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5 それってどういう意味で? (4)


「しかし、話はそれで終わらなかった。母の生家との兼ね合いもあって、この件は公にしないことで話はついていた。名目上は『健康上の理由』で後継者を変更した、ということにしてね。……スティンガー家は遡れば魔術師の系譜になるから、何も知らない周囲はその説明を魔術の適性があった俺を後継者に据えるための名目だと理解していたようだ」


 ユーリはそっと視線を落とし、手の中のグラスを弄ぶ。そうしながら、次の言葉を探しているようだった。


「まぁとにかく、それで丸く収まるはずだったんだ。母の不貞の件は厳しい箝口令(かんこうれい)が敷かれて、実のところ後継者に指名された当時の俺も状況をよく理解できていなかった。……そんな時だ。突然課された当主教育に四苦八苦している俺に、母が紅茶を淹れてくれたのは」

「っ、まさか……」


 嫌な予感がじわじわと込み上げてくる。ユーリの表情も、苦しそうだ。

 それなのに、彼は話をやめようとしない。


「嬉しかったよ。今まで受けられなかった母の愛を、得られたようで。その時の俺は疑いもせず紅茶を飲み干し……そして、倒れた」

「毒入りだった、ってこと……?」


 私の掠れた声に、ユーリはゆっくりと頷く。その瞳は泣き出す直前の子供のように不安定に揺れていた。




「母は兄が後継者から外された現実を受け止められなかったんだろう。俺さえ排除できれば、兄はもう一度栄(は)えあるスティンガーの後継者に返り咲ける――兄がスティンガーの血を引いていない以上そんなことは無理だというのに、彼女はそう考えたらしい。さすがに子供に手を出すことを予想していなかった父は、慌てて母との離縁を決めたよ」


 苦々しそうに彼は首を振る。「最初からそうしていれば良かったものを、父もまだ母に未練があったらしい――」付け足す口調は、拭い切れない嫌悪感と侮蔑にまみれている。


「母の盛った毒は非常に強い毒だった。俺は十日間生死の境を彷徨い……目覚めてからも予後があまり良くなかったために、しばらく田舎で静養させようということで親交のあったソーリエ領に預けられることとなった。――そこで、アレク。君と出会ったんだ」

「私、と……?」




 ああ、とユーリは力強く頷く。先ほどまでの苦渋に満ちた表情は消え、弾んだ声は話が切り替わったことを如実に語る。


「俺にとっての一番の幸運、運命の邂逅(かいこう)。突然嫡男の重責を背負わされ、実の母から毒を盛られた俺は何もかもに絶望していた。信じられるものなど何もない、幸福などまやかしに過ぎないと諦めていたんだ。……でも、そんな昏い感情はアレクに会ってどんどん変わっていった。――いくら拒んでもまっすぐに俺と向き合い、光の差す場所へ俺の手を引く親友。その存在に、俺はどれだけ救われたことだろう」

「いや、ごめん……その時の私、別に何も考えてなかったと思う……」


「だからこそ、嬉しかったんだ。裏表のない、その真っ直ぐな親愛が。無邪気な友情が。アレク自身にそんなつもりはなくても、俺は間違いなくアレクに救われた。だから俺にとってアレクは、今も特別なんだ」


 真摯な眼差しで、ユーリは私の手を取る。


「アレクと貴重な一年を過ごして王都に戻った時には、気づけば俺はすっかり変わっていた。以前の俺とも、人間不信に陥っていた時の俺とも違う、新しい自分に。それは見た目についても同様で、いつの間にか体格も随分と引き締まっていた。……アレクが無理やり戦闘訓練に駆り出してくれていたからだろうな」

「う……えへへ、そうだっけ……?」


 嫌がる彼を付き合わせていた自覚はあるので、耳が痛い。

 というか、私の手をいつまで握っているつもりなんだろう。さりげなく彼の手をどけようとするが、ユーリは離してくれないどころか恋人のように一本一本の指を絡めはじめた。


「そして、その変化が新たな問題を生み出したんだ。今までと違う見た目と、スティンガー家の後継者としての地位。その二つは女性に魅力的に映ったようで、療養を経て王都に戻ってきた俺には多くの令嬢から声が掛かるようになった。――それが、俺にはたまらなく不気味だった」


 考えてもみてくれ、とユーリは心底うんざりした声を出す。


「それまで俺に見向きもしていなかった、どちらかといえば俺を見下していた令嬢たちが手のひらを返したように猫なで声ですり寄って来るんだ。母の件もあり、俺は完全に女性というものを信用できなくなってしまった。――その頃からだ、女性の顔が塗りつぶされたように見えなくなってしまったのは」

「そう、だったんだ……」




 さっきから碌でもない相槌しか打てていないことには、自覚がある。

 自身の気の利かなさには絶望的な気持ちになるが、あまりに悲惨な過去に掛けられる言葉など思いつかなくなっていた。


「今では大分心の傷も癒えて、こうして過去を冷静に振り返れるようになってきた。……でも、やっぱり女性は苦手だ。皆がそうではないと頭では理解していても、彼女たちを前にすると騙されるのではないか、毒を盛られるのではないかと身構えてしまう……」


 それきり言葉を切ると、ユーリはふっと頭上を見上げた。つられて視線をやれば、美しい桃色の月が目に入る。


「子供の頃、真っ暗な庭で一緒に見た月には敵わないが……今夜も、月が綺麗だな」




 私の手を絡め取ったまま、ユーリはそう言って夜空を眺める。その端麗な顔立ちから、私はそっと目を逸らした。


 ユーリは、私のことを特別だと言ってくれた。その言葉に、嘘偽りはないだろう。……でも。

 彼にとって親友のアレクは、決して女性ではない。異性だと思ってはいない。


 ――ユーリを騙しているつもりはないけれど、これもひとつの嘘ではないだろうか。私もまた、『ユーリを裏切る女性』の一人に過ぎないのでは?


 胸がキュッと締めつけられたように痛む。この痛みは罪悪感なのか、それとも……。

 冷たい夜風に頬を撫でられ、私はぐるぐると巡る思考を無理やり引き剥がしたのだった。


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