レイザン、旅を思い出す
イスミトのカイセン教会地下、現在の自分に意識が戻ってくる。
アルルーナお嬢様のことばかり思い出すのは、もう何日もお嬢様に会っていないからだろうか。
恐らく私の事を聞いてしまっただろう彼女に、会うのが恐ろしい。
もしお嬢様の心が私から離れてしまっていたとしてもショックだし、それでも好きだと言われても、気持ちに応えられないのが辛い。
なんて自分勝手なんだろうと思うが、それは今更だと割り切って考えることにする。
私はもう、この星でありとあらゆる勝手をやった。
私を大罪人と見る人間もいるだろう。
私は恋に盲目になることで、都合の悪い意見には目を背けてきた。
正しいか正しくないかなんて関係ない。
私を止められる人間がいなかったのだから。
眠っているのだかなんだか分からない時間のあと、アラームで瞼を開いた。
この部屋は地下だが、疑似日光が窓から差し込んでいる。
ふと見ると、私のアドレスに知らない人間から通話が入っていた。
相手を確認してみれば、以前アーヤールア川近くの湖で助けた佐藤夕生夜氏だった。
少し考えた後、通話を繋ぐことにする。
「おはようございます、レイザンさん。朝早くに申し訳ありません」
「いえ。そちらこそ日本に帰られてお忙しいんでしょう?」
彼はテザネスのカイセン教会から、すぐに日本へ帰されたと聞いている。
転生者の帰国にはコストがかかるし、彼らはすでに本国では亡くなった扱いを受けている人間だ。
死んだ人間が生き返るというのは、色々な問題がある。
それらを様々ふっ飛ばして帰ったとニュースになっており、父親の政治家パワーというのはすごいなと思っていた。
「ははは。本当は、もう少しそちらで生活をしてみたかったのですが。日本もそちらの事をもっと考えねばならない段階に進みそうですので」
「そうでしょうね。ところで、足の方は大丈夫ですか?」
「はい。まだ治療中ですが、元通りの足が繋がる予定です」
出会った時、彼の足は途切れた状態で転生されてしまっていた。
湖の条件が悪かったのか、星が彼と我々を無理矢理引き合わせようとしたのか。
もし後者だとしたら、星が個人の営みを個別に把握している事になるが、星のような超越的存在がそんな事を気にするとは思えない。
彼と出会ったのは偶然であると私は考えている。
「父から聞いたのですが、レイザンさん。あなたは、あの真堂博士の生まれ変わりだと」
それが本題だろうか。
少し夕生夜氏の声のトーンが変わった。
「そうです。今は、アルルーナお嬢様の護衛のレイザンとして生きています」
返事をすると、夕生夜氏は視線を数回左右させたあとに言った。
「……私がそちらに転生して、生きて帰れたのは。レイザンさん。あなたのおかげです」
私は手を振って否定しながら応えた。
「いやいや、私だけではないです。ザカハもあの時火を起こしたりしましたし、カイセン教会テザネス支部の助けもありました」
「そのカイセン教会を作ったのはあなたでしょう。私は2度あなたに救われました」
夕生夜氏のアバターが深々とお辞儀をする。
「改めて、お礼を言わせていただきます。ありがとうございました」
「頭を上げてください。感謝されるのには慣れていなくて、居心地が悪いです」
私がそう言うと、夕生夜氏はゆっくりと頭を上げた。
「今の私には、お返しできるものがあまりないのですが。私に貸しにしておいて下さい。いずれ政治家として地位が高くなったときに、返させていただきます」
「そんな事を言っていいんですか?未来に爆弾を抱えるようなものですよ」
