第45話 氷の魔法少女との対決2
真上から急降下してくるクリスタの右手に、見るもおぞましい巨大な氷柱が瞬時に凝縮されていく。
青白く研ぎ澄まされたその切っ先は、大気の水分を一瞬で呑み込み、触れるものすべてを貫き凍結させる絶対零度の槍そのものだった。逃げ場のない空中、真上から叩きつけられようとする死の刃を前に、ペイジンの琥珀色の瞳が一瞬だけ鋭く光る。
ペイジン「……ッ!!!」
もふもふの袖口から突き出した両腕に、少女はありったけの力を込めた。
握りしめたスリーピィステッキの先端から、眩いばかりの温かな光の粒子を爆発的に噴流させる。ただ避けるだけでは間に合わない――そう直感したペイジンは、ほうきの上で身を大きく捻り、下から掬い上げるようにしてステッキをクリスタの手首へ向けて振り抜いた。
ガギィィィィンッ!!
激しい金属音が夜空に響き渡り、火花と氷の破片が猛烈な勢いで四散する。
絶対零度の冷気がステッキの柄を伝ってペイジンの腕へ雪崩れ込み、もふもふの手袋の表面が一瞬で白く霜に覆われる。だが、渾身の力で叩き込んだステッキの打撃は、クリスタの細い手首を僅かに外側へと弾き飛ばした。
クリスタ「……なっ!?」
軌道を無理やり逸らされた巨大な氷柱は、空気を切り裂く轟音とともにペイジンの右肩のすぐ横、空の虚空を猛烈な勢いで突き抜けていく。
ドゴオオオッ!
掠め去った氷柱の巻き起こす衝撃波と冷気の暴風が、ペイジンのピンクのフードを激しく剥ぎ取りそうになりながら後方へと突き抜けた。間一髪、文字通りミリ単位の差で、二人はその必殺の刺突を回避することに成功していた。
軌道を逸らした勢いのまま、ペイジンはほうきの上で機敏に身を沈めた。
低空でしゃがみ込み、コマのように鋭く身体を回転させる。遠心力とほうきちゃんの急旋回の推進力をすべて乗せ、少女はもふもふのピンクのブーツを履いた左足を、クリスタの胴体へ向けて思い切り振り抜いた。
ドゴォッ!!
ペイジン「ええぇぇいっ!!」
完璧なタイミングで放たれた蹴りが、クリスタの細い脇腹を正確に捉えた。
重厚な打撃音が響き、空中を滑空していたクリスタの身体がくの字に折れ曲がる。絶対零度の魔女が、痛みに青い瞳をわずかに見開いて大きく後方へと怯んだ。
クリスタ「ぐっ……!?」
ニィ「やったニィッ! 効いてるニィッ!」
肩の上でニィが歓声を上げた。しかし、その喜びは一瞬にして絶望の悲鳴へと裏返る。
ピキキキキッ、バチチチチッ!!
蹴り足を引こうとした瞬間、クリスタの身体から溢れ出る絶対零度の魔力が、容赦なくペイジンの左足へ逆流してきた。
ペイジン「あ……っ!?」
触れた接触面から、もふもふのピンクのブーツが一瞬にして湿ったみぞれを浴びたようにぐしゃりと重く潰れた。温もりを保っていた空気の層が完全に押し潰され、次のコンマ数秒で、生地の繊維ごと鋼鉄のような硬さの氷塊へと急激に硬化していく。
ギチギチギチッ!
激しい収縮音が鳴り響き、凍りついた生地が冷酷な拘束具となってペイジンの左足を激しく締め上げた。冷気はブーツを突き破り、足首、ふくらはぎ、そして膝の関節へと、青白い霜の亀裂となって電光石火の速さで駆け上がる。
ニィ「ペイジンッ!? 足が……足がカチコチに凍りついてるニィッ!」
ペイジン「う……そ……つ、冷た……動か、ない……っ!?」
皮膚の奥底の血液まで凍結させられ、左足全体の感覚が一瞬で完全に消滅する。
蹴り飛ばしてクリスタを怯ませることには成功したものの、直接触れてしまった代償はあまりにも大きかった。ペイジンの左足は、ピンクの生地ごと透明な氷の彫刻のようにカチカチに硬化し、ほうきの上で完全に機能を停止してしまっていた。
左足の感覚が消え去り、骨まで芯から凍てつく激痛が駆け上がる中、ペイジンは歯を食いしばってスリーピィステッキを胸元に引き寄せた。
パニックになりかける意識を気合いで押し留め、凍りついたブーツに向けてステッキの切っ先を強く突きつける。
ペイジン「カームッ!!!」
ステッキの先端から、まばゆい桃色の光の波紋が勢いよく迸った。
心を鎮め、温かな癒やしをもたらす魔法の波動が、左足を覆っていた氷の拘束具へと直撃する。ジュウゥッ、パキィンッ!と激しい音を立てて、ガチガチに硬化していたピンクのブーツから青白い氷の結晶が弾け飛んだ。みぞれのように張り付いていた冷気は一瞬で熱に溶かされ、締め上げられていた血管にドクンと血の温もりが戻っていく。
ペイジン「ふーっ……! 動いたぁ……っ!」
ニィ「ナイスだニィ! だけど休む暇なんてないニィッ!」
ニィの絶叫が木霊した瞬間、怯みから立ち直ったクリスタの冷徹な眼光が、眼前に突き刺さった。
至近距離。逃げ場のない空中で、クリスタは無慈悲に片手を振り上げ、その掌をペイジンの顔面へと突き出した。
クリスタ「消え失せろ」
ゴオオオオオオッ!!
