アルルーナ、貴族の家に招かれる
母からの手紙はリトゲニア軍経由で送られてきた。
ある日リュカナを観光して宿に戻ると、兵士がちょうど我々を訪ねてきたところであり、手紙を置いて去っていったのだ。
「お母様、無事のようね。良かったわ」
その日はもう暗くなりかけていたので、次の日の朝に手紙を開けた。
私のかわいいアルルーナへ
元気にしているかい?母はさっきリトゲニア国王に会ったよ。
リトゲニア軍にしつこく勧誘されていて参ってしまうよ。
とりあえず書籍館を盾に断っているけれど、あまりにしつこければ私も旅に出ようかな。ジュダが許してくれないだろうけどね。
陛下はあの後すぐにリトゲニア軍に捕まって、アガート王族はまとめて投獄中だよ。
何でこんなことになったのか、リトゲニア軍の取調記録をちょろっと見せてもらったんだけれどね、ひどいものだよ。
まずね、陛下はゼノンお義父様を恨んでいたそうだよ。
お義父様が陛下の教育係だった時に、よく叱責を受けたことが許せなかったらしい。
次に、陛下が近年愛妾とされていた女が実はマーヒトガイヒ共和国の間諜で、陛下を唆していたそうだ。
マーヒトガイヒは書籍館を奪いたがっていたからね。まさかこんなに早くリトゲニアが動くとは思っていなかったのだろうけど。
あとはメイサン侯爵の派閥が、マーヒトガイヒの掌の上とも知らずに踊って、陛下を焚き付けていたのも影響したのかな。
つまり、アルルーナは完全なる八つ当たりととばっちりの被害者というわけだ。
この騒動の隙にマーヒトガイヒが攻めてきそうなのに、建前上の総司令である王やその周辺がいないから、目を光らせるのが大変だよ。
アガートは王をすげ替えて、国として成り立つ形になるまでまだまだ時間がかかりそうだ。
書籍館はいつも通りだよ。
あんな事があった当日はさすがに休館したけれど、次の日からは普通に開館している。
お義母さまもジュダも、元気に本を読んでいるよ。
お義父様は責任を感じて落ち込んでしまっているけどね。
アルルーナに詫びておいてくれと言われたから、ここで伝えるね。
というわけで、こちらはみな無事だし書籍館は何事もなかったかのようだよ。
アルルーナは気にせず旅を続けるといい。
ジュリアスから手紙が来たが、今はハスタスの北東部にいるらしい。
商隊はそのままイニャト湾に沿って北上して、イリョールを目指すらしいから、兄に会いたければそちらに向かいなさい。
最後になるが、母はアルルーナに無理して貴族と結婚しろとは言わないよ。
お金がないのは困るが、あれば幸せというわけでもない。
アルルーナが幸せになれるというのなら、レイザンに嫁がせたっていいと思っている。
(ジュダは反対するだろうが、母が黙らせるよ)
どんな未来が自分にとって幸せと言えるのか、旅を通じて考えなさい。
幸せが何か、分かっても分からなくても、いつでも帰っておいで。
神のご加護を君に アメリア
追伸
母はジュダにプロポーズされた時、「この人なら一生研究を続けさせてもらえそうだな」と思って受けたんだ。それがその時の私にとっての幸せだったんだよ。人それぞれだよね。
母の手紙は文体も自由で、まるで母と話しているかのように読めた。
母を知らない人が見たら、男の書いた文かと思うだろう。
あと、「レイザンに嫁がせる」とは何だ。レイザンの気持ちもあるだろう。
全く、顔が熱くなってしまうではないか。
パタパタと窓辺で顔を扇いでいると、ドアをノックする音がする。
応じると、カンナがレイザンを伴って部屋に入ってきた。
「おじょーさま、お手紙ですよ。知らない名前からです」
「誰かしら。見せて頂戴」
カンナから手紙を受け取り、名前を見る。知らない女性の名前が書いてある。
とりあえず中身を見てみようと封に手をかけたところで、レイザンに制された。
「……私が開けましょう」
「?そう?じゃあお願いするわ」
