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アルルーナ、入院する

閉じ込められたのは倉庫のような部屋だった。

窓はなく、暗くてかび臭い。

両手を後ろ手に縛られているのが窮屈で、手首にも痛みを感じる。

扉には鍵がかけられ、外に見張りが立っている気配がある。



「はぁ……」

恐らくここはレルナム公爵とやらの別宅か何かだ。

街の中心からかなり外れたところらしく、森の中にあるようで、馬車の中でも木々の葉が風で擦れる音がよく聞こえた。

距離や馬車の速度からしても、レイザンがここを見つけることはできないだろう。

シシナミラ公爵かカリム王子に助けを求めても、レルナム公爵家をなんの証拠もなく捜索するわけにもいくまい。

数日は覚悟せねばならないだろう……食事をもらえるという保証もない。

できるだけ体力を使わないように、埃っぽい床の上に横になった。



「あら、こんなところでも寝られるなんて、育ちの悪い方は自由で羨ましいですわ」

一人の女性が数人の男性を伴って入ってきた。

暗いところに目が慣れていたので、蝋燭の灯りが眩しい。


「何が望み?」

「噂通り気の強い女だこと。こんな状況に置かれたら、少しはしおらしくしようと思わないのかしら?」

明るさに目が慣れてきて、見えたのは眩しい白金のウェーブがかった髪をした、もう成人しているように見える令嬢だった。


「貴女がレルナム公爵令嬢?リトゲニア王妃の座は残念だったわね。でも私を攫っても、その座は回ってこないわよ?」

私がそう言うと、令嬢は眉をぴくりと動かし、不快そうな顔をした。

「……アリーナ・シシナミラに聞いたのね?説明が省けて嬉しいわ。あいつをアガートに嫁がせる計画をめちゃくちゃにしてくれたお礼をしたいのよ」

「その言い方だと、アガートのレルナム伯爵もその為に私を排除しようとしていたようね」

「おじさまはよく働いて下さったわ。でもあなたのせいでアガートは無くなる。レルナム伯爵家もおしまいよ」

レルナム公爵令嬢はその辺に転がっていた壺を力任せに蹴飛ばし、壁に当たった壺は勢いよく割れた。

破片が飛んできて、目の近くが切れたようだ。少し痛みがある。


「でもね。まだレルナム公爵家(うち)は終わりじゃないわ。貴女を殺して、それをシシナミラのせいにできれば、アリーナに傷がつく。一石二鳥で良いでしょう?」

「無駄よ。アリーナ様が私を殺す理由がないわ。それにもう、レルナム公爵家に捜査の手が及ぶのも時間の問題よ」

「理由がなければ作ればいいのよ。アリーナになくてもシシナミラにはあるんじゃない?書籍館はなんでも沢山の権利を管理しているそうね?」

レルナム公爵令嬢は顔を歪めて笑う。

「シシナミラ領はローズ鋼の名産地よ。その加工方法の権利を、書籍館が自分の物のように扱えることが今回の事で分かったわ。そんなの、シシナミラからしたら許せることではないでしょう?貴女は書籍館への抗議として捕らえられた。こういう台本はどう?」


レルナム公爵令嬢の言っていることはもっともだ。

我々書籍館は権利の管理をしているに過ぎない。

今回リトゲニアを脅す事になったのは、過去に王家と交わした契約もあるが、やむにやまれぬ状況であったこともある。


「でもシシナミラ公爵はそれを認めないと思うわ」

「人の証言なんか、状況証拠より弱いのよ。貴女ここが何処か分かる?ここはね、シシナミラ公爵の別邸なの。ここで貴女の遺体が発見されれば、言い逃れは出来ないわ」

想定外の事を言われて、少し頭が固まってしまった。


レルナム公爵ではなく、シシナミラ公爵の別邸?

では、なぜこの令嬢はここにいる?


