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アルルーナ、決意する


「くらしのなかのカイセンきょう」


あさおきて、わたしたちはあさごはんをたべます。

みんながたべるおこめは、ひとつぶひとつぶがちいさないのちです。

のこさずたべましょう。


「レイザン、『おこめ』って、あの南の方で作ってるという穀物?」

「そうですね。このあたりでは南のナエーンくらいでしかあまり食べませんが、ナイエ国や東海諸島の近辺では主食として食べています」

「そう……おいしいの?」

「おいしいですよ。今度見かけたら買ってみましょうか?作って差し上げます」



ごはんをたべたら、がっこうへいきます。

がっこうではべんきょうをして、たくさんのことをおぼえます。

みんなはなんのおべんきょうがすきですか?


「東海諸島の子供はみんな学校に通うの?この先生の絵は、カイセン教の僧のように見えるけれど」

「カイセン教の教会が、地域の人々に無料で学校を開いているんです。基礎的なものだけですが、読み書きと簡単な計算はだいたいの子供ができるようになります」

「それは凄いわね。こちらでも平民に教育が行き渡ったのは最近のことなのに」

「東海諸島でも最近ですよ。この絵本はその啓蒙の意味もあるのでしょう」



ともだちをいじめたり、きずつけたりしてはいけません。

わるいことをするひとは、もうにどと

うまれてこれなくなりますよ。


「これは興味深いわね。イスミト教は死んだあとに罪を精算するけれど、カイセン教では罪を犯した人間はそれでおしまいになるのね」

「まあ、あまり信じられてはいないですが。普通にいじめも殺人もありますし」

「そう……まあ、そうよね」



よるはくらくなったらねましょう。

よくねるこは、よくそだちます。

もし、へんなゆめをみたときは。

カイセンきょうかいにそうだんしましょう。


「これはどういう意味?」

「そのままの意味ですよ。何でも相談してって事です」

「そうなの?そうかしら……?」



「これで終わりです。東海諸島語については、また別の日に詳しくお教えしますね」

レイザンは絵本を閉じて微笑む。

ただの子供向け絵本だった、のか?

引っかかるところはあるが、カイセン教についてはこれ以上詮索するのはやめようと思っていたこともあり、深く聞かないことにした。

「ありがとう。レイザンも、こんな子供時代だったの?」

「まあ、だいたいこんな感じですね」

「それにしてはいろいろなことを知ってるわよね。上の学校にも行ったの?」

「いえ、そんなに賢くはないです」

「そう?ねえ、レイザン……」



「あなた、本当に人間?」



ランプの炎に照らされたレイザンは、少し驚いた顔をしていた。

今回の事件、どう考えてもレイザンの動きに納得がいかない。

まず、私を探しあてるのが早すぎる。

全く迷わずに走って、あの速さくらいだろう。

だがレイザンが犯人と繋がりがあるとは考えられない。

また、セキエイに連絡をとる暇もなかったはずだ。

もし途中で偶然会ったとしても、そこからセキエイが王城に戻ってシド王子に伝えるには時間がなさすぎる。

そして、カンナもいつ呼んだのか。

医院の場所を教えるにはセキエイを使いにやったはずだが、それも時間が合わない。


およそ人のできることではない。

私は、レイザンが魔人なのではないかと思い始めている。

魔人は、魔力を用いて魔術を行使すると言われている。

少し前ならばそんな考え、思い浮かぶこともなかっただろうが、先日ユリス博士が持ってきた魔人大陸の証拠を見てしまった。

こちらからは魔人大陸には行けないが、魔術を使えるならこちらに来ることは可能なのでは?

そして、カンナやセキエイも魔人の一人で、他にも人間の中に紛れ込んでいる者がいるとしたら?