夕生夜氏は笑って私の言葉を流す。
「そんな爆弾より、あなたとつながりを持ち続けられるメリットの方が大きいと、私は思いますがね」
そうして夕生夜氏は最後にこう言った。
「何かありましたらいつでもご連絡下さい。総理や私の父より、柔軟にご対応できると思います」
そう言う顔は立派に政治家で、こちらの大陸で話した時のような素ではなくなっており、少し寂しさを感じた。
通話を切った後、思い出すのはやはりお嬢様のこと。
たしか夕生夜氏を助けた日に、お嬢様と夢で出会ったんだった。
珍しく私も夢を見た日。
あれはお嬢様に引きずられたのだろうか。
あのとき私はカンナとともに、お嬢様の夢に巻き込まれた。
広い広い草原の丘で、ぽつんと朽ちたバス停が残っている。
人の夢に入るのは初めてで、その時は夢だと気づけなかった。
バス停なんて、はるか昔にすべてなくなったのに。
私はバウンダリーを強化するのは得意だが、弱めるのは穴をあけるくらいしかできない。
お嬢様のようにバウンダリーが薄く広がることができる魂は、風船のように膨れ上がり夢干渉を起こしやすいようだ。
カンナが夢から持ち込んだらしい、都市間移動シャトルが私のいるバス停の前に停まる。
扉が開くとカンナが飛び出し、その後ろからしずしずとアルルーナお嬢様がついて出た。
「あら、レイザン。レイザンが私の夢に出てくるなんて、嬉しいわね」
お嬢様の微笑みに頬がゆるむが、その言葉に夢であることに気づく。
「これは夢ですか」
「私は夢だと思うのだけれど」
ここまで気付けないとは、恐ろしい。
この能力を、アルルーナお嬢様が意図的に使えるようになってしまったら。
私の夢の中に入り込んで、サーシャお嬢様の記憶に触れてしまうかもしれない。
それは何よりも避けたい。
「では起きて忘れましょう」
すぐに夢干渉をやめられるよう、アルルーナお嬢様の意識を一瞬深層まで落とした。
すると電気が消えたように周りの世界は消え、私の隣りにいたカンナはいなくなり、私は一人の世界を取り戻した。
先程までいた、暖かく幸せな空間を手放したことを少しだけ後悔する。
ずっと夢を見ていられたらいいのに。
目を開けると宿の一室で、隣の寝台では佐藤氏が寝息を立てていた。
部屋の中いっぱいに霊が蠢いているのが見える。
私が霊魂を星に還すことができるという噂を聞いて、霊が集まって来るのだ。
せっかくなのでたまに見張りなどを命じて、役に立った者から星に還している。
流石に鬱陶しいので、バウンダリーを強くして霊が見えないように調整した。
次にお嬢様の夢に入ったのは、拐われたザカハを追っているときだった。
お嬢様に寝ろと言われたのでカンナと夜の番を代わったが、正直私に眠る必要はあまりない。
周りの気配を気にしながら横になっていると、うめき声が聞こえた。
よく聞けば馬車の中からお嬢様の声がする。
どうも夢にうなされているようだ。
いても立ってもいられず、自らお嬢様の夢へ飛び込んだ。
その日のお嬢様の魂は重く、どろどろと濁っておりなかなか前へ進めない。
かすかに聞こえる声は、誰かに激昂しているような、聞いたことのない叫び声だった。
お嬢様はかなり深いところにいる。
魂の底、星と繋がるすれすれの、個人を成す種のような場所。
自分の存在を安定させるだけでも一苦労だ。
現実に繋がる魂のアンカーが切れないようバウンダリーを一層強化する。
お嬢様に手が届くと思ったその時、彼女が激昂する相手も認識できた。
あれは誰だ?
あれは私か?
私に似ているが違う。
いや、見覚えがある気がする。
あれは、伶?