「やっと絶望したようね。うちが何年王妃の座を狙っていると思うの?エスト王子が生まれてからずっとよ。シシナミラ公爵邸にこちらの者を送り込むなんてわけないことよ」


令嬢は私の髪を掴み、思い切り持ち上げた。

急に立ち上がれない私は、引っ張られる痛みに少し声を上げてしまう。

「貴女の最後の仕事は、シシナミラ公爵領の権利に関わる管理権限を全て返すように書籍館に手紙を書くことよ。それを書くまでは、幾らでも拷問してあげる。最後は拷問の末に息を引き取った、っていう形が良いかしらね」

「私は書かないわよ……貴女の良いようにはならない」

「分かっているんでしょう?助けなんて来ないわよ。ここがバレることなんて無い。強がっても、苦しむ時間が延びるだけ」

令嬢は私の髪を手放し、後ろにいた男たちに合図をした。

男の一人が棍棒を取り出し、手の中で遊び始める。

「いつまで強がりが持つかしら……?」



令嬢の言葉が終わるか終わらないかという所で、ドアの外が騒がしくなった。

「……何?何があっ……」

レルナム公爵令嬢もその音に戸惑い、振り向く。

走り込んで来る足音のあと、扉が力任せに開かれた。


「お嬢様ッ!!!!」

「レイザン!!??」


扉を開いたのは、レイザンだった。


レイザンは私の姿を目で捉えると、扉の近くにいた男たちを一瞬でなぎ倒し、真っ直ぐに私へ向かってくる。


「な、何やってるのあんた達っ!?たった一人に!」

なぎ倒された数人は声もあげない。

私の前で棍棒を構えていた男も、レイザンの一撃で床に転がった。

そしてそのまま動かなくなる。


殺したようには見えないが、何をしたのだろうか?

こんな事が人間に可能なのか、我が護衛ながら分からない。


「ひぃっ」

令嬢は、周りの男達を全て倒してしまったレイザンを見て腰を抜かしている。

そんな令嬢に目もくれず、レイザンは私の手をとった。


「お嬢様、申し訳ありません遅くなりました……お怪我は?」

「大丈夫……何もされていないわ。手が少し痛いくらい……」

どうしてここが、とか、レイザンも怪我は、とか、聞きたいことはいっぱいあったのだろうけど。

今は、彼が助けに来てくれた安堵と嬉しさで頭がいっぱいだった。


「!」

腰を抜かしていたと思っていた令嬢が、棍棒を振りかぶってレイザンを殴ろうとした。

しかしレイザンはそれを何でもないように避け、令嬢の腕を掴みひねりあげる。

「正当防衛だ」

レイザンが拳を一発令嬢の腹に打ち込むと、令嬢は嗚咽を漏らしながら白目をむいて床に倒れ込んでしまった。

かわいそうに。腰を抜かしていればよかったのに……。



「捕まっていて下さい」

レイザンは私を片手で担ぎあげると、反対側の手に剣を構えて走り出した。

扉を出ると武装した警備兵らしき人々が倒れており、この家の侍女たちが遠巻きにこちらを見ていた。


「どけ!」

レイザンが一喝すると、侍女達は虫を散らすように逃げていく。

まだ倒されていなかった警備兵が追ってこようとしているが、私の存在を見て戸惑っているようだ。


「レイザン、どこへ?」

「医者です!お嬢様は怪我をされている」

館を駆け抜け、倒れる警備兵をまたいで門を飛び出ると、聞き覚えのある声が聞こえた。



「セキエイの言う通りだとはな!後は任せろ!」

「シド王子!?」

レイザンがそちらを向いているため私からは見えないが、この声の大きさは間違いなくシド王子だ。

レイザンはこの短い間に私を探し出し、シド王子に連絡を取ることまでしたのか?どんな魔法を使ったのだ?


