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救えたのは、一人

 檻の女性たちが地上へ運び出された後、ダイスが一冊の帳簿と、何枚かの書類を持ってきた。


「長机の下に散らばってた」


ガイルが受け取る。


紙面へ目を走らせ、表情を険しくした。


「発注書か」


「人間の?」


俺が聞く。


「ああ」


そこには、番号、年齢、性別、金額、引き渡し予定地。


人を扱う書類とは思えないほど、整然と情報が並んでいた。


さらに、別の紙には、荷物を運ぶための輸送認可が記されている。


その隅には、秤と硬貨を組み合わせた紋章。


ヴァルド商会の印が押されていた。


「これ……」


見覚えがある。


ヴァルドへ入った日に見た、商会本部に掲げられていた紋章だ。


「ヴァルド商会が関わってるの?」


「まだ分からねえ」


ガイルが答える。


「品目欄だけ、別の文字で書き換えられてる」


ダイスが横から覗き込む。


「押印は?」


「俺には真贋までは分からん」


ガイルは認可書を折らずに、慎重にまとめた。


「ただ。本物だったら、面倒な話になる」


帳簿には、すでにここから運び出された女性の記録も残っていた。


ミラ。


そして、残る二人。


三人とも、俺たちがここへ来るより前に、別の場所へ送られている。


俺たちは、ニナを助けた。


だが、全員を救えたわけではなかった。



翌日。


俺たちは冒険者ギルドへ、依頼の完了報告を行った。


エルド。


買い手。


三人の用心棒。


彼らはヴァルドの衛兵へ引き渡された。


救出された女性たちは、市内の治療院と保護施設へ移されている。


そして、すでに売られていた三人については、帳簿に残された引き渡し先をもとに、各地の衛兵と冒険者ギルドが捜索を続けることになった。


「依頼内容を大幅に超える事態でしたが」


受付の女性が書類を確認する。


「行方不明事件の原因特定、および被害者の救出により、依頼達成として処理します」


報酬の入った革袋が、ガイルへ渡された。


だが、誰も喜ぶ気にはなれなかった。


一人は救えた。


三人は、まだ見つかっていない。


それが、今回の結果だった。



午後。


俺たちは、押収された輸送認可書を持ってヴァルド商会を訪れた。


対応したのは、街へ入った日に見かけた、領主家の若い息子だった。


整えられた淡い金髪。


濃紺の上着。


多くの商人に囲まれながら、丁寧に話を聞いていた男。


若い幹部は、ガイルから書類を受け取る。


認可印を確認し、表情を曇らせた。


「印そのものは、本物です」


ガイルの目が細くなる。


「じゃあ、商会が出した書類か」


「正確には、正規の輸送業者へ発行した認可書です」


若い男は、品目欄を指差す。


「ただし、こちらは後から書き換えられている」


「流出したってこと?」


俺が尋ねると、男は俺へ視線を向けた。


「その可能性が高いでしょう」


落ち着いた声だった。


「内部の者が関与したのか。輸送業者が横流ししたのか。あるいは、別の方法で盗まれたのか」


書類を職員へ手渡す。


「発行記録をすべて確認してください」


「承知しました」


職員が部屋を出ていく。


若い男は、俺たちへ向き直った。


「我が商会の認可が、これほど卑劣な犯罪に利用されたことを、深くお詫びいたします」


頭を下げる。


貴族の息子。


ヴァルド商会の幹部。


そんな立場の人間が、冒険者である俺たちへ、迷いなく頭を下げていた。


「救出された方々への支援も、商会から手配します」


「そこまで?」


俺が聞く。


「商会の信用は、書類と約束によって成り立っています」


男は顔を上げた。


「その信用が悪用されたのであれば、我々にも責任があります」


やはり、仕事のできる人なのだろう。


最初に見たときと同じ印象だった。


「調査結果は、冒険者ギルドを通じて皆様へお伝えします」


ガイルは若い男をしばらく見ていた。


「分かった」


それだけ答え、俺たちは商会を後にした。



それから数日。


ヴァルドへ入ってから、六日目の朝。


俺たちは街を出ることになった。


城門の前には、マルタと、歓楽街で働く女たちが見送りに来ていた。


その中に、ニナもいる。


顔には、まだ包帯が巻かれている。


歩き方も少し不安定だった。


それでも、自分の足で立っていた。


「もう出るの?」


マルタが尋ねる。


「ああ」


ガイルが答えた。


「長居しすぎた」


「色々あったものね」


マルタが苦笑する。


ニナが、少し恥ずかしそうに、マルタの後ろから顔を出した。


「アドリス」


「うん」


「この前は……ありがとう」


「俺は、何もしてないよ」


「したわ」


ニナは、包帯の上から自分の頬へ触れた。


「まだ、これから何をするのかは分からない」


「うん」


「あなたの言葉も……本当にそうなのか、まだ分からない」


「それでいいと思う」


ニナが小さく笑った。


「でも」


マルタを見る。


「しばらく、マルタの店で働かせてもらうことにしたの」


「酒場で?」


「まずは厨房の片付けと、皿洗いから」


「そっか」


「向いてなかったら」


少し間を置いて。


「そのとき、また考えるわ」


俺は頷いた。


「うん」


ニナが手を差し出す。


俺も手を伸ばした。


大人と子供。


大きさの違う手が、短く重なった。


「ありがとう、アドリス」


「……うん」


俺たちは、マルタたちに見送られながら、ヴァルドの城門を抜けた。


振り返る。


巨大な城壁。


多くの店。


止まることなく行き交う商人と荷車。


華やかで、豊かで。


その地下には、人間まで商品にする闇があった街。


一つの事件は終わった。


それでも、売られた三人は、まだ帰ってきていない。


ヴァルド商会の認可書が、なぜ犯罪者の手に渡ったのかも分からない。


何もかも、綺麗に終わったわけではなかった。


「よし」


ガイルが前を向く。


「ディアドラへ行くぞ」


「ディアドラ?」


俺が聞き返す。


「アレス領の冒険者ギルド本部がある街だ」


「そこへ行く予定だったの?」


「ああ」


ガイルが頷く。


「ヴァルドは、坊主の身の振り方を決めるために寄っただけだ」


『俺のために?』


俺がいなければ、この三人は、とっくにディアドラへ向かっていた。


「ガイルって、意外と優しいところあるのよ」


ジルが笑う。


「聞こえてるぞ」


「聞こえるように言ったもの」


「余計なこと言うな」


ダイスが後ろから口を挟む。


「照れてるんですよ」


「お前も黙れ」


三人の声を聞きながら、俺は少し笑った。


また、旅が始まる。


そのとき、ダイスが俺の横へ並んだ。


「そういや、アドリス」


「何?」


「ヴァルドで後回しにした話、覚えてるか?」


隠匿術式の残滓を見つけたとき。


身体強化された用心棒の攻撃を避けたとき。


ダイスが、何か言いたそうに、俺を見ていた。


「……魔術のこと?」


「ああ」


ダイスは歩きながら、腰の短杖へ触れた。


「今夜の野営で、お前の適性を調べる」


「適性?」


「ヴァルドで、初心者用の補助杖を買っておいた」


「いつの間に?」


「お前が寝てる間だよ」


「何を調べるの?」


ダイスは、意味ありげに笑った。


「全部だ」

ここまでお読みいただきありがとうございます。

これからどんどん成長していくアドリスをよろしくお願いします。

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