冒険者が、指揮をし始めた
ガイルは戦場全体を一度見ただけだった。
「指揮を取ってんのは誰だ!」
怒鳴る。
血の滲んだ腕を押さえた聖騎士が、こちらを振り返った。
「私だ!」
四十代ほどの男。
肩当てには、小隊長を示す紋章がある。
「何があった!」
「斥候の見立てでは、小規模な群れだった!」
小隊長が剣で魔獣を牽制しながら答える。
「だが、統率種が潜んでいた!」
「周辺にいた別の群れまで呼び寄せやがったんだ!」
男が魔獣たちの後方を指差した。
群れの奥。
少し高くなった岩場に、一際大きな黒い魔獣が立っている。
獅子に似た身体。
額から伸びる、捻れた一本角。
顔には左右に三つずつ、六つの目が並んでいた。
そいつが低く喉を鳴らすたび、魔獣の群れが同時に向きを変える。
「統率種」
「こいつら、こちらの陣形を読んでやがる」
「全員で奴を狙えば、避難民が食われる」
「守りに回れば、増え続ける群れを押し返せない!」
再びリーチャーが低く鳴いた。
直後。
左側にいた魔獣たちが、一斉に避難路へ向きを変える。
「来るぞ!」
聖騎士が叫ぶ。
盾列が慌てて移動しようとする。
「盾持ち!」
ガイルの声が、戦場へ響いた。
「左へ二歩出ろ!」
若い聖騎士が振り返る。
「何者だ、貴様!」
「次の突進で、避難路ごと潰されるぞ!」
ガイルは魔獣から目を離さない。
「第一列はその場で受けるな! 斜めへ流せ!」
「第二列は左の穴を埋めろ!」
「なぜ冒険者が、我々へ命令を――」
「文句は生き残ってから言え!」
若い騎士が顔を歪める。
だが、その隣にいた年長の聖騎士が、ガイルの示した方向を見る。
魔獣の突進。
盾列の角度。
避難路。
一瞬で何かを理解したらしい。
「従え!」
年長の聖騎士が叫んだ。
「その男の指示が正しい!」
「第二列、左へ!」
聖騎士たちが動く。
盾列が正面ではなく、僅かに斜めへ向けられた。
魔獣が突っ込む。
ガァンッ!
盾へ激突した魔獣の身体が横へ流される。
その先には、槍を構えた第二列。
「今だ!」
小隊の槍が、魔獣の脇腹へ突き刺さった。
「後衛は右へ寄れ!」
ガイルが続ける。
「魔術師は盾列の陰から撃て!」
「治療班!」
「歩ける負傷者から下げろ! 担架を重傷者へ回せ!」
小隊長が、驚いたようにガイルを見る。
「あなたは、一体……」
「話は後だ!」
ガイルは大剣を抜く。
「ダイス! 右翼を止めろ!」
「はいよ!」
ダイスが杖を掲げる。
「雷よ、走れ――《ボルテック》!」
青白い雷が、右側から迫っていた魔獣たちの足元を走る。
何頭もの身体が痙攣し、動きが止まった。
「ジル!」
「分かってる!」
ジルが避難路へ杖を向ける。
「聖なるものよ、我らを守れ――《プロテクト》!」
白い光の壁が、逃げる住民と魔獣の間へ広がった。
牙と爪が、光の壁へ叩きつけられる。
「アドリス!」
「うん!」
「負傷者を壁の内側へ!」
俺は頷き、倒れていた若い騎士の腕を肩へ回した。
重い。
八歳の身体では、一人で運ぶことはできない。
近くにいた治療班の女性と一緒に、引きずるように避難路へ下げる。
その間にも、ガイルの声は止まらなかった。
「槍隊、追うな!」
「前へ出すぎれば、左右から挟まれるぞ!」
「魔術師は大型個体の脚を狙え! 倒す必要はねえ、足を止めろ!」
崩れていた隊列が、少しずつ形を取り戻していく。
前衛が魔獣の突進を流し、後衛の魔術が盾列の隙間から正確に放たれる。
治療班にも余裕が生まれ、倒れていた聖騎士たちが次々と城門側へ運ばれていった。
『何だ、これ』
ガイルは、大剣が強いだけじゃない。
この規模の戦場で、どこへ誰を動かせばいいのか。
全部、分かっている。
しかも聖騎士たちの陣形も、役割も、まるで最初から知っているかのようだった。
「ガイルって……」
俺が呟いた、そのとき。
統率種が六つの目を細めた。
低い唸り。
さっきまでとは違う。
魔力を含んだ音が、戦場全体へ広がる。
魔獣たちの動きが一斉に止まった。
「何をする気だ?」
ダイスが顔を上げる。
リーチャーの一本角へ、黒い魔力が集まり始めていた。
その向きは聖騎士ではない。
城門。
逃げ込もうとしている住民たちだ。
「あれを撃たせるな!」
小隊長が叫ぶ。
聖騎士たちが一斉に前へ出ようとする。
だが、その前へ魔獣の群れが壁となって立ちはだかった。
「間に合わねえ!」
ガイルが大剣を握る。
リーチャーの角に集まった魔力が、限界まで膨れ上がる。
そして。
放たれようとした瞬間。
白銀の光が戦場を横切った。
音すら、聞こえなかった。
黒い魔力の塊だけが真ん中から二つに裂け、そのまま空中で霧散した。
「……何だ?」
俺は振り返る。
城門の暗がりから、一人の男が歩いてくる。
銀色の長髪。
細身の剣。
そして。
全身を静かに包む白銀のオーラ。
聖騎士たちの顔が一斉に上がった。
「クオン様……!」
「三騎士のクオン様だ!」
見覚えがあった。
父さんと母さんに連れられ、アレスで聖騎士団の凱旋式を見た日。
巨獣の引く車の中央に立っていた。
王国最強と呼ばれる男。
俺が、聖騎士になりたいと思ったきっかけ。
クオン。
男は戦場とは思えないほど穏やかな顔で、ガイルを見た。
「久しぶりだね」
ガイルが大剣に付いた血を振り払う。
「相変わらず、気味が悪いくらい正確じゃねえか」
クオンを包む白銀へ目を向ける。
「レオンディア」
『レオンディア?』
聞いたことのない名だった。
クオンの眉が、僅かに上がる。
「久しぶりに会って、最初の言葉がそれかい」
「褒めてんだよ」
「君の褒め言葉は、昔から分かりにくいね」
クオンは静かに剣を抜いた。
白銀の光が刀身へ流れていく。
「話は後にしよう」
魔獣の群れへ、穏やかな視線を向ける。
「ここからは」
その声には、戦場へ遅れてきた者の焦りなど少しもなかった。
「僕が引き受けよう」




