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PE3魔法少女ペイジン  作者: SAI
レゾナンス編
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第42話 誓った

ヒョオオオオオオッ、と地平線を削り取る風鳴りが、果てしない荒野に横たわる二つの氷を叩き続けていた。


クリスタの言葉通りの冷酷な現象が、今まさにペイジンとニィの身を極限の深淵へと引きずり込んでいた。


雪煙に半ば埋もれたペイジンの氷棺の内側では、あらゆる生体反応が停止へと向かっていた。外側を覆う絶対零度の結晶は、吹雪から吹き付ける新たな雪を取り込み、さらに分厚く、さらに青白く密度を増していく。激突の衝撃で走った表面の亀裂すらも、過冷却された大気によって瞬く間に修復され、少女を外の世界から完全に隔絶していた。


氷棺の中で固まったままのペイジンの四肢には、もはや一欠片の力も入らない。指先から始まった凍てつきは肘を越え、肩を巡り、少女の胸元を万力のように締め上げている。肺腑は凍てつく氷塊と化し、熱い血の巡りは途絶え、心臓はまるで硬直した石のように固く押し黙っていた。


意識の底に漂うペイジンを襲っていたのは、激痛の果てに訪れる、甘美で恐ろしい偽りの温もりだった。


ペイジン「あたたかい……お日さまの……におい……」


動かない喉の奥で、そんな幻影が溶け出していく。まるで春の陽だまりの中に身を投げ出し、柔らかい草の上に寝転がっているかのような、抗いがたい眠気の誘惑。思考は白銀の靄の中に溶け込み、自分が誰なのか、なぜ戦っていたのかという記憶の輪郭さえも、心地よい安らぎの中に薄れて消えかけていた。


その数メートル先、雪の斜面に転がるニィの氷像もまた、同じ永遠のまどろみに沈んでいた。


黒い毛並みは霜に覆われて白銀へと変わり、小さく伸ばされた右手の爪先は硝子細工のように透明に透き通っている。胸元で必死に訴えかけていた命の火は風前の灯となり、丸まった身体は冷酷な大理石の置物のように微動だにしない。相棒を助けたいという必死の叫びも、甘やかな虚無の底へと沈み、瞳の奥に宿っていた輝きは完全に曇り果てていた。


二人の時間は完全に凍結し、肉体はクリスタの語った通りの「永遠の静寂を保つ美しい標本」へと変わり果てていた。


だが、完全なる死の静寂へと落ちきる直前、ペイジンの胸元に抱かれたスリーピィステッキの星のモチーフが、氷の牢獄の最深部で、誰にも気づかれぬほど微かに、トクンと震えた。それは極寒の底に置き去りにされた、たった一つの消えない祈りの残光だった。


ヒョオオオオオオッ……。


果てしない荒野の彼方から吹き寄せる白銀の暴風は、容赦なく新たな雪の層を運び続けていた。


溶ける兆しを完全に失った二人の氷の上に、純白の結晶が音もなく、けれど絶え間なく降り積もっていく。さらさらとした乾いた氷粉が、まず足元で転がるニィの小さな氷像の輪郭を覆い隠し始めた。伸ばされたままの右手も、固まった尻尾の先も、吹き溜まりとなった雪の波の下へとゆっくりと呑み込まれていく。


横倒しになったペイジンの巨大な氷棺もまた、徐々にその存在感を白銀の大地へと溶け込ませていた。


棺の側面に吹き付けた雪は瞬時に凍りついて一体化し、青白く澄んでいた結晶の輝きを、鈍く冷たい純白のベールで塗り潰していく。苦悶と無念を浮かべていた少女の面影も、手放されたスリーピィステッキの残光も、積み重なる雪の厚みの向こう側へとぼんやりと霞み、やがて完全に視界から遮られていった。


少しずつ、確実に。


世界を拒絶するかのように降り続く雪は、荒野に穿たれた激突のクレーターすらも平坦に均していく。そこに誰かがいたという痕跡も、激しい戦いがあったという記憶さえも、冷たい時間とともに覆い隠されていく。


