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死んだ幼馴染が、「俺についてこい」と言った

 「遅かったな」


丘の上。


大きな木の下で、三日前に埋められたはずの男が、何でもないことのように笑っていた。


「……エリック」


ラギドの声が震える。


月明かりに照らされた姿は、聞いていた通りだった。


使い込まれた革鎧。


腰に下げた片手剣。


短く切られた茶色い髪。


生前のエリックを知らない俺でも、ラギドと同じ年頃の、普通の冒険者に見える。


ただし、首に残った傷を除けば。


皮膚が深く裂け、乾いた血で傷口が黒く変色している。


服にも、墓から這い出てきたとしか思えないほど、大量の土がこびりついていた。


それでも、エリックは痛がる様子すら見せない。


「何だよ、その顔」


ラギドへ歩み寄る。


「ちゃんと来たじゃねえか」


「エリック……」


「ん?」


「本当に……」


ラギドは言葉を失った。


手にしたランタンが、小刻みに揺れている。


エリックは気にする様子もなく、俺たちへ顔を向けた。


「で、そいつら誰だよ」


「冒険者の人たちだ」


ラギドが答える。


「一緒に来てもらった」


エリックの笑みが、ほんの一瞬だけ止まった。


「……何で?」


「何でって……」


「俺が呼んだのは、お前だろ」


声は穏やかだった。


怒っているようには聞こえない。


それなのに、丘を吹き抜けた夜風が、急に冷たくなったように感じた。


ラギドが何も答えられずにいると、エリックはすぐ、いつもの笑顔へ戻った。


「まあ、いいか」


ラギドの肩を叩こうとする。


だが、その手が触れる直前、ラギドは反射的に半歩下がった。


エリックの手が宙で止まる。


「……どうした?」


「いや」


「変な奴だな」


笑いながら手を下ろす。


「それよりラギド。次の仕事は決めたぞ」


「次の……仕事?」


「ああ」


エリックは何事もなかったように話し始めた。


「前に話しただろ。北の坑道だ」


「…………」


「少し危険だが、報酬はいいらしい」


口元を上げる。


左側だけが、僅かに高くなる笑い方。


ラギドが話していた通りだった。


「準備ができたら、すぐ出るぞ」


「なあ、エリック」


「装備も補充しねえとな。お前、回復薬ほとんど使っちまっただろ?」


「エリック」


「今度は俺が多めに――」


「エリック!」


ラギドが叫んだ。


男の声が、静かな丘へ響く。


エリックが口を閉じた。


「何だよ」


「ぼくが……エリックを埋めたんだ」


ラギドの目に、涙が滲んでいた。


「三日前」


「…………」


「首を斬られて」


「…………」


「冷たくなったエリックの身体を、村まで運んだ」


エリックの笑みは消えない。


「共同墓地に穴を掘って」


ラギドの手が震える。


「エリックの身体に、土をかけたのは俺なんだ」


「だから?」


エリックは首を傾げた。


裂けた傷口が開く。


だが、血は一滴も流れなかった。


「だからって……」


ラギドは息を詰まらせた。


「そんな傷のまま、次の依頼の話なんかするなよ」


「…………」


「頼むから、教えてくれ」


声が掠れる。


「君は、本当にエリックなのか?」


しばらく、誰も動かなかった。


エリックはラギドの顔を見つめていた。


そして、小さく息を吐くように笑った。


「難しいことは、どうでもいいだろ」


「どうでもよくない!」


「俺はここにいる」


自分の胸を指差す。


「それでいいじゃねえか」


「でも――」


「昔みたいに」


エリックが手を差し出した。


「俺についてくればいいんだよ」


その言葉を聞いた瞬間、ラギドの表情が揺れた。


十五年間。


何度も、同じ言葉を聞いてきたのだろう。


エリックは手を伸ばしたまま、返事を待っている。


ぱっと見れば、本当に、生きているように見えた。


ただ、やはり何かがおかしい。


胸が上下していない。


呼吸をしていない。


