アルルーナ、試合を観戦する
我々のテーブルに料理が運ばれてきた。
私は川魚のフリットやショートパスタがワンプレートになっているメニューだ。
ワンプレートというものを食べたことがなかったので注文してみたのだが、食器が少なくて済むし狭いテーブルでも食べられるので効率的で良いなと感じた。味はまあまあだった。
レイザンを見ると、見たことのない量のお肉が皿に乗っている。
そんなに食べられないだろうと思っていたら、どんどんレイザンの口に消えていくので驚いてしばらく見つめてしまった。
「あの……お嬢様、見られていると食べにくいのですが?」
「あらごめんなさい。お肉が一瞬で消えていくわと思って……魔法か何か?」
「ぶふぅ」
カンナが口にしていた根菜のスープをこぼした。マナーがなってないわね。
「ちゃんと食べてますよ。私くらいの年の男は大体これくらい食べます」
「嘘ですよおじょーさま。レイ兄はアホみたいに鍛えてるからアホみたいに食べるんですよ。ふつーの人はこんなに食べたらデブになります」
「そうよね、ジュリアス兄様はそもそもお肉なんて食べなかったし、普通こんなに食べないわよね」
「ジュリアス様も普通ではないです」
レイザンやカンナと食事を共に取るのは初めてだが、とても楽しい昼食となった。
書籍館の食堂では、職員とはテーブルが別だったし家族が揃うことも稀だ。
みんな熱中すると食事を忘れがちなので、バラバラの時間に食べることが多かった。
いつか帰ったら、職員のみんなと同じテーブルで食事をとるのもいいかもしれない。そんなことを思った。
「レイザンとシド王子の模擬試合は明日だったかしら?」
「明日の昼前とのことですが、本当にいいんでしょうか……」
レイザンはあまり乗り気ではない。そりゃあんな熊みたいな大男と戦ったら、いくら模擬試合でも多少の怪我は免れないだろう。
「レイザンには悪いけれど、あの王子に断りを入れられると思えないの。断ったら断ったで、その場で切りかかってきそうだもの」
「それは……やりそうですねえ……」
「勝ってとは言わないわ。できるだけ怪我をしないようにしてね」
そう言うと、カンナとレイザンはよくわからないことを言われたような顔をした。
「何言ってるんですかおじょーさま?レイ兄が負けるわけないでしょう」
「え?でもシド王子はあんなに大きいし、強そうだったわよ?腕に自信もあるみたいだったし……」
「んーまあ、勝負に絶対はないですからね」
「いやいや、おじょーさまは剣闘士大会でレイ兄の試合を見たんでしょう?じゃあなんとなくわかるでしょ」
2年前の剣闘士大会……確かにレイザンは強かった。
シド王子くらい大きな相手も倒していた。
しかし、流れ者の剣闘士よりもリトゲニア軍で鍛えられているシド王子の方が強いのではないか?あの大会で勝っても所詮アガート程度の軍にしか入れないので、その程度のものだろうと思っていた。
「レイザンはあの大会で優勝してアガート軍に入りたかったのではなくて?」
「いえ、賞金目当てでした。その賞金で旅を続けようと思っていたので、就職は考えていなかったのですが……まあ、結果としては良かったです」
「旅のはじめはレイ兄が商隊の護衛をしたり山賊を倒したりして稼いでたんですけど、こっちに来るに従って治安が良くなっちゃって、稼ぎ口を探してたんですよ」
「あとは道端で笛でも吹くかと言っていたところでしたね」
「レイザンは笛が吹けるの?今度聴かせて頂戴!」
レイザンはしまった、言わなきゃよかった……と頭を抱えてしまった。
剣の腕に比べて、笛の腕には自信がないらしい。
「ちなみに私は何もできないので、レイ兄の稼ぎで生きてきました!」
「あら、カンナはできる事たくさんあるじゃない。貴族の儀礼にも詳しいし、いつも私の髪型を完璧にしてくれるわ。これ以上ない側仕えよ」
「ふへぇ……アリガトウゴザイマス」
カンナは直接褒めると照れるのよね。でも本当にそう思ってるわよ?若干適当なところも含めても良い側仕えだわ。
「話を戻すけれど、レイザンは明日の模擬試合、勝つつもりなのね?」
「そうですね。最近は少し腕が鈍っているかもしれませんが……勘を取り戻すつもりで、勝ちに行きたいと思っています」
「じゃあ、勝ってね。わたし、それが見たいわ。」
「フフッ……仰せのままに、お嬢様」
「出た〜!ルルおじょーさまの高飛車お嬢様ごっこ!似合いすぎて怖〜い!」
「似合ってるならいいでしょう。お給金減らすわよ」
お嬢様ごっこに付き合ってくれるレイザンは本当に良い人だ。
