四人目になった夜、四人目が消えた
「お前は、どうしたい」
数日前にも。
同じことを聞かれた。
あのときは。
何も分からないとしか答えられなかった。
だが。
今は。
一つだけ分かっている。
「ここが嫌なわけじゃない」
俺は言った。
「孤児院の人たちが、悪いわけでもない」
「そうだな」
「でも……」
喉が詰まる。
言うのが。
少し恥ずかしかった。
中身は三十六歳。
そう思ってきた。
一人で生活したことだってある。
仕事もした。
金も稼いだ。
それなのに。
今の俺は。
「また知らない場所に、一人で置いていかれるのが怖い」
声が。
思っていたより小さくなった。
誰も笑わなかった。
ガイルも。
ジルも。
ダイスも。
俺は木剣の柄を握った。
「もう少し」
顔を上げる。
「もう少し、みんなと一緒に行きたい」
ガイルの眉がわずかに動いた。
「俺たちと?」
「うん」
「遊びじゃねえぞ」
「分かってる」
「魔獣も出る。山賊もいる」
「分かってる」
本当の意味で分かっている。
父さんと母さんを失った。
忘れられるはずがない。
「それでも?」
「行きたい」
俺は答えた。
「ガイルから、もっと剣を習いたい」
ガイルを見る。
「ダイスからは、魔術を教わりたい」
ダイスを見る。
「ジルには……」
ジルを見る。
言葉に詰まった。
「何よ」
「もう少し、料理を作ってほしい」
ジルが目を丸くする。
次の瞬間。
吹き出した。
「私だけ適当じゃない?」
「適当じゃないよ。おいしいから」
「そこは役割とか、生き方とか、何かあるでしょう」
「まだあまり知らないし」
「正直ね……」
ダイスも笑い出す。
「良かったな、ジル。料理担当だってよ」
「あなたは食べなくていいわ」
「何で俺まで!」
少しだけ。
重かった空気がほどけた。
ガイルは二人を見た。
「どうする」
「私は反対しないわ」
ジルが答える。
「ただし、危険な依頼では必ず指示に従わせること」
「俺もいいですよ」
ダイスが肩をすくめる。
「飯代くらいなら、この前の報酬でどうにでもなるでしょう」
「お前が一番食ってんだろ」
「それとこれとは別です」
ガイルが小さく息を吐く。
それから。
俺の前へ立った。
「条件がある」
「何?」
「俺たちが逃げろと言ったら、絶対に逃げろ」
「分かった」
「十歳の適性試験には間に合わせる」
「……うん」
「それと」
ガイルの目が少し鋭くなった。
「自分を過信するな」
父さんと母さんを守れなかった木剣。
ガイルに教わった百回の素振り。
魔元素を一息分取り込んだだけで、才能があるかもしれないと浮かれた自分。
俺は木剣の柄を強く握った。
「分かった」
ガイルが手を差し出した。
大きな手。
あの夜も。
同じ手を差し出された。
あのときは。
縋るしかなかった。
他に選択肢なんてなかった。
でも。
今度は違う。
俺は。
自分からその手を取った。
「行く」
ガイルの手が。
俺の小さな手を包む。
「次にアレス方面へ戻るまでだ」
「うん」
「それまで、俺たちと来い」
「うん!」
父さん。
母さん。
俺はまた。
自分で一つ、選んだよ。
俺たちは、もう一度市政庁へ戻った。
受付の女性へ事情を説明する。
ガイルは俺の一時保護人として、書類へ名前を書くことになった。
あれだけ大きな手をしているのに。
書かれた字は、意外なほど整っていた。
「手続きは完了しました」
受付の女性が書類を確認する。
「親族照会の結果が届き次第、冒険者ギルドを通じてご連絡します」
「分かった」
「くれぐれも、危険な依頼へは同行させないように」
「ああ」
「本当ですか?」
女性が疑うようにガイルを見る。
「……善処する」
「守ってください」
ジルが横から答えた。
「私が見張りますから」
「それなら安心ですね」
「俺の信用は?」
「日頃の行いじゃないですか?」
ダイスが笑う。
ガイルは不満そうな表情を浮かべた。
こうして。
俺は正式に。
もうしばらく三人と旅をすることになった。
その夜。
俺たちは宿の一階にある酒場へ入った。
別れの食事になるはずだった席に。
四人で座っている。
それだけで。
少し不思議な気分だった。
「お待たせしました」
給仕の女性が、大きな鍋を運んでくる。
「ヴァルド名物、ヤシキノコのシチューです」
蓋を開けた瞬間。
濃厚な香りが広がった。
白くて肉厚なキノコ。
柔らかく煮込まれた肉。
根菜。
とろみのある乳白色のスープ。
「うまそう!」
ダイスが身を乗り出す。
「まだ取らないで」
ジルがその手を叩く。
「熱いから」
「子供じゃないんだから」
「子供より我慢できないでしょう」
二人のやり取りを聞きながら。
俺は少し笑った。
今日からも。
この声を聞ける。
そう思うだけで。
胸の奥が少し温かくなった。
給仕の女性が取り皿を並べる。
そのとき。
俺は、酒場の壁に貼られた一枚の紙へ気づいた。
若い女性の似顔絵。
その下には。
名前。
年齢。
背格好。
そして。
探しています。
と書かれている。
「この人」
俺は紙を指差した。
「行方不明なの?」
給仕の女性の手が止まった。
「ああ……その子ね」
笑顔が少し曇る。
「隣の娼館で働いてるミラって子。三日前から帰ってきてないの」
「衛兵には言ったのか?」
ガイルが聞く。
「言ったわよ」
女性はため息を吐く。
「でも、借金から逃げただけかもしれないって。あの子たちが急に街を出るのは珍しくないからって、まともに捜してくれないの」
「実際、逃げた可能性は?」
ダイスが聞く。
「なくはないけど」
女性は似顔絵を見る。
「何も言わずにいなくなるような子じゃないのよ」
そのときだった。
酒場の扉が。
勢いよく開いた。
「ねえ!」
派手な化粧をした若い女が、息を切らして飛び込んでくる。
薄い上着を羽織っただけで。
髪も乱れていた。
酒場中の視線が集まる。
だが、女は気にも留めず。
給仕の女性へ駆け寄った。
「ニナ、ここに来てない?」
「ニナ?」
給仕の女性の顔から。
完全に笑みが消えた。
「来てないけど……どうしたの」
「夕方、客に呼ばれて店を出たの」
女は肩で息をしながら話す。
「すぐ戻るって言ってたのに、まだ帰ってこない」
給仕の女性が壁を見る。
貼られたミラの似顔絵。
そして。
目の前の女。
店内が。
少しずつ静かになっていく。
「まさか……」
給仕の女性が呟いた。
「これで」
青ざめた顔で。
俺たちを見る。
「これで四人目」




