アルルーナ、昼食を食べる
まず、問題の契約書の他にも祖母の手紙に同封されていたものがある。
リトゲニアで一番有名な、ローズ鋼の製造特別許可証の写しだ。
ローズ鋼は硬くてしなやかで錆びにくく、刃物を作るのに最適と言われている金属なのだが、リトゲニアでしか採れない材料を原料にしているため他国では幻の金属と呼ばれている。
そして、祖母の手紙にはこうあった。
『書籍館が存続不能な自体に陥った場合、これらの特別許可は無効となります』
それを見て、カリム王子の顔色が青くなった。
「これは脅しではないか……ッ!今すぐ兵を書籍館へ送れ!父上にも知らせるのだ!!」
「陛下は書籍館の大事と聞いてすぐにこちらへ向かっているとのことです。兵はいかほど動かしましょう?」
「兵力に関しては兄上と相談すべきだな……すみませんアルルーナ様。しばしこちらでお待ちいただけますか」
カリム王子とエルメーム氏はたいそう焦りながら、兵に指示を出すため席を立った。
部屋に取り残された私とレイザンとカンナ。
後ろから何がなんだかわからないといった顔をしたカンナが声をかけてきた。
「すいませんおじょーさま、どういうことなんですか?」
「そうね……書籍館で行っている事業の一つに、知的財産の管理があるの。例えばこのローズ鋼の製法のような発明や、リトゲニア製であることを示す焼印の意匠とか、そういった大陸中の発明について、文書にして残してあるのよ」
それは書籍館に管理料を納める必要があるため、我々の収入の一部となっている。
レイザンとカンナを向かいのソファに座るよう促し、机上の書類を整理した。
「契約書によると、この事業はカルド条約が結ばれる少し前に始まったようね。そしてお祖母様の手紙には、当時のリトゲニア王と書籍館館長が交渉して、書籍館がリトゲニアの利益を守る代わりにリトゲニアは書籍館を守ることになったと」
ローズ鋼は見た目ではわからないため、他国で偽物が作られることがある。
しかしそういった偽物が見つかったら、リトゲニアの武具職人ギルドが書籍館の許可証を根拠に賠償金を請求できる。
これは大陸法でそう定められている。
「えっと……つまりどういうことてすか?」
「つまりね、書籍館がなくなったら他の国でリトゲニア製品を騙ったものが作り放題ってこと。まあ、リトゲニアだけではないけれど……あと、お祖母様だったら製法とかは廃棄される前に売却すると思うから、全部流出するわね。いくらローズ鋼がリトゲニアの材料でしか作れないと言っても、分量がわかれば代用品がいつか見つかるわ」
おそらく契約当時はよくわからないが利益になるなら、とリトゲニア国王は判断したのだろうが、今戦争と武器の輸出でもっているリトゲニアにとって、書籍館の登録が無くなるのは痛手だろう。
書籍館としてもたいした収入にはならない細々とした事業なのだが、年々登録数が増えており、今ではあまり馬鹿にできない数の訴訟案件に毎年関わっている。
「へえ〜〜昔の書籍館の館長も頭が良かったんですね」
「私も事業については知っていたけれど、脅しに使うことは思いつかなかったわ。そういうずるさが私には足りないのよね」
そう言うと、カンナとレイザンがぶるぶると首を横に振った。
「お嬢様は汚いことなんて考えなくていいんですよ」
「そうです。おじょーさまは少し抜けているくらいがちょうどいいんです」
「カンナそれ悪口でしょう?」
3人で話しているところにカリム王子が戻ってきたので、レイザンとカンナは慌てて席を立った。
「此度のこと、急ぎ知らせて下さり誠にありがとうございます。アガート国王には厳しい処断を行いますので、ご安心を」
カリム王子は重々しく礼をした。
「あの、殿下。ご迷惑をおかけしている立場ですので……」
「いえ。アガート王国はリトゲニア王国の支配下にあります。そして書籍館はアガート王国の下にはおりません。書籍館はこの大陸で唯一の中立機関です。従属国が書籍館を害したことをお詫びしなくてはならない」
……リトゲニアの王子がそう言うのなら、そういうことにしておこう。
とりあえず書籍館の安全は守られたとホッとしたところで、盛大にお腹の虫が鳴った。
朝から何も食べていないのだから、しょうがないじゃない!