カンナと血がつながっているとは思えない。好き。
その日の午後はリュカナの大きな書店をいくつか巡った。
しかし、書籍館にない本は見つけられず、旅人用の地図だけ購入する。
それなりの値段がする地図なのだが、大国であるリトゲニアやイリョールについての記載に比べて北東のナイエや南のハスタスなどの辺境は非常に曖昧だった。東海諸島については言わずもがなである。
これより詳細な地図はさすがに高いし嵩張るので買えない。
こういうとき、お金持ちの旦那様がいれば買ってもらえるのだろうか。
いけないいけない、まずは自分の力で手にいれることを考えねば。
私も何か書籍館に新しい事業を興せたら良いのだが。
その後、リュカナの大聖堂で宿の情報をもらい、王城からは少し離れたところにある修道院が経営している宿をとることができた。
内装がとても可愛らしい宿で、レイザンは居心地悪そうだ。
小花柄も似合うと思うのだけれど。
寝室と応接間がある間取りの部屋で、奥の寝室を私が使い、手前の応接間をレイザンとカンナの部屋にすることにした。
「別の部屋を取ってもいいのよ?」
「旅の間はずっとレイ兄と同じ部屋でしたんで、だいじょーぶですよ。それに護衛が近くにいた方がいいっすからね。3つも部屋とったら無駄だし、レイ兄とおじょーさまが二人きりで同じ部屋なんてダメだし」
「それは別に良いんじゃないかしら?」
「良くないです」
レイザンが食い気味に否定してきた。照れなくてもいいのよ。
夕食は修道院の方々と一緒にとった。静かな食卓だった。
部屋に戻るともう暗くなっていたため、ランプに火を灯した。
「カンナ、今日は髪を洗いたいわ。やってくれる?」
「もちろんです。昨日は洗えませんでしたからね。用意してきます!」
カンナが私の側仕えになって一番変わったのは、2日に一度は髪と体を洗うことだ。
そんなに頻繁に洗う必要があるのかと、最初は面倒だったが、慣れてしまうと汚れや匂いが気になって洗わずにはいられない。
カンナと同じ頻度で洗っているレイザンの隣に立つと思うと、毎日洗いたいくらいだ。
東海諸島は清潔な文化だと聞いたが、さすがに普通は髪など月に1回洗うかどうからしい。カンナとレイザンは住んでいた村の風習で頻繁に洗うそうだが、変な風習のある村だ。
カンナとレイザンが水とお湯を貰ってきた。洗濯用のタライも借りてきたらしい。
体も拭くので、レイザンは応接間に残ってもらい寝室でやることにした。
椅子に腰掛けて、机の上のタライに頭を傾ける。
熱すぎない程度に冷まされた湯がかけられ、カンナお手製の石鹸で洗われる。
カンナは石鹸も自分で作っているという。
これで商売ができるのではと言ったら、趣味なので仕事にしたくないと言っていた。そういうものだろうか。
「ねえカンナ。あなたとレイザンはどうして旅に出たの?」
頭を洗うカンナの手が一瞬止まる。あまり聞かれたくないことだったか。
「ええと……わたしについては長くなるんですけど。あと、面白くないですよ?」
「いいわ。カンナのことをもっと知りたいの。話せることだけでいいから」
カンナは少しだけ逡巡したようだったが、ぽつぽつと話しだした。
「わたし、自分で言うのもなんですが小さい頃は友達がいっぱいいたんです。でも、ある日急に、皆に無視されたり悪口を言われたり、持ち物を壊されたりするようになってしまって。何が悪かったのかわからなくて、家から出られなくなっちゃったんです。
一年くらい一歩も外に出なかったら、レイ兄が急に『旅に出るけどお前も来るか』って誘ってくれて。なんか、これを断ったらわたし、もう家から出られないような気がして。ついていくことにしたんです。
でもまさか、こんな遠くまで来るとは思ってなかったですけどね。今考えてみると、しょうもないことで悩んでたなって思います。今は、とても楽しいですよ」
今の明るいカンナからは、あまり想像できない姿を語られた。
それでも、嘘はないように感じた。最後の言葉も。
「カンナにとって、いい仕え先になれてよかったわ。何か不満なことがあったら言って頂戴ね」
「そんな〜!不満なんてないですよ!いつも美味しいご飯食べられるし!」
「フフ、ならいいわ。それにしても、レイザンは昔から優しいのね。いい話を聞いたわ」
「あれ?今の話聞いてその感想ですか??ハイ!仕え先の令嬢がすぐ好きな人の話をしようとするのが不満です!」
カンナが挙手しながら訴えてくる。手が止まってるわよ早く洗いなさい。
その後体を温かくした布で拭いてもらい、寝間着に着替えた。
