6 私は『天使のように高潔な貴婦人』ですもの (2)
「セリシア様、いつもありがとうございます。子供たちの相手をして、お疲れでしょう。丁度、騎士様がウチの様子を見に来てくれたんです。ご一緒に、一服されてはいかがですか」
「騎士様が? それじゃ、そうさせてもらおうかしら」
神父さんの声に軽やかに立ち上がったセリシアは、私に目をやって「あら」と首を傾げた。
「先日の夜会ぶりね。アレクサンドリアさん……だったかしら」
「私のこと、わかるんですか!?」
これには流石に驚いた。
あの化粧技術で作った幻影のような姿と、今の私を結びつけられる人間が居たとは。周囲の人間は、誰一人私の正体を見抜けなかったというのに。
「当然じゃない、息子の大切な人だもの。あの時のアナタもとても可愛らしかったけれど、その姿も可憐ね。……ほら、お菓子を持って来たの。一緒にお茶を飲みましょう?」
「あ……ありがとうございます」
勢いに呑まれて、気がつけばテラス席に腰を落ち着けていた。
勧められたのは、先ほど神父さんに頂いたのと同じクッキー。あの美味しさを既に体験していた私は、促されるままにクッキーを口に運ぶ。
そうしてお茶会を愉しみながら、私たちは孤児たちの将来や孤児院の運営について意見を交わしはじめたのだった。
先ほどの子供を慈しむ姿、一朝一夕ではない慈善活動の実績――ユーリが語った彼女の所業を忘れたわけではないけれど、それでも言葉を交わすにつれセリシアに対する私の警戒心は徐々に緩んでいく。
だって、子供たちと向き合うセリシアの姿には、間違いなく真心からの愛があった。小さな彼らが可愛くて仕方ないと、彼女は全身で語っていた。
そんな子供を慈しむ彼女が、たかがお家騒動のために我が子を毒殺しようなんて考えるだろうか。
……確かに、かつて彼女は過ちを犯したのかもしれない。でも、今の彼女が同じ過ちを繰り返すことはないだろう。
たった一度の過去を理由に今の彼女を判断するのは早計かもしれない――いつの間にか、私はそんな風に考えるようになっていた。
「それじゃ、アレクサンドリアさんは領地を離れてお一人で暮らしているの? 大変ね。寂しくはないのかしら」
「最初の頃はホームシックになることもありましたけど、今はもう大分王都にも慣れてきましたから。職場の同僚とも仲良くやれてますし、楽しく過ごしてます」
ユーリも居ますし……と続けようとして、彼らの微妙な間柄を思い出して言葉を切った。
そうでなくてもこのセリフは恋人の惚気と受け取られかねない。実の母親相手に口にすることではないだろう。
「それでもやっぱり、お休みの日は寂しいでしょう? 明日のお休みはどうするの?」
「特に予定はないですけど、わりと鍛錬とか買い物とかしてるとあっという間に時間は過ぎてしまいますから……」
喋りながら、ちらりと空を見る。気がつけば、空を照らす太陽は柔らかなオレンジ色になっていた。
もう少ししたら日が沈む夕暮れ時。そろそろ帰らなければならない頃合いだ。
予定通りの巡回はできなかったけれど、思いがけない人と交流できることができた。その充実感を味わいつつ、指輪の色を緑色に変える。「今から戻ります」のメッセージだ。
「今日はお会いできて良かったです。そろそろ夕方ですし、解散しましょうか。馬車までお送りしましょう」
そう言って立ち上がった途端、くらりと目の前の景色が歪んだ。「あ、れ……?」倒れそうになる身体を支えようと、机にしがみつく。
「あら、大丈夫? 顔色が随分悪いわ。体調が悪いのでしたら、うちの馬車を使ったらどうかしら」
「そこまでお世話になるわけには……」
断る言葉も、呂律が上手く回らない。周囲の景色がぐるぐると渦を巻きはじめる。
ととのった眉を心配そうに寄せて、セリシアは私のそばに屈み込んだ。
「いくら食べてもあまりに変化がないから、田舎の獣には効かないのかと思ったわ」
先ほどと露ほども変わらぬ優しい声が、耳元で囁いた。朦朧とする思考では、彼女の言葉の意味を読み取れない。
「それは……一体どういう……」
譫言のような呟きを口にしつつ、私の意識はそこでぷつりと途切れたのであった。




