五属性
「よし。残った魔元素は外へ逃がせ」
「うん」
取り込んだときとは逆に、胸の奥へ残っていた魔元素を、ゆっくり身体の外へ流す。
異物感が消える。
ダイスが頷いた。
「じゃあ、いよいよ属性だ」
『属性』
俺にも、ついに魔術の属性が分かる。
さっきまでとは別の意味で、胸が高鳴った。
「基本五属性は、火、水、風、地、雷」
ダイスが説明する。
「大半の人間は一属性。稀に二属性を扱える奴もいる」
「三つは?」
「ほとんど聞かねえな」
「ジルの治癒は?」
「あれは神官魔術だ。通常の五属性とは別物」
料理をしていたジルが、こちらを見る。
「日々の祈りで、聖なる魔元素を蓄えて使うの。属性が使えるからって、神官魔術まで使えるわけじゃないわよ」
「なるほど」
ダイスが顎を動かす。
「今度は少量だけ魔元素を取り込んで、何か一つの属性を思い浮かべろ」
「一つ……」
最初に浮かんだのは、火だった。
アレスへ向かう街道で、女性の魔術師が作り出した氷。
聖騎士が空へ飛ばした炎の鳥。
色々な魔術を見た。
それでも、魔術と聞いて最初に思い浮かぶのは、やっぱり炎だ。
俺は周囲の魔元素を取り込む。
五相杖へ、自分の魔力を流し、火を思い浮かべた。
熱。
赤。
燃える炎。
ボッ。
杖の先端に、蝋燭ほどの小さな火が灯った。
「おお!」
思わず声が出る。
俺が、火を出した。
小さい。
とても戦闘に使える大きさではない。
それでも、自分で生み出した、初めての属性魔術だった。
ダイスも頷く。
「火属性だな。これで確認は――」
「水が得意な人は、水を思い浮かべるの?」
「そうだ。だが、お前は火に反応したから――」
俺は、何となく水を思い浮かべた。
流れる水。
冷たい水滴。
魔元素を、水へ変える。
火が消えた。
代わりに、透明な晶石の表面へ、一滴の水が浮かんだ。
「……え?」
声を漏らしたのは、俺ではなく、ダイスだった。
水滴は少しずつ膨らみ、晶石の表面を伝って、地面へ落ちた。
「今の、水だよね?」
「……おい」
ダイスが五相杖を奪うように取り上げた。
「何をした?」
「水を思い浮かべた」
「火に反応した直後だぞ」
「でも、出たよ」
「貸せ」
もう渡している。
ダイスは五相杖を握り、自分の魔力を流した。
パチッ。
五つの晶石のうち、雷に対応する一つだけが反応し、小さな紫電が走った。
火。
水。
風。
地。
ほかの四つには、何も起こらない。
「壊れてねえ……」
ダイスが俺を見る。
「もう一回、火」
杖を返される。
火を思い浮かべる。
ボッ。
小さな炎。
「水」
一滴の水。
ダイスが黙り込んだ。
「二属性?」
俺が聞く。
「まだ分からん」
声が少し低くなる。
「風をやれ」
「風?」
そよ風を思い浮かべる。
流れ。
軽さ。
押し出す空気。
五相杖へ結ばれていた細い布が、風もないのに、ふわりと揺れた。
「…………」
「出た?」
「次。地」
地面。
土。
硬い石。
杖の前にあった砂粒と小石が、数個だけ、ゆっくりと浮かび上がった。
ジルが、鍋をかき混ぜる手を止める。
ガイルまで、こちらを見ていた。
ダイスの顔から、完全に表情が消えている。
「最後」
「雷?」
「ああ」
俺は雷を思い浮かべた。
空を割る光。
一瞬遅れて響く音。
パチッ。
透明な晶石の表面を、手のひらにも満たない、小さな紫電が走った。
静かになった。
焚き火の薪が弾ける音だけが響く。
「ダイス?」
「…………」
「どう?」
ダイスは、俺から五相杖を受け取った。
五つの晶石を、一つずつ確認する。
何度見ても、結果は変わらない。
やがて、顔を上げた。
「全部、通ってる」
「全部?」
「火、水、風、地、雷」
ダイスは信じられないものを見るように、俺を見た。
「基本五属性。全部だ」
『来た』
これは、今度こそ来た。
異世界転生特典。
五属性魔術。
俺は未来の自分を想像した。
火で敵を焼き、水で雨を降らせ、風で空を裂き、地を操り、雷で大群を薙ぎ払う。
『めちゃくちゃ強いんじゃないか?』
「じゃあ俺」
期待を抑えきれない。
「魔術の天才ってこと?」
「いや」
「え?」
ダイスは即答した。
「五相杖だけじゃ正確な測定はできねえが」
俺を指差す。
「さっき流した魔力の感覚なら、魔力量は八歳として普通だ」
「…………」
「現時点の出力も、飛び抜けてはいねえ」
「…………」
「少なくとも、今すぐ大魔術を撃てるような化け物じゃない」
「…………」
一気に、想像していた未来が小さくなった。
「じゃあ、異世界――」
危ない。
思わず余計なことを言いそうになった。
「じゃあ、五属性使えても弱いの?」
「今はな」
「今は?」
「ああ」
ダイスの表情から、からかうような笑みが消えた。
「魔力量も出力も、鍛えれば伸びる」
「本当?」
「どこまで伸びるかは知らねえ。限界なんて、鍛えてみなきゃ分からん」
ダイスは五相杖で、俺の胸を軽く叩いた。
「ただ。お前の感知と制御は普通じゃない」
「…………」
「五属性が全部通るのも異常だ」
ダイスは続ける。
「だが、それ以上におかしいのは切り替えだ」
「切り替え?」
「火を止めた瞬間に、火への変換が完全に消えてる」
五相杖を掲げる。
「次の瞬間には、もう水へ必要な形へ組み替わっていた」
「普通は違うの?」
「前の属性が残る。もっと時間もかかる」
ダイスは俺を見る。
「お前は、自分の魔力と魔元素の流れを細かく感じて、必要な形へ正確に組み替えてる」
「それって」
少し緊張しながら聞く。
「強くなれる?」
「ああ」
ダイスは頷いた。
「基礎を怠らなきゃ、魔力量も出力も常人以上にはなる」
胸の奥が、再び熱くなった。
最初から最強ではない。
今は、火も水も、戦いに使えるほどではない。
でも、鍛えれば、強くなれる。
「ただし」
ダイスが口元を歪めた。
嫌な予感がした。
「五属性を使えるってことは」
「うん」
「五属性分、基礎をやるってことだからな」
「……え?」
「取り込み。変換。形成。放出。明日から、一属性ずつ全部やるぞ」
「全部?」
「全部だ」
焚き火の向こうから、ガイルの声が飛んできた。
「素振り百回も減らねえからな」
「…………」
ジルが、堪えきれないように笑った。
俺にも、転生者らしい特別な力はあったらしい。
ただ、どうやら俺の転生特典は、楽に強くしてくれるものではなく、やるべき基礎を、五倍に増やす種類のものだった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
これからどんどん成長していくアドリスをよろしくお願いします。
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