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TS爺、百合エロゲ―の世界のダンジョンに挑む  作者: 蒼井茜


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イレギュラーエンカウント

 順調、そう思っている時ほど予期せぬ事態は発生する物だ。

 特にダンジョンでは、その事を私は失念していた。

 数年のダンジョン通い、闘技場で得たいくつものスキル。

 使いこなしたと思った忍術スキル。

 それらを駆使して、10階層のボスとの戦いに挑んで、死にかけている。


「くそっ、このっ!」


「下がれアキラ!」


「でも!」


「静江の治癒を! 間に合わなくなる!」


 イレギュラーエンカウントと呼ばれるものがある。

 低レベルのダンジョンでもありえないほど強いモンスターが出てくることだ。

 言うなればRPGの初期ダンジョン、スライムしか出てこないような場所で死神と呼ばれるレベル99すら片手間に壊滅させるようなのが現れる事件だ。

 そして目の前にいるのは、その死神すらおやつ感覚で貪るデスイーター。

 霊体でありながら、その防御力は並大抵のゴーレムを凌駕する。


 静江は腹に深々と突き刺さった石の破片で脱落、どころか死ぬ寸前だ。

 天沢先生もありったけのバフとデバフで対処してくれているが間に合わない。

 アキラの猛攻すら疼痛すら感じていないだろう。

 ボス部屋で起こったソレは、紛れもない詰みを意味していた。


 逃げ場がない、逃げられない、あらゆる脱出アイテムが使えず、更にはボスを倒さなければ部屋から出る事すらできない。

 そんな状況でのデスイーター。

 死すら喰らうもの。

 そいつが鎌首もたげて私達を狙っている。

 その状況で、不思議なことに私の思考は冴えわたっていた。


 アキラは静江の治療に入った。

 傷の位置からして急所は避けているが内臓の損傷がある。

 出来るだけ早く医者に見せたい。

 先生はもうすぐ魔力が尽きる。

 そうなればギリギリで抑え込めていたデスイーターは再起動する。

 アキラの手を借りる暇はなく、今は私が前線に立っている。

 それも長くはもたない。

 その全てを俯瞰してみているような気持ちだ。


「はは……」


 無駄が漏れた。

 息が苦しいのに、無駄な空気を浪費する行為。


「はははっ」


 笑ってしまう。

 どうしようもないこの状況にじゃない。


「ははははははっ!」


 興奮しているんだ。

 久しぶりの、本物の闘争に。

 思えば記憶を取り戻してからも、死ぬ前ですらも、こんな闘争は久しくなかった。

 平和な世の中と言えば聞こえはいい。

 いや、実際に素晴らしい事なんだろう。

 だけど、それは私には少し退屈なんだ。


「よぅし、きさん、頭から食っちゃる」


 喉から漏れたのは私の声でありながら、私の言葉ではなかった。

 魂から出た言葉とでも言うべきだろうか。

 意識がクリアになる。

 デスイーターと私以外が存在しない、そんな感覚に陥る。

 振り上げた拳がレーザーで焼かれて軋む。

 気にすることは無い、この程度糸を巻き付ければまだ動かせる。


 ムカデのように無数に生えている骨でできた脚に蹴られた。

 肋骨が折れたか、肺に刺さっているのだろう。

 まだこの程度では即死じゃない。


 羽飛ばされた際に足が妙な方向に曲がった。

 制服を操って固定すれば動ける。


 痛みは無視していい。

 所詮は危険を知らせるための情報でしかない。

 感覚を鈍らせないように、糸を巻き付けた右腕に意識を集中させる。


 そこにあるのは痛覚すら失ったか、それとも無意識で無視するようになったのかわからない焼けただれた腕。

 けれど、この腕一本で裏社会ともやり合ってきた。

 何なら軍人すら殴り倒して、敵兵を殴り殺した腕だ。

 昔とは違う細い、握るだけで折れてしまいそうなそれは晩年の枯れ木となった自分を思い出させる。

 けれどそんな事はどうでもいい。


 眼前に迫る骸骨の頭、その一点目がけて拳を突き出す。

 折れた足で地面を踏みしめ、焼けただれた腕で叩きこんだ一撃。

 ガラス細工を思い出した。

 一点に力を加えると放射状にひびが入っていき、そして砕け散る。


 目の前のデスイーターにも同じ事が起こった。

 あぁ、これで終わりか。

 まだ楽しみたかったのに……。

 けど、あぁ、これこそがダンジョンに求めていたものかもしれない。

 だから、私の記憶は不鮮明だったのかもな。


 ははっ、アキラが慌ててる。

 あの闇落ちしたレズがあんな表情見せるのはいつ以来だろう。

 静江が手を伸ばしている。

 自分も重傷だっていうのに、お人よしは相変わらずだな。


 あー、楽しい戦いだった……。

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