気がつくと私の魂はその存在に重なっており、お嬢様の軽い拳と涙を胸に受けていた。
お嬢様の手を取ると、はっとこちらを見上げる。
「お嬢様。私です」
そう声をかけると、お嬢様はくしゃくしゃに泣いていた顔をぴたりといつも通りの顔に戻し、不思議そうに首を傾げた。
「っ…、レイザン?」
それをきっかけに周りは晴れ渡り、我々は晴れた草原の丘に立っている。
私は、サーシャお嬢様に会えるかと少し期待した自分を殴りたい気持ちになった。
この人は、アルルーナお嬢様だ。
もし過去にサーシャお嬢様だったとしても、もうほとんど消えてしまっているのだ。
「ここ、前に来たことがあるわ」
「もう、よろしいですか?」
すっかり先程の剣幕は霧散し、きょろきょろと周りを見渡すアルルーナお嬢様に声をかけると、私に掴まれていた腕をさっと引いた。
「ええ、ごめんなさいね。なんであんなことをしたのかしら?」
心底不思議そうに言うアルルーナお嬢様に、私は胸が痛む。
きっと、私が先に死んで迎えに来なかったことに対する、サーシャお嬢様の恨みが魂の奥底に残っていたんじゃないだろうか。
私にはお嬢様が怒っていた相手が過去の私に見えた。
夢の世界は主観でどのようにも変化するので、本当は違うかもしれない。
しかしやっぱり私は、この人がサーシャお嬢様の生まれ変わりだと感じてしまうのだ。
そんな彼女につい謝ってしまいそうになったが、彼女にそれを言っても意味は無い。
「夢の中のことに意味なんてないですよ」
「やっぱり、夢なの」
ごまかすとアルルーナお嬢様も納得し、魂は少し浮上した。
草原には花が咲き乱れ、まるで天国のようだ。
「綺麗ですね」
お嬢様の肩に手をかけてそう言うと、お嬢様もそれに手を添えてきた。
ああ。700年生きたのは、無駄ではなかった。
それほどの幸福感に包まれていると、お嬢様が心配そうに言葉を口にする。
「そうね。ねえ、私、起きたほうがいいのではなくて?」
確かに、こんな深いところで夢を見る必要はない。
私も早くここを離れなくては。
こんなイレギュラーなことをしていては、身体と精神にどのような影響があるかわからない。
しかし、私はもう少しだけこの空間に留まりたかった。
花畑となった草原に座ると、お嬢様も腰を下ろす。
まるで700年前の、サーシャお嬢様との密会を思い出させる。
気がつくと手には笛があったので、たまに彼女に吹いて聴かせた下手な笛を鳴らした。
この夢が覚めなければいいのに。
そう思っていたのは私だけではないようで、アルルーナお嬢様も目をとじて私にもたれかかってくる。
そのぬくもりを感じようとしたら、ふとお嬢様の存在が希薄になった。
花畑は消え、お嬢様もいない。
真っ暗な魂の中、より深いところにお嬢様が落ちていくのがわかる。
私は此岸の剣を出し、お嬢様の魂につきたてた。
このまま沈めば肉体に戻れなくなる。
私は無理矢理お嬢様の魂を浮上させ、肉体まで連れ戻した。
手荒な事をしたが、目を覚ましたお嬢様に異変はなく、ただ夢を全て忘れているだけだった。
私は安心すると同時に、もうサーシャお嬢様には会えないのだと納得してしまっている自分がいることに気づく。
あの世というものががないことも知っているので、天国で会えることもない。
しかし彼女がいない世界でも、アルルーナお嬢様がいるなら耐えられる。
そう思える人ができたというのは、私の長い人生で幸福なことだったろうと思う。
マーヒトガイヒの襲撃は、連れていた幽霊たちに少し脅かしてもらった。
といっても幽霊が見える者などそう居ないので、私が少し魂の手を伸ばして、襲撃者のバウンダリーに穴を開けたのだ。
急に幽霊が見えるようになった者たちは、集団だったこともありパニックに陥って、壊滅した。
元はと言えばマーヒトガイヒ建国を支援した自分が撒いた種だが、こんな事になるとは人の考えは何年経っても読めない。
これをきっかけに妹を含めた旅の仲間たちからは少し恐れられてしまったが、アルルーナお嬢様は変わらず接してくれた。
そういう所もサーシャお嬢様によく似ていて、心が暖かくなる。
