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レイザン、魔王になる

外に出るとまだ夜も明けきらぬ早朝で、空は青暗く、街は静かだった。

カイセン教会から少し歩いたところにあるイスミト大聖堂。

その裏手に広がっていた森林は、700年の時を経て今消えようとしていた。



資材が転がる空き地には紐で区分けがされており、いくつかの建物は既に完成間近のように見えた。

日が昇る頃には作業員が集まってくるだろう。

春は近いがまだ冷える。

毛織のコートのポケットに手を入れ、白い息を吐いた。


記憶を頼りに、茶色い空き地の上を森の小径に沿って歩く。


白い石造りの、優美な曲線で造られた百合の花のような噴水は。

今はそこになく、水源は小さな池に作り替えられるところのようだ。


(また、小動物が湧くようになるかもな)

まあそうなったとしても、もう自分には関係無い。

面影もなにもない水面に映る、青い空と薄い雲を見ていた。






足音が聞こえる。

振り返れば、そこには天使がいた。




「アルルーナ、お嬢様」




お嬢様はふわふわの防寒具に包まれながら、にこりとわらう。


まるですべての罪を許すかのような微笑みに、自然と膝をついてしまった。


そんな私の前に立ち、お嬢様は抱えていた一冊の本を私に見せる。


「レイザン。これに見覚えはある?」

ひどく傷んだ茶色の革表紙。

この大陸ではよくある形のものだ。

背にはなぜかタイトルがない。


お嬢様がゆっくりと本を裏返すと、そこには薄っすらと「Sasha's diary」と書かれていた。



「それは」

レイシャが持っていた、サーシャお嬢様の日記。

まだ残っていたとは。


「これはね、書籍館の禁書庫で保管されていたの」

お嬢様のその言葉で察した。

シャラガートが動乱の際にイスミトから持ち出したのだ。



しかし、今更日記を読んだとて、サーシャお嬢様はもういないのだ。

手がかりがあるかもしれないと、アルルーナお嬢様は持ってきて下さったのだろう。

申し訳ないが、私はもう諦めてしまっているのだ。



しかしサーシャお嬢様の遺したものは気になるので、手に取ろうとすると。

アルルーナお嬢様はまた本を抱え直した。

なぜ見せては貰えないのかと不思議に思う。



「お嬢様。中をご覧になったのですか?」

「いいえ。私は見ていないわ」


アルルーナお嬢様は首を横に振る。


どういうことだろうか?

お嬢様が何をしたいのか掴めずにいると、お嬢様は頬を染めながら俯く。



「だって……自分の日記なんて。読み返したら恥ずかしいもの」



「自分の……?」

お嬢様の言葉がよく理解できず、聞き返してしまう。

お嬢様は「察しが悪いわね」とむくれながら、スカートを翻した。


いや、翻したように見えたのだが、そうではなくお嬢様の足元が宙に浮いていた。


「立って。レイザン」

頭の中は混乱しているが、お嬢様の命令はスッと頭に入ってくる。

私が立ち上がると、お嬢様は私に目線を合わせるように浮かび上がった。

お嬢様が私と目を合わせて満足そうに微笑むので、脳が溶け出してしまいそうだ。


そして日記もくるくるとお嬢様の手を離れ、ふわふわと浮きながら空中で一組のページを開いた。


紙の上から図や文字が空へ流れ出ていく。

それらは光りながらお嬢様の手によって私の目の前で整えられていった。



「魂を残すことは星のシステムを利用できるから、さほど難易度は高くなかったわ。でも記憶を残すのはかなり難しかった。レイが死んだあと私はいくつもの方策を考えたのだけれど、まず最初の転生にかなり時間がかかってしまったの。それは記憶を確実に戻す方法がなかなか無かったから」



「あなたみたいにバウンダリーが強ければ、記憶を分けて置いておくのも可能でしょうけれど。私のバウンダリーは薄すぎて記憶が溶け出ていってしまうから、その方法は取れなかった」




本から離れた線図がキラキラと舞う。

私は魔法のような空間の中、ただお嬢様の話を聞いた。




「そこで、私はこの日記帳の魂と私の記憶を置き換えたの。私の魂を持つ人間が触れたときに、記憶が戻るように魂の波長をペアリングして」




「これは賭けだったわ。だって、この日記が燃やされでもしたら終わりなんだもの。でも、私の記憶と置き換えられるような魂の価値があるものは、これかあの噴水しかなかった」