「カンナはレイザンが旅に出た理由を知ってるの?」
「直接聞いたことはないですけど、多分住んでたところでは敵無しになっちゃったから、より強い敵を求めて〜みたいな感じじゃないですかね?」
「レイザンはそんなに強いの」
「明日見ればわかりますよ。早く寝てくださいね」
明日。レイザンが戦うところを見るのは2年ぶりだ。
レイザンが護衛になってから襲われたのは先日が初めてであり、その際も目をつぶっていたので戦いぶりは見ていない。
レイザンが強いというのは分かっているが、相手は世界最強と言われるリトゲニア軍の上に立つ王子だ。さらに見た目は大熊だ。
リトゲニア軍に対抗できるのは、イリョールの聖騎士団くらいだと言われている。
「まだ大将軍とかじゃないだけ安心かしら……」
本当に強い将ならリトゲニア南征に同行しているのでは。
いや、強いから王都の守りを任されているのでは。
考えがぐるぐる回って不安になってくる。これは眠れないときの流れだ。
そういうときは昔読んだ小説の中身を思い出すことにしている。いつの間にか夢になっていて、小説の中に入ったようになるのだ。
私は少女がいつの間にか魔法の国に来てしまい、家に帰ろうとするお話を思い出しながら眠りについた。
「なんか……やたらと人がいるわね。みんな暇なのかしら」
次の日の昼前、リトゲニア王城内の指定された練習場へ行ってみると、そこには若い兵士がごった返している。
「あっアルルーナ様!こちらへどうぞ!」
若い兵士の一人が声をかけてきた。それは一昨日会ったセキエイであった。
「レイザンさん、護衛は引き継ぎます。どうぞ存分に戦って下さい!」
「……お前、俺の事を知ってるのか?」
「……あの、あとでサイン下さい」
どうやらセキエイはレイザンを知っていたらしい。地元では有名人なのだろうか。
呆れたようにレイザンはため息をついた。
「周りになにか吹き込んだだろう。じゃなきゃこんなに人が集まるわけない」
「いやだって、絶対見たいじゃないですか。シド王子が負けるところとか見たことないですもん」
嫌なことを聞いた。
リトゲニア軍の中でも、シド王子は強いのだ。
しかし、目の前のセキエイはレイザンの勝ちを確信しているらしい。
「あの、セキエイさん?レイザンはそんなに強くて有名なの?」
私がそう聞くと、セキエイは「しまった」というような顔をして口籠る。何故だろうか。代わりにレイザンが答えてくれた。
「いえ、そんなに有名ではないです。一部の人には知られていますが……セキエイ、お前も神浜出身だろう?」
「あっ、そうですそうです。私はレイザンさんに憧れてこちらに来たので。会えて光栄です!」
「俺に憧れて?ちょっと待て、そんな奴他にもいるのか?勘弁してくれ……」
セキエイはレイザンを信奉しているらしい。わかるわ。気が合いそうね。
でももしかして、女性にもモテモテだったのでは!?その可能性は高い。今は関係ないとはいえ、心がざわめいてしまう。
「逃げずに来たな!準備は良いか!?」
シド王子が相変わらずの爆音で現れた。こんなに広いのに、うるさいわ。
「今準備するので少しお待ちください。セキエイ、お嬢様をくれぐれも、くれぐれも頼んだぞ。変なことを言うなよ」
セキエイを威嚇するように言って、レイザンは試合会場に向かっていった。
私とカンナは、セキエイに案内された観覧席に腰掛けて見守ることとなった。
若い兵士達は「シド王子に20」「東海諸島人に10」などと言いながら遠巻きに見ている。
「セキエイさん」
「はい?」
「レイザンに1000」
1000マイツ分の銀貨をセキエイに手渡すと、セキエイは笑って賭け事をしている兵士の中に入って行き、少しどよめきが起こった後戻ってきた。
「今のでオッズが7:3くらいになりました」
「あら、もう少し乗せられたかしら」
「二人とも悪い顔してますよ……」
カンナが後ろで呆れていた。
「シド王子はどのくらい強いの?」
「まず、ここにいる若手の見習い兵たちは束になっても敵いません。今南征に向かっている本軍の中でも、シド王子と一対一で戦って勝てる者と言ったら、十人程でしょうか。上の二人の王子も強いのですが、多数対多数の実戦のほうが得意で、個人の剣技はシド王子のほうが上です。ただ、下の兵にも自分と同じ程度を求めるので求心力が少ないんですよねぇ……」
セキエイがすらすらと答えてくれたが、要するにとっても強いということだ。
それでも、カンナやセキエイ、レイザン本人は勝つと言っている。信じよう。
試合の開始を固唾をのんで見守った。