「よろしければ昼食にご招待しても?」
カリム王子が苦笑しながら申し出てくれて、恥ずかしくて顔を上げられないまま「ぜひお受けいたしますわ……」と絞り出した。
昼食にはカリム王子に加えてシド王子も同席していた。
「シド殿下はアガートへ征かれるのかと思いましたわ」
「朝のアガートの反応を見ただろう?あんな腰抜け国、俺が二度も行く必要はない」
門兵の言葉を思い出し、否定はできなかった。
「アガートとマーヒトガイヒの戦いを聞いて期待していたのだが、軍を率いていたのがお前の母親だそうだな?では今回は出てこないだろう。つまらんな」
「率いていたというか、後方で指示を出していただけですが。母は将軍ではなく軍師なので」
「軍師とは何だ。軍は将によって率いられるのが当たり前だろう」
「母は戦いませんの。戦況を分析して、戦略を立て、戦術を指示するのが軍師です」
「やはり腰抜けの国だな。自らが戦地に赴かない上官に兵がついてくるものか」
でもマーヒトガイヒ共和国には勝ったけど……と思ったが、シド王子と言い争いをしても仕方ないので黙った。
「兄上、客人に無礼な口の聞き方は止してください」
私が黙ったのを見かねたか、カリム王子がシド王子を制した。
カリム王子は気が利くし頭の回転も早い。
次のリトゲニア王がカリム王子だったら安心だったのに、と思わなくもない。
出された昼食は羊肉と豆のスープに川魚のソテー、あんずのカナッペと見た目には豪華だったが、野菜が足りないように感じた。
「リトゲニアではあまり野菜は摂られないのですか?」
「葉っぱは喰われるものの食べ物だ。上に立つものは肉だ」
シド王子が大きな体をふんぞり返らせて言う。
よくそんな食生活でその体格になれるわね。
「野菜を食べないと様々な病気になると、医学会でも報告されておりますわ。厨房に栄養士を置くことをおすすめいたします」
「貴様、うちの食事に文句を……」「野菜を摂らないとどのような問題があるのですか?」
怒りかけたシド王子の言葉を遮ってカリム王子が話す。
危ない危ない、怒らせないようにしなければ。
「例えば風邪を引きやすくなったり、疲れやすくなったりいたしますわ。あとは肌が荒れたり、体臭がきつくなったりといった問題があります」
そう言うと、シド王子は身に覚えがあるのか自分の匂いを確認しだした。
この人、バカだけど面白いわね。あんまり嫌いじゃないわ。
「なるほど……医学会の言う事には従ったほうが良いでしょうね。料理長に伝えておきます」
「余計なことを……」
シド王子は野菜が嫌いなのね。好き嫌いは良くないわよ。
「アルルーナ様はアガートが落ち着くまではリトゲニアにいらっしゃった方が良いでしょうね」
「ええ。あと、しばらく書籍館には戻らずに世界を旅しようと思っておりますの」
そう言うと二人の王子は驚いた顔をした。
「旅を?何のために」
「言いたくないですが婿探しをしてこいと家族に言われておりまして。元婚約者がアガートのバカ王子だったもので」
「「ああ……」」
この二人はバカ王子を知っているようだ。シド王子からも憐れみの目を向けられる。
「それでは、リトゲニアにはどのくらい滞在されますか?」
「そうですわね……安くて良い宿が見つかれば、ひと月は居たいと思っております」
来月には秋になる。できれば冬は暖かい地方に行ってみたい。
南の方では真冬でも上着が要らないと聞く。それは本当に冬なのだろうか?
