第27話 魔法のほうき
ペイジン「あと!射的やってみたーい!!!」
目を輝かせたペイジンが、ひときわ賑やかな屋台へと駆け寄る。
棚にはぬいぐるみやお菓子、そして一番上には――少し古びた、でもどこか不思議な輝きを放つ一本のほうき。
店主「いらっしゃい〜!一番良い景品で中古の魔法のほうき、早速手に入るよ〜!!」
ニィ「なにイイイ!!??」
ニィの耳がぴんと立ち、目がぎらりと光る。
ペイジン「中古って言ったよね今!?でも魔法のほうきって気になる……!」
店主はニヤリと笑い、ライフルを差し出した。
店主「当てられれば、な」
ペイジン「よーし……やるしかないでしょ!」
ペイジンは構えた。
慣れない姿勢、でも妙に真剣な目。
ニィ「ペイジン、それ絶対難しいニィよ……!」
ペイジン「うっさい!こういうのは気合いでしょ!」
カチッ。
引き金を引く。
パスンッ!
コルク弾はふらふらと飛び――ぬいぐるみに当たって、ぽすっと落ちた。
ペイジン「えっ、弱っ!?」
ニィ「だから言ったニィ!!」
店主「ふふ、そう簡単にはいかないよ〜」
ペイジン「もう一回!!」
再び構える。
今度は少しだけ慎重に、息を止めて――
パスンッ!!
弾は棚の上段へと向かい、わずかにほうきの柄をかすめた。
カタン……と揺れるほうき。
ペイジン「おお!?いける!?いけるこれ!?」
ニィ「あと一発で落ちるかもしれないニィ!!」
店主は面白そうに腕を組んで見ている。
ペイジンは深呼吸をひとつ。
ペイジン「……次で決める」
静かに構えたその瞬間。
――ふっと。
視界の端で、何かが揺れた。
提灯の影。
誰かが、こちらを見ている気配。
ペイジン「……また……」
ニィ「ペイジン?」
一瞬だけ集中が揺らぐ。
だが――
ペイジン「……いや、今はこれ!」
引き金を引く。
パスンッ!!!
弾は真っ直ぐ飛び、ほうきの支えを弾いた。
ガタンッ!!!
ほうきが棚から滑り落ち――
店主「おっと!」
見事、景品が落ちた。
ペイジン「やったああああ!!!」
ニィ「うおおおおお!!本当に取ったニィ!!!」
店主は笑いながら、ほうきを手渡す。
店主「お見事。……そのほうき、少しクセがあるから気をつけな」
ペイジン「クセ?」
店主は意味深に笑うだけで、何も言わない。
ペイジンはそのほうきを手に取る。
古びているのに、妙に手に馴染む。
ペイジン「……なんかこれ、普通じゃない感じする」
ニィ「中古って言ってたけど……本物の魔法の気配するニィ」
その瞬間。
ほうきの先が、ほんのわずかに――震えた。
まるで、自分の意思を持っているかのように。
ペイジン「よーし!ほうきよ!飛んでー!!」
勢いよく跨り、ペイジンはそのまま空へ――
……浮かない。
ペイジン「……あれ?」
次の瞬間。
ブルルルルルルッ!!!!
ほうきが突然激しく震え出した。
ペイジン「うわ!?なにこれ!?ちょ、ちょっと待って!!」
ニィ「え、ちょ、なんか嫌な予感するニィ――」
ドンッ!!!
ほうきがいきなり横に急発進した。
ペイジン「うわあああああああああ!!!?」
ニィ「私まで巻き添えニィ!??やめるニィいいい!!!」
左右にぐらんぐらん揺れながら、屋台の前を暴走するほうき。
提灯すれすれ、屋台すれすれ、完全に制御不能。
ペイジン「止まれえええええ!!言うこと聞いてええええ!!!」
ニィ「絶対中古じゃなくて問題児ニィこれええええ!!!」
ガガガガッ!!!
ほうきは急に上に跳ねたかと思うと、今度は急降下。
ペイジン「落ちる落ちる落ちるううううう!!!」
ニィ「地面来てるニィいいい!!!」
ベタあああああん!!!!
ペイジン「きゃああああああ!!!!」
ドサッ!!