レイザンは小刀を取り出し、そっと封を開けた。そして中身を一瞥し、眉をひそめる。
「どうかしたの?」
「虫の死骸が入っています」
毒があるかもしれません、と、レイザンはハンカチを取り出し、虫だけを取り出した。
「なんでおじょーさまにそんな嫌がらせが……?」
「どんな虫?見てもよくて?」
「大丈夫ですか?」
「死骸でしょう?動くのは少し嫌だけれど、動かないなら大丈夫」
ハンカチの中を覗くと、それなりに大きな百足の死骸が入っていた。
「この種類なら、噛まれなければ害はないはずよ。手紙を見せて」
「あの、おじょーさま念の為手袋を」
カンナもレイザンも急に訪れた私への悪意にピリピリしている。
手袋をつけ、レイザンから手紙を受け取る。
「売国奴、ですって。まあそう言う人もいるわよね、アガートをリトゲニアに攻めさせたのは私だもの」
それ以外に大したことは書いていなかった。
しかしこんな事をするくらいなら、私を暗殺でもしたほうが気が晴れると思うのだけど。
「レイザン、ここ数日の警護で異変はあったかしら?」
「……実は、数名怪しい影を見まして、一人捕まえた後は見なくなったので終わったと思っていたのですが」
「そういうことは言って頂戴ね。誰の差し金かは聞けた?」
「はい。とあるリトゲニア貴族の名前を挙げたので、リトゲニア軍に突き出した上でカリム殿下に連絡済みです」
いつの間にそんな事をしていたのか。日中はずっとそばにいるので気づかなかった。
別に私を暗殺したところでアガートの状況が変わるわけでもないし、むしろ悪化するのでそんな輩はまだ現れないと思っていたのだが。
しかしリトゲニア貴族?アガート貴族と繋がりが深い者が居たのだろうか。
逆に、こんなにわかりやすい証拠を残したということは、目的は私ではないのかもしれない。
「そのリトゲニア貴族の名前は?」
「シシナミラ公爵です」
その名前につい笑ってしまう。わかり易いことだ。
私が笑ったことに、レイザンとカンナは戸惑っている。
「シシナミラ公爵の長女であるアリーナ様は、リトゲニア第一王子の婚約者よ。つまり未来の王妃になるわけだけど、アリーナ様は昔アガートのバカ王子の事が好きで、既に自分も婚約済みにも関わらず、私が婚約者に決まったらちょいちょい嫌がらせをしてきたのよね」
そこまで言うとカンナは気づいたらしく、手を叩いた。
「あっ、あの令嬢ですね!覚えてます。でも確か、和解されたはず……」
「そうね。アリーナ様とは一度よくお話をさせて頂いて、もう目が覚めていらっしゃるわ。バカ王子は見た目と社交界での上っ面はいいけれど、普段の行いをお教えしたら理解してもらえたの。アリーナ様は直情的だけれど頭は悪くないから」
半年前だったか、アリーナ様がわざわざ私の顔を見てみたいと書籍館に乗り込んできたのだった。
まあ最初は貴族的な嫌味をチクチクと言われはしたが、メイサン侯爵令嬢のもっとひどい嫌味に慣れていたので、可愛いものだと流しながら聞いた。
王子は私ではなくメイサン侯爵令嬢と非常に懇意にしているので、婚約者といっても恐らく破棄されることになるだろうということと、王子の仕事ぶりや普段の振る舞いをお教えすると最初は疑われたが、国外の賓客を招く式典でも王子は横にメイサン侯爵令嬢を従えているのを見て、信じてもらえた。
なので、こんな嫌がらせをするのはアリーナ様ではない。
もちろんその親のシシナミラ侯爵にもそんなことをする理由はない。
「恐らく犯人は、アリーナ様を蹴落としてリトゲニア王妃を狙うどこかの令嬢ね」
「あるいはその親ですか」
レイザンの言う通り、令嬢自身の意思ではない可能性もある。
「全く、めんどくさいわね。また八つ当たりのとばっちりだわ」
カリム王子に使いを出したところ、シシナミラ公爵は嫌疑をかけられて大層ご立腹とのことだった。