「動かないものより、持ち運べるものがいいと思ってこちらにしたの。正解だったわね」


  


お嬢様は、池になってしまった噴水の跡地に一度目をやり、また私の瞳を見た。




「何回かはイスミト教で守られていたから転生できたけれど、戦争があってあそこもあまり安全じゃなくなったのよね。本などの魂を濃くするものは排除する方向になりつつあったし」




「それで、日記を管理するなら書籍専用の施設が欲しいと思ったの。本も集められる、日記も安全に保管しておける、イスミト教の堅苦しさから抜けられる、一石三鳥じゃない?」




「でも日記の傷みも激しくなって、禁書庫に入れられてからはあまり記憶が戻ることもなくなっちゃって。ただ魂だけが転生を繰り返してたの」




「それで昨日、私が日記に触って……そのまま気を失って。気がついたときには記憶が戻ってて、それがさっき。急いであなたに会いに行こうと思ったら、こんなところにいるっていうから」




そこまで言って、お嬢様は顔がとろけるように笑った。




「やっと会えた」




お嬢様が手を広げたので、吸い寄せられるように手を伸ばし、首元に顔を埋めた。

か弱い少女の、精一杯の力で抱きしめられる。




お嬢様が。

私の、ずっと探していた。

サーシャお嬢様。

アルルーナお嬢様。





喉の奥が締め付けられるようで、声が出ない。

視界がぼやけ、大粒の涙がこぼれ落ちた。




薄暗かった世界が光に染まっていく。



身を切るような寒さは消え、暖かな春風に包まれた。



足元は一面に色とりどりのはなびら。



花は風で舞い上がりひらひらと踊る。



小鳥の歌は我々を祝福するようにさえずっていた。








「ちょ、ちょっと待ってレイザン。何これ?!」


お嬢様が周りを見て驚き、私から体を離した。

私も周りの状況に、自分の心象風景がそのまま現実になっていることに気付く。


「……何でしょう?」

自分でも原因がわからずそう返すと、一拍の後お嬢様はころころと笑った。

そして舞い散る花弁をひとひら手に取り、キスをする。

「そうね。何だっていいわよね。綺麗だし」





「ちょっと待て!!!」

声とともに、見知った姿が無限に広がる花畑にぞろぞろと現れる。

お嬢様とふたりきりの世界を邪魔されて不快に思うが、その中に妹や友人の姿を見つけたので、少し理性を取り戻した。



先程声を上げたザカハが、銀縁の眼鏡を振り回しながら叫ぶ。

「お前らは気づいてねえかもしれねえが、今世界中がこんな感じになっちまってるらしいぞ!とっとと元に戻せ!」

「世界中が?」


ネットを覗いてみれば、ザカハの言うとおりこの大陸のみならず日本大陸まで、この星すべてが花弁と春色の風に包まれているようだ。

一体何が起きているのか。

お嬢様が何かしたのだろうか?



