第28話 まほうのほうきの愛のムチ♡
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ニィは、さっき地面に転がっていた問題のほうきを、じっと見上げていた。
提灯の灯りを受けて、その中古の魔法のほうきはどこか妙に気取って見える。
ニィ「……ところで、そのほうきまた飛んでみてにぃ?」
ペイジンは一瞬だけ嫌な顔をした。
だが次の瞬間には、なぜか負けず嫌いの火がついていた。
ペイジン「いいよー!……って、また!? うわあああああ!!!」
ギューン!!!
跨がった瞬間、ほうきは待ってましたとばかりに急加速した。
祭りの会場の真上を、提灯を揺らしながら一直線にすっ飛んでいく。
ペイジン「ちょ、ちょっと待ってええええ!! 止まって!! 止まってってばああああ!!!」
ほうきはまるで笑っているみたいに左右へぶんぶん揺れ、突然高く跳ね上がった。
次の瞬間には急降下。
ペイジンの悲鳴が夜空に響く。
ギューン!!!
どごおおおん!!!
鈍い音と一緒に、ペイジンはほうきごと屋台裏の木箱の山へ突っ込んだ。
箱が砕け、藁と紙くずがふわっと舞い上がる。
しばらくして、その中からぴくりと腕が出た。
ペイジン「……4ぬかと思った。」
ニィは目を丸くして駆け寄る。
尻尾はぶわっと逆立ち、完全に本気で焦っている。
ニィ「ペイジン、大丈夫!?」
木箱の残骸の中から、ペイジンはのそりと起き上がった。
髪には藁が刺さり、頬には紙切れが張りついている。
ペイジンは意識を失い三途の川を見ていた。
ニィ「ペイジイイイイン!!!!」
www。
しかし、あまりの衝撃にすぐさま現世へ復帰するのであった。
ペイジン「うわ!びっくりした.....!!」
「大丈夫じゃないよ……今の完全に“飛ぶ”じゃなくて“発射”だった……。」
ニィは転がっているほうきを見て、じりっと一歩下がった。
ニィ「やっぱりそのほうき、絶対に性格悪いにぃ……!」
ペイジンはふらつきながら立ち上がり、問題のほうきをじとっと睨みつけた。
ペイジン「……あんた、わざとでしょ。」
すると、ほうきの先端がぴくっと揺れた。
ニィ「今動いたにぃ!!!」
ペイジン「やっぱ意思あるじゃん!!! しかも絶対ちょっと楽しんでるでしょこれ!!!」
祭りのざわめきの中。
ドタバタの余韻を残したまま、問題児のほうきは何食わぬ顔でそこに転がっていた。
ほうきの先端が、ぴくりと震えた。
次の瞬間だった。
ばしぃんっ!
乾いた音が響き、ほうきの枝先が勢いよくしなって――そのままペイジンの顔面を直撃した。
ペイジン「へぶっ!?」
頭がぐらりと揺れ、ペイジンは一歩、二歩よろめく。
頬を押さえたまま、その場で固まった。
ペイジン「……いっ……たぁ……!!」
「ちょっとぉ!? 今、完全に叩いたよね!?」
ニィは一瞬ぽかんとしたあと、尻尾を逆立てて飛び上がった。
ニィ「やっぱりだにぃぃぃ!! このほうき、生きてるにぃぃぃ!!!」
ほうきは地面の上で、何事もなかったかのようにころんと転がる。
だが先端だけが、わずかに得意げに持ち上がって見えた。
ペイジン「絶対わざとでしょ、今の!!!」
「しかも顔狙ったでしょ!!!」
ニィはそろそろとほうきの周りを回り込み、警戒するように目を細めた。
ニィ「中古どころじゃないにぃ……完全に問題児にぃ……!」
ペイジンはじんじんする頬を押さえながら、ほうきを指差した。
ペイジン「いい!? 私が持ち主なの! 持ち主を叩くほうきがある!?」
「飛ぶなら飛ぶ! 叩くなら叩く! どっちかにしてよ!!!」
