↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
12/68

俺、魔術の才能ある?


ブンッ。


九十八。


木剣が、まだ薄暗い空を切る。


足で地面を押す。


その力を腰へ通し、肩、腕、剣へとつなげる。


――つもりだ。


九十九。


剣先がわずかに右へ流れた。


『今のは曲がったな』


ガイルに言われなくても、少しずつ分かるようになってきた。


最後の一振り。


一度息を整え、木剣を頭上へ構える。


百。


ブンッ。


「……ふう」


木剣を下ろした。


腕は重い。


手のひらも、昨日と同じところが痛む。


ガイルに剣を教わってから、二度目の朝。


たった二日だ。


木剣が身体に馴染んだなんて、とても言えない。


それでも最後の一回だけは、昨日より真っ直ぐ振れた気がした。


「昨日よりはマシだな」


声がした。


振り返る。


少し離れた焚き火の前で、ガイルが朝食の鍋をかき混ぜていた。


「見てたの?」


「見てねえ」


「じゃあ、なんで分かるんだよ」


「音だ」


ガイルは鍋から目を離さない。


「昨日より少し軽くなった」


「それって褒めてる?」


「調子に乗るから褒めねえ」


「昨日は最後の一回だけ真っ直ぐだったって言ったじゃん」


「聞き間違いだ」


絶対に言った。


この男、意外と面倒くさいな。


でも。


見ていないふりをして、ちゃんと聞いていてくれた。


それだけで少し嬉しかった。


俺は汗を袖で拭い、木剣を革紐へ戻した。


そこで。


珍しいものを見つけた。


「……ダイス?」


普段なら朝食ができる寸前まで寝ている男が、今日はもう起きている。


しかも、かなり真剣な顔をしていた。


地面へ敷いた布の上には一本の短杖。


金属製の細い軸には細かな術式が刻まれ、先端には親指ほどの赤い魔導晶石が埋め込まれている。


その奥で、小さな炎のような光が揺れていた。


ダイスは柔らかい布で晶石を磨き、時折角度を変えて傷や濁りを確認している。


いつもの軽い雰囲気とは違う。


大切なものを扱っているようだった。


「おい」


ダイスが顔を上げる。


「めっちゃ見るな」


「そんなに見てた?」


「ずっとな」


短杖を持ち上げる。


「興味あるのか?」


俺は迷わず頷いた。


「うん」


「剣を始めたばっかりだろ」


「剣と魔術は別だろ?」


「両方やるつもりか?」


「できるなら」


ダイスが笑った。


「欲張りだな」


「小さい頃から、父さんの部屋にあった魔導書を読んでたんだ」


「父親は魔術師だったのか?」


「いや。魔術師を支える仕事をしてた。薬剤を準備したり、古い術式を調べたり」


「そうか」


「父さんは魔術を使えなかったけど、それでも魔術が好きで――」


言葉が止まった。


父さんの顔が浮かぶ。


魔術師になれなかったと話したときの顔。


それでも、自分の仕事には誇りを持っていると言った笑顔。


「それで?」


「……いや。何でもない」


ダイスは一瞬だけ俺を見た。


だが、追及しなかった。


「そうか」


短杖を布の上へ戻す。


「少しだけ、やってみるか?」


「え?」


「魔術」


「いいの?」


「基礎中の基礎だけだぞ」


「やる」


「即答かよ」


ダイスが笑った。


「なら、こっち来い」




ダイスは焚き火のそばへ小さな金属皿を置いた。


火の残った細い木片を一本移すと、先端に蝋燭ほどの炎が残った。


さらに周囲へ荷物を置き、風を遮る。


「焚き火じゃ駄目なの?」


「勝手に揺れるからな。お前が動かしたのか、風なのか分からなくなる」


なるほど。


「魔術がどうやって生まれるかは知ってるか?」


「少しだけ」


父さんの本で読んだ記憶を引っ張り出す。


「大気中にある魔元素を使う」


「それから?」


「取り込んだ魔元素を、自分の魔力で火とか水の属性へ変える……だったと思う」


「正解」


ダイスが指を一本立てた。


「まず、大気中の魔元素を体内へ取り込む」


二本目。


「そいつを自分の魔力で属性へ変換する」


三本目。


「術式やイメージで形と動きを与える」


四本目。


「最後に外へ放出する」


立てた指を順番に折る。


「取り込む。変換する。形成する。放出する。この四つだ」


「それで魔術になる?」


「ああ」


思っていたより、工程が多い。


ダイスは金属皿の炎を指差した。


「今日は最初だけだ。魔元素を取り込む」


「属性変換は?」


「まだ早い」


「火を出したりは?」


「論外」


即答だった。


「まず材料を扱えなきゃ話にならねえ」


材料。


魔元素。


そう考えると少し分かりやすい。


「でも魔元素って見えないよね?」


「ああ。だから最初は、こいつを使う」


ダイスが炎へ手を向ける。


「火の周囲は魔元素の流れを確認しやすい。周りの魔元素を体へ取り込めば、その流れに引かれて炎もわずかに傾く」


ダイスが目を閉じた。


ゆっくりと息を吸う。


何かが変わった。


空気そのものではない。


目には見えない何かが、周囲からダイスへ集まっていくような感覚。


次の瞬間。


炎が。


