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71.妹

「一度ここを出るのもいいだろう」


 そう切り出したのはアガトだった。

 兄妹の再会を終えて、これからハルカがどうすべきかについてアガトが提案したのだ。

 今まではハルカのことを隠していたため、自由に外に出ることが難しかった。街に出るとすればここから近いアルトミーの街ではあるが、カイやアガトはその姿もありあまり堂々とは街を歩けず、ハルカと共にいることができるのはメロくらいだからだ。

 仲間たちの中には姿があまり問題とならず、人間の中に紛れることができるものもいるが、説明が必要となるとそれもできない。

 だから、ハルカは基本的にここにずっと閉じこもって生きてきた。

 それが、こうしてゼフィと再会することができて少し事情が変わった。ゼフィとイリス、それにハルカは紛れもなく人間の姿をしているため、共に外を出歩くことに何の不都合もない。

 つまり、これからはゼフィがいればもう少し自由に外に出ることができるのだ。

 そして、せっかくだからこの機会にゼフィと共に外を回ってみるのがよいのではないかとの提案だ。

 それについてゼフィには特に異はない。アガトの言うようにせっかく妹と会えたのだから、しばらくは共にいたいとも思う。

 もともとゼフィの旅はハルカを探すための旅だ。それがこうして成し遂げられた以上、ゼフィには他にやりたいことはないのだから。


「そう、だね。こうしてハルカも見つけられたし、フローリスにも報告しておきたいから一度フェイヴァーの家に戻りたいとは思っている。ハルカが望むならフローリスにも会わせてあげたいしね」

「そのフローリスっていうのは誰?」

「ああ、そういえば説明していなかったね。俺がこっちの世界で拾われて養子になったってのは話したと思うけど、そこの家に一人娘がいてね、俺の妹ってことになってるんだ」

「そうなんだ。……それなら私も会ってみたい、かな」


 ハルカがちらりとアガトの方に確認を取るように視線を向けると、アガトは満足そうに頷く。


「ふむ、では我々は一度戻るとして、ハルカはゼフィと共に行くといい。何かあればまたここに戻ってくればいいのだからね」

「うん」

「カイ、君はあれを持っていただろう?」

「あれ? ……ああ、もちろん持ってるが、あれはハルカには使えねえぞ」

「わかっている。ゼフィに持たせておけばいい」


 アガトにそう言われてカイは一つの小さな玉のような魔道具を取り出す。

 それはイリスにも見覚えがあった。かつて彼らに預けられていた魔道具で、遠隔に魔力を送受信するためのものだ。ただ、今回カイが取り出したものは以前にイリスが持っていた魔力を受信する方ではなく、一度使うと壊れてしまう送信する方の魔道具である。

 これを利用すればハルカがここに帰ってくるときに、カイにそれを伝えることができるのだ。


「ハルカが帰りたいって言ったときはそれを使え。一回しか使えねえからな」

「……わかった」


 カイがそれを放り投げるとゼフィがそれを受け取る。

 それを丁寧にしまうとゼフィはカイに礼を言う。


「なら俺たちはハルザウスに向かうことにするよ。……イリスはどうする?」

「えっ? 私?」


 ゼフィにそう尋ねられて、イリスは驚きの声を上げる。


「だって……。せっかく兄妹で再会できたんだから、二人でいる方がいいんじゃない?」

「そんなことはないさ。ハルカだってずっと俺と二人きりよりはイリスもいてくれた方がいいと思うし。それに……いや、それはいいとして」


 ゼフィが何を言い掛けたのかはイリスにもなんとなく想像がつく。おそらくはフローリスに紹介する折に、イリスがいた方が話が進めやすいと考えたのだろう。ただ、それを口に出すことは憚られたのだ。それは本来ゼフィが自分自身ですべきことなのだから。

 イリスはそれをむしろ好ましく思った。自分に対してそのような弱みを見せたこと、そして、自分を頼ってくれたことを嬉しく思ったのだ。

 イリスはちらりとミューの方に視線を送る。自分がゼフィたちに同行することになれば、ミューとはしばらく離れることになる。

 その意味に気付いたのか、ミューは笑顔を浮かべて頷く。


「行ってくるといいと思うよ。私にはまたいつでも会えるんだし」

「そうだね」


 ミューの言うとおり、これは以前とは状況が違う。これからはミューに会いたくなればいつでも会いに行けばいいのだから。


「どうでしょうか? ハルカさんがそれで構わないとおっしゃるのであれば、私も同行したいと思いますが」

「うん、いいよ。イリスちゃんはずっとお兄ちゃんと旅をしてたんでしょ? そういう話も気になるし」


 イリスは笑みを浮かべる。ハルカの言葉にゼフィが嫌そうな顔をしたからだ。

 翌日、アガトたちに別れの挨拶をすると、三人はアルトミーの街へと向かった。距離という意味ではこのままハルザウスへ向かった方が近いが、旅などほとんどしたことのないハルカのためにも安全で労の少ない道を選ぶことにしたのだ。