するとほうきは、つい、と自分で向きを変えた。
まるで「うるさい」とでも言いたげに。
ニィ「態度まであるにぃ!!!」
ペイジンは数秒黙り込み、それから真顔でぽつりと呟いた。
ペイジン「……これ、私より性格強いかも。」
ニィは力強くうなずく。
ニィ「うん。確実に強いにぃ。」
祭りの灯りの下。
問題児のほうきと、叩かれて涙目の魔法少女と、完全に呆れた黒猫。
そんな妙な三人組の空気を切り裂くように――
カキン。
また、あの音が鳴った。
凍ったクロノスの噴水の方角からだった。
ペイジンとニィの表情が、一瞬で引き締まる。
ペイジン「……今の音。」
ニィ「噴水にぃ……!」
ペイジンは頬を押さえたまま、地面のほうきを拾い上げる。
ほうきは不満そうにぴくりと揺れたが、今度は叩いてこなかった。
ペイジン「……あとで覚えてなさいよ、あんた。」
そして二人は、再び凍ったクロノスの噴水へ向かって駆け出した。
凍ったクロノスの噴水の前まで駆けつけたペイジンとニィは、息を整えながら周囲を見回した。
だが――
何もない。
ひびが広がっていたはずの氷も、今はしんと静まり返っている。
提灯の明かりを受けて、噴水全体が青白く光っているだけだった。
ペイジンは眉をひそめ、そろそろと噴水の縁に近づく。
氷の表面はつるりとしていて、さっきまで何かが中から叩いていた気配すら感じられない。
ペイジン「え? 何もない……ただ凍った噴水だけ……?」
「まさか、さっきのほうきが……!???」
その瞬間だった。
背後から、聞き覚えのある嫌な風切り音がした。
ぶんっ。
ペイジンが振り返るより早く、問題児のほうきがすいっと飛んできて――
ばしいいいんっ!!!
ゲシッ!!!!
見事にペイジンの顔面を横から叩き抜いた。
ペイジン「ぐえっ!!」
「わかったから!! わかったからああああ!!!!」
両手で顔を押さえ、その場でしゃがみこむペイジン。
ほうきはその横で何事もなかったかのように、ふよふよと浮かんでいる。
ニィはじっとその様子を見て、少しだけ真顔になった。
ニィ「……違うみたいニィ……」
ペイジンは涙目のまま顔を上げる。
ペイジン「違うの!? じゃあ何で叩いたのこれぇ!?」
ニィはほうきと噴水を交互に見ながら、小さく首をかしげた。
ニィ「多分、“それじゃない”って言いたいんだと思うニィ」
ペイジン「もっと他に伝え方あるでしょおおお!!!」
ほうきの先端が、ぴしっと立った。
妙に誇らしげである。
ペイジンは頬を押さえながら、じとっとそのほうきを睨む。
ペイジン「……あんた、ほんと腹立つわね……」
するとほうきは、くるりとその場で一回転してから、噴水の真正面ではなく、少し左手の石畳の方へと向きを変えた。
ニィの耳がぴくりと動く。
ニィ「ペイジン、見てにぃ」
ペイジン「……え?」
凍った噴水ではなく、その脇。
人通りの少ない石畳の地面の一角だけが、うっすら白く曇っていた。
霜のようにも見えるが、噴水から離れているそこだけが凍っているのは不自然だった。
ほうきは、そこを指し示すように先端を上下に揺らす。
ニィ「本当に変なのは、噴水そのものじゃないにぃ!こっちにぃ!!!」
ペイジンはゆっくり立ち上がり、まだじんじんする顔をさすりながら、その白く曇った石畳へ歩み寄った。
足元にしゃがみ込み、そっと指先を近づける。
冷たい。
ただの氷の冷たさじゃない。
もっと、深いところに沈むような冷気。
ペイジン「……これ、下から来てる」
ニィもすぐ隣まで寄ってきて、地面に耳を寄せた。
ニィ「……っ」