こちらの推理を伝え送られてきた手紙を渡すと、後日シシナミラ公爵の館へ招待を受けることになった。
「お久しぶりですわねアルルーナ様。こちらの事でご迷惑をおかけしますわ」
館に着くとアリーナ様が出迎えてくれた。
アリーナ様は薄い茶色の髪を美しく結い上げており、半年前より大人びて見えた。
「アリーナ様、犯人に心当たりはあるのですか?」
「まあまあまあ、玄関で話すことではないですわ。ゆっくりお話致しましょう」
促されて館の中を進む。今日はレイザンだけを伴に連れている。カンナは留守番だ。
それにしても大きな館だ。リトゲニアの王妃候補を出す公爵家ともなると、もう想像を絶するお金持ちなのだろう。
「父も貴女に会いたいと言って、待っておりますの」
「まあ、光栄ですわ」
招待をくれたのはシシナミラ公爵なので、予想はしていた。
かなり大事になるのだろうか。ややこしい事には関わりたくないのだが。
早めにこの国を出たほうがいいかもしれない。
「おおよそはアルルーナ様の想定で合っております。この半年ほど、アリーナの事を貶めようとする動きがありましてな」
シシナミラ公爵は恰幅の良い紳士であった。
端的に挨拶を済ませ、本題の話に入らせてもらう。貴族の長々しいやり取りは苦手なのだ。
「ここ半年?」
「お恥ずかしい事ですが、アルルーナ様にお会いする前はわたくし目が曇っておりまして、『リトゲニア王妃になんてなりたくない』と周りにも言うほどだったのです。ですが今ではちゃんとエスト王子と心を通わせられるようになりましたの」
エスト王子とは、マリーナ様の婚約者であるリトゲニア第一王子のことだ。
つまり、私に目を覚まさせられて変わったアリーナ様を、邪魔に思う輩がいるということか。
「その件についても、娘を諭して頂きアルルーナ様には感謝しております。このような事に巻き込んでしまって大変申し訳ない……」
まったくだわ。と言いたいのを押し込んで、聞きたかったことを聞く。
「アリーナ様が心変わりしたことで、リトゲニア王妃の目が無くなった令嬢がいるのですね?」
「元々目など殆ど無いようなものだったのですが……アリーナが強行に婚約破棄を訴えれば、あり得ない事でもなかったでしょう。その時に次点候補になるのは、レルナム公爵家の令嬢でした」
「レルナム?アガートにも同じ名前の家があるけれど、偶然かしら?」
「いいえ。アガートのレルナム伯爵家はリトゲニアのレルナム公爵家の分家に当たります」
アガートのレルナム伯爵は、メイサン侯爵の取り巻きだった。
ろくな印象が無い。
「では此度の事はレルナム公爵の差し金ということでよろしいかしら」
「おそらくは。証拠を掴みたいのですが、なかなかやつの仕業という証拠がなく……」
ひとつ気になる点がある。私宛に送られてきた手紙だ。
手紙の差出人はデタラメで、誰からのものかはわからなかった。
「あの虫が入っていた手紙はありますか?」
「ああ、あれも調べたのですが、レルナム公爵との繋がりは何も見つけられず……」
「いえ、アリーナ様との繋がりがあるはずです」
「わたくし?わたくしが出したとおっしゃるの?」
「そうではなくて。アリーナ様に罪を着せるためには、アリーナ様に繫がる何かがなければいけないはずなのです」
確かに、と、早速シシナミラ公爵は手紙を取ってくるように言いつけた。
手紙は、虫もそのままに保存されていた。
アリーナ様は近づけるのも嫌というように、扇で顔を覆って遠くに座っている。
ハッ、もしかして私もレイザンの前では虫を怖がるような乙女らしさを見せたほうが良かったかしら?今となっては遅いのだが……。
筆跡や紙の素材などをシシナミラ公爵と調べたが、特にアリーナ様に繋がるような点は無かった。
後は印璽か。レイザンがきれいに小刀で開けたおかげで、封蝋の印璽がそのまま残っている。
「アリーナ様、この印璽に見覚えは……」
「ひっ!そ、そ、それを近づけないで下さいまし!!!」
