白銀の騎士 クオン=レオンディア
「レオンディア……?」
俺が呟く。
その名前に反応したのは、ダイスだった。
「クオン=レオンディア」
信じられないものを見るように、白銀を纏った騎士を見つめる。
「まさか……」
「知ってるの?」
「知ってるも何も」
ダイスは、杖を握ったまま答えた。
「《白銀》レオンディアだ」
それ以上を聞くより先に、クオンが動いた。
一歩。
ただ、地面を蹴っただけに見えた。
次の瞬間、その姿が消えた。
「え?」
見上げる。
クオンは、城壁と同じほどの高さまで跳び上がっていた。
銀色の髪が、風へ流れる。
全身を包む白銀の光が夜明け前の星のように輝いている。
クオンが左手を静かに掲げた。
「《ゾル・イデア》」
詠唱は、それだけだった。
クオンの頭上へ、無数の光球が展開される。
赤。
青。
黄。
三色。
一つ一つは拳ほどの大きさしかない。
だが、数えきれないほどの光が空を埋め尽くしていた。
「嘘だろ……」
ダイスの声が掠れる。
「同時に、いくつ制御してんだよ」
クオンが、掲げていた手を下ろした。
光が降る。
赤い光球が魔獣の進路へ着弾した。
爆ぜた炎が、足を止める。
青い光球が地面へ広がり、魔獣の脚を水と氷で絡め取る。
黄色の光球は、細い雷へ変わり、動きを止められた個体だけを撃ち抜いた。
轟音。
閃光。
魔獣の悲鳴。
戦場が、三色の光で埋め尽くされる。
それでも、聖騎士には一つとして当たらなかった。
敵と味方が入り乱れている。
距離も、動く方向も違う。
なのに、光は、魔獣の脚、肩、額、動きを止める場所だけを正確に撃ち抜いていた。
「おいおい……」
ダイスが呆然と呟く。
「あの数を」
「全部、選んで撃ってんのかよ」
ガイルが不機嫌そうに言った。
「だから気味が悪いって言ったんだ」
光の雨によって、魔獣の群れに道が開く。
その奥。
岩場の上へいた統率種が、初めて動いた。
六つの目が、すべてクオンへ向く。
一本角へ、再び黒い魔力が集まっていく。
リーチャーが咆哮した。
「ギィァァァァァッ!」
周囲の魔獣が、一斉にクオンへ飛びかかる。
クオンは、空中で剣を構えた。
白銀の光が刀身を覆う。
そのまま、地面へ降りる。
そう見えた。
次の瞬間、姿が消えた。
魔獣たちが、何もない空間へ牙を突き立てる。
「どこへ――」
俺の視界が、追いつかない。
気づいたとき、クオンは統率種の目の前に立っていた。
リーチャーの角から、黒い光が放たれる。
クオンは避けない。
剣を、僅かに斜めへ構えた。
黒い光が白銀の刃へ触れる。
直後、左右へ割れた。
光が、クオンの両側を通り過ぎ、地面へ深い溝を作る。
「そんな……」
小隊長が息を呑む。
クオンは、何事もなかったように一歩踏み込んだ。
白銀の剣が一閃。
剣を振り終えたクオンは、すでにリーチャーの横を通り過ぎている。
そして静かに刀身を下ろした。
一拍遅れて、リーチャーの首が岩場から落ちた。
黒い巨体がゆっくりと地面へ崩れる。
群れの動きが止まった。
統率する声を失い、魔獣たちが、互いに違う方向を見る。
「今だ!」
小隊長が剣を掲げる。
「押し返せ!」
「おおおおおおっ!」
聖騎士たちが一斉に前へ出た。
先ほどまで、一つの意思で動いていた魔獣の群れは、もう隊列を作れない。
聖騎士の盾に弾かれ、槍で追い立てられ、次々と森の方角へ逃げていく。
「追いすぎるな!」
ガイルが叫ぶ。
「森の手前で止まれ!」
小隊長も、すぐに同じ命令を出した。
「深追いするな! 負傷者と避難民の安全を優先しろ!」
最後の魔獣が、森の中へ消える。
しばらくして、城壁の上から勝利を知らせる角笛が鳴った。
ブォォォォ――。
「勝ったぞ!」
「群れが退いた!」
聖騎士たちの歓声が上がる。