シド王子はレイザンに中の状況を聞き、数名の兵を引き連れて館に乗り込んでいく。

これなら、あの部屋でのびている令嬢もすぐに捕まえられるだろう。

「すいませんレイザンさん……シド王子に言うのが一番早かったので……」

セキエイが馬に乗ってやってきた。

レイザンは肩に担いでいた私を、両手に抱え直す。

「何でもいい。助かった。セキエイ、医者に案内してもらえるか?」

「はい。ついてきてください」


外はもう暗く、周りは森に囲まれていた。

遠くから祭りの音楽がかすかに聞こえてくる。

こんな町はずれの隠れ家のような家なのに、レイザンはどうやって私を見つけたのだろう。

見上げるとレイザンはとても怖い顔をしており、話しかけられるような雰囲気ではなかった。


私がわがままを言ったせいでこんなことになって、怒っているのだわ。

後で、謝らなければ。


普段であれば、こんな抱きかかえられ方をしたら心臓が暴走しているのだが、今はとても疲れていて、落ち着けるところへ早く行きたかった。



セキエイの案内で訪れたそこは、珍しくも女性の医者がいる医院だった。

「アルルーナ様ですね?私はサリリャ・スバウです。アガート王立医学校を出ておりまして、書籍館で何度かお見かけしたことがございますが、ご挨拶は初めてですね」

スバウ医師は赤みがかった茶髪をすべて後ろでまとめており、尖った鼻と合わせて利発的な雰囲気をしていた。


「診察をいたしますね。アルルーナ様だけ診察室に来ていただけますか?」

「あ…、」

隣に座るレイザンの服を掴んでいる手が開かない。どうしたことか。

頑張って開こうとしているのだが、震えるばかりで指が動かない。

レイザンも戸惑った顔をしている。

空いている方の手で指をこじ開けようとすると、スバウ医師に止められた。

「無理はしなくていいですよ。アルルーナ様は侍女などはお連れではないですか?」

スバウ医師の問いにレイザンが答えた。

「います。今、こちらに向かっています」

「では、その方を待ちましょう。私の方の時間は大丈夫ですから」


スバウ医師は別の人の診察のために去っていった。

待合室には私とレイザンのふたり。

「ごめんなさい……」

「お嬢様が謝ることはないですよ」

「いいえ。今のこともそうだけど、私がもっとしっかりしていたら、レイザンの言う事を聞いていれば、誘拐なんてされなかったのに。貴方も危険な目にあわせて、ごめんなさい」

「違います!」

強い声で否定されて、少し体が跳ねる。

「お嬢様を守りきれなかった、俺の力不足です……いくら強いって言ったって、役に立たなければ意味がない……」

レイザンが落ち込んでしまった。怒っていたわけではないようだ。


でもレイザンが自分を責めてしまうより、私が怒られたほうがマシだったかもしれない。

レイザンはあんなに早く私を助け出してくれたのだから、褒めてあげたいくらいなのだ。


落ち込むレイザンの頭に、空いている方の手を乗せる。

「レイザンは最高の護衛よ。貴方じゃなかったら私、今頃無事ではないわ。いつもありがとう」

「………」

レイザンの焦げ茶の目と目が合う。

黒とも言えるくらいのその色に、吸い込まれそうになる。

その時間は一瞬だったけれど、いつまでも続くように感じた。



「ルルおじょ〜さまぁぁあ!!大丈夫ですかぁーーっ!!!」

「カンナ……病院では静かになさいな」

カンナが大きな荷物を担いで病院に飛び込んできた。

あれは我々の旅荷物だ。全部引き上げてきたのだろうか?

「ああ、おじょーさまぁ……心配しましたよう……さらわれたって聞いてぇ……」

カンナが泣きながら私を抱きしめる。

しょうがないので私も抱きしめ返すと、無意識のうちにレイザンを掴んでいた手が離れていた。

「いらっしゃいましたか?それでは診察致しましょう。男性はこちらでお待ち下さい」

スバウ医師が、カンナのうるささに気づいたようでこちらに顔を出した。

「カンナ、行くわよ」

「わ〜、待ってくださいよう!」


診察はいくつかの問診をされ、念の為全身を調べてもらった。

「手首の擦り傷と目の上の傷以外は、怪我はなさそうですね。目の上は跡も残らないと思いますよ」

手首は縛られていた紐が固かったため、赤くなってしまっていた。

傷に軟膏を塗ってもらい、手首には包帯も巻いてもらう。


「こんな軽症で、夜中に申し訳ないですわ」

「外傷は軽症かもしれませんが、アルルーナ様のお心はもっと重症かもしれません」

「心?」

「はい。今、アルルーナ様は私に対しても気遣うような言葉を下さいましたが、私のことなどどうでもいいのですよ。アルルーナ様はご自身をもっと気遣わないといけません」

自分を気遣うとは、どういうことだろう?