手紙には虫の汁もついている。仕方ないので、レイザンに小刀で封蝋だけをきれいに剥がしてもらった。
封蝋を手渡すと、アリーナ様は恐る恐る触れながら印璽を確かめた。
「いえ、特に見覚えのない模様ですわ……」
「そうですか……」
手詰まりか、と思ったところにレイザンが耳打ちしてきた。
「お嬢様、この封蝋少し普通のものとは違うように見えます」
「説明して」
「混ぜものがされているようです」
アリーナ様から封蝋を預かり、日の光に当ててよく見ると、細かく光る粒が見えた。
「この封蝋、金粉が混じっているようですが」
「あら!それは私が職人に頼んで作らせているものよ。なんでその手紙に?」
レイザン、お手柄ね。
その職人から特注品がよそに流れていないかを調べることとなり、私は感謝されながらシシナミラ公爵邸を辞した。
「レイザンがいて良かったわ。よく気づいたわね」
「小刀に、拭いても取れにくい何かが付いていましたので」
全く頼りになる護衛だ。
「そういえば、どうして私にあの手紙を開けさせなかったの?」
「怪しい手紙には、変なものが仕込まれていることが往々にしてありますので」
「……まるで経験者の言葉ね?」
「そんなことはありません」
レイザンがはぐらかすのでそれ以上は追求しないが、過去に何があったのか気になる。
カンナに聞いた旅に出たきっかけについても聞いてみたいが、今は外で周りがうるさいので、また今度にしよう。
「あら、いつの間にかすごい人の数ね」
「何かの祭りの日だったようです。はぐれないようにして下さいね」
薄暗くなってきた町並みに、篝火が灯されて、多くの屋台が立ち並んでいる。
そういえばこの時期は、暖かい夏が終わり厳しい冬が来る前に、また来年夏の精霊が来るように祈る夏夜祭の時期であった。
アガート王都とは桁違いの、リュカナの人の喧騒に圧倒されてしまう。
「ちょうど良いわ。カンナにお土産を買って帰らない?」
「いえ、護衛に支障が出ます。迂回しましょう」
レイザンの言い分も分かるが、一年に一度の祭りなのだ。
「ちょっと屋台で買うだけよ。お願い」
「……少しだけですよ。私から離れないで下さいね」
レイザンとともに、屋台が立ち並ぶ大通りを歩く。
道行く人たちはお酒も入って楽しそうに騒いでいる。
「あのチキンステーキなんてどう?カンナが喜びそうよ」
「そうですね。あいつはハーブをきかせたやつが好きですよ」
「レイザンはどう?なにか食べたいものはある?」
「私も肉の何かがあったら嬉しいですね。でもお嬢様が食べたいものを優先して下さい」
はぐれないように、レイザンの服の裾を掴んでいる。まるで子供のようだ。
しかし手を繋ぐのはちょっと、それは、頼めなかった。
レイザンは私を見失わないようにずっとこちらを見ている。き、緊張する!
夏夜祭を男女二人で回るなんて、まるで恋人同士のようだわ。
祭りの空気にあてられて、浮かれ気分になっていた。
「あっ、レイザンあの屋台も美味しそうじゃない?」
「はい、どれですか?」
私が指差す方向へレイザンが目を向けた瞬間、私は誰かに腕を掴まれて、叫ぶ間もなく口を塞がれて裏路地に引き込まれた。
「お嬢様!!?」
レイザンの声が聞こえる。しかしもう、レイザンの見えるところには居ない。
しまった。レイザンの目を離させるような事をするのではなかった。
これは私の落ち度だ。守られやすいように動かなければならなかったのに。
私を担いで走っていた暴漢は、停めてあった馬車に私を押し込んだ。
「……私を誘拐しても、何も良いことはないわよ」
私を攫った暴漢を睨みつける。顔を隠しており、表情は見えない。
「俺達は依頼されただけだ。お前がどうなるかは知ったこっちゃねえ」
そう言ったきり、暴漢は何も喋らなくなった。
馬車は何度も角を曲がり、かなりの距離を走ったあと、どこかに到着した。