俺は、その中心へ立つクオンから、目を離せなかった。
戦闘が終わり、クオンが俺たちの近くへ戻ってきた。
改めて見ると、身体の周囲には、まだ白銀の光が残っている。
淡く、静かに流れる光。
ただ立っているだけなのに、周囲の魔元素が、すべてクオンへ引かれているように感じた。
『何だ、これ』
グレイファング。
死霊。
身体強化術を受けた用心棒。
色々な魔力を見てきた。
だが、クオンのものはどれとも違う。
俺は意識を集中させた。
白銀の奥。
流れを追う。
『……違う』
白銀という、一つの属性があるんじゃない。
赤。
青。
黄。
三つの異なる魔力。
火。
水。
雷。
最初はそれぞれの属性が混ざり合っているのだと思った。
だが、違う。
三つの流れは、互いを消していない。
混ざって、一つになっているわけでもない。
それぞれが、別々の形を保ったまま、同じ場所へ重なっている。
流れる速さ。
出力。
重なる位置。
すべてが僅かにでも崩れれば、互いに干渉するはずだ。
それなのに、三つの魔力は、信じられないほど精密な均衡を保ち、結果として、一つの白銀に見えていた。
『何をやってるんだ、この人……』
クオンが、俺へ顔を向けた。
「君」
「……僕?」
「さっきから」
穏やかな声。
「僕の事を、随分熱心に見ているね」
「ご、ごめんなさい」
「謝る必要はないよ」
クオンは、自分の右手を見る。
白銀の光が、指先へ集まった。
「何か見えたのかい?」
俺は、少し迷った。
それでも、正直に答える。
「白銀の中に」
クオンを見る。
「三つある」
クオンの目が、初めて僅かに細くなった。
「三つ?」
「赤と青と黄」
「別々に流れてる」
「混ざってるように見えるけど」
もう一度、白銀の流れを見る。
「混ざってない」
少しの沈黙。
周囲では聖騎士たちが負傷者を運び、避難民を城内へ誘導している。
その喧騒の中で、クオンだけが、俺を静かに見ていた。
「驚いた」
口元へ、僅かな笑みが浮かぶ。
「君には、これが一つに見えないのか」
「うん」
クオンは、俺ではなく、ガイルへ視線を向けた。
「この子」
「余計なこと教えんなよ」
ガイルが不機嫌そうに言う。
クオンは首を傾げた。
「僕はまだ、何も教えていないよ」
「その顔が気に食わねえ」
「君は昔から、僕の顔に文句が多いね」
「今もだよ」
クオンは、楽しそうに小さく笑った。
「それで」
俺はダイスへ顔を向ける。
「《白銀》レオンディアって、何?」
ダイスは、呆れたような顔で俺を見た。
「本当に知らねえのか?」
「クオン様が三騎士なのは知ってる」
「それだけ?」
「王国最強ってことも」
「一番大事なところは知ってんじゃねえか」
ダイスは、クオンの背中を見る。
「クオン=レオンディア」
「今じゃ、三騎士の一人だが」
「若い頃は、冒険者ギルドにも登録してた」
「聖騎士なのに?」
「ああ」
ダイスが頷く。
「三騎士になる前」
「騎士団から許可を取って、非番の日だけ依頼を受けてたらしい」
「非番の日に冒険者……」
「本人は」
ダイスが少しだけ声を落とす。
「退屈しのぎの道楽だったって言ってたそうだ」
思わず、白銀を纏った男を見る。
「あれが?」
「その道楽で」
ダイスは乾いた笑いを漏らした。
「数年もかからず、特選級まで上がった」
「…………」
「それだけじゃねえ」
杖を肩へ担ぐ。
「特選級の中でも、規格外と認められた七人」
「《逸脱者》」
「《白銀》レオンディアは、その一人だ」
『逸脱者』
通常の階級では、測れないほどの力を持つ者たち。
クオンは、聖騎士の頂点であるだけではない。
冒険者としても、規格外と認められていた。
「遊びで逸脱者になる馬鹿が、どこにいるんだよ」
ガイルがまた不機嫌になった。
少し離れたところにいたクオンが振り返った。