「レイザン。あなた、バウンダリーはどこへやったの?」

「?……ああ」


お嬢様に会えたことが嬉しすぎたのか、バウンダリーが魂の圧力に負けて広がっていってしまい、私の魂がこの星を覆っていた。

つまり今のこの世界は私の白昼夢であり、世界中の魂はそれに巻き込まれて幻覚を見ているのだ。


落ち着いてバウンダリーを引き戻すと、世界は元の姿を取り戻した。

太陽が登り、朝焼けがぐんぐんと空を駆け上っている。



「花の海も良いけれど、いつもの風景も素敵ね」

「お嬢様が居ればどのような風景も美しいです」

思ったままを口に出すと、お嬢様はぽっと頬を赤らめる。

それが愛おしすぎてついその金色の髪に顔をうずめた。




「どうするのじゃ。またぬるい風が吹き始めたぞ」

「でも運命の二人の、700年ぶりの再会っすよ?邪魔するのは野暮じゃないすかねぇ……」

「俺はさっき止めたから、次はお前らの番だろ。止めてきてくれよアレをよ……」




3人が何かゴチャゴチャと言っているが、耳を通り抜けていく。

お嬢様の心音しか私には聞こえない。

いっそこのまま、この星ごと……

「コラ、ええかげんにせんかい」

後頭部を叩かれて、カンナ達が息を呑むのが聞こえてきた。



「……緑之?なんでここに」

「お前が気落ちしとったから励ましに来てやったんやろが。そその鬱陶しい花出すやつ、うちの業務にも差し支えるからそろそろやめろ」

言われてまた魂がはみ出ていることに気づいて、あわてて引っ込める。

白昼夢が消えると、緑之の後ろではカイセン教会の職員が青ざめながら控えていた。



「お嬢さんは初めましてやな。伶の幼なじみの邑日緑之と申します。サーシャとお呼びしたほうがええ?」

「いえ、アルルーナでお願いしますわ。今はアルルーナですから。緑之さん」


お嬢様が美しく礼をする。

この男ごときにそんなに頭を下げなくて良い、と言おうとしたが、口を挟める間がなかった。



「緑之さんはレイザンと随分仲が良さそうですわね」

「そらま、伊達に700年以上友達やってませんからね」

「羨ましいですわ。でも申し訳ありません、これからは私がレイザンを独り占めしてしまいますので」

「そういう独占欲の強い女性は嫌われるんとちゃいます?」

「レイザンが私を嫌うことなんて星がひっくり返っても無いですわ」


「それはお嬢様の言う通りですね」

やっと口を挟むと、二人が同時にこちらを見た。


「何や何や、嫁が出来たら友人はポイーてか!薄情やな!そんな奴と思わんかった!金返せ!」

「いや、借りてないが」

「お前に投資した金や!700年分あるねんぞ!」

「レイザンのことですし、その分以上の利益が出ているのでは?」

「……赤字事業もある!」



冗談を言うのはこれくらいにして、と緑之が話を切り、周りを見渡す。

「少し人が集まって来たな」

先程私がやってしまった集団幻覚のせいか、早起きの町の人々が家からぽつぽつと出てきている。

そしてただの空き地に集まる我々を怪しげに見つめていた。


「一旦戻りましょう。ええっと……会長もこちらへどうぞ」

緑之の後ろに控えていた菱吹がカイセン教会を指す。

「戻ってどうするんだ?」

私としては、このままお嬢様とどこか二人きりになれる場所へ行きたい。

そんな私の問いに、菱吹や周りの人間は絶句し、緑之がもう一度私の頭を叩く。

「お前らはもうただの人間ちゃうんや!気まぐれで星ごと滅ぼされたらかなわん、ちゃんと今後について考えんとあかんやろ」

「そうよレイザン。結婚式の日程も決めないといけないし、丁度いいからみなさんの予定も確認しましょ?」

「いやアルルーナさんあんたもちょっとズレとるから」


ツッコミが足りん!と緑之は周りに目線を送っていたが、皆それに目を合わせぬように、早歩きでカイセン教会へ向かっている。

私は緑之に引っ張られるようにしてカイセン教会へ帰った。

その間腕の中のお嬢様はけして離さなかったし、お嬢様も私の首に回した腕を解くことはなかった。





「まずは私とレイザンの結婚式よね。お兄様の後にしないといけないから、準備期間はたっぷりあるわ」

戻るなりお嬢様が話し出した。

メンバーは私とお嬢様、カンナにザカハ、マリー、緑之と、この部屋を用意してくれた菱吹と大曽根が末席に座っている。


「ちょ、ちょっとまって下さいおじょーさま。普通に結婚するんすか?そのまま書籍館に住むんすか?」

カンナがあわてて質問を投げた。

「そのつもりだけれど?」

「えっと……そのあとは、寿命で亡くなったらまた生き返るんすか?」


そう聞かれて、私もそこに思い至る。

人一人の一生は、短い。

この想いを満足させるのに一生では足りないだろう。

お嬢様を見ると、お嬢様も潤んだ目でこちらを見上げていた。


「……もう、離れたくありません。一時たりとも。寿命は超越してみせましょう」

「さすがレイザン。私も協力するわ。700年の間に私も成長したから」

先程お嬢様が自分の体を魂の手で持ち上げたのを見た。

まるで魔法のようだった。

流石お嬢様、私には思いつかない魂の使い方をしている。

