↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
16/66

俺だけが、気づいた

南区の旧五番荷捌き場は、ヴァルドの外れに近い場所にあった。


以前は荷馬車の積み下ろしに使われていたらしい。


新しい倉庫街ができてからは、ほとんど利用されていない。


崩れかけた石壁。


積み上げられた古い木箱。


乾いた泥と、風に転がる藁。


「人と待ち合わせするには、随分寂しい場所ね」


ジルが周囲を見回した。


「だから都合が良かったんだろ」


ガイルは地面へ膝をつき、足跡や轍を調べ始める。


ジルは建物の陰や、外へ抜けられそうな路地を確認する。


ダイスは目を閉じ、周囲に残る魔術の気配を探っていた。


三人とも、見ている場所が違う。


ガイルは地面。


ジルは周囲の構造。


ダイスは魔術。


俺は何を見ればいいのかも分からず、少し離れた場所から三人を眺めていた。


前世でも、同じ現場に立ちながら、担当者ごとに見るものは違った。


営業は客を見る。


技術者は設備を見る。


現場担当者は工程を見る。


同じ場所にいても、見えているものは違う。


なら。


今の俺に見えるものは何だろう。


「目立つ魔術の痕跡はないですね」


ダイスが目を開けた。


ガイルも首を振る。


「足跡は多すぎる。昨日のものだけを拾うのは無理だな」


証拠になりそうなものは見当たらない。


捜査は、ここで行き止まりなのだろうか。


そのとき。


『……ん?』


何かが気になった。


風は吹いている。


木箱の隙間から藁が転がり、服の裾も揺れていた。


なのに。


石壁の前だけ。


空気が妙に淀んでいるような気がする。


見ても、何もない。


ただの地面。


ただの壁。


それでも。


そこだけ、何かがおかしい。


気のせいだと言われれば、それまでだった。


だが。


この感覚に、どこか覚えがある。


目では見えない。


触れることもできない。


それなのに、確かにそこにあるもの。


『……ダイスに教わったときの?』


魔元素。


俺は目を閉じた。


肩の力を抜く。


ダイスに教わった通り、周囲へ意識を広げていく。


薄い霧のように。


魔元素が辺りへ漂っている。


まだ、はっきり見えるわけではない。


形があるわけでもない。


ただ。


一か所だけ。


流れが不自然だった。


石壁の手前。


そこだけ、川の水が岩を避けるように、周囲の魔元素がわずかに迂回している。


目を開ける。


俺は、その場所へ近づいた。


「坊主?」


ガイルが顔を上げる。


「どうした」


「ここ」


石壁の前を指差す。


「何か変だ」


「何が?」


「上手く言えない。でも……魔元素が、ここだけ避けてる気がする」


ダイスの顔が変わった。


「何?」


すぐに俺の横へ来る。


片手を前へ出し、今度は意識を一点へ絞るように目を閉じた。


しばらく。


何も起きない。


俺の勘違いだったのか。


そう思いかけたとき。


ダイスが、ゆっくり目を開けた。


「……残ってる」


「何が?」


ジルが近づく。


「隠匿術式の残滓だ」


「隠匿?」


「人や物を、周囲の認識から外す術式だ」


ダイスは石壁の前へ手をかざした。


「かなり薄い。半日以上は経ってる」


「ここで何かを隠してたってこと?」


「ああ」


ダイスは範囲を確かめるように、横へ数歩動く。


「人間一人じゃない」


ガイルが立ち上がった。


「荷馬車か」


「そのくらいの広さです」


俺はダイスを見る。


「でも、さっきは魔術の痕跡はないって」


「あれだけ薄けりゃ、俺でも意識して探さなきゃ見落とす」


「じゃあ、どうして俺は……」


ダイスが、じっと俺を見る。


いつもの軽い表情ではなかった。


「お、お前……」


「?」


「何?」


何かを言いかける。


だが、すぐに口を閉じた。


「……いや。その話は後だ」


もう一度、俺が指差した場所を見る。


「今は女を探す」


ダイスは地面へ視線を落とした。


「ここに荷馬車があったなら、動かした跡が残ってるはずです」


ガイルは周囲の轍を調べ始める。


古い跡。


新しい跡。


幾つもの車輪が、泥の上を通っている。


やがて。


ガイルの手が止まった。


「これだ」


一本の轍。


その片側だけに、一定の間隔で小さな三日月形の窪みが残っている。


「車輪が欠けてる」


ダイスがしゃがみ込む。


「隠匿術式が残っていた場所から始まってますね」


轍は旧荷捌き場を出て。


ヴァルドの南へ続いていた。


ガイルが立ち上がる。


「行くぞ」


俺たちは。


欠けた車輪が残した跡を追った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。