アルルーナ、隣国の王子と出会う
シド王子と話していると耳がおかしくなりそうだったので、早速私達を迎えに来るはずだったという騎馬に乗せてもらい、リトゲニア王都へ向かうことにした。
「申し訳ありません……本当は我々だけで来るはずだったのですが……」
「仕方ないわよ。あの王子に言われたら断れないでしょう。わかるわ」
すまなそうにしている兵士は、やはりカイセン教徒のようだった。
カイセン教には独自の連絡方法があるのだろうか。
南の方には鳥に手紙を託す技術があると聞いた。東海諸島でも同様の技術を用いている可能性はある。
セキエイと名乗ったその兵士は、比較的若く役職も低いようだった。
騎馬を操るのもあまり上手ではないように見える。
私も馬を操るのが上手でないので、レイザンの操る馬に同乗している。
背中が密着して落ち着かない。
それにこの形、後ろから抱きしめられるようではないか。
このまま何処かに二人で走り去ってみるのもいいな……と妄想を膨らませていたら、あっという間に城門へ辿り着いてしまった。
「そうだ、お祖母様の手紙を渡さないといけないわ。セキエイ、貴方に渡しても良いの?」
「いえできればもう少し偉い方のほうが……といっても、シド王子はやめたほうがいいと思うので、エルメーム先生をお呼びしますね」
なぜ王子では駄目なのか聞こうと思ったが、だいたい想像がつくのでもう一つの疑問を尋ねた。
「エルメーム様とは?」
「アルルーナ様のお父上のご友人と伺っております。リトゲニア王室の相談役のような方です」
そう言ってセキエイは走り去った。そこへシド王子が歩み寄ってくる。
「今の者から聞いたが、そなた、亡命してきたらしいな?」
「はい、殿下。ご迷惑をおかけいたしまして申し訳ありません」
「よい。何があったかは後で聞こう。アルルーナと呼んでも良いか?」
「勿論ですわ」
「ではアルルーナ。迎賓室を用意させてある。ついてこい」
そう言ってシド王子は私の手を取って、グイグイと私を引きずりながら進みだした。
レディへの作法として聞いたことのない扱いをされ、まずは驚いた。
そして、レイザンがすごい殺気で王子を止めようとしていたので慌てて目でそれを止めた。
「お前の護衛は強そうだな」
「お褒めに預かり恐縮ですわ」
シド王子はレイザンが殺気を送っていたのに気づいていたようで、それに気を害したかと思ったが、顔を見上げると笑っていた。
「面白い。そこの男、後日、私と模擬試合をしろ」
「はあ」
レイザン!隣国の王子に対して「何言ってんだコイツ」みたいな顔をしないの!
「お、お手柔らかにお願いいたしますわ」
「これだから女は。本気でやらぬ試合になんの意味がある?」
「はあ」
カンナが私に「おじょーさま、顔!顔!」と目で伝えてくる。きっとさっきのレイザンと同じ顔をしてしまっているのだろう。
その後は、どこをどう引きずられたのかいつの間にか迎賓室に着いており、そしてその間にレイザンとシド王子の模擬試合のルールがほぼ決まっていた。
迎賓室に放り込まれ、我々3人だけでしばし待つこととなった。
「なんだか強烈な王子だったわね。上3人もあんななのかしら」
「あんな野蛮人があと3人もいたらこの国は滅びるのでは?」
レイザン、言い過ぎよ。どこで誰が聞いてるかわからないのに。
でも確かリトゲニア王室には5人王子がいたはず。下にもまだいるのか。
「アルルーナ様、お待たせいたしました」
セキエイが扉をノックし、一人の男性を連れて入ってきた。
それがエルメーム氏だった。
「ご無沙汰しておりますアルルーナ様。ユイナード・エルメームです。貴女が3歳のときに一度お会いして以来ですね」
「アルルーナですわ。書籍館にお越しいただいた事があるのですね。恥ずかしながら覚えておらず……」
エルメーム氏は灰色の口髭で笑み、謝る必要はないと私を遮った。
「ジュダとは定期的に手紙をやり取りしておりまして、今回の事も大体想像がついております。ですが、詳しくお伺いしてもよろしいですか?」
もちろん、と答え、先に祖母からの手紙をエルメーム氏に渡した。
「書籍館は条約をお忘れではなかったのですね。アガートは忘れてしまったようですが」
「条約?祖母は契約と言っておりましたが……契約について、私は何も聞いておりませんの。私にわかっているのは……」
私の婚約破棄から今朝までのことを話し、ユナの考察も伝えることにした。
エルメーム氏は特に驚くようなこともなく、私の話を最後まで聞き、一つため息をついた。
「リトゲニアとアガートが過去に1度一つの国だったのはご存知ですね?」
エルメーム氏はまるで歴史の授業をするように話す。
「元々武具の町と工芸の町が別れて存在したのは、職人たちの気質が合わなかったのです。今でもリトゲニアの武具で重視されるのは性能と均質な大量生産ですが、アガートの者たちは古来より一品物で華美なものを好む傾向にあります」
