6 私は『天使のように高潔な貴婦人』ですもの (1)
夜会が終わると、またいつも通りの日常が戻ってきた。
騎士団合同で大規模な模擬試合を行なったり、王城の祭事のための警備に駆り出されたり、不正をしていた商人の捕縛に赴いたり――。
この時期は祭事や夜会が多いため、例年忙しくなるらしい。今年はそれに加えて大規模な不正が発覚した所為で、我が第三魔法騎士団も無関係ではいられず上へ下への大騒ぎだ。
団長であるユーリはさらに忙しいようで、ここ一週間くらいは彼と顔を合わせていない。
今日こそは会えるかなと思ったのだが……。
中指を飾る宝石が、ゆっくりと青色に変わっていく。空の色が夕焼けから黄昏時へ変わっていくような、ゆっくりとしたスピードで。
「やっぱり書類、片付かなかったかー」
何度見ても飽きないその色の移り変わりを眺めながら、私は力の抜けた呟きを洩らした。
視線の先にあるのは、フローリア家の肝煎りで導入された「色を変えられる魔宝玉」の指輪だ。新たな連絡手段にならないかと第三魔法騎士団で一時期話題になり……そして実用化にはまだ遠いと結論付けられた、悲しき逸品。
そうなってしまった理由は、主に三つある。
まず、色の変化が三つ以上の宝玉に波及せず、一対ずつしか運用できない点。次に宝玉自体が非常に希少で、コストが大きい点。そして、一度色を変えてしまうと次に色が変えられるようになるまで時間が掛かる点だ。
……うーむ、残念。特に三つめの欠点が致命的だ。
多彩な色の変化さえできれば、そのパターンで複雑なメッセージをやり取りすることも可能になると思ったんだけど。
単独行動をすることが多い隠密の安否確認くらいになら使えるだろうが、このままでは騎士団で役に立てるのは難しい。
というわけで、結局この魔道具は現在、私のつけているこのペアしか稼働していないのであった。
ちなみに言わずともわかるだろうが、私のペアの相手は当然ユーリである。
たった今彼が送ってきた青色の意味は、「単独行動を許可する」というもの。
今日の仕事は、王都の巡回だ。久々にユーリと一緒に王都を回れると思ったのだが、やっぱり予定がつかなくなったらしい。
残念だが仕方ないと軽く肩を竦め、私は詰所を後にした。
王都にもだいぶ慣れてきたし、一人で巡回するのも初めてではない。特に不安はなかった。
女性の騎士が珍しいからか最初は遠巻きにされていたけれど、何度かスリや喧嘩を解決したことで街の人からの信頼も徐々に得られるようになってきた。
今では街を歩いていると、色々な人に声をかけてもらえる。大きな声では言えないが、食べ物の差し入れをもらうことも珍しくなかった。おかげさまで、私のやる気も上々だ。
――王都の巡回。仕事の中で、実践訓練の次に好きかもしれない。
さて、とはいえもちろん仕事は真面目にやるのが私のポリシー。今日最初の巡回先は、教会つきの孤児院だ。
教会であったり孤児院であったりというのは、実のところ街の様子を知るのに非常に有用な場所だったりする。情報が集まりやすく、世相が反映されやすいからだ。
孤児が増えたり教会が荒れたりしはじめたら、要注意。それは、国の荒廃にそのまま繋がっていくことになる。
……とまぁ理屈は知っている。
でも正直に言えばそんな事態、経験したことなんてないのが実情であった。
最近は大きな災害も戦争もなく、至って平穏な時代が続いている。
騎士として剣を向ける相手も、大概が人里に現れた魔獣くらい。少し物足りなくはあるけれど、コレが平和というものなのだろう。
「おや、凛々しい騎士様。よくいらっしゃいました」
「こんにちは、神父さん。特に困りごとはありませんか?」
いつもの挨拶を交わし、ええ、と迷いなく頷く神父さんを見てひとまず安心する。