心折れて人生をやめる前に、アルルーナお嬢様に会えて良かった。
ミェドラ山では少し無理をした。
政府軍の標準装備は霊魂防御も備えているので、私の技術では大人数を相手にするのは厳しかった。
まあ政府軍なら捕まっても、緑之から手を回してもらえばすぐに出られるだろうと思ったのだが。
お嬢様が守れといったのだ。
そう言われれば私はやる。
個人には霊魂防御がされていても、武器には及ばないはず。
サンドラのやったことを思い出しながら、我々に向けられた武器の魂を食った。
すると武器は砂になり、私の魂は濃くなる。
魂の手を細かく調節するためと、急に魂が濃くなったことで目が裂けてしまった。
しかし今はそれを気にしている場合ではない。
自らの剣に此岸の剣を同化させ、床に突き刺し、政府軍の下だけを狙って床の魂を食いとった。
床も武器と同様に砂になり、人が落ちていく。
こういった細かい調節は苦手なので、素早く繰り返すのは無理があった。
しかし逃げる先には政府軍がわらわらと居り、どうしたものかと考えていると。
結局彼らの持っている防御装備の基礎理論は私が作ったものなのだから、過去の私以上の力を与えれば良いのではと思いつく。
試しに魂の手を実験したことのない強さでぶつけてみると。
相手の魂は肉体から押し出され、意識を失った状態になる。
睡眠状態に似ているようだったので、大丈夫だと判断し次々に手を下していった。
もし防御装備のない人間にこれをぶつけたら、勢いで星まで魂が飛んでいき死ぬ。
面白いデータが取れたと思ったが、研究所に報告したらなんて言われるだろうか。
旅の思い出が走馬灯のように駆け巡り、現在へ戻ってきた。
同時に部屋のドアがリズミカルにノックされる。
聞いたことのあるリズムに反射的に立ち上がった。
「やあ伶。今は零残だっけ?名前が似ているのは偶然かな」
私の師匠である明世主が、ドアを開けることなく部屋に入ってくる。
「伶でいいですよ。今生では初めましてですね。名前は偶然です」
明世主は何もない空間に腰掛けて足を組む。
見た目は我々とほとんど変わりないが、そういった動作が人間離れしているのでなかなか慣れない。
「君が星に還ると言い出したと聞いてね。勿体無いから再度スカウトに来たんだ」
「ラボにですか?いや……私はもう、お嬢様のいない世界では生きられません」
そう返すと明世主はニコニコと笑った。
「やっぱり君は狂ってるよ。一つの魂にそんなに執着するなんて、正気の沙汰じゃない」
「なんで嬉しそうなんですか」
「私もそうだから。ラボは一人の魂を探すために作ったんだよ。たった700年で諦めるのかい?私は1億年探してもまだ出会えない」
それは初めて聞いた事実だった。
しかしその言葉は私には響かない。
「いえ、私はもう見つけました。彼女の魂を。記憶は無くなっていましたが」
そう返すと明世主は首を傾げる。
「そうなんだ?じゃあその魂と永遠を生きることは考えないのかい?記憶なんて今から無限に作ればいい」
「明世主は、好きになった人が自分の事を忘れていても良いんですか」
「いいよ。あの子にまた会えるなら、そんな事は瑣末事だ」
そう言う明世主の目は確かに狂っていて、私もアルルーナお嬢様に会えずにいたらこうなっていたのだろうかと思う。
「私は、サーシャお嬢様と過ごしたあの時間を宝物にしてきました。もう一度会えたなら、その宝物をまた一緒に眺めたい。それができないのは、一緒にいても辛くなる」
私がそう言うと、明世主は何かを思い出すように赤い瞳をぐるぐると回した。
「なるほど。なるほど。君と私の違いは、その宝物の違いだね。それは理解できる。じゃあ残念だけど、また別の人生で会えたらいいね」
そう言うと粉のようにさらりと私の師は消えた。
明世主と話したことで、ふと思い立つ。
森の噴水へ行ってみよう。
もう潰してしまって無くなったと聞いたが、それを見ればさらに悔いなく終われるかもしれない。
ここにいてもしばらくやることはないし、思い出を繰るだけの日々に飽きてきたところだ。
私は久々に地下から出て、イスミト市街へ歩き出した。




