」
三人が、俺を見る。
「ありがとう」
「何がだ」
「色々」
俺は、腰の木剣へ触れた。
「俺を助けてくれて」
「剣を教えてくれて」
「魔術も教えてくれて」
「ここまで連れてきてくれて」
言っているうちに、少し恥ずかしくなる。
でも、最後まで言った。
「今の俺があるのは、三人のおかげだよ」
三人が、顔を見合わせる。
最初に口を開いたのは、ガイルだった。
「礼を言うのは、まだ早え」
「え?」
「十歳の適性試験まで」
俺を見る。
「生きて辿り着いてから言え」
俺は笑った。
「うん」
「それから」
ガイルが指を立てる。
「危険を感じたら?」
「避ける」
「避けたら?」
「下がる」
「勝手に?」
「前へ出ない」
ダイスが笑った。
「増えてますね」
「こいつの場合、増やさねえと死ぬ」
「ひどくない?」
「事実だ」
何も言い返せない。
ダイスが、俺の肩へ腕を回す。
「魔術の基礎も毎日続けろよ、五属性さん」
「その呼び方やめろ」
ジルも笑った。
「食事のことは任せなさい」
「……前のこと、まだ根に持ってる?」
「何のことかしら?」
絶対に覚えている。
俺は、少しだけ笑った。
翌日。
俺たちは、一軒の商店を訪れていた。
看板には、秤と鳥を組み合わせた紋章。
グレイファングから助けた商人。
キルティの店だ。
店そのものは、ヴァルドの大商会ほど大きくない。
だが、保存食、薬草、回復薬、野営道具、魔導晶石、魔獣素材、武器、防具。
棚には、冒険者向けの商品が隙間なく並んでいる。
店の奥では、何人もの店員が木箱を運び、壁には、商人組合の認可札まで掲げられていた。
『思ってたより、ちゃんとした商会なんだな』
「ガイルさん!」
奥から、キルティが現れた。
「来てくださったんですね!」
「ああ」
キルティは、俺たちへ深く頭を下げた。
「改めて」
「先日は、本当にありがとうございました」
「妻も娘も、おかげさまで無事です」
「気にすんな」
ガイルが答える。
「通りがかっただけだ」
「それでもです」
キルティは、俺を見る。
「特に、アドリス君」
「え?」
「あの若いグレイファングを」
「あなたが引き止めてくださったのでしょう?」
「でも」
俺は首を振った。
「最後に倒したのはガイルだよ」
「それでも」
キルティの表情は変わらなかった。
「ガイルさんが間に合うまでの時間を作ったのは、あなたです」
「…………」
「商人は」
静かに言う。
「誰が、何をしたのかを見誤ってはいけません」
なんだか、前世の取引先に言われそうな言葉だった。
少しだけ、親近感が湧く。
「ですので」
キルティが店内へ手を向ける。
「何か一つ、お礼をさせてください」
「いや、そこまで――」
と言いかけたとき、俺の目が、一つの商品で止まった。
小ぶりな片手剣。
刀身は、黒い。
魔力を帯びているわけではない。
表面へ、錆を防ぐための黒い処理を施しているらしい。
柄にも、派手な装飾はない。
革が巻かれているだけ。
実用品。
なのに、妙に格好いい。
『……いいな』
眺めていると、隣から声がした。
「欲しいのか?」
ガイルだった。
「いや」
「欲しい顔してる」
「……ちょっとだけ」
ガイルが、店員から剣を受け取った。
鞘から抜き、重さ、柄、刃、一つずつ確かめる。
やがて、鞘へ戻した。
「悪くねえ」
「本当?」
「お前でも扱える重さだ」
キルティが笑った。
「では、それを」
「いくらだ」
ガイルが聞く。
「お代は結構です」
「いいのか?」
「もちろん」
キルティは俺を見る。
「命のお礼としては、安すぎるくらいです」
ガイルは、少し考えてから頷いた。
「なら」
剣を差し出す。
「これだけ、もらう」
「はい」
「他はいらねえ」
「承知しました」
俺は、黒い小剣を受け取った。
ずしり。
父さんからもらった木剣より、当然、重い。