もしかすると、サンドラ大陸は既に魔人の手中なのかもしれない。


「お嬢様、どう見たって私は人間でしょう。どういう意味ですか?」

「貴方が魔人で、魔術を使ったのではないかと思っているの」

「魔術を?ああ……お嬢様を助けたときのことですね」

レイザンは少し目を伏せて黙ったあと、微笑んで私を見た。

「秘密です」

「えっ」

「魔術とかいうものは一切使ってません。そして私は間違いなく人間です。お嬢様に誓って、嘘はつきません」

「で、でもじゃあどうやって」

「それは秘密です」

レイザンは笑っているが、絶対話さないという信念を感じる。

でもそんな答えでは納得できない。

「言いたくはないけれど、雇い主に対して秘密にするなんてゆるされないわ」

「……それでは、私を首にしてください」


息をのんだ。

そんなこと、できるはずがないではないか。


「村の掟です。話すことはできません。どうしてもとおっしゃるのであれば、私とカンナはお嬢様の前から消えなければいけません」

「嫌よ!あなた達がいなくなったら、私はどうすればいいの」

「代わりの護衛と侍女を雇えば済みます」

「あなた達の代わりなんていないわよ……!」

カンナはもう侍女というよりも、姉か妹のような存在だ。

レイザンほど強い護衛は他にいない。

それに……私はもう、レイザンと離れることは考えられないくらい、彼に惚れ込んでしまっているのだ。

「……わかったわ。もう聞かない。最後に1つだけ、本当に魔人ではなく人間なのね?」

「それは、必要とあらば神にも誓いますよ」

「わかったわ。貴方を信じるわレイザン。今の話は、忘れて」

起こしていた上半身をベッドに倒し、布団をかぶった。

ちょうどランプの火が消えて、あたりが暗くなる。

「扉の向こうにおりますから、何かあったら呼んでください」

「ええ……おやすみなさい、レイザン」

「おやすみなさい。よい夢を」



レイザンとカンナは私に言えない秘密がある。

誰しも秘密はあるだろう。

しかし、レイザンにはっきりと拒絶されたことは、思いのほか心に影を落とした。

もちろん、「魔人なの?」「ハイそうです」のようなやりとりを想像していたわけではない。

しかし、秘密の一端だけでも話してくれると思っていたのだ。

それくらいの親密さになっていたと思っていたのだが、私だけだったようだ。

その日はなかなか眠れず、小鳥のさえずりが聞こえる頃にやっと意識が夢に落ちていった。



起きて次の日、両親が見舞いに来た。

「アルル!大丈夫かい?!」

「お見舞いに来たよ。遅くなってすまないね」

「ありがとうお父様、お母様。旅に出たのにこんなにすぐ会えるなんて、予想していませんでしたわ」

母はゆったりとした金髪を耳にかけ、少し微笑んだ。

「君に何があったかは手紙でしか聞いていないが、こんな危険な目に遭うなんてこちらも予想外だよ。アルルーナが無事で良かった」

落ち着いた母とは対照的に父はすっかり取り乱しており、今にも泣きそうだった。

「隣町だというのに、手紙が届いたのは昨日だよ?噂のほうが早くこちらに届いて、アルルが大怪我だとか、無傷だとか、適当な事ばかり聞こえてくるからやきもきしたよ!郵便屋に頼むより、カンナを走らせてくれたほうが早かったんじゃないか?」

「カンナは私の看病で忙しかったからしょうがありませんわ。それに私は昨日まで寝込んでいたので、お父様とお母様が今日来てくれて良かったです」

今日はずっと頼まれていた事情聴取もあるので、そこに同席してもらえば事件の説明も楽だ。

しかし手紙はやはり遅い。特に今はアガート国内がゴタゴタしているから、こちらから向こうに行く人間も少なくなっているはずだ。

レイザンの力を使えば、一瞬で連絡を取ることも可能ではないかと思ったが、相手も秘密を共有する間柄でないと使えないのだろう。


「もう旅はやめにして帰ってこないかい?アルルの結婚相手は僕達が責任を持って探すから、任せてくれないだろうか」

「それか、レイザンという手もあるよ」

母の言葉に父は首を振りながらそれはだめだと言い張っている。

「ジュダに任せたら一生婿なんて決まらないよ。いい男じゃないか?アルルーナをちゃんと守ってくれたしね」

「いえ。レイザンとは結婚できません」


私の言葉に、両親と、部屋のすみで聞いていたカンナが驚いたようにこちらを見る。

「どうしてだい?君はレイザンのことが……」

「私だってレイザンと結婚できたらどんなに良いかと思うけれど。でもだめなの。レイザンは私とは結婚なんてしてくれない」


昨日、私に何も教えてくれなかった。

それは明確に私との間に壁を作っていた。

今のままでは、どんな権力や報酬をエサにしようと私とは結婚してくれないだろう。


「だから私、旅を続けますわ」


「そんな、だから僕がいい相手を見つけてあげるって」

「違いますわお父様。私は、決めましたの。レイザンか、それより好きになった人と結婚するって」

父は娘が何を言っているのか分からないという顔をしている。

母は面白いものを見るように腕を組んでいる。

「レイザンが私と結婚してくれるって言うまで、旅を続けます。でももし、()()()レイザンよりも私の心が惹きつけられる人がいて、私と結婚してくれると言われたら、帰ってきますわ」

母が手を挙げたので、そちらを見て発言を促す。

「じゃあもし、レイザンがいつまでも折れなかったら、永遠に書籍館には帰ってこないのかな?」

「そうですわね……それより先にレイザンが逃げ出してると思いますけれど、そうしたら私は彼を嫌いになると思いますわ。でも、いつまでも一緒に旅をしてくれるというのなら、私はどこまでも行こうと思いますわ」