二人まとめて地面に叩きつけられる。
ほうきはそのままコロコロと転がり、ぴたりと止まった。
しーん。
ペイジン「……いったぁ……」
ニィ「……これは……完全にハズレ個体ニィ……」
ペイジンは仰向けのまま、空を見上げる。
ペイジン「……なんで急に暴走したの……」
そのとき。
ほうきの先端が、ぴくりと動いた。
ニィ「……見たニィ?」
ペイジン「……見た」
ほうきが、ゆっくりと自分で向きを変える。
そして――
ペイジンの方を、じっと“見ている”ように止まった。
ペイジン「……これ、ただのほうきじゃない」
ニィ「うん……意思あるニィ、完全に」
遠くで祭りの音が鳴っている。
でもこの小さな円の中だけ、空気が少し変わっていた。
ペイジン「気を取り直して〜!見てよ〜ニィ!チョコバナナだよー!!!」
さっきまで地面に転がっていたとは思えないほどのテンションで、ペイジンは屋台からチョコバナナを掲げる。
カラフルなチョコがきらきらと光っていた。
ニィ「立ち直り早すぎニィ!!」
ペイジン「こういうのは切り替えが大事なの!」
ぱくり、と一口。
チョコのパリッとした食感と、バナナの甘さが広がる。
ペイジン「ん〜〜〜!!やっぱこれだよね〜!!!」
ニィ「ちょっと待つニィ!!私の分は!?」
ペイジン「はいはい、ちゃんとあるよ〜」
もう一本のチョコバナナを差し出す。
ニィはそれを両手で受け取り、じっと見つめた。
ニィ「……これ、落とさないように慎重に食べるニィ」
一口をニィがいただく。とろける甘さがニィの口元に伝わってくる。
ニィ「……うまいニィ」
しっぽがゆっくり揺れる。
ペイジン「でしょ?さっきのダメージも全部回復する気がする!」
ニィ「いや体のダメージは普通に残ってるニィけど」
ペイジン「そこは気持ちでカバー!」
二人は並んでチョコバナナを食べながら、再び祭りの通りを歩き出す。
笑い声。灯り。甘い匂い。
さっきの暴走も、頭痛も、少しだけ遠くなる。
――そのとき。
ペイジンのチョコバナナの先端が、ほんの一瞬だけ“揺らいだ”。
ペイジン「……あれ?」
ニィ「どうしたニィ?」
ペイジン「……気のせい、かな」
チョコはいつも通り、ただ甘いだけ。
祭りの賑わいの中、通りのざわめきとは少し違う空気が流れていた。
会場の真ん中にあるはずのクロノスの噴水。
昼間なら子どもたちが駆け回り、夜には提灯の灯りを水面に映してきらめくはずの場所。
だが今、その噴水だけが異様だった。
水が流れていない。
それどころか、噴き上がるはずの水柱ごと、丸ごとカチコチに凍りついていた。
薄青い氷が月明かりと提灯の光を受けて、不気味なほど綺麗に光っている。
ニィ「ペイジン!見て!噴水が……」
ペイジン「え……今、真夏なのに……変なの……」
「しかも噴水だけがカチコチだなんて……」
二人は足を止め、凍りついた噴水を見上げる。
周囲の屋台は相変わらず賑やかだというのに、この場所だけ音が少し遠い。
まるで、ここだけ別の季節が落ちてきたみたいだった。
ペイジンはチョコバナナを持ったまま、ゆっくり噴水へ近づく。
足元の石畳までほんのり白く曇っている。
ペイジン「冷気が残ってる……」
ニィ「普通の氷じゃないニィ。魔法の匂いがするニィ」
噴水の中央には、クロノスの像が立っている。
時間を司る杖を掲げた石像。
だがその表面にも霜が張りつき、まるで何かに“封じられた”ように見えた。
ペイジン「……綺麗だけど……やな感じ」
ニィは耳をぴんと立て、周囲を見回す。
ニィ「これ、さっきの頭痛と関係あるかもしれないニィ」
ペイジン「……やっぱり、そう思う?」
ニィ「うん。祭りの中でここだけ空気が違うニィ。誰かが意図的に凍らせた感じニィ」
ペイジンは噴水の縁にそっと手を伸ばす。
指先が氷に触れた瞬間――
ピシッ。
ペイジン「……っ!」
頭の奥に、またあの鋭い痛みが走る。
アイスクリームを一気に食べたときみたいな、あの変な脳の奥の衝撃。
同時に、一瞬だけ何かが見えた。
白い息。
揺れる長い影。
そして、氷の向こう側でこちらを見ている、淡い色の瞳。
ペイジン「……誰かいる」
ニィ「なにが見えたニィ!?」
ペイジンは氷からぱっと手を離し、息を整える。
ペイジン「女の人……いや、違う……」
「でも誰かが、この噴水の中から見てた」
ニィ「中から……?」
祭りの音が、また少し遠くなる。
提灯の明かりが揺れ、凍った噴水の表面に奇妙な影が走った。
そのとき。
カキン。
小さな音が鳴る。
ペイジンとニィは同時に顔を上げた。
凍った噴水の表面に、細いひびが一本だけ走っていた。
ペイジン「……割れた?」
ニィ「違うニィ……中から、叩いたみたいな音だったニィ……」
カキン。
カキン。
今度ははっきり聞こえる。
氷の中、クロノスの像の足元あたりからだ。
ペイジンはゆっくりとスリーピィーステッキを握り直した。
ペイジン「……ニィ」
ニィ「分かってるニィ。これはもう、屋台どころじゃないニィ」
カキン――バキッ。
氷のひびが、一気に広がった。
祭りの夜の真ん中で。
凍ったクロノスの噴水の中から、“何か”が出てこようとしていた。