また、更に南に行くと夏と冬がこちらとは反対の季節になっているそうだ。
イスミト教では季節の移り変わりを、冬の精霊と夏の精霊が追いかけっこをしているためだと言う。このあたりは夏の精霊の力があまり及ばないが、冬の精霊にとっては居心地が良い所らしい。雪は少ないが、毎年凍死者が出るほどの寒さはこたえる。
「宿?……アルルーナ様、この城に滞在していただいて良いのですよ」
「いえ、人に借りを作りすぎるなという家訓があるのでご遠慮させていただきますわ」
その点今回は大きな借りを作ってしまった。これ以上はよろしくない。
こんないい食事はしばらく食べられないので、よく味わって食べることにした。
「婿探しなら、カリムはどうだ?年の頃も近いだろう」
「兄上……アルルーナ様は私よりも5つは上ですよ」
「それではカリム王子は10歳くらいなのですか?しっかりしてらっしゃるので、もう少し上かと思っておりましたわ」
「何、15歳には見えんな!俺の方が年が近いぞ。やはり野菜なんて食べていたら体が大きくならんのではないか?」
「シド王子。私の背丈は父からの遺伝ですわ」
13でレイザンに出会ってから古今東西の背が伸びる方法を試したが、効果はなかった。
牛の乳が良いと聞けば毎日飲み、ぶら下がるのが良いと聞けば窓枠にぶら下がりレイザンに危ないと叱られ、あとは足の骨を一度切ってもう一度繋ぐと少し伸びると聞いたが、流石にそこまでするほどの執着はない。
なんで背を伸ばしたいかって?
話すときレイザンにかがんでもらうのをやめたいからよ!
子供扱いされているようで嫌という気持ちと、近くで顔が見られて嬉しいという気持ちがあり、背を伸ばすことを諦めた今では後者が勝っている。
「背の高い婿をとらんと息子が苦労するぞ。男は大きければ大きいほど良いからな!ちなみに俺は婚約者がいるから候補にはなれん」
「お構いなく、もとより王族の方々は懲り懲りですので」
「それもそうか」
はっはっは、と大きな笑い声が部屋に響く。
カリム王子はシド王子の口の悪さにハラハラしているみたいだが、このくらい思ったことをそのまま言う人は、わかりやすくて楽だ。
ただ、声が大きくて頭が痛くなるので長時間は一緒に居たくないが……。
「アルルーナ様、エルメーム先生が『今日はぜひ拙宅へお泊まり下さい』との事です」
「あら、嬉しいですわ。先生とはもう少しお話をしたかったので」
「そうだ。このあとここの図書室をご案内したいのですが、いかがですか?」
「!!!ぜひ!!!お願いいたしますわ!!!」
おっといけない。令嬢にあるまじき声量。
カリム王子はそんな私に苦笑し、シド王子は「図書室の何が面白いのだ」とつぶやいている。
だって今朝から本を全然読めていない。
書籍館の契約だのなんだのという情報も面白かったけれど、私が今知りたいのはそんな事ではない。
私に関係あるかないかなんてどうでもいい。今知りたいことが知りたいのだ。
ここの図書室には書籍館に無い本はあるかしら?と、図書室の事を考えていたら、味わって食べようと思っていた昼食はいつの間にか空だった。
「このあたりの本は希少本ですね」
「そうですわね……あ、これは見たことが無い……いえ、中身は見たことがありましたわ……」
カリム王子とエルメーム氏、そしてレイザンに代わってカンナと、カリム王子の近衛兵というメンバーでリトゲニア王城の図書室へとやってきた。
なかなか見たことのない本がなく、がっかりしかけていた。
「アルルーナ様は書籍館の本を全て把握されているのですか?」
「いいえ、まだ全然読み切れていませんし、死ぬまでにも読み終わらないと思いますわ。ただ、小さな頃から風景として目に入っておりますので、見たことのない背表紙はわかりますの」