ここの神父さんは優しくて穏やかな方だけれど、私のことをいつも「凛々しい騎士様」と気恥ずかしい呼び方をするのが玉に瑕だ。どんな顔で返事をしたら良いのかわからない。
「今日はお客様が連続で見えて、子供たちも大喜びですね」
「他に誰か来ているんですか?」
「ええ。とある貴族の方が慰問にいらしていまして。今、子供たちは庭で遊んでもらっているところですよ」
いただきものですがお裾分けです、とクッキーの袋を差し出され、私は迷わずそれを口にする。
……うん、しっかりとした歯ごたえとバターの芳醇な香りがとても美味しい。一つだけのつもりだったけれど、気がつけばニつ、三つと手が伸びてしまう魅力がある。
そのまま伸び続ける手を誤魔化すように、大きく咳払いをした。
「失礼。その方にお礼を言うついでに、様子を見させてもらっても良いですか」
「ご案内しましょう」
お菓子に夢中になってしまった一面をなかったことにしようと、私は努めて毅然とした態度を取り繕って庭園へと歩き出した。
「ねえねえ、お姉さんー、ここのお花の編み方がわかんないの」
「お姉ちゃん、リボン取れちゃったーつけてー」
「あ、ズルい! 私も、私も!」
「あらあら。うふふ……」
廊下を通り抜けて庭園が近くなるにつれ、徐々に子供たちの楽しそうな声が近くなってきた。
明るい笑い声、相手の興味を惹こうと必死で話しかける声――どうやら渦中の人物はずいぶんと子供に好かれているらしい。子供たちの喜びがこちらにまで伝わってくる。
「オレ、将来は冒険者になっていっぱいお金を稼ぐんだ。そしたら、お姉さん僕と結婚して!」
「コイツより僕の方がお金持ちになるもん! だから、結婚するなら僕とだよ!」
「そうなの? ふふっ、どうしようかしら……」
なんということだ。生意気ざかりの少年たちの心まで、彼女はがっしり掴んでいるらしい。
一体どんな人物が来ているのだろう、とワクワクしながら庭へと足を踏み入れる。見つからないように木の影からそっと覗くと、子供たちと戯れる女性の姿が目に入った。
――その瞬間。目の前の光景のあまりの美しさに、気がつけば私は大きく息を吞んでいた。
柔らかな陽光に包まれているのは、地上に舞い降りた天使と見紛うほど美しい女性と無垢な子供たち。まるで宗教画のような慈愛に満ちた光景が、そこには広がっていた。
ドレスが汚れるのも厭わずに、貴婦人は腰をかがめて周囲の子供たちと視線を合わせる。子供が泥のついた手でドレスの裾を触ろうと、顔をしかめることもしない。
浮かべる微笑みは女神のように優しさに満ちていて、一挙一動はまるで舞っているかのように優美だ。
憧れに目をキラキラさせながら、子供たちは小さな手で編んだ花輪を差し出す。萎れかけた花を寄せ集めて作った、不恰好な花輪。それでも彼女が頭にかぶると、それは妖精の冠のように美しく輝きはじめる。
「あちらの方は……ここにはよく、来られるんですか」
その光景に目を奪われたまま、私は半分上の空で質問を口にした。
「ええ。定期的に訪れては、ああして子供たちの面倒を見てくれています。年上の子供たちには、簡単な読み書きや計算も教えてくれているんですよ。本当に立派なことです。慈善事業として寄付をしてくださる貴族の方は居ても、こうして直に子供たちと触れ合ってくださる方はなかなか居りませんから――」
そうですね、とかすれた声で相槌を打ちつつ、人違いではないかと私は何度も目の前の女性の顔を確かめる。
……しかし、何度確認しても結論は変わらない。
愛情深く孤児たちと触れ合う美しい彼女。――その人物は、かつて幼いユーリの命を奪おうとしたはずのセリシア・マクレガンその人であった。