「騎士団の許可は、きちんと取っていたよ」
「そういう問題じゃねえ」
「僕にとっては大切な問題だけどね」
「お前の都合なんか知るか」
「相変わらず、つれないな」
「早く仕事に戻れ」
クオンは笑いながら、小隊長の方へ歩いていった。
「クオン様」
小隊長が姿勢を正す。
「ご助力、感謝いたします」
「礼は必要ないよ」
クオンは、負傷者たちへ視線を向けた。
「僕が来るまで、よく持たせてくれた」
「ですが」
小隊長が唇を噛む。
「我々だけでは、戦線を維持することすら――」
「維持したじゃないか」
クオンが静かに遮った。
「住民を守りながら」
「増え続ける魔獣を相手に」
「僕が到着するまで、門を破らせなかった」
小隊長が顔を上げる。
「十分な働きだ」
クオンは、崩れた盾列を見る。
「胸を張るといい」
「……はい!」
それから、小隊長は不思議そうに尋ねた。
「しかし、なぜクオン様がディアドラに?」
「冒険者ギルド本部との合同会議だよ」
「今朝、街へ到着したばかりだった」
クオンは、城壁の上へ残る狼煙を見る。
「随分と目立つ援護要請だったからね」
「なるほど……」
「戦闘の詳細は、あとで聞こう」
クオンは軽く息を吐く。
「感動の再会を邪魔して悪いけれど」
ガイルへ顔を向けた。
「戦闘が終われば、本部へ報告へ行くのが長の務めだ」
「誰が感動してるって?」
「久しぶりに会った友人へ、もう少し優しくしてもいいと思うけど」
「友人じゃねえ」
「それは残念だ」
クオンは、少しも残念そうではなかった。
そのまま、聖騎士たちの方へ歩き始める。
だが、数歩進んだところでこちらを振り返った。
視線は、俺へ向いている。
「君」
「はい」
「名前は?」
「アドリス」
「アドリスか」
クオンは、俺の名前を確かめるように繰り返した。
「覚えておこう」
「え?」
「白銀を、三つに見た少年としてね」
白銀の光が、一度だけ揺れた。
「また会おう、アドリス」
そう言って、クオンは今度こそ歩き出した。
背を向けたまま、右手を軽く上げる。
「ガイルにもよろしく」
「本人がここにいるだろうが!」
ガイルの声が、戦場へ響いた。
俺は、クオンの後ろ姿が見えなくなるまで見送った。
それから、隣に立つガイルを見る。
「ガイル」
「何だ」
「クオン様と、どういう知り合いなの?」
「知らん」
「さっき、友人って言われてたよね?」
「奴が勝手に言ってるだけだ」
「でも、昔からって」
ガイルが、露骨に面倒そうな顔をする。
そのとき、遠ざかりかけていたクオンが、こちらを振り返らずに言った。
「騎士団を離れても」
よく通る、穏やかな声だった。
「人の部隊を勝手に動かす癖は、変わらないらしいね」
『騎士団を離れても?』
俺は、ゆっくりガイルを見る。
「ガイルって」
「…………」
「聖騎士だったの?」
ダイスが面白そうに口元を上げる。
ジルは仕方がないというように小さく笑った。
ガイルだけが、心底嫌そうな顔をしている。
「昔」
大剣を背負い直す。
「少しいただけだ」
「少しって、どれくらい?」
「行くぞ」
「答えてないよ」
「ギルド本部で手続きがある」
「誤魔化した」
ガイルは、俺を無視して、ディアドラの城門へ歩き出した。
俺たちも、その後を追う。
ディアドラへ着いて、最初に知ったのは、冒険者ギルド本部の大きさでも、集まる冒険者の多さでもなかった。
俺に剣を教えている、この大男が、かつて、聖騎士だったという事実だった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これからどんどん成長していくアドリスをよろしくお願いします。
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