それがアガート王国の貴族文化を後押ししたと言われている。
アガートではリトゲニアを「美を理解しない国」と揶揄することがままあるが、リトゲニアのナイフは使いやすく壊れにくいし、無駄な装飾もないのでこれはこれで美しいと思う。
「そのように、個人差はありますが国民の気質が違うことから、一度アガートを征服したもののリトゲニアはアガートをまた手放すことにしたのです。当時のリトゲニア王はアガートからの税収よりも、統治の煩わしさを嫌ったようです」
そのあたりの歴史は、双方の国で表現は違うだろうがだいたい私の認識と同じである。これは条約とやらに関わる話なのだろうか。
「アルルーナ様。アガート王国は今でも工芸品を特産としておりますかな?」
急に問題を出された。私はあなたの生徒ではないのだけど。
「いいえ。工芸職人はみな国外に出ていってしまいました」
「なぜだと思われます?」
この人は私を試しているのか。まったく、試験を受けているようで嫌な感じだ。
「先程エルメーム様ご自身がおっしゃった通り、アガートの貴族は一品物や珍しいものを好みます。城下町に出ればすぐ手に入るようなものは、いくら美しかろうと欲しがらなくなったのではないでしょうか?遠くからわざわざ取り寄せた、という情報が付加価値になるのであれば、最大の顧客であるアガート王国から離れたところに工房を移すという判断があったのでは」
「では、今のアガート王国の特産品は何ですかな?」
「酪農が盛んですので、チーズや牛肉は他国からも高い評価を受けておりますわね。でも……」
「でも?」
「特産品、というのは憚られますが、アガート王立医学校の卒業生たちは、この大陸に一番の恵みをもたらしていると思いますわ」
エルメーム氏は私の回答に満足そうにうなずいた。良かった、正解だったようだ。
「リトゲニアがアガートを手放す頃、既に工芸職人は国を離れており、アガートにはろくな特産品がありませんでした」
当時のリトゲニア王は、なぜそんな国を支配しようとしたのだろうか。
今でも本の管理には良いが人はあまり住みにくい国だ。
「しかし、アガート国民には教養がありました」
書籍館は、昔からその知識を外に放出していた。
そして、アガートの国民はその知識をよく吸収した。
「リトゲニアは武具の開発や戦争には熱心なのですが、それ以外には興味がない者が者が少なくなく……シド王子に会われましたか?殿下はリトゲニアを抽出したような方です」
それはなんともうんざりする国だ。
「当時のリトゲニア国王は合理的でした。書籍館は有用だが、リトゲニアには合わないと。そこでアガートに書籍館を任せ、育った人材を引き抜く事にしたのです」
私もその一人です。と、エルメーム氏は言った。
エルメーム氏はアガート王国で生まれ育ち、王立大学校で父と知り合ったそうだ。
父は基礎学校と高等学校には入らないまま飛び級し、12歳で大学校に入ったと聞いている。その話は今はいい。
「リトゲニアがアガート王家に王権を返還するとき、条約が結ばれたのです」
やっと条約の話にたどり着いた。
エルメーム氏が扉の方に声をかけると、一人の兵士が一抱えほどの金属板を持ってくる。
金属板は意匠的にかなり古いものに見え、またたくさんの文字が刻まれていた。
「この楯に条約の内容が記されています。
この条約は、マイヤート暦123年リラ月1日から、リトゲニアが破棄するまで有効である。
一条、リトゲニア王国はアガート王国を従属国とする。
二条、リトゲニア王国はアガート王国の国民のうち、アガート王立大学校主席とアガート王立医学校主席、また有用と認められた者を毎年の献上品として指定する。
三条、二条の対象に書籍館の者は含まれない。書籍館の者が主席である場合、次席を献上品として指定する。
四条、アガート王国は書籍館を害してはならない。
五条、二条から四条のいずれかが守られなかった場合、リトゲニア王国はアガート王家を廃し、新たな王朝を立てる。
これがかの有名なカルド条約です。」
条文の下には、当時のリトゲニア国王、アガート国王、そして両国と国境を接しているマーヒトガイヒ共和国元首の印が彫刻されていた。
「原文を見たのは初めてですわ。アガートのものとだいぶ印象が異なりますわね」
アガートで教えられているカルド条約は、主に二条と三条のみである。
それも献上品という扱いではなく、主席はリトゲニアという大国に留学できるといった報奨のような言われ方である。
そして、書籍館にはその権利はないと読み取る人間も少なくない。
「私も貴女のお父上の次席としてこちらへ来て、初めて見ることができました。まさか自分が宗主国への献上品だとは」
そう言ってエルメーム氏は笑った。
この条約の書き方では、奴隷のように扱われても文句は言えない立場だ。
「その、ご苦労なされたのでしょうね」