やがて風が一陣、ゴオオッと強く吹き抜けた後には、ただ見渡す限りの真っ白な雪原が広がっているだけだった。


ニィの姿も、ペイジンの氷棺も、もはや地表のどこにも見当たらない。


二つの命は、絶対零度の冷徹な氷に閉ざされたまま、果てしない白銀の海の奥深くへと完全に埋もれ、永遠の静寂の中へと眠りについてしまった。


ヒョオオオオオオッ……。


白銀の荒野には、ただ冷酷な風の咆哮だけが虚しく響き渡っていた。


二人が埋もれた場所の雪面は、吹き荒れる風によって滑らかに均され、今や周囲の雪原と何ひとつ変わらない平坦な純白の景色へと同化していた。目印になるものなど何もない。足跡ひとつ残されていない。かつて世界を救おうと立ち向かった魔法少女と相棒の小さな獣神が、この冷たい雪の底深くで眠っているなどと、誰が気づくことができるだろうか。


数十センチ、数メートルと降り積もった雪の深淵。


そこは光も届かず、音も響かない、完全なる絶対零度の墓標だった。


分厚い雪の毛布の下で、ペイジンの身体を包む氷棺は、地中の冷気と完全に結託していた。もはや溶け出す気配など爪の先ほどもなく、永久凍土の一部として完全に固定されている。閉ざされた瞼の奥で、少女の意識はどこまでも暗く、どこまでも深い無の底へと落ちていた。かつて抱いていた希望も、胸を焦がした使命感も、冷たい結晶の圧力に押し潰され、完全に思考を停止している。


すぐ隣の雪底に沈むニィもまた同じだった。指先一つ動かせず、声を上げることも叶わず、ただ冷たい鉱物のように静まり返っている。


時計塔の天辺からその地平を冷たく見下ろすクリスタの瞳には、もう荒野の凹凸すら見えていなかった。


クリスタ「……消えたわね。すべて、永遠の静寂の中へ」


邪魔者は完全に大地へと還り、クロノスの街には二度と春が訪れることのない絶対の支配が完成した。誰も傷つかず、誰も失わず、ただ永遠に冷たく美しいまま停止した世界。


クリスタが求めた「完全な孤独の楽園」がそこには広がっていた。


しかし、遠く深く埋もれた雪の底の底。


ペイジンの胸元に凍りついていたスリーピィステッキの最深部で、誰の目にも触れることのない極小の、針の先ほどの光の残滓が、完全に消え去ることだけは頑なに拒むように、冷たい沈黙の中でじっと眠り続けていた。


時計塔の頂で、吹き荒れる吹雪の中に佇むクリスタの肩が、微かに震えていた。


氷の杖を握る細い指先には、白くなるほど強い力が込められている。感情を捨て去り、絶対零度の冷徹な支配者となったはずの彼女の唇から、胸の底に澱のように溜まっていた痛切な叫びが、掠れた声となって漏れ出した。


クリスタ「うるさいのなんか嫌い。私がいるだけでただ睨みつけられるし、ちょっと焦ったり笑っただけでみんな私を嫌っていくッ」


氷の魔女と呼ばれるようになるずっと前、妹のフリスを失い、一人ぼっちで残された人間の少女だった頃の残酷な記憶。


ただ悲しくて泣きじゃくっていただけなのに、周囲の大人たちは腫れ物に触るような冷たい目を向けた。必死に周りに合わせようとして不器用に焦れば嘲笑われ、少しでも笑顔を見せようとすれば不気味だと囁かれて遠ざけられた。誰も彼女の痛みに寄り添おうとはせず、投げつけられるのは無理解と拒絶の視線ばかりだったのだ。


クリスタ「どうして私ばかりが傷つかなきゃいけないの。どうして私の温もりだけが、全部汚いものみたいに捨てられるのよッ!」


ギリッと奥歯を噛み締めたクリスタの瞳から、大粒の涙が零れ落ちる。その涙は頬を伝う暇もなく、カチリと音を立てて冷たい氷の粒へと凍りつき、足元の雪に弾け散った。


傷つけられるくらいなら、最初から誰も近づけない壁を作ればいい。

嘲笑われるくらいなら、世界中のすべての口を凍りつかせてしまえばいい。


彼女が街を沈黙に沈め、猛吹雪で全てを白銀に閉ざしたのは、強大さを示すためなどではなかった。ただ、自らの傷つきやすい脆い心を、これ以上誰にも踏みにじらせないための、あまりにも不器用で哀しい防衛本能だった。


クリスタ「だからもう、何もいらないの。誰も笑わなくていい、誰も喋らなくていい。この冷たい氷の中だけが、私を否定しない唯一の居場所なんだから……」


クリスタは自らの細い両腕で身体をきつく抱きしめ、荒れ狂う純白の嵐の中、一人きりで痛みに耐えるように背中を丸めた。


ドゴオオオオオオッ!