ダイスへ引かれるように細く傾いた。


「おお……」


風ではない。


草も。


ダイスの服も動いていない。


それなのに炎だけが傾いている。


やがてダイスが息を吐くと、炎は元へ戻った。


「今ので一息分だ」


「体の中に入ったの?」


「ああ。属性変換しないなら、後でそのまま外へ逃がす」


「溜めておいたら?」


「扱えない魔元素を溜め込めば、頭痛や吐き気の原因になる。最初は絶対にやるな」


魔術。


思っていたより危険らしい。


「じゃあ、やってみろ」


俺は金属皿の前へ座った。


「どうすればいい?」


「目を閉じろ」


言われた通りにする。


「魔元素を肺へ吸うんじゃねえ。身体全体で取り込むイメージだ」


「身体全体……」


「大気中に見えないものが漂っていると思え。それを自分へ引き込む」


目には見えない。


触れることもできない。


それでも。


そこにある。


俺は炎の周囲に、無数の小さな粒が漂っている光景を想像した。


それを。


自分の身体へ。


『……来い』


何も起きない。


さらに意識を強める。


「力むな」


ダイスの声が飛んだ。


「でも何も分からない」


「最初はそんなもんだ。掴もうとするな。通り道を作れ」


通り道。


外から身体の中へ。


細い糸が一本通るような道を思い浮かべる。


肩の力を抜く。


剣と同じだ。


力任せじゃ駄目。


息を吸う。


その瞬間。


皮膚の内側を。


何かが、すっと通り抜けた。


冷たくもない。


熱くもない。


ただ。


自分ではない何かが、胸の奥へ沈んだ。


『……あ』


指先がわずかに痺れる。


そして。


炎が。


ほんの少しだけ。


俺の方へ傾いた。


「おお」


ダイスの声。


俺は目を開けた。


「今の、俺?」


「ああ」


胸へ手を当てる。


まだ何かが残っているような、不思議な感覚があった。


できた。


初めて。


この世界に漂う魔元素を、自分の身体へ取り込んだ。


「どう?」


思わず身を乗り出す。


「俺、才能ある?」


ダイスが少し笑った。


「初めてにしちゃ、取り込む感覚は悪くない」


『来た』


これは。


来たんじゃないか。


魔術の才能。


転生者特典。


剣術は普通でも、魔術なら――。


「じゃあ次は属性変換?」


「調子に乗るな」


「なんでだよ」


額を指で弾かれた。


「痛っ」


「今のお前は、材料を一息分取り込めただけだ」


「でも、感覚はいいって」


「取り込む感覚と属性適性は別だ」


「違うの?」


「取り込める量。自分の魔力量。属性への変換効率。術式制御。放出精度。全部別だ」


一気に現実へ戻された。


「じゃあ、今ので分かったのは?」


「最初の扉を開けられそうだってことだけだ」


「それだけ?」


「十分だろ」


そう言われると。


そんな気もする。


父さんは魔術を使えなかった。


俺は、その最初の一歩を踏み出せた。


それだけでも嬉しかった。


「胸に残ってる感じがする」


「なら外へ逃がせ。取り込んだのと逆だ」


俺は目を閉じる。


胸の奥にある異物感を探し、ゆっくり身体の外へ流す。


しばらくすると。


その感覚が消えた。


「これでいい?」


「たぶんな」


「たぶん?」


「倒れてねえなら大丈夫だ」


雑だ。


「続きは?」


「ここまで」


「ええ?」


「属性変換から先は、ちょっと教えて終わりってわけにはいかねえ」


「ちゃんと教えてよ」


ダイスは短杖を布で包んだ。


「街へ着いたら、俺たちとは別れるだろ」


その一言で。


浮かれていた気持ちが止まった。


そうだった。


今日。


ヴァルドへ着く。


ガイルに剣を教わるのも。


ダイスに魔術を教わるのも。


そこで終わる。


「……そっか」


ダイスは包んだ短杖を腰へ差した。


「今の感覚だけは忘れるな。少量を取り込んで、必ず外へ逃がす。それだけなら練習していい」


「うん」


「無茶すんなよ」


そう言って。


俺の頭を軽く叩いた。


「最初の一歩としては悪くなかった」


「……うん」


少し離れたところでは。


ガイルが鍋をかき混ぜながら、こちらを見ていた。


目が合う。


すぐに逸らされた。


昨日まで。


ただ助けてもらっただけの人たちだった。


それなのに。


別れると思うと。


思っていたより、胸が重かった。




その日の夕方。


馬車が速度を落とした。


外から御者の声がする。


「ヴァルドに着きましたよ!」


窓の外を見る。


城門の向こうに。


馬車と人で埋め尽くされた大通りが続いていた。


商人の怒鳴り声。


荷車の車輪。


金属を叩く音。


積み上げられた木箱。


見たことのない店の看板。


商業都市ヴァルド。


本来なら。


飛び出して見て回りたくなる街だった。


でも。


ガイルが馬車から降りながら言った。


「まず役所だ」


俺も木剣を持って後へ続く。


「坊主の今後を決める」


その言葉に。


俺は返事ができなかった。


ここが。


三人と別れる街だ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。