怪我も大したことはないし、無事に助けてもらえたし……。


「ルルおじょーさま」

カンナが私の手を強く握る。

「おじょーさまは殺されそうになったんですよ!怖かったでしょう、お辛かったでしょう」

カンナの手は震えている。

ああ、カンナにも心配をかけたのだ。


「アルルーナ様。怖かったことや、辛かったことは、心のうちに溜め込むと忘れられなくなります。すぐに吐き出してしまったほうが、早く忘れられます」

スバウ医師が、良い匂いのお茶を出してくれた。

「ハーブティーです。心を落ち着かせる効果がありますよ」

厚手のカップに口をつけると、温かくてついひとつ息をついた。


怖かった……私、怖かったのかしら。

殺されそうになった事は、あまり実感がわかないのだ。

でも、あの棍棒で殴られるのは痛そうだった。

もしレイザンが助けに来るのがもう少し遅かったら。

私は、こんな怪我ではすまなかったのだろう。

そして、レイザンやカンナをもっと悲しませたのだろう。


殺されたら家族にも二度と会えなくなっていた。

読みたかった本も読めないまま、旅をしてみたかった所も行けないまま。

もう何も知ることができなくなるという現実が、さっき目の前にあったのだ。


カップを持つ手が震える。

揺れる水面に水滴が落ちる音がする。

「おじょーさま……」

「あ、あら……涙が……」

止まらない。

そうか、私は怖かったのだ。

怖いのに、それに気づいてしまったら、動けなくなってしまうから。

私は自分を守るために怖さをしまい込んで、破裂してしまうところだった。

「カンナ……私、わたし……」

「はい、何でも言ってください。ここにいますから」

「わたし……こわかったの……とても……だって……!」

カンナは私を抱きしめて、背中をさすってくれた。

「たくさん泣いてください。ぜんぶ涙と一緒に出ていきますから」

「うぅ、う〜〜……」


私は泣きに泣いて、カンナの肩口をびしょびしょにした。




少し落ち着いた頃、冷めたハーブティーの残りをちびちびと飲んでいると。

スバウ医師が「熱が出るかもしれないから、泊まっていった方が良い」と勧めてくれた。

その病院から我々の宿までは遠かったので、とても助かった。



腫れた目元を冷やしつつ、まだ止まらない涙で枕を濡らしながら一夜を過ごす。

私がカンナの手を離したがらなかったため、カンナとともにベッドで寝た。

カンナは最初は遠慮していたが、私の様子を見て了承してくれた。

レイザンも診療を受けたが無傷だったとの事で、待合室の長椅子を借りて寝たそうだ。

せめてベッドで寝させてあげたかった。

しかしそんな事を考えられるようになったのも、数日後であった。

何故ならスバウ医師が予言したとおり、次の日から私は高熱を出して寝込んでしまったからだ。



「疲れが出たんでしょうね。休んだら治りますよ。ゆっくりなさって下さい」

初日に借りた個室の病室でそのまま入院させてもらい、熱がひくまではいさせてもらう事となった。


カンナが荷物をごっそり持ってきてくれたおかげで、着替えにも困らず助かった。

二人も病院の近くに宿を取り直してくれ、交代で看護してくれる。

何人か私を訪ねてきたみたいだが、体調が悪いのですべて断ってもらった。

事情聴取のことだろうし、早く治さなくては……と思うのだが、面倒なのでもう少し寝ていたい。





「レイザン」

「はい?」

「本が読みたいわ」


寝込んで3日目の夜、ようやく熱も引いて、食事も食べられるようになった。

そうすると暇を感じる。

もうずっと本を読んでないような気がする。


レイザンは私の言葉に笑って、ベッドの隣の椅子に座った。

「だいぶ元気になられましたね」

「おかげさまで。そろそろ頭を動かさないと、錆びついちゃうわ」

今日は大きな真珠月が満月で天気もよく、窓から月光がレイザンの頬に差している。

空を眺めれば、真珠月の側に佇む小さな金剛月もキラキラと光って見える。


「私の鞄を取ってくれる?」

肌身離さず持っていた鞄には、何冊かの本がしまわれていた。

そのうちの一つ、東海諸島語で書かれた「くらしのなかのカイセンきょう」という絵本を取り出し、レイザンに渡した。


「これを私に読んで頂戴」

「これを?こう言ってはなんですが、面白いものでもないですよ」

「いいの。言葉を覚えるためだから、東海諸島語で読んだあとに翻訳してくれる?」

「わかりました。少々お待ちを」



レイザンがベッドサイドのランプにカチカチと火をつけた。

ランプのオイルは残り少ない。

少しの時間しかないが、絵本ならば十分だろう。



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