それだけではなかった。


『……魔力?』


ヴァルドで、身体強化術を掛けられた用心棒と戦ったとき、俺は、相手の身体を巡る魔力を感じた。


ダイスの検査でも、右手、左足、短杖の先。


魔力が、身体の中を移動する感覚を確かめた。


流れ方に違いはあっても、生きている人間の魔力は、身体全体を巡っていた。


だが、目の前のエリックは違う。


意識を集中させる。


『どこだ……?』


胸。


何もない。


いや、ないわけじゃない。


何かがある。


だが、それは身体を巡る流れではなかった。


右腕。


胸。


首。


一つの濁った塊が、居場所を変えるように、身体の中を移動している。


『魔力が巡ってるんじゃない』


背中へ、冷たいものが走った。


『何かが、この身体を動かしてる』


「みんな、気をつけて!」


声が出た。


エリックの目が、俺へ向く。


「この人の中に、別の何かがいる!」


「何?」


ダイスが短杖へ手を伸ばす。


ジルも、エリックの身体を見つめた。


「魔力が身体を巡ってない」


俺は続ける。


「塊みたいなものが、腕や胸へ移動してる」


ジルの表情が変わった。


「まさか……」


「ラギド」


エリックが呼んだ。


声は、まだ、生前の男と変わらない。


「そいつらを帰せ」


「エリック?」


「俺たちの話に、邪魔はいらない」


ラギドは動かなかった。


エリックの首が、僅かに傾く。


人間なら痛みを感じそうな、不自然な角度まで。


「どうした?」


笑っている。


口元だけは。


「いつもみたいに、俺の言うことを聞けよ」


「エリック……」


「ラギド」


声が低くなる。


「そいつらを帰せ」


「嫌だ」


ラギドが答えた。


小さな声だった。


だが、確かに拒絶した。


エリックの笑みが消えた。


次の瞬間、地面を蹴った。


『速い!』


だが、向かった先はラギドではない。


俺だった。


「邪魔するな!」


エリックが剣を抜く。


銀色の刃が、月明かりを反射した。


俺は動けなかった。


速すぎる。


剣が振り下ろされる。


その前へ、巨大な大剣が滑り込んだ。


キィンッ!


甲高い金属音。


「ガキから狙うか」


俺とエリックの間に、ガイルが立っていた。


「随分、分かりやすいじゃねえか」


「どけ!」


エリックが剣を引く。


すぐに次の斬撃。


横。


上。


斜め下。


三つの斬撃が、ほとんど間を置かず、ガイルへ襲いかかる。


キンッ!


ガンッ!


ギィンッ!


ガイルは大剣を僅かに動かし、すべて受け流した。


「……速い」


ダイスが短杖を構える。


守線級。


エリックは、生前から一定の腕を持つ冒険者だったのだろう。


だが、それだけでは説明できない。


踏み込んだエリックの右脚が、嫌な方向へ曲がった。


骨か。


筋肉か。


何かが壊れた音がする。


それでも、エリックは速度を落とさなかった。


痛みを感じる様子すらない。


身体が壊れることを、まるで気にしていない。


「生きてる奴の動きじゃねえな」


ガイルがエリックの剣を弾く。


空いた腹へ、重い蹴りを叩き込んだ。


ドゴッ!


エリックの身体が宙へ浮く。


地面へ落ち、そのまま何メートルも草の上を滑った。


普通なら、それで動けないはずだった。


だが、エリックは片腕を地面へつき、すぐに立ち上がった。


蹴られた腹が、不自然に凹んでいる。


「ラギド」


エリックは傷ついた身体で笑った。


「何で、こいつらを連れてきたんだよ」


「エリック……」


「俺たちは、ずっと二人だっただろ」


ダイスが短杖を向ける。


「ラギド、悪いな」


赤い魔導晶石の奥で、光が強くなる。


「その幼馴染、どう見てもまともじゃねえんだわ」


「雷よ、戒めろ――」


エリックがダイスへ顔を向ける。


「《ボルテック》!」


青白い雷が、地面を走った。


一本。


二本。


三本。


逃げ道を塞ぐように広がり、エリックの身体へ絡みつく。


バチィッ!