「別に悪い待遇を受けるわけではないのですよ。むしろ大国なのでアガートより活躍できる場所があります。ご心配なさらずに」
確かにエルメーム氏は、上等な服装をしており胸にいくつかの勲章もつけている。王子の教育係だと言うし、かなりの厚遇のようだ。
アガート王国ではリトゲニア統治のほとぼりが冷めると同時に、カルド条約の全文は秘匿された。
リトゲニアとしても別に献上される人材が途絶えなければ、統治方法はどうなろうと良かったためである。
そして先程の耳障りの良い取り決めだけが一般的にカルド条約として知られることとなった。
「その、本来の条約で書籍館が守られていることについて、祖母は契約と言ったのでしょうか」
「おそらくそうだと思います。手紙を拝見いたしますね」
エルメーム氏が懐からナイフを取り出し、手紙の封を切った。
そのナイフは折りたたみ式でとても小さく、上着のポケットにしまえるようになっており、さすがリトゲニアといった逸品だった。
「……おっと。これは。」
エルメーム氏の顔が翳った。
予想と違ったといった反応だ。一体何が書かれていたのだろうか。
「申し訳ありません。私は少々思い違いをしていたようです」
「あの、どうされまして?何が変なことが書いてあったのでしょうか」
「これは王族の判断が必要です。今から私と共に来ていただけますか?」
王族?まさかシド王子の所に行くのだろうか。
「私の教え子である、カリム第五王子をご紹介します。お付きの方もご一緒にどうぞ」
レイザンとカンナをここに残していくのは不安だったので、一緒で良いと言われて助かった。
しかしなぜ第五王子なのだろう?シド王子より年若いのに。
「国王並びに第一、第二、第三王子は現在遠征に出ており不在でして、カリム王子は国王より不在の間の臨時裁量権を預けられております」
「第四王子を飛ばしてですの?」
「第四王子が拒否いたしまして。政治家になるつもりは無いと。それより前線に行かせろとうるさいのです」
最後、本音が出ましたわよエルメーム様。
カリム王子の元に向かいながら手紙の内容を聞こうとしたら。
「ここでは耳がございますので」
と拒否されてしまった。人に聞かれてはまずい内容のようだ。
王子の部屋までには何人か兵士が見張りで立っていたが、エルメーム氏は特に止められることなく進んでいった。
後ろをついて行く我々は好奇の目で見られたが、規律の取れた兵たちだったのでそれほどしつこく目線を感じるわけではなかった。
「カリム王子、エルメームでございます」
「どうした?今日は授業なしと言っていただろう」
さんさんと日が差し込む窓の大きい部屋に居たのは、予想よりも若い王子だった。外見は私よりも若く見える。
焦げ茶の髪が肩ほどまで伸びて、一瞬女の子かと思ってしまった。
そしてカリム王子は、部屋で読書をしていたところだったようだ。
「エルメーム、そちらは?」
「先程こちらに到着されました、書籍館のアルルーナ様でございます」
エルメーム氏がそう言うと、カリム王子は椅子を倒すほどの勢いで立ち上がった。
「書籍館の!?」
そして早足でこちらに近づいてきて、興奮したように手を取られた。
「カリム・スヴィータ・リトゲニア、第五王子です!一度お会いしたいと思っていたのです!」
そして取られた手をブンブンと振られる。
シド王子とカリム王子、見た目は熊と兎だけど、兄弟はやっぱり似ているものなのね……と感心してしまった。
「カリム王子、女性の手を軽々しく握るのは失礼に当たりますよ」
「ハッ!し、失礼を」
手を離してもらえたので、スカートをつまんでちゃんと礼をした。
「書籍館のアルルーナでございます」
そして鞄を下げっぱなしな事に気づいた。急いで外してカンナに手渡した。
「その鞄は?」
「あ、あの……本が入っておりますの」
その私の答えに、「さすが書籍館の方だ……」とカリム王子はなぜか感動しているようだった。
なんとなく分かったが、彼はこのリトゲニアでは珍しい文官タイプの人間なのだ。
その憧れの視線を浴びせるのはよしてほしい。
「なるほど、アガートでは今そんなことになっているのですね。国民はともかく王家はカルド条約を知っているはずなのだけれど」
これまでの経緯を簡単に説明すると、カリム王子はすぐ理解してくれたので助かった。
「これが書籍館館長からリトゲニア国王宛に送られた手紙です。中身を要約致しますと、カルド条約締結時に、書籍館とリトゲニアで密約があったようなのです。その契約書の写しが添付されていました」
「密約?」
確かに、全文のカルド条約ではなぜか書籍館が保護されている。
当時のリトゲニア国王が書籍館の価値を認めていたからと考えてもよいが、それにしては中途半端だ。
それなら王立機関にして税金をつぎ込むとかしてくれても良さそうなものだが。
そして私とカリム王子、エルメーム氏の3人は、机の上の書類を見た。