「凄いですね……私は、この小さな図書室ですら何があるのか分かりませんよ」
「それは王子の仕事ではないからですわ。カリム王子はそんな事できなくても良いのです、必要ないので」
「ホッホッホ、人の記憶量には限りがありますからな」
エルメーム氏が笑いながら一冊の本を持ってきた。
「アルルーナ様にはこの本など如何でしょう?」
「まぁ!まぁ!翡翠湖文書の写し!!ではないですか!?」
エルメーム氏が持ってきたのは、サンドラ大陸中東の翡翠湖と呼ばれる巨大な湖のほとりで見つかった古文書の写しだった。
古文書そのものは発見されたイリョール国の国宝として保管されているため、写しを手に入れることすら非常に難しい。
「百年ほど前にあった戦争の混乱の中、いつの間にかリトゲニアの戦利品の中に紛れ込んでいたのです。さすがに書籍館にも無い珍品でしょう?」
「ありませんわ!父が読みたい読みたいと言っていたのですもの……」
それ以上の時間が惜しいと、手近な読書机に紙束を置き、腰を据えて読むことにした。
「翡翠湖文書とは何なのですか?」
カリム王子が問うてくるが、答えようとする前にエルメーム氏が私に気を使ってか代わりに答えてくれた。
「イスミト教とマズ教の聖典の元となった書と言われております。私個人の意見を申しますと、それは一番古い歴史を記した書であると思われます」
「それは……争いの火種になるのでは?」
「ですので、イリョールから外には絶対出ないように管理しているはずなのです。ここにある写しも極秘中の極秘ですよ」
「そんなものを客人に見せてよいのか?エルメーム……」
「アルルーナ様は、書籍館の方は別ですよ。恐らく中身もだいたい予想はされていると思います」
なんだか過度に評価されているような気がするが、今は文を追うのに精いっぱいだ。
古代イリョール語は大陸共通語の基礎になっているのでかろうじて読めるが、読めない部分も多々ある。
読める部分は知っていることばかりだ。これはイスミト神話で言われていることと同じ……こちらはマズ神話……。
読めない部分はなんだか文法がメチャクチャだ。まるで子供が書いたように見える。
読みながらエルメーム氏の言葉の何かが引っかかった。何だろうか。最近気になっていたことのような……。
そして気づき、私は顔を上げた。
「カイセン教が翡翠湖文書を元としていないのは、なぜでしょう?」
私の唐突な問いに、カリム王子とエルメーム氏は少し目を見開いた。
「カイセン教は謎が多いですからな……まあ、辺境の孤島で独自発展した宗教なら、大陸のものと繋がりがないのはおかしくないでしょう?」
「いいえ。翡翠湖文書も、考古学者も、最初の人類は現在の翡翠湖周辺から発生したと言っています。では、同時期に東海諸島でも人類が生まれてきたのでしょうか?いいえ。大陸東端のナイエ国が東海諸島を発見したとき、人はいなかったはずです」
それは記録が残せるほどに最近のことだった。
カイセン教は主にナイエ国から東海諸島に移り住んだ人間たちが作ったはずなのだが、彼らは元はイスミト教かマズ教に類する宗教を持っていただろう。
「なぜ……全く新たな宗教を必要としたのか……もとの教えを信じられなくなるような何かがあった?」
「アルルーナ様はカイセン教にご興味がおありで?」
「……最近カイセン教徒の方とよく関わるので、なんとなく興味がわきましたの。わたくし、カイセン教について何も知らないので」
「それなら、カイセン教を研究している学者がこのリュカナにおりますので、紹介状を書いて差し上げましょう。彼も元はアガートの国民だったのですよ」
思わぬところで思わぬ繋がりを得られた。
明日も新しい知識が得られそうで、とてもわくわくしてきた。
そんな私の後ろで、カンナが困ったような顔をしているのに、私は気づかなかった。