「ペイジン。下に何かあるにぃ」
ペイジンの表情が、さっと引き締まる。
祭りのざわめきは相変わらず続いている。
たこやきの匂いも、遠くの笑い声もそのままなのに、この一角だけ空気が違っていた。
まるで地面の下に、別の夜が埋まっているみたいだった。
ペイジン「噴水は目くらまし……?」
ニィ「多分にぃ。本命はその下……いや、“この祭りの真下”かもしれないにぃ」
そのとき。
石畳の下から、かすかに音がした。
コツン。
小さく、けれど確かに。
今度は氷の割れる音ではない。
何か硬いものが、内側から叩いた音。
ペイジンとニィは同時に息を呑む。
ペイジン「……今の、聞こえた?」
ニィ「聞こえたにぃ……」
問題児のほうきも、今度ばかりはふざけず、ぴたりと静止していた。
コツン。コツン。
音は、少しずつ近づいてくる。
祭りの夜の真ん中で。
凍った噴水のすぐ脇の石畳の下から、“何か”がこちらへ向かっていた。
兵士が二人の前に立ち、凍った噴水の脇を手で示しながら、やんわりと追い返すように言った。
祭りの見回りらしく、肩には王国の紋章が入っている。
兵士「君たち、何やってるんだ。屋台の方にさあ戻った戻った。」
ペイジンは石畳の方をちらりと見て、言いかける。
ペイジン「えー、いや……」
その瞬間。
ぶんっ。ばしいいいん!!!
またしても問題児のほうきが横から飛んできて、容赦なくペイジンの頬を叩いた。
ペイジン「ぐえっ!!」
兵士がぎょっとして目を見開く。
ニィは一瞬だけ耳を伏せたあと、もう何も言うまいという顔になった。
ペイジンはじんじんする頬を押さえながら、ぎこちない笑顔を作る。
ペイジン「じゃあ、もう少し食べていこうか。星降りの時間まであと30分だよね?」
ニィはペイジンの顔を見て、それからほうきを見た。
ほうきは何事もなかったかのように、すました顔でふよふよ浮いている。
ニィ「……そうだにぃ。まだ時間あるにぃ。」
兵士はどこか納得しきれていない顔だったが、祭りの警備に戻るべきと判断したのか、小さく頷いた。
兵士「そうそう。危ないから噴水の近くでは騒がないようにな。」
そう言って去っていく兵士の背中を見送りながら、ペイジンはひそひそ声で漏らす。
ペイジン「……あのほうき、完全に“今は黙ってろ”って叩いたよね。」
兵士「なんだそれ。んなの知るか」
ニィ「うん。しかもかなり本気だったにぃ。」
ペイジンはもう一度だけ、凍った噴水と、その脇の白く曇った石畳を見た。
さっきまで感じていた違和感は、今もそこにある。
けれど祭りの喧騒の中に紛れて、無理やり隠されたみたいに静かだった。
ペイジン「……今は、いいか。」
ニィ「忘れるにぃ?」
ペイジン「忘れない。でも今は、祭りを見て回る。」
「星降りの時間まで、ちゃんと楽しむの。」
そう言って、ペイジンはほうきを小脇に抱え直した。
問題児のほうきは、今度は珍しくおとなしい。
二人は再び屋台の並ぶ通りへ戻っていく。
提灯の灯りが揺れ、焼きそばの香りと甘い飴の匂いが流れてくる。
ペイジンは無理やり気持ちを切り替えるように、ぱっと顔を上げた。
ペイジン「よし。次は何食べようかな。」
ニィ「たこやきはもう食べたにぃ。やきそばもいったにぃ。となると……」
ペイジン「りんご飴?」
ニィ「いいにぃ。」
ペイジン「でも、そのあとしょっぱいのもほしい。」
ニィ「欲張りすぎにぃ。」
二人は屋台の灯りの中へと溶け込んでいく。
笑い声。笛の音。
子どもたちのはしゃぎ声。
星降りの時間まで、あと三十分。
その三十分が、長いのか短いのか。
まだ誰にも分からなかった。