グレイファング戦で、ガイルから借りていた護身用の短剣は、昨日返してある。
つまり、これは、俺が初めて持つ、自分の実剣だった。
「ありがとう」
「どういたしまして」
キルティが笑う。
「大切にお使いください」
「うん」
父さんの木剣は、これからも持っていく。
あれは、俺が剣を始めた理由そのものだ。
でも、いつか、本当に戦わなければならないときは、この剣を抜くことになるのだろう。
店を出ようとしたとき、ガイルが足を止めた。
「キルティ」
「はい?」
ガイルが、俺へ視線を向ける。
「こいつは、まだ子供だ」
「ええ」
「俺たちが近くにいねえとき」
少し間を置く。
「こいつが、筋の通った頼みを持ってきたら」
キルティを見る。
「話くらいは聞いてやってくれ」
「ガイル?」
何の話だ。
キルティも、一瞬だけ目を丸くした。
だが、すぐに頷いた。
「もちろんです」
「家族三人の命を救っていただきました」
俺を見る。
「私の名と信用で開けられる扉なら」
「できる限り、開きましょう」
「甘やかす必要はねえぞ」
「ええ」
キルティは、少しだけ笑った。
今度は、命の恩人を見る顔ではない。
商人の顔だった。
「恩人であることと」
「商売の話は別ですから」
「……厳しそう」
「信用を貸す以上、当然です」
前言撤回。
かなり厳しそうだ。
でも、嫌な感じはしなかった。
キルティが、小さな木札を差し出す。
秤と鳥の紋章が刻まれていた。
「何かありましたら」
「これを商会の者へお見せください」
俺は受け取る。
「ありがとう」
「こちらこそ」
木札を、荷袋の奥へしまった。
三日後。
ディアドラの東門。
街道へ向かう馬車が、門の外で待っていた。
俺は、腰の左側へ、父さんからもらった木剣。
反対側へ、キルティから受け取った黒鋼の小剣を差している。
荷物を積み終えたダイスが、馬車へ乗り込んだ。
「いやあ」
「今日から正式に四人ですね」
ジルも後へ続く。
「飯代が増えるわね」
「一番食べるあなたが言わないの」
「何で俺が怒られるんです?」
「普段の行いだろ」
ガイルが、御者台へ座る。
それから、俺を見る。
「準備はいいか」
「うん」
「忘れ物は?」
「ない」
ジルが首を傾げる。
「本当に?」
「……たぶん」
「たぶん?」
「ない!」
ダイスが笑った。
「忘れてても、次の街で買えばいいでしょう」
「あなたは少しくらい、忘れ物を気にしなさい」
いつも通りだった。
死霊と戦い、グレイファングに襲われ、聖騎士の戦場へ飛び込み、王国最強の騎士まで見た。
それでも、四人でいると、何でもない会話へ戻ってくる。
ガイルが、手綱を握った。
「行くぞ」
馬車が動き始める。
ディアドラの城壁が、少しずつ遠ざかっていった。
俺は、腰の木剣へ触れた。
父さんから、初めてもらった剣。
あの日、モニスを出たとき。
俺は、こんな場所まで来るとは思っていなかった。
父さんと母さんを失い、行く場所もなくなった。
最初は、ただ、ガイルたちについていくしかなかった。
でも、今は違う。
剣を学びたい。
魔術を学びたい。
この世界を見たい。
そして、この三人と、もっと旅をしたい。
誰かに、そうしろと言われたわけではない。
自分で、選んだ。
「アドリス」
御者台から、ガイルが呼ぶ。
「何?」
「次の街までは遠いぞ」
俺は、ガイル、ダイス、ジル、三人の顔を順番に見た。
そして、自分から答えた。
「行こう」
馬車は、ディアドラを離れ、まだ見たことのない街道へ進んでいく。
こうして、俺の、本当の意味での冒険者生活が始まった。
第一部 完
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これからどんどん成長していくアドリスをよろしくお願いします。
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