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五属性さん、石ころ一つ動かせません

 五属性すべてに適性があると判明してから、一週間。


俺は今頃、火と水を自在に操り、風を纏って剣を振るう。


華麗なる魔術剣士への第一歩を踏み出している――はずだった。


「アドリス! 地面全部を動かそうとするな!」


朝の野営地に、ダイスの声が響く。


「まずは、目の前の石ころ一つだ!」


「分かってる!」


俺は地面へ転がっている小石を睨んだ。


周囲から魔元素を取り込む。


胸の内側にある魔力を、地属性の変換経路へ流す。


五相杖の先端へ意識を集中させ、石が動く光景を思い浮かべた。


『動け……!』


地面全体ではない。


目の前にある、親指ほどの石ころ一つ。


『動け!』


石は、ぷるっ、と震えた。


そして、爪一枚分ほど、横へずれた。


「…………」


「…………」


俺とダイスは、動いた石を見つめる。


「五属性さん?」


「うるさい!」


「いやあ、さすが五属性魔術師。石ころを爪一枚分も動かすとは」


「昨日より動いたんだよ!」


「昨日は震えただけだったからな」


くそ。


事実だから言い返せない。


五属性すべてを使えると判明した日、俺は、自分の未来を少し誤解していたらしい。


火属性の訓練は、蝋燭ほどの炎を十秒間維持すること。


水属性は、水滴を一滴ずつ器へ落とすこと。


風属性は、吊り下げた細い布を一定の角度で揺らし続けること。


地属性は、石ころを少しだけ動かすこと。


雷属性は、二本の金属針の間へ小さな火花を飛ばすこと。


どれも、あまりにも地味だった。


そして、思っていたより、遥かに難しい。


火は途中で消える。


水滴は狙った場所へ落ちない。


布は一定に揺れず、急に跳ね上がる。


石は、ほとんど動かない。


雷に至っては。


パチッ。


「痛っ!」


火花が金属針ではなく、俺の指へ飛んだ。


ダイスが吹き出す。


「自分を攻撃してどうすんだよ」


「今のは杖が悪い!」


「五相杖は補助するだけだ。失敗まで杖のせいにすんな」


異世界転生特典。


五属性魔術。


もっとこう。


手を向ければ巨大な炎。


指を鳴らせば雷。


そんなものを想像していた。


現実は、石ころ一つを動かすだけで、額に汗を浮かべている。


どうやら、五属性すべて使えるということは、五属性すべてを、一から練習しなければならないという意味でもあるらしい。


「魔術は終わったか」


背後から、ガイルの声が飛んできた。


振り返る。


大男は、二本の練習用木剣を持って立っていた。


嫌な予感がする。


「まだ地属性が――」


「素振り百回」


「やっぱり?」


「魔術が五属性になったからって、剣の訓練がなくなると思ったか?」


思ってはいなかった。


少しだけ。


期待しただけだ。


俺は五相杖をダイスへ返し、父さんからもらった木剣を抜いた。


「一」


振り下ろす。


「肩」


ガイルの声。


「二」


「腕だけで振るな」


「三」


「足が止まってるぞ」


魔術の訓練で疲れていた腕が、三十回を超えた辺りから重くなってきた。


それでも、足で地面を押す。


腰へ通す。


肩。


腕。


剣。


一週間前より、少しだけ、風を切る音が軽くなった気がする。


百回を終えた後には、最近追加された訓練が待っていた。


ガイルへの打ち込み。


「好きなところを狙え」


ガイルは片手に木剣を持ち、適当に構えた。


「いくよ」


「来い」


頭。


肩。


腕。


脇腹。


足。


狙う場所を変えながら、何度も木剣を振る。


だが。


コッ。


カンッ。


ガッ。


すべて、ガイルの木剣に流される。


強く受け止めるわけでもない。


木剣の角度を僅かに変えるだけで、俺の一撃が、狙った場所から外れていく。


「くっ……!」


「力みすぎだ」


「分かってる!」


「分かってる奴の剣じゃねえな」


十回目。


渾身の力で、ガイルの肩へ木剣を振る。


ガイルは、俺ではなく、焚き火の方を見ていた。


それでも。


コツン。


軽い音。


俺の木剣は、何でもないように横へ逸らされた。


「……よそ見してたよね?」


「腹が減った」


「俺の話を聞けよ」


ガイルは木剣を肩へ担いだ。


「今日は終わりだ。飯にするぞ」


結局、一度も届かなかった。


『ほんと、どれだけ強いんだよ』


ヴァルドの用心棒も、身体強化術を掛けられていた。


けれど、ガイルは、その男の両腕を一瞬で斬り落とした。


俺には、まだ、ガイルの強さがどれほどのものなのかさえ分からない。



焚き火の近くには、朝食の準備が、すでに終わっていた。


火から下ろされた野菜のスープ。


焼いたパン。


薄く切った干し肉。


器も人数分、敷物の上へ並べられている。


だが、ジルの姿がない。


「あれ?」


周囲を見回す。


少し離れた木の下。


ジルは地面へ膝をつき、胸元に下げた、小さな銀の聖印を両手で包んでいた。


目を閉じ、静かに祈りの言葉を唱えている。


朝食を早めに作り終え、俺たちが訓練をしている間に、祈っていたらしい。


やがて、ジルが目を開けた。


聖印へ一度だけ頭を下げ、立ち上がる。


「待たせた?」


「ううん」


俺は首を振った。


「ジルって、毎日祈ってるよね」


「ええ」


ジルは聖印を服の中へ戻した。


「神官魔術を使うなら、毎日ね」


「祈らないと使えないの?」


「普通の魔術とは仕組みが違うのよ」


ジルは焚き火のそばへ座った。


「通常の魔術は、取り込んだ魔元素を自分の魔力で属性へ変換するでしょう?」


「うん」


「神官は、祈りによって魔元素を少しずつ聖なる魔元素へ変えるの」


「聖なる魔元素……」


「それを毎日、体内へ蓄えておく。治癒や防御、浄化の神官魔術は、その蓄えを使って発動するのよ」


ダイスが以前、神官魔術は、五属性とは別物だと言っていた。


その意味が、少し分かった気がする。


「じゃあ、祈りをサボったら?」


「使える量が減るわ」


ジルは当然のことのように答えた。


「今日誰かが傷ついたのに、『昨日祈らなかったから助けられません』なんて、嫌でしょう?」


「……そっか」


「まあ、毎日のことだから」


ジルは笑った。


「今では、呼吸みたいなものだけどね」


前世の俺にも、毎朝の習慣はあった。


出社。


朝礼。


昨日の数字を読み上げ、上司の話を聞き、何のためにやっているのか分からないまま、同じことを繰り返す。


だが、ジルの祈りは違う。


今日蓄えた力が、いつか、誰かの命に間に合うかもしれない。


『毎日、こうやって準備してたんだな』


ヴァルドで、傷ついたニナたちを治療できたのも、この何でもない朝の積み重ねがあったからだ。


「アドリス」


ジルがスープを器へよそう。


「冷めるわよ」


「あ、うん」


俺たちは、四人で朝食を食べた。


石ころ一つ。


木剣の一振り。


そして、毎朝繰り返される、祈りの言葉。


強くなるというのは、きっと、こういう何でもない朝を、何度も積み重ねることなのだと思った。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

これからどんどん成長していくアドリスをよろしくお願いします。

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