「お待たせしました。準備いいですよ」
「模擬戦用の剣はそれで良いか?剣の型は色々あるぞ」
「これで十分です」
「そうか。この模擬試合は特にルールなどはない。相手に『参った』と言わせたら終わりだ」
「噛みつきや金的もありですか?」
「何?!剣士としてそんな卑怯なことはせぬ!常識だろう!?」
「……わかりました。では目潰しもなしですね。気をつけます」
レイザンはひとつ深呼吸をして、剣を構える。
剣を下に向ける妙な構え方にシド王子は怪訝な顔をしたが、すぐに気持ちを戻したようだ。
しばし間合いを図る時間が流れ、先に動いたのはシド王子だった。
素早く近づきレイザンに斬りかかったと思ったら、レイザンの剣が見えない速さで斬り上げられ、シド王子はすんでのところでそれをかわした。
かわされたことにレイザンは一瞬目を開いたが、そのまま流れるようにシド王子に攻めかかる。
キンキンと刃を潰した模造刀が打ち合う音の合間に、二人の声が聞こえる。
「おおおおッ!?!?」
「初撃で剣を落とせると思ったのですが、お見事です。はい、上、下、右、下」
「っ、なめるなぁッ!!!!!」
「力押しは乗らずに流す。こことここ」
「ガッあ!」
何をしたのか全く見えなかったが、シド王子が力一杯剣を押し込んだと思ったら、レイザンは後ろからシド王子の足を転ばせた。
「どうです。まだやりますか」
「まだ……始まったばかりだろうがッ!!」
シド王子は立ち上がると同時にレイザンの足元を狙った。しかし軽々とかわされる。
「王子はもっと大きな両手剣かハルバードのほうが向いていると思いますが?もしくは拳闘とか」
「む……ごちゃごちゃとうるさい!真面目にやれ!」
「そちらこそ」
そこから空気が変わった。レイザンは無駄口を叩かなくなったし、シド王子の一手一手が速さを増している。
「すごい……あそこに私がいたらもう10回は死んでますよ……いいなあ……」
セキエイが隣で謎の羨望の眼差しを二人に向けている。
「ねえカンナ、レイザンは押されているのではなくて?あまり攻めていないように見えるのだけど」
「いえ、レイ兄はまだ本気じゃないので大丈夫です」
「あっ」
話していたら、レイザンの剣が見事にシド王子の剣を弾き飛ばした。
剣が宙を舞い、決着したかと思った瞬間、シド王子は空いた掌を握り締め、拳を突く。
拳はレイザンの左頬をかすめた様だ。あの速さでかすめる程度に避けたのか。
「……いいね」
何故かレイザンは少し笑った。
レイザンはおもむろに持っていた剣を捨て、自分も拳を握り、シド王子が構える暇もないまま懐へ入り込み、一発、二発。
シド王子の顔面に拳を何打も叩き込み、最後の顎への一撃でシド王子は崩れ落ちた。
「ウワーッ!!!アルルーナ様!!見ました!?レイザンさん!!やっぱりめっちゃくちゃかっこいいですよねぇええ!!!」
「ええ、見たわ。見たわセキエイ。かっこいいわようちの護衛は。分かってるから落ち着いて」
「それよりシド王子を救護しなくて大丈夫ですか?兵士のみんな賭けに負けたことで大騒ぎしてますけど」
ふと見ると、レイザンがシド王子の気付けをしている。
なにか手伝うことはないかとカンナとセキエイを伴って近寄ると、シド王子が目を覚ました。
「……俺は、気を失っていたか」
「はい。水、飲みますか?」
「いや、いい。それより……『参った!!!!』」
急にバカでかい声を出されて、周りの四人全員耳がキーンとなってしまった。
せめて予告して欲しかったわ。
シド王子の発言に兵士たちのざわめきが大きくなる。
「アルルーナ嬢、こんな化物をどこで見つけた?いくらなら売ってくれる?」
「うちの護衛は売り物ではないので、そればかりはお断りさせて頂きますわ」
シド王子は大きな声で笑った。
「凄かったな!こんなに自分が無力だとは……思い知らされたわ!」
「王子も私に一発入れるなんて、なかなか居ないですよ」
「あれはまぐれだ!先にお前が助言をくれなければ、あんな行動には出なかった。剣だけではない戦い方……考えてみねばならんな」
レイザンとシド王子が握手をして、この模擬戦は終わった。
私は倍額以上になったマイツ銀貨を確かに受け取り、その日は少し良いレストランで食事をした。
レイザンの怪我は大したことはないそうで、リトゲニアを旅立つ頃には跡もなくなっていることだろう。
ここまで旅程を考える暇もなかったので、ゆっくり旅支度をしようと考えていた矢先、2通の手紙が届いた。
母からと、見知らぬ名前からの招待状であった。