掌のゼロ距離から、視界のすべてを真っ白に染め上げる猛吹雪の奔流が放たれた。直撃すれば、今度こそ顔面ごと脳まで一瞬で完全凍結させられる必殺の暴風。
しかし、その瞬間、ほうきちゃんが驚異的な反応を見せた。
キュィィィンッ!
推進力の炎を一瞬で逆噴射させると同時に、ほうきちゃんは機首を真下へと鋭くへし折った。
直後――
ズガガガガガッ!
頭上を猛烈な絶対零度の吹雪が掠め去り、周囲の空間をバリバリと音を立てて凍らせていく。その極寒の嵐をギリギリの頭皮一枚で躱しながら、ほうきちゃんは垂直に近い角度で、二人の身体を乗せて一気に急降下を開始した。
急降下で猛吹雪の直撃こそ回避したものの、周囲の大気そのものがすでに致死レベルの絶対零度に達していた。
逃げ場のない空中を吹き荒れる極寒の嵐が、容赦なく二人の全身を打ち据える。
カームの魔法で足の氷を弾き飛ばしたばかりのペイジンだったが、息を吸い込むことすら躊躇われるほどの冷気によって、急激に体温を奪われていった。もふもふのピンクのコートの表面にはびっしりと白い霜が張り付き、繊維の隙間から凍てつく風が容赦なく内側へ染み込んでいく。
ペイジン「う……っ、あ……ガチガチ、する……っ」
指先が急速に感覚を失い、青白く変色していく。
スリーピィステッキを握りしめているはずの手のひらが、まるで氷の板を押し当てられたようにかじかみ、指の関節が思うように曲がらない。歯の根がガチガチと激しい音を立てて鳴り、視界の端が寒さのあまり白く滲んでいく。
ニィ「くっ……! ニィの毛並みすら貫通してくるニィ……! 寒すぎるニィッ!」
ペイジンの首元にしがみつくニィも、ピンクのケープごと丸まって激しく震えていた。吐く息は一瞬で凍りついてダイヤモンドダストとなり、まつ毛やヒゲにはビキビキと氷の結晶がこびりついている。
ほうきちゃんが必死に噴え上がらせる桃色の炎も、荒れ狂う猛吹雪の圧力に押されてチリチリと小さく縮み始めていた。
下へ下へと急降下しながらも、身体の芯から急速に広がっていく強烈な悪寒と麻痺。凍てついた指先からスリーピィステッキがポロリと滑り落ちそうになり、ペイジンは薄れかける意識の中で、必死に動かない両腕を胸元に抱え込んだ。
急降下するほうきちゃんの背後から、氷の翼を鋭く羽ばたかせたクリスタが、瞬く間に距離を詰めてきた。
手加減など一切ない、絶対零度の冷気を全身から吹き荒らしながら、凍てつく魔女の影が二人を完全に射程圏内に捉える。かじかんだ指先では、もうスリーピィステッキを構えることすらままならない。絶体絶命の極寒の風が吹きつける中、ペイジンの胸の奥底で、小さく残っていた炎のような魔力がパチリと弾けた。
ペイジン「ジョブチェンジッ!!!ファイター!!」
カァッ!
暗雲立ち込める空を真っ二つに切り裂くような、眩い真紅と黄金の閃光がペイジンの全身から爆発した。
吹き荒れていた猛吹雪が一瞬で蒸発し、激しい熱風の衝撃波が四方八方へと吹き荒れる。光が収まったそこには、これまでの可愛らしいピンクのもふもふ姿とはまるで異なる、歴戦の戦士を思わせる重厚で凛々しい姿のペイジンが立っていた。
真紅の布地にしなやかな軽装甲を纏い、両手には武骨で力強いグローブ。その佇まいは、数多の死線を潜り抜けてきた熟練の格闘家そのものだった。
ほうきの端にしがみつきながら、熱風に目をしばたたかせたニィが、ポカンと口を開けてその姿を見上げた。
ニィ「……あれはなんだニィ?」
あまりの変貌ぶりに絶句するニィの横で、戦士の装甲を纏ったペイジンは、グローブに包まれた自分の両手を不思議そうにまじまじと見つめた。そして、先ほどまでの勇ましい掛け声とは裏腹に、いつものぽわんとした無邪気な声で首を傾げた。
ペイジン「うわぁ……これが新しい技?できちゃったの??」
歴戦の戦士の威圧感と、中身の天真爛漫な天然さが混ざり合い、ペイジンは握りこぶしをポンと手のひらに打ち付けて、えへへと無邪気に笑った。
ファイターの姿へと変貌を遂げたペイジンの手に、瞬時に重厚な大剣が出現した。
戦士の闘気をみなぎらせたペイジンは、ほうきの上で力強く踏み込むと、眼前のクリスタへ向けて渾身の連打攻撃を繰り出した。
ペイジン「てやああああっ! そこっ、そこっ、そこおおおっ!!」
ガギィィィンッ! ドガガガガッ!
