その仕事、報酬は三倍
「四人も?」
ダイスが眉を寄せた。
「それは、さすがに偶然じゃないだろ」
「だな」
ガイルも短く答える。
娼婦が借金を残して逃げる。
客と駆け落ちする。
より稼げる街へ、誰にも告げずに移る。
そういうこと自体は珍しくないのかもしれない。
だが。
同じ歓楽街で働く女が、三週間のうちに四人。
しかも、全員が服も金も部屋へ残したまま消えている。
さすがに多すぎる。
「冒険者ギルドへ依頼を出したらどうかしら」
ジルが、給仕の女性へ言った。
「人捜しも冒険者の仕事よ。正式な依頼になれば、私たちでも調べられる」
「でも、依頼料が……」
給仕の女性――マルタが言い淀む。
すると、ニナを捜しに来た女が口を開いた。
「店のみんなで出すわ。少しずつなら、何とかなると思う」
「私も出す」
マルタが頷く。
ガイルは腕を組んだまま、二人を見た。
「俺たちは衛兵じゃねえ。依頼が出ても、内容と危険度を確認してからだ」
「それで構わないわ」
「ヴァルドを出るまで後六日ある。街中の所在確認なら、坊主を連れていても危険は少ねえ」
ガイルは俺を一度見てから続けた。
「正式に受理されたら、確認する」
「ありがとう」
マルタが頭を下げる。
「まだ受けるとは言ってねえぞ」
「それでもよ。誰かが話を聞いてくれるだけで、少し違うから」
その夜。
歓楽街で働く女たちは金を出し合い、冒険者ギルドの夜間窓口へ捜索依頼を出した。
翌朝。
百回の素振りを終えた俺たちは、ヴァルドの冒険者ギルドへ向かった。
石造りの大きな建物。
正面入口の上には、剣と翼を組み合わせた紋章が掲げられている。
扉を開けると、酒場とはまた違う熱気が押し寄せた。
壁一面に貼られた依頼票。
受付へ並ぶ冒険者。
腕へ包帯を巻いた男。
大きな籠いっぱいに薬草を詰めた獣人。
天井からは、巨大な魔獣の角まで吊り下げられている。
『これが冒険者ギルドか』
依頼票には、採取、運搬、護衛、捜索、討伐。
様々な仕事が記されていた。
討伐対象には、以前見たグレイファング。
ゴブリン。
オーク。
さらに。
――死霊。
と書かれたものまである。
『死霊って、どうやって倒すんだよ』
剣で斬れるのだろうか。
気になるものばかりだった。
そして。
ギルドの奥には、他の掲示から離れて七枚の肖像画が並んでいた。
《白銀》レオンディア。
《灰燼》メルディア。
《鉄壁》ダイリード。
手前の三枚だけでも、名前の下には信じられないような討伐記録が記されている。
「あれは?」
俺が聞くと、ダイスが肖像画を見た。
「ああ」
少しだけ声を落とす。
「《七人の逸脱者》だ」
「逸脱者?」
「特選級の中でも、完全に常識から外れた七人。一人で戦況を変えるような連中だよ」
また、世界の天井が高くなった。
「ガイルより強い?」
ダイスが微妙な顔をする。
「さあな」
「分からないの?」
「冒険者ランクは、腕っ節だけで決まるわけじゃねえ」
「答えになってない」
「本人に聞いてみろよ」
「聞こえてるぞ」
前を歩くガイルの声が飛んできた。
ダイスは、何事もなかったように前を向いた。
絶対に何か隠している。
だが、問い詰める前に俺たちの順番が来た。
「どちらの依頼を受けられますか?」
受付の女性が尋ねる。
ガイルは掲示板から一枚の依頼票を外し、受付へ置いた。
「女性行方不明者の調査だ」
「冒険者認定証をお願いします」
ガイルが手のひらほどの薄いカードを差し出す。
受付の女性は、それを晶石の埋め込まれた台へ載せた。
青い光が認定証の表面を走る。
「離線級であることを確認しました。本依頼は受領可能です」
『離線級?』
聞き慣れない言葉だった。
ジルとダイスも認定証を出し、手続きが進む。
俺のところで、受付の女性が少し眉を寄せた。
「このお子様は?」
「俺が一時保護してる」
「調査中、戦闘へ参加させないでください」
「ああ」
「ガイル様」
「何だ」
「必ず守ってください」
「……分かった」
役所の受付から、何か伝わっている気がする。
手続きが終わり。
俺たちは正式に、四人の女性を捜す依頼を受けた。
ギルドを出てから、俺はダイスへ近づく。
「離線級って、どれくらい?」
「ああ。言ってなかったな」
ダイスが指を折る。
「冒険者ランクは、下から見習い、守線級、破線級、離線級、特選級だ」
「線ばっかりだね」
「どこまで自力で任務をこなせるか、ってことだよ。離線級は、補給も援軍も期待できない場所で長期任務を任される」
「じゃあ、ガイルたちはかなり上?」
「まあな」
「その上が特選級?」
「ああ。国や大商会が、名指しで仕事を頼むような連中だ」
「その中で一番すごい七人が、逸脱者」
「そういうこと」
俺は前を歩くガイルを見る。
山賊を一瞬で倒した大男。
離線級。
それだけでも十分に強いはずだ。
だが。
やはり、それだけではない気がした。
◇
依頼票には、失踪した四人の特徴と、最後に目撃された日時が記されていた。
四人とも同じ歓楽街で働き。
仕事の後には、よく同じ店へ立ち寄っていた。
《夜明けの杯》。
夜の仕事を終えた者たちが、朝方まで酒を飲む店らしい。
俺たちが着いたのは午前中だった。
当然、店は閉まっている。
ガイルが扉を叩くと。
しばらくして、眠そうな男が顔を出した。
五十歳前後。
薄い髪。
右目には黒い眼帯。
ガイルが認定証と依頼票を見せると、男の眠気が消えた。
「……入れ」
店内には、酒と煙の匂いが残っていた。
椅子は机の上へ逆さに載せられ、床には昨夜の汚れが残っている。
男はカウンターの内側へ入り、俺たちへ向き直った。
「俺はロド。この店の主人だ」
「この四人を知ってるか?」
ガイルが依頼票を見せる。
ロドは一人ずつ顔を確認した。
「ああ。全員、客だった」
「ニナを最後に見たのは?」
「昨夜だ。一人で飲んでた」
「何か変わったことは?」
ジルが聞く。
ロドは少し考える。
「妙に機嫌が良かったな」
「理由は?」
「割のいい仕事を紹介されたって言ってた」
全員の視線が集まった。
「どんな仕事だ」
ガイルが聞く。
「ヴァルドへ来た商人の相手を一晩するだけで、いつもの三倍払うって話だった」
「店を通さずに?」
「ああ」
「危険じゃないのか?」
俺が聞くと、ロドは苦い顔をした。
「俺もやめとけと言った。だが、商人なら乱暴なことはされないだろうって」
小さく息を吐く。
「あいつ、借金を早く返したがってたからな」
「待ち合わせ場所は?」
「南区の旧五番荷捌き場。日が沈んだ後だ」
「商人の名前は?」
「知らねえ。渡された紙には、場所と時間しか書いてなかったらしい」
ロドはカウンターへ手をついた。
「……あいつ、本当にそこへ行ったのか」
誰も答えられなかった。
だが。
これで、ニナの足取りは分かった。