「ぐっ……!」


エリックの身体が大きく跳ねた。


焦げた臭いが、夜風に乗って届く。


右腕が痙攣し、焼けた皮膚が黒く変色していた。


普通の人間なら、立っていられるはずがない。


だが、エリックは倒れなかった。


焦げた腕をぶら下げたまま、ゆっくりとダイスへ顔を向ける。


「邪魔をするな」


ダイスの笑みが消えた。


「効いてねえんじゃない」


短杖を構え直す。


「身体が壊れても、止まらねえんだ」


「死霊よ!」


ジルが叫んだ。


ジルが杖を地面へ突き立てる。


「死霊?」


俺が聞き返す。


「死者の身体へ潜り込み、残った記憶と声を使って、生きている人間を誘う魔物!」


ジルの身体から、白い光が溢れ出す。


日々の祈りによって、魔元素を聖なるものへ変え、少しずつ体内へ蓄えてきた力。


聖なる魔元素。


「とくに、生前親しかった人間を狙うの」


白い光が地面を走る。


丘の上へ、大きな円を描いていく。


「その魂を、喰らうために!」


光の輪が閉じた。


その瞬間、エリックの背中から、黒い靄のようなものが浮かび上がった。


身体の外へ逃げようとする。


だが、光の壁へ触れた途端。


ジュッ!


何かが焼ける音。


黒い靄は弾かれ、再びエリックの身体へ潜り込んだ。


「うあああああっ!」


エリックが初めて、苦痛の声を上げた。


「これで、外へは逃がさない!」


ジルは杖を握りしめる。


額には、すでに汗が浮かんでいた。


「普通の攻撃では、身体しか壊せない!」


「じゃあ、どうすんだ!」


ダイスが叫ぶ。


「聖なる魔元素で死霊本体を頭へ追い込む!」


ジルが答える。


「首を断って、身体から切り離した瞬間に、私が浄化する!」


エリックの身体が、不自然に震えた。


「ラギド」


親友の声で呼ぶ。


「助けてくれ」


ラギドが、一歩動きかけた。


「近づくな!」


ジルが止める。


「あれはエリックじゃない!」


「でも……」


「アドリス!」


ジルが俺を見る。


「中にいる死霊の位置、分かる?」


「待って!」


意識を集中させる。


濁った塊は、エリックの身体の中を、高速で移動していた。


右腕。


胸。


腹。


場所を掴んだと思った瞬間には、すでに別の部位へ逃げている。


「……右腕!」


「分かった!」


ジルが杖を向ける。


「聖なるものよ、穢れを祓え――《エリミネア》!」


白い光が、エリックの右腕を包み込む。


「ぐああっ!」


黒い塊が逃げる。


右腕から、肩、胸。


「胸に移った!」


ジルが杖を動かす。


再び白い光。


だが、放たれる直前。


『違う!』


「腹!」


光が胸を通り過ぎる。


一瞬遅かった。


死霊は、すでに腹へ潜っていた。


「くそ……!」


エリックが地面を蹴る。


再びガイルへ襲いかかった。


剣と大剣がぶつかる。


ギギギギッ!


鍔迫り合い。


エリックの腕から、筋肉が裂ける音が聞こえる。


それでも、死体は力を緩めない。


「ラギド!」


ガイルと剣を押し合いながら、エリックが叫ぶ。


「こいつらを止めろ!」


「…………」


「俺を助けろよ!」


ラギドは、腰の剣へ手を添えたまま、動けない。


「お前は、俺の仲間だろ!」


「エリック……」


「俺たちは、次の依頼に行くんだ!」


ガイルが奥歯を噛みしめる。


大剣を僅かに傾け、エリックの剣を横へ流した。


そのまま肩をぶつける。


ドンッ!


