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PE3魔法少女ペイジン  作者: SAI
レゾナンス編
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第40話 クリスタとフリス

クリスタ「どうしようかな?」


吹き荒れる極寒の嵐の中、時計塔の天辺でクリスタはぽつりと呟いた。街の息吹を完全に奪い、すべての時間を止めてしまったというのに、その胸に満ちたのは安らぎではなく、底の抜けたような虚しさだった。


銀髪を揺らす風の音だけが響く広場を見下ろすと、純白の猛吹雪の向こう側に、氷漬けとなったペイジンとニィの姿がおぼろげに見える。あの眩しいほどに天真爛漫だった光は、もはや届かないはずだった。


クリスタ「永久に砕けない氷像として、この広場の中心に飾り続けてあげるべきかしら。それとも、私の記憶ごと粉々に砕いて、二度と思い出せないように消し去るべきなのかしらね」


クリスタは氷の杖を指先で弄びながら、冷え切った自嘲の笑みを浮かべた。妹のフリスを失ったあの日から、彼女の心はずっと止まったままだった。誰も傷つかない世界を作ったはずなのに、なぜか目の奥がじんわりと熱くなるのを自覚し、クリスタは苛立たしげに眉をひそめた。


クリスタ「……くだらない。迷うことなんて何もないはずよ。私はもう、二度と誰にも心を乱されたりしないのだから」


クリスタが冷たく吐き捨て、杖の切っ先を再び広場の氷棺へと向けたその瞬間だった。


トクン。


耳を疑うような小さな音が、猛吹雪の轟音を貫いてクリスタの鼓膜を震わせた。それは、絶対に止まっているはずの、誰かの温かな命の鼓動だった。


耳の奥で響いた微かな鼓動をきっかけに、クリスタの凍てついた記憶の底から、決して思い出すまいと封じ込めていた遠い日の温もりが、音を立てて溢れ出した。


まだ自分が冷酷な氷の魔女などではなく、ただの不器用で妹思いな人間の少女だった頃の記憶。世界を白銀に閉ざす術など知らず、ただ明日が来るのを信じて疑わなかった、穏やかで優しい日々の情景だった。


木漏れ日が柔らかく差し込む小さな庭先で、白いワンピースの裾を泥だらけにした妹のフリスが、満面の笑みを浮かべて駆け寄ってくる。


フリス「お姉ちゃん、見て見て!お庭の隅っこで、すっごく綺麗な青いお花が咲いてたの!お姉ちゃんの瞳の色と同じだね!」


小さな両手に抱えられた野花を差し出しながら、無邪気にはしゃぐフリスの姿。その手はとても温かく、陽だまりのような匂いがしていた。


クリスタ「もう、フリスったら。また服を汚して。お母さんに叱られても知らないわよ」


そう言いながらも、当時の自分は困ったように微笑み、フリスの頭についた花びらを優しく払ってあげていたのだ。妹が笑えばそれだけで胸が満たされ、この穏やかな時間がいつまでも続くのだと信じ切っていた。


けれど、幸福は脆く儚かった。


原因もわからないまま、フリスの小さな身体は日を追うごとに冷たく弱まり、ある日突然、差し伸べられた温かい手は二度と動かなくなった。どれだけ名前を叫んでも、どれだけ抱きしめて自らの体温を分け与えようとしても、妹の身体は二度と温まることはなかった。


あの時、クリスタの心は激しい絶望に貫かれ、完全に砕け散ったのだ。


生きているから失うのだ。

時が進むから、大切なものが零れ落ちていくのだ。

命が温かいから、冷たくなった瞬間に耐えられないほどの激痛が走るのだ。


クリスタ「失うくらいなら、最初から何も要らない。温もりなんて、ただの残酷な幻よ……」


泣き叫び、哀しみの果てに人間の心を捨て去った少女は、絶対零度の冷気と契約を交わした。妹を奪った残酷な世界を恨み、時間を止め、すべてを永遠の眠りにつかせることでしか、自分自身の魂を守ることができなかったのだ。