母はこらえきれないように笑っている。父はオロオロしながら、そんなのはダメだと言うばかりだ。

部屋のすみのカンナは、頭を抱えている。

「くっくっく……君はお父さんにそっくりに育ったね。私はいいと思うよ。気が済むまでやりなさい。やらなかった後悔より、やった後悔のほうが建設的だからね」

「アメリアは何を言ってるんだよぅ!アルルが帰ってこなかったらどうするんだ!?また危険な目に遭うかもしれないし!」

「お父様はそれを承知で私を旅に出したのでしょう?一度言ったことを覆さないでくださいな」

「ああ、ダメだ〜!2対1だ!カンナ!カンナも止めてくれ!」

「止められるならもっと前に止めてます」

病室だというのに賑やかだ。そろそろ隣から苦情が来るのではないか。

私は先程口に出した決意を、もう一度心の中で反芻した。


昨日初めてレイザンの明確な拒絶を受けて、落ち込みはしたものの、1つ手がかりを得られた。

それは、レイザンが私を恋愛対象として見ていない理由は、容姿や性格よりも、彼が抱える秘密にある可能性が高いことだ。

ではその秘密を暴いてやれば、私は彼の仲間になれるのではないだろうか。

それに私の知らない何かを抱えるなんて、私に対しては悪手だ。


だって、知らないことがあるって気持ち悪いじゃない。


それが私の闘争心に火をつけた。

レイザンの秘密を暴く。そしてあわよくば結婚したい。

そのためには書籍館に籠もっていてはいけないのだ。



やかましい父をなんとかなだめていると、リトゲニア兵の来訪が告げられた。

事情聴取は王城敷地内の兵舎で行うとのことだったので、カンナに身繕いをしてもらい、迎えの馬車に4人で乗り込んだ。

数日ぶりのリュカナ市街は夏夜祭の面影もなく、少し秋の空をしている。

王城の門をくぐり、兵舎の前で馬車を降りる。

兵舎といっても粗末なものではなく、通された部屋も飴色の板張りが施されたちゃんとした迎賓室のようであった。

暫しそこで待つと、たくさんの書類を抱えた兵士が入ってきた。

とりあえず聞かれたことには答え、事件に関して自分の身に起きたことを一通り説明し、レイザンに関する点はぼやかして誤魔化した。

「その護衛本人はここには来ていないのですか?」

「ええ。護衛の起こしたことは私の責任ですわ。何か問題でも?」

「いえ……まああの強さなら可能か……?その、一人で倒したにしては数が多くてですね……、あと捉えた賊の一部から、『変な力で動けなくされた』という証言があったので、確認したかったのです」

どうやらこの兵は、レイザンとシド王子の模擬戦を見ていた一人らしい。レイザンの強さについて説明する手間が省けた。

そして、またレイザンに関する謎が出てきた。

何てワクワクさせるの、あの人は。

「それは自分が実力で勝てなかったことを認めたくない、負け犬の遠吠えでしょう?変な力とは失礼ね」

「私も、おっしゃる通りだと思います。ではこれで聞き取りは終わりです」

うまくごまかせたようだ。シド王子との模擬戦がこんな形で役に立つとは思わなかった。

もし模擬戦をしていなかったら、そんな強い護衛がいるかと質問攻めに遭うところであった。



その他に細々とした手続きがあり、両親の助言を受けながらサインしていった。

レルナム公爵家の財産の一部が、今回の慰謝料として書籍館に渡される旨の書類には、リトゲニア国王のサインがすでに入っていた。

母を見ると、関係ないというように目をそらされる。

また、シシナミラ公爵からも巻き込んだお詫びとして書籍館への寄付があったようだ。

お詫びがしたいという招待状もあったが、お断りすることとした。

もうリュカナでの滞在はじゅうぶんだ。体さえ大丈夫そうであれば、明日にでもここを発ちたい。

たくさんのサインを終えて、兵舎前の送りの馬車に乗る。

カリム王子とシド王子は、公爵家の不祥事という大事の対応に追われているらしい。

別れの挨拶はできなそうだ。


送りの馬車を、リュカナの駅に回してもらう。

そこで両親とは改めてお別れだ。

「お父様、お母様。お元気で」

「アルルーナこそ、無理をしないようにね。便りはたまに送ってくれると嬉しいな」

「危険な場所には近づかないようにな!夜は出歩かないこと。あと、変な人にはついていかないこと、あと……」

「わかりました。気をつけますわ」


アガート王都行きの馬車に乗る両親を見送り、カンナと二人で病院へ戻る。

病室ではレイザンが待っていた。

「お帰りなさいませ。問題はなかったですか?」

「貴方が変な力を使って暴漢を倒したのでは?と聞かれたわよ。何かしたのなら教えて欲しかったわ」

レイザンは少し目が泳いで、「なにもしていませんが」と答えた。わかりやすいわね。


「まあいいわ。それより、私はもう大丈夫。明日には次の街に向けて出発しましょう」

「もう出立されるのですか?」

「ええ。地図を持ってきて頂戴」

大きい地図をベッドの上に広げる。サンドラ大陸の全貌がわかる。

東に2つの大きな半島があり、まるで口をあけた狼の首のような形だ。

狼の鼻先から下顎にかけて点々とあるのが東海諸島である。

アガートとリトゲニアは狼の耳や目の付近、イリョールは喉元に当たる。

「イリョールなら駅馬車もありますね」

「いいえ。西海岸に向かうわ。目指すはゴティス帝国よ」

イリョールとは反対の、西側に指を指す。

「ゴティス帝国??バカンスにはいいっすけど、おじょーさま泳げましたっけ?」

「泳ぎに行くんじゃないわ。漂着物を見に行くのよ」

「それって……」

「魔人大陸について、本腰を入れて調べてやろうと思って」

そう私が言うと、レイザンとカンナは引きつった笑いを浮かべた。

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