 そして、アルトミーの街に到着した後は、旅のためにハルカが使う必要なものを買い揃えると、ハルザウスに向けて出発した。

 ゼフィとしてはより安全な方法をと、アルトミーの街からハルザウスに向けて運行されている馬車を利用することを提案したが、話し合った結果、馬車は使わずに三人で歩いて向かうことにした。

 ハルカには長旅の経験はなかったが、アルトミーの街までであればメロと共に訪れたことがある。それと比べれば辛い道のりになるのは間違いないだろうが、やってやれないことはないだろうと主張したのだ。

 それに、馬車で移動するとなると、他の者の目もありどうしても三人の時間を作ることが難しくなる。そうなると話す内容にも気を遣わなければならない。魔人のこと、幻獣のこと、そして、日本のこと。第三者の目の前で話すにはあまりにも不審すぎる内容だからだ。

 それからおよそ二週間、三人は王都ハルザウスのフェイヴァーの家に到着した。


「おかえりなさい、兄様。それにイリスも」


 家の中に入ると、ほっとしたようなフローリスの姿があった。二人がこの家を発ってからまだそれほどに時間が流れたわけではないが、魔人の住処に赴くということもあって、やはりフローリスには不安があったのだ。

 もちろん、ここを訪れたマイアを信用していないというわけではないし、彼女の仲間を疑っていたというわけでもない。ただ、何かが起こったりはしないかという漠然とした不安だ。


「それでそちらは―――そうですか。良かった。……見つけることができたのですね」

「ああ、よくわかったね」

「それは、兄様が誰を探していたのか知っているのだから当然でしょう」


 一目でわかったわけではない。ただ自分と、そしてゼフィと同じ黒髪黒眼、しっかりと見ればゼフィに似ているのもよくわかる。


「フローリスの、みんなのおかげで見つけることができたよ」


 そう言うと、ゼフィはハルカの背にそっと手を回し優しく押し出す。


「えっと、初めまして。暁星春花です。お兄ちゃんがお世話になっています」

「こちらこそ、初めまして。フローリス・フェイヴァーと申します。お会いできて光栄です」


 それから四人でこれまでの事を話し合った。ここを出て魔人たちと共に過ごしていたときのこと、ゼフィが拾われてここで暮らしていたときのこと、そして、ゼフィがこの世界に来るまでのこと。

 その反応でゼフィは一つのことに気付く。


「もしかして、フローリスは知っていたのかい? 俺がこの世界の人間じゃないこと―――魔人だってこと」

「ええ、普通の人間じゃないことは昔からわかっていました。ただ、魔人という存在についてはよく知らなかったから兄様がそれだとはわかりませんでしたけど」

「なるほど」


 それはもっともな言い分だ。実際に人間と全く同じ姿をしているゼフィを見て魔人だと気付けるものはいないだろう。ゼフィですら自分が何なんなのかはっきりわかっているわけではないのだ。

 ただ、状況から見て自分も彼らと同じ存在、魔人なのだろうと思っているにすぎない。


「さすがに違う世界、というのは考えてもいませんでしたが、今にして思えば兄様はこの世界のことについてあまりにも知らなすぎましたからね。初めは記憶がないためかとも思っていましたが、それにしては私も聞いたことのないようなことを知っていましたから」

「……あの頃は記憶もなくてよくわかってなかったからね」


 ゼフィは苦笑を浮かべる。この世界の常識的な知識がないのは記憶がないからだと思っていたが、実際にはそれとは関係なく、単にこの世界について何も知らなかっただけなのだ。