時計塔の上で、クリスタは自らの胸元をぎゅっと掻きむしった。冷たい氷のドレスの下で、遠い過去の温もりが激痛となって蘇り、彼女の瞳を揺らしていた。


青く澄み渡った空の下、緑の風が二人の髪を柔らかく撫でていた。記憶の中の光景は、あまりにも鮮やかで、息が詰まるほどに温かい。


フリス「ほら!あそこ行こうよー!!遊ぼう!!あそこまで登ってみよ!」


白いワンピースの裾をひるがえし、フリスが小さな手で指差したのは、街外れのなだらかな丘の上に立つ一本の大きな樫の木だった。振り返ったフリスの瞳は陽の光を浴びてキラキラと輝き、その顔には一点の曇りもない無邪気な笑顔が咲いている。


まだ魔法も冷気も知らなかった人間のクリスタは、両手を膝について小さく息を乱しながら、苦笑いを浮かべて妹を見上げていた。


クリスタ「待ちなさいフリス、走ったら転んじゃうわよ!あんな高いところまで登ったら、お昼ごはんに間に合わなくなっちゃうじゃない」


フリス「大丈夫だよ!お姉ちゃんと一緒なら、どこまでだって行けるもん!早く早くーっ!」


フリスはぴょんぴょんと跳ねるように駆け戻ってくると、クリスタの細い指をぎゅっと力いっぱいに握りしめた。その手のひらは小さくて柔らかく、触れているだけで胸の奥がじんわりと溶けていくような確かな熱を宿していた。


クリスタ「もう……本当に言うことを聞かないんだから」


困ったようにため息を吐きながらも、握り返した手の温もりが愛おしくて、クリスタの唇からも自然と笑みがこぼれていた。引っ張られるままに坂道を駆け上がれば、風が二人の笑い声を遠くまで運んでいく。


あの丘のてっぺんから見下ろした街の景色は、黄金色に輝いていて、どこまでも美しかった。明日も明後日も、ずっとこの手を繋いだまま笑い合えるのだと、当たり前のように信じて疑わなかったあの日。


クリスタ「……フリス……」


時計塔の天辺で、氷の魔女となったクリスタの唇から、掠れた声が零れ落ちた。猛吹雪の中で握りしめているのは、あの温かな妹の手ではなく、冷たく硬い絶対零度の杖だった。


樫の木の木陰に腰を下ろし、心地よい風に吹かれながら、フリスは膝を抱えてクリスタを見上げた。その瞳には、大好きな姉をまっすぐに見つめる純粋な光が溢れていた。


フリス「お姉ちゃんといると楽しいね!!」


屈託のない、心からの言葉。頭を撫でてあげると、フリスは子猫のように嬉しそうに目を細め、ぎゅっとクリスタの腕に身体を寄せてきた。小さな肩の重み、柔らかい髪の感触、トクトクと刻まれる命の鼓動。そのすべてが、クリスタにとって世界の何よりもかけがえのない宝物だった。


クリスタ「私もよ、フリス。あなたが笑ってくれるなら、私は何だってできるわ」


妹の温もりに包まれながら、クリスタは心からそう誓っていた。この小さな幸せが、永遠に続いてほしいと。


けれど、思い出の情景は急速に色を失い、冷たく歪み始める。青かった空はどんよりとした鉛色へと変わり、温かかったフリスの小さな身体が、嘘のように冷え切っていく感触が蘇る。どれだけ強く抱きしめても、熱は二度と戻らなかった。


クリスタ「ああ……やめて……思い出させないで……!」


時計塔の天辺で、クリスタは自らの肩を抱きしめるようにしてうずくまった。冷酷な氷の魔女の仮面が剥がれ落ち、そこには愛する者を奪われて立ち尽くす、孤独な少女の姿だけがあった。


頬を伝った涙は、零れ落ちる瞬間にカチリと凍りつき、冷たい氷の結晶となって足元の石畳に砕け散った。


ヒョオオオオオオッ……!