エリックが体勢を崩した。


「ダイス!」


「はいはい!」


ダイスが短杖を地面へ向ける。


「地を走れ。縛れ――《ポルティクスフィールド》!」


青白い光が、草の上を走る。


エリックの両脚へ巻きつき、地面へ縫い止めた。


「離せ!」


エリックが無理やり脚を持ち上げようとする。


膝が軋み、骨が曲がる。


それでも、光の帯を引き千切ろうとしていた。


「アドリス!」


ジルの声。


「もう一度!」


俺はエリックを見る。


右脚。


腰。


胸。


違う。


動きが速い。


ジルが放った白い光に触れた瞬間だけ、死霊の流れが濃くなる。


それ以外は、死んだ身体の中へ紛れ込み、輪郭が消えてしまう。


『どこだ』


エリックが暴れる。


ポルティクスフィールドの光が軋む。


ジルの顔色も、少しずつ悪くなっている。


聖なる魔元素は、無限に使えるわけじゃない。


『早く見つけないと』


目を閉じかける。


いや。


見ている必要はない。


魔力の流れは目で追うものじゃない。


周囲の音を消す。


エリックの叫び。


剣の音。


風。


ラギドの荒い呼吸。


全部、意識の外へ押し出す。


残ったのは、死体の中を移動する一つの異物。


腹。


胸。


肩。


首。


『上へ行った』


「頭だ!」


俺は叫んだ。


「今、頭にいる!」


「逃がさない!」


ジルが両手で杖を握る。


白い光が、エリックの首から下を包み込んだ。


頭部に潜む死霊の逃げ道を、聖なる魔元素が塞いでいく。


「ガイル!」


「分かってる!」


ガイルが一気に踏み込んだ。


エリックの剣を、大剣の鍔で弾き飛ばす。


片手で首元を掴み、その身体を地面へ叩きつけた。


ドンッ!


土が舞う。


続けて、大剣の切っ先を、エリックの腹へ向けた。


「待っ――」


刃が突き立てられる。


肉を貫き、そのまま地面へ深く食い込んだ。


エリックの身体が、丘の上へ縫い止められる。


「これで動けねえ」


ガイルは大剣を押さえたまま、ラギドへ顔を向けた。


「おい!」


ラギドの身体が跳ねる。


「剣を抜け!」


「……え?」


「今、死霊は頭にいる」


ジルが苦しそうに言う。


白い光を維持したまま。


「首を断てば、身体から切り離せる」


「そんな……」


「その瞬間に、私が浄化する」


ラギドが、エリックを見る。


丘へ縫い止められた身体。


傷ついた顔。


十五年間、何度も見てきた親友の顔。


「ラギド……」


エリックが呼んだ。


声だけは、あの頃と変わらなかった。


「助けてくれ」


「…………」


「こいつらを止めろ」


ラギドの手が、剣の柄へ伸びる。


だが抜けない。


「帰ろうぜ」


エリックが昔と同じように笑った。


左の口元だけを、少し上げて。


「次の依頼に行くんだろ?」


「エリック……」


「大丈夫だ」


死者の手が、ラギドへ向かって伸ばされる。


「お前は、俺についてくればいい」


ラギドの目から、涙が流れた。


「できないよ……」


ガイルが怒鳴る。


「やれ!」


「できるわけないだろ!」


ラギドも叫び返した。


「あいつは俺の親友なんだ!」


「あいつはもう死んでる!」


「分かってる!」


「分かってねえから、剣を抜けねえんだろ!」


ラギドの身体が震える。


ガイルは、エリックの身体を地面へ押さえたまま、低い声で言った。


「十五年」


「…………」


「全部、あいつに決めてもらったんだろ」


ラギドが息を呑む。


「だったら」


ガイルは、ラギドの目を真っ直ぐに見た。


「最後くらい、お前が決めろ」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

これからどんどん成長していくアドリスをよろしくお願いします。

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