クリスタの慟哭に呼応するように、足元の大時計塔が激しく軋み、悲鳴のような轟音を立てて震動した。


クリスタ「気に食わないッ。私を傷つけさせてばかりだったこの星なんかッ、この街なんかッ!」


振り上げた氷の杖の先から、かつてないほど濃密で禍々しい蒼黒の冷気が、間欠泉のように夜空へと噴き上がった。その切っ先には、哀しみと絶望、そして理不尽に虐げられ続けた孤独な少女の憎悪が、限界を超えて凝縮されている。


ズザザザザッ! メキメキメキッ!


クリスタの足元から奔流となって溢れ出した絶対零度の魔力は、時計塔の壁面を突き破り、蜘蛛の巣のように街中へ広がっていった。凍りついていた広場の石畳が凄まじい地鳴りと共に弾け飛び、天を衝く巨大な氷柱が幾本も地面から突き立つ。


家々の屋根を、凍結した時計工房を、そして人々の暮らしていたすべての痕跡を、容赦のない氷塊の牙が粉々に圧し折っていく。


カキィン! ガラガラガラッ!


クリスタ「全部壊れてしまえばいい!私の心を切り刻んだ冷たい視線も、嘲笑いも、偽善も、何もかも!この絶対零度の底で、粉々になって消え失せなさいッ!」


荒れ狂う銀髪を振り乱し、クリスタは激情のままに叫び続けた。瞳には冷徹な魔女の威厳など微塵もなく、ただ傷つけられ、追い詰められた末にすべてを拒絶する、ひとりの哀れな子供の激昂だけが渦巻いていた。


ゴオオオオオオッ!


吹き荒れる猛吹雪は暴風雪へと姿を変え、クロノスの街を完全に地図から削り取らんばかりの勢いで荒れ狂う。かつてフリスと笑い合った温かな世界の記憶さえも、クリスタ自らの手によって、無慈悲な破壊の白銀へと呑み込まれていった。


ゴオオオオオオッ!


クロノスの街を破壊し尽くさんとするクリスタの激情は、遠く離れた荒野の果てにまで、凶悪な雪崩となって押し寄せていた。


街の崩壊とともに削り取られた大量の氷塊と雪煙が、怒濤の勢いで雪原を呑み込んでいく。すでに地表から姿を消していたはずの二人の氷の上へ、さらに何トンもの重く冷たい万年雪が、容赦のない質量となって雪崩れ落ちた。


ドササササッ、ズゥゥゥン……!


大地が鈍く震え、二つの氷は今や光の欠片すら届かない、深海のような白銀の最深部へと押し流され、さらに深く、深く埋没していった。


その絶対的な氷の暗闇の底で。


氷棺の中で硬直したままのペイジンは、凍りついた思考の片隅で、消え入りそうな声で想いを紡いでいた。


ペイジン(ごめんね、ニィ。あんなに痛くて、あんなに寂しい想いをしてたクリスタの心を、私、何ひとつ救ってあげられなかった。冷たくて、痛くて、身体が全然動かないよ……。もう一度だけ、みんなを温めてあげたいのに……)


指先ひとつ動かせず、ステッキを握りしめた胸元は氷の圧力に押し潰されそうになりながらも、ペイジンの心は凍てつく孤独に沈むクリスタを哀しんでいた。


そして、そのすぐ隣、雪の深淵で同じようにカチコチに凍りついているニィの心にも、絶望と相棒への祈りが渦巻いていた。


ニィ(身体が重くて冷たいニィ……。声も出ないし、尻尾も耳も石みたいにカチカチでピクリとも動かないニィ……! ペイジン、どこにいるニィ? 大丈夫ニィ……? あんな悲しい目をした奴に、このまま負けて終わるなんて絶対に嫌だニィ……ッ!)


黒い小さな身体は冷酷な氷に縛り付けられ、雪の重みの中で身動き一つ取れない。それでも、ニィの魂はペイジンを想い、氷の底から必死に叫び続けていた。


しかし、二人の切なる心の声が現実の大気に届くことはない。


幾重にも降り積もる冷酷な雪は、二人の気配を完全に呑み込み、地上にはただ、すべてを忘却の彼方へと葬り去る吹き荒れる嵐の音だけが、どこまでも虚しく轟いていた。


暗く冷たい雪の底、カチコチに凍りついた結晶の檻の中で、ニィの意識は相棒であるペイジンの姿を必死に見つめ、その恐ろしい結末を思い描いて震えていた。


口を開くことも、耳をぴくりと動かすこともできない氷像の姿のまま、ニィの心の中の悲痛な声だけが、暗闇の中で激しく響き渡る。


ニィ(……ペイジンがこのまま氷と雪の底に埋もれたらどうなるか、ニィに聞いてるのかニィ……? そんなの……考えたくもない最悪の結末にしかならないニィッ!)


ニィの思考の中で、雪の底深くに横たわるペイジンの氷棺が浮かび上がる。


ニィ(ただでさえクリスタの絶対零度の魔法で、身体中の血も息も全部カチカチに凍らされてるんだニィ。その上から何メートルもの重い雪に埋められたら……お日様の光も、風のぬくもりも、誰かの呼ぶ声だって絶対に届かない、完全な氷の棺桶に閉じ込められたのと同じなんだニィ……!)


ニィの胸を締め付けるのは、冷気そのものよりも、そこに待ち受ける「永遠の停止」だった。


ニィ(雪の底は息もできないくらい冷たくて、重くて、真っ暗なんだニィ。放っておけば体温どころか、あいつの持ってる温かい心や、みんなを助けたいっていう優しい思い出まで、ぜーんぶ冷たい結晶になって忘れ去られちゃうニィ! 動くことも、喋ることも、助けを求めることすらできなくなって……最後には雪山の一部として、何百年も何千年も、ただの冷たい石ころみたいに眠り続けることになるんだニィッ!)


相棒の未来を想像するだけで、ニィの凍てついた瞳の奥から、心の涙が溢れ出しそうになる。


ニィ(そんなの絶対にダメだニィ! ペイジンはあんなに笑うのが大好きで、誰よりも温かい奴なんだニィ! こんな真っ暗な雪の底で、一人ぼっちで凍りついたまま消えさせてたまるかニィ……ッ!!)


全身を縛る氷を内側から食い破ろうとするかのように、ニィの小さな魂は、絶望の深淵で激しく抗い続けていた。


ゴオオオオオオッと荒れ狂う風の音が、破壊されたクロノスの街を支配していた。


突き立つ無数の巨大な氷柱、倒壊した建物の残骸、そして白銀の闇に呑み込まれた沈黙の静寂。すべてを拒絶し、粉々に打ち砕いたはずの時計塔の頂で、クリスタは一人、氷の杖にすが熱狂の余熱を冷ますように立ち尽くしていた。


肩で息を刻む彼女の胸の奥で、破壊の快感など微塵も湧き上がってこない。あるのは、冷え切った空虚と、説明のつかない激しい動揺だけだった。


荒野の果て、二人を埋め尽くしたはずの雪原の方向を見つめるクリスタの青い瞳が、痛ましげに細められる。


クリスタ「....でもどうして?あの2人にだけは...敵意が何故か持てない.....ッ」


クリスタ「これでもまだまだ手加減してるハズなのに.....ッ」


震える声で呟き、自らの胸元をぎゅっと掻きむしった。


自分を嘲笑い、拒絶し、傷つけてきたかつての人間の大人たちへの憎悪とは、明らかに何かが違っていた。あの少女ペイジンが自分に向けた眼差しは、哀れみでも嘲笑でもなく、ただ凍てついた心を包み込もうとする純粋な光だった。そして相棒の小さな黒猫ニィが放っていたのは、仲間を必死に守ろうとする、あまりにも真っ直ぐで温かな命の輝きだった。


本気で命を奪うつもりなら、出会った瞬間に心臓ごと粉砕して氷塊に変えることなど造作もなかったはずなのだ。


なぜ、ただ凍らせて吹き飛ばすだけに留めたのか。

なぜ、あの二人の温もりに触れた瞬間、胸の奥底で失われたはずの妹フリスの笑顔が、痛いほど鮮明に蘇ってしまったのか。


クリスタ「どうしてよ……どうして私を迷わせるのよ……ッ!」


クリスタは氷の杖を強く握り直し、自らの内に芽生えかけた温かな迷いを振り払うように、冷たい白銀の夜空へ向けて鋭く叫んだ。しかし、冷え切った風が彼女の銀髪を揺らすばかりで、その問いに答えてくれる者はどこにもいなかった。

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