目にも留まらぬ速度で放たれる斬撃の嵐。鋭い刃の切っ先が、クリスタが瞬時に展開した氷の防壁を次々と打ち砕き、絶対零度の魔女の身体へと正確に叩き込まれていく。歴戦の戦士さながらの猛攻に、クリスタは防戦一方となり、空中を大きく押し戻されていく。
ニィ「す、すごいニィッ! 押してるニィッ!」
歓声を上げるニィ。しかし、激しい連撃の最中、不気味な軋み音が響き渡った。
ピキキキキッ、バチチチチッ!
クリスタに刃が命中するたび、彼女の身体から溢れ出る絶対零度の魔力が、金属の刃を逆流するように這い上がってきたのだ。
斬撃を叩きつけるごとに、鋼鉄の剣身が一瞬で白く染まり、みるみるうちに分厚い氷の層へと覆われていく。数合打ち合ったところで、鋭かったはずの大剣は、まるで角氷の塊のようにカチコチに凍りついてしまっていた。
ペイジン「ふぇっ!? 剣が……すっごく重たいよぉっ!?」
刃の鋭利さは完全に失われ、手元を覆う武骨なグローブにまで青白い霜が侵食を始める。直接肉体で触れてはいなくとも、クリスタの身体へ攻撃を当てることそのものが、武器ごと凍結させられる危険な罠だったのだ。
クリスタ「……そのままお前の体も凍りつかせてやる……ッ!!!!」
冷酷な瞳に昏い光を宿らせたクリスタが、低く鋭い叫びとともに両手を突き出した。
大剣を覆い尽くした絶対零度の魔力が、獲物を見定めた毒蛇のように脈打ち、刃から柄へ、そしてペイジンが握りしめる両手のグローブへと凄まじい勢いで逆流してくる。
ピキピキピキッ、ギチチチチッ!
武骨な戦士のグローブの表面が一瞬で白銀の霜に呑まれ、布地と革の繊維が水分ごと瞬時に凍結してカチカチに硬化していく。指先を動かすことすら許さない極寒の圧力が、ペイジンの手首、そして前腕の装甲へと電光石火の速さで這い上がっていった。
手元から全身の血液へ冷気が流れ込み、心臓がキュッと締め付けられるような激痛が走る。
ニィ「ペイジンッ! 大剣を手放すニィッ! そのままだと腕ごとカチコチに凍りついて、全身が氷の置物にされちまうニィッ!!」
ニィが耳を逆立てて悲鳴のような警告を飛ばす中、クリスタは一切の容赦なく、氷の翼を羽ばたかせて至近距離へと肉薄していた。凍てつく大剣を介して二人の魔力が激突し、絶対零度の冷気がペイジンの戦士の身体を内側から食い破らんと猛威を振るい始める。
クリスタの冷徹な笑みが、凍てつく嵐の向こうで歪んだ。
凍りついた大剣の柄と、霜に覆われ硬化しかけているペイジンの両手の拳。そのわずか数ミリの隙間――命の温もりが必死に抵抗している接合部へ向けて、クリスタは容赦なく左手の掌を突きつけた。
クリスタ「砕け散れ」
バチチチチッ、ドッガアアアアンッ!!
超至近距離から、極太の青白い氷の雷が零距離射撃のように炸裂した。
絶対零度の雷光が狭間を貫いた瞬間、空間が軋むような破壊音が空中に木霊する。冷気の衝撃波が大剣を内側から爆破するように粉々に粉砕し、鋭利な無数の氷片が四方八方へと弾け飛んだ。
そして、その直撃を受けたペイジンの両腕に、かつてない激痛と衝撃が襲いかかる。
ペイジン「きゃあああああっ!!!!」
雷撃の極寒エネルギーは、グローブの布地を一瞬でみぞれのように溶かして皮膚へペッタリと癒着させ、次の瞬間に骨の髄までガチガチの氷塊へと変貌させた。手首から先が完全に感覚を失い、青白い氷の結晶が肘、二の腕へと雷の軌跡そのままに這い上がっていく。
衝撃でほうきの上から吹き飛ばされそうになるペイジンの身体を、激しい突風が煽る。
ニィ「ペイジンッ!! 腕が……腕が真っ白に凍りついてるニィッ!!」
ニィの悲痛な叫びが響く中、両腕を完全に凍結拘束されたペイジンは、バランスを崩してほうきの柄からずり落ちそうになりながら、激痛と冷気に荒い息を吐き出した。