吹き荒れる猛吹雪の咆哮が、クリスタを凍てついた現代の現実へと引き戻した。


青い空も、緑の丘も、温もりをくれたフリスの笑顔も、そこにはもう存在しない。視界に広がるのは、自らの手で極限の静寂へと沈めたクロノスの街。すべてが純白の氷に閉ざされ、色彩も息吹も奪われた、死のように冷たい世界だった。


クリスタ「……っ、う……」


時計塔の天辺で、クリスタは震える手で自らの胸元を強く押さえた。氷の魔女となったはずの身体に、遠い日の記憶が残した鋭い激痛が突き刺さる。冷たく硬い杖を握り直そうとする指先は、かつて妹の手を握りしめていた頃の感覚を思い出してしまい、微かに強張っていた。


クリスタ「私は……間違ってなどいないわ。温もりがあるから、失ったときに胸が張り裂けそうになる。明日を信じるから、裏切られたときに絶望するのよ……!」


自らに言い聞かせるように冷徹な言葉を絞り出すが、その声は以前のような絶対的な響きを失い、微かに揺らいでいた。


見下ろす中央広場には、氷の茨に囲まれたペイジンの氷棺と、足元で丸まったまま凍りついているニィの氷像。二人とも完全に動きを止め、冷酷な結晶の中で眠りについているはずだった。


だが、猛吹雪の向こう側で、ペイジンを包む純白の氷棺の中心から、陽だまりのような淡い黄金の光が、静かに、けれど決して消えることなく、トクン、トクンと微かな鼓動を打ち始めていた。


ヒョオオオオオオッ!


時計塔の天辺から吹き下ろす猛吹雪は、クリスタの心の動揺と呼応するかのように、さらに激しい嵐となって広場を蹂躙した。大気を切り裂く突風が氷の地表を削り取り、白銀の竜巻がいくつも渦を巻いて暴れ回る。


クリスタ「消えなさい……私の視界から、温もりなどすべて……!」


クリスタが振り下ろした杖の切っ先から、凶悪なまでの暴風の塊が撃ち放たれた。


ドガアアアアンッ!


凄まじい風圧の直撃を受け、広場の中央を取り囲んでいた巨大な氷の茨が一瞬にして粉々に砕け散った。その衝撃は、中に囚われていたペイジンの氷棺と、足元で凍りついていたニィの氷像をも容赦なく巻き込んでいく。


ズザザザザッ! キィィィン!


重量のある純白の氷棺がまるで木の葉のように宙へと巻き上げられ、激しい吹雪の奔流に流されていく。ニィの小さな氷像もまた、吹き荒れる白銀の風に弄ばれながら、ペイジンの棺を追うように天空高くへと弾き飛ばされた。


激しく唸る暴風は二人を広場の外へと押し流し、凍てついたクロノスの街並みを越え、遥か遠くの白い地平の彼方へと吹き飛ばしていった。


ズウゥゥゥン……。


遠く街外れの雪原へと激突したのか、重い地響きが一度だけ微かに木霊し、やがて猛吹雪の音にかき消されていく。


広場に残されたのは、ただ一人立ち尽くすクリスタだけだった。邪魔者はいなくなり、視界からはあの眩しい光も消え去った。完全な静寂と支配が戻ったはずの氷の世界で、クリスタは杖を強く握り締めながら、二人を吹き飛ばした遠い空を、複雑な眼差しで見つめ続けていた。


街の外れ、どこまでも続く白銀の荒野に、二つの氷は激しい地響きとともに叩きつけられていた。


ズガガガガッ! ドサァッ!


舞い上がった分厚い雪煙がゆっくりと晴れていくと、そこには深く抉れた雪のクレーターの中心に、横倒しになったペイジンの氷棺が横たわっていた。吹き飛ばされた衝撃で外側に無数の細かい亀裂が走りながらも、クリスタの放った絶対零度の氷は依然として硬く、冷徹に少女の身体を封じ込めている。そのすぐ数メートル先には、放り出されたニィの小さな氷像が、雪の斜面に半分埋もれるようにして転がっていた。


ヒョオオオオ……と、荒野を渡る凍てつく風だけが、沈黙する二人の上を吹き抜けていく。


生命の気配は完全に途絶え、色彩を奪われた白銀の世界と同化してしまったかのように見えた。ニィの氷像は伸ばした右手を凍りつかせたまま、冷たい結晶の奥で目を閉じている。ペイジンの表情もまた、無念の眠りに落ちた時のまま、一切の動きを見せない。