 にも関わらず別の世界で得た知識はあったので、他の者からすれば奇異に見られるのも当然だろう。


「ということは、ハルカさんも魔人なのですよね?」

「……あー、そこは説明すると難しくなるんだけど」


 フローリスがそう言うのは当然だ。ゼフィもハルカも同じ世界から来た兄妹なのだから、ゼフィが魔人ならばハルカも魔人だと考えるのは自然な結論だ。

 だけどそれは違う。ハルカは魔人というものとは全く違う存在なのだ。


「私はみんなとは違って普通の人間、みたいなの」

「そう、なのですか?」


 なぜ、とゼフィに視線を向けるも、曖昧に笑うだけでそれには答えない。

 ゼフィも全てをわかっているわけではないのだ。ただ、ゼフィとハルカではこの世界にきた経緯が違う。それが理由なのかはわからないが、ハルカにはゼフィたちと同じような変異が起こらなかったのだ。

 だから、ゼフィたちのように勝手にこの世界の言葉を話せるようになったりもしなければ、不思議な能力を使えるようなこともなく、体もそのままで身体能力も日本にいたときのままだ。


「だから、フローリスから見た普通の人間とも少し違う」

「どういう意味ですか?」

「魔力がないんだ。だから魔法が使えない」


 魔法が使えない。ここでいう魔法とはマギアやスピラといった魔道士が使うようなものというよりは、人間であれば誰でも使うことのできる基礎魔法のことであり、ハルカはそれすら使うことができないのだ。

 つまり、ハルカはこの世界で生きるにはあまりにもか弱すぎるということだ。

 それがアガトたちがハルカをあそこに閉じ込めていた理由の一つでもある。

 もともと、アガトにハルカを閉じ込める意図はなかった。ある理由から仲間たちに紹介することはできなかったが、魔人とは異なり姿かたちは人間そのものなので人間の中に紛れることはそう難しくない。だから近くの街に小さな家でも用意してそこで暮らせばいい。はずだった。

 そこにいくつかの問題が発生した。最も重大な問題はハルカがこの世界の言葉を使えないということだ。言葉が喋れない、文字が読み書きできない。それでは人間の中で一人生きるのは非常に難しい。

 さらに知識の問題もある。かつてのゼフィのように家族の誰かに教えてもらうことができれば、常識のない人間だという程度で済んだだろうが、魔人たちにそれは難しい。それでは周囲の人間からも異常なものとして写ってしまう。

 そして、人間たちに紛れるにはハルカの弱さも問題となった。普通の人間であれば身体強化の魔法で楽にこなせることであっても、非力なハルカではどれだけ頑張ってもできないことがある。それによってハルカの身を危険に晒すことになるかもしれない。

 だからアガトたちはハルカを匿い、閉じ込めることにしたのだ。いつか、一人で外に出られるときが来ると信じて。


「それでは、これからどうするのですか?」

「正直に言うと、わからない。だからフローリスがいろいろと教えてくれると助かるんだけど」

「それはもちろん構いませんが。兄様の妹でしたら私にとっても妹なのですから」

「え? 私が妹? ……どっちかというと私が姉では?」

「いえ、私が姉でしょう」


 二人の視線がゼフィの方に向く。

 そんな目で見られてもゼフィは顔を歪めながら苦笑することしかできない。

 ゼフィの知る限りでは二人の年齢は同じはずだ。単純に誕生日という意味で言うならばおそらくフローリスの方が早いと言える。ただ、この世界の一年はあちらの世界の、日本の一年よりもほんの僅かに短い。

 この世界では一年は十の月で成り立ち、一月は七日ずつの五週と決まっている。計算してみなければなんとも言えないが、そう考えるとハルカの方が生まれは早いとも言える。

 単に体格という意味で言うならば、ハルカの方が大きいというのは一目瞭然ではあったが、ゼフィがそこに触れることはできなかった。


「ほら、お兄ちゃんも言ってるよ。私の方がいろいろ大きいんだからって」

「言ってない」


 ゼフィは助けを求めるようにイリスに視線を向ける。

 三人にじっと見つめられて、イリスもまた、そんなことを言われても困る、というような表情を浮かべて嘆息する。


「……あの、えっと、それじゃあ、私がお姉さんということで」


 その言葉に、フローリスとハルカは目を合わせる。


「それはつまり……」

「お義姉さんってこと……?」

「……え?」


 一瞬、何を言われたのかわからないというようにきょとんとするも、すぐに理解してイリスはあわあわと否定する。


「え、あ、いえ、そういう意味は、な、ないですよ」


 今度はイリスが助けを求めるようにゼフィに視線を送るが、ゼフィは目を背けるだけで助けてはくれなかった。


ここまで読んでいただいてありがとうございました。

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