しかし、吹き飛ばされた衝撃によって、ペイジンの胸元に埋もれていたスリーピィステッキの先端が、微かに氷棺の内壁を押し出していた。


ピキッ。


耳を澄ませば聞こえるほどの小さな音が、硬い氷の底で響いた。


外界の猛吹雪とは隔絶された、氷棺の最も深い中心部。凍てついた少女の心臓の奥底で、回廊でフリスから託された想いと、ニィを守りたいという純真な願いが、極小の火種となって燻り続けていた。


トクン……。


静まり返った荒野に、再びかすかな鼓動が刻まれる。


ステッキの星のレリーフが、青白い霜の向こう側で、呼吸をするように微弱な黄金色の光を淡く明滅させ始めた。冷酷な氷に閉ざされながらも、二人の魂はまだ、完全な永遠の眠りには屈していなかった。


ヒョオオオオオオッ……。


クロノスの街には、もはや夢も温もりも完全に失われていた。


家々の窓は分厚い霜に閉ざされ、かつて暖炉で燃えていた赤い炎は冷たい灰となって沈黙している。凍てつくベッドの中で身を寄せ合う住人たちは、眠ることすら許されず、ただ歯の根をガチガチと鳴らしながら、果てのない極寒の夜に震えていた。楽しい夢を見ることも、明日の希望を語り合うこともできない。街を包み込むのは、ただ痛烈に身体と心を削り取る、残酷なまでに寒いだけの夜だった。


そして、街外れの雪原に転がる二つの氷の中。


ペイジンもニィも、意識の底で切ない夢の断片をあてもなく漂っていた。


指先ひとつ動かそうとしても、全身を締め上げる氷は容赦なく重く、硬い。手足は鉛のように冷え切り、ぴくりとも反応しなかった。助けを呼ぼうと口を開こうとしても、唇も舌も喉の奥さえもカチコチに凍りついていて、声どころか微かな息の音すら漏らすことができない。


思考の深い闇の中、ペイジンが見ていたのは、かつてニィと笑い合って食べたおやつの温もりや、街のみんなが浮かべていた明るい笑顔の記憶だった。しかしそれらの光景も、クリスタの放った絶対零度の冷気に侵食され、まるで色褪せた絵画のように白く凍りついていく。


すぐ隣で雪に埋もれるニィもまた、同じ冷たい孤独の中にいた。大好きなペイジンの名前を叫びたいのに、胸の奥でどれだけ叫んでも、凍結した身体は一切の音を紡ぎ出さない。


動くことも、喋ることも叶わない絶対的な静寂。


二人は冷酷な魔法の結晶に魂を縛り付けられたまま、果てしない暗闇と寒さの海を、ただ静かに漂い続けていた。


ビューオオオオッ、と凍てつく突風がクロノスの路地を吹き抜け、家々の壁を容赦なく叩き続けた。


街の至る所で、住人たちは極限の寒さに震えながら夜の闇に沈んでいた。分厚い毛布を何枚重ねても、クリスタの放った絶対零度の冷気は容赦なく布地を通り抜け、人々の骨の髄まで凍てつかせていく。吐き出す息は部屋の中であるにもかかわらず真っ白に凍りつき、壁にはピキピキと音を立てて霜の花が咲き乱れていた。


ある小さな民家のベッドでは、幼い子供が寒さから逃れるように、胸の前で小さな手足をぎゅっと丸めて横たわっていた。


子供の頬は青白く冷え切り、唇は紫色に変色している。震えを止めることもできず、冷たい布団の中で浅く荒い息を繰り返していた。いつもなら枕元で見るはずの、楽しくて温かい夢はどこにもない。心の中の温もりすらクリスタの魔法に奪い去られ、浮かんでくるのはただ果てしなく広がる氷の世界と、寒さによる鋭い痛みだけだった。


「う……っ、さむい……よ……」


子供の唇から漏れ出たかすかな呟きさえも、乾いた冷気に触れた瞬間、儚くかき消されていく。母親が隣で必死に子供の小さな手をさすり、自らの体温を分け与えようとしていたが、母親自身の手もすでに感覚を失い、白くかじかんでいた。


街全体から命の熱気が奪われ、人々の心も身体も、ただ刻一刻と冷たく凍えていく。夜明けの来ない白銀の闇の中で、クロノスは深い哀しみと静寂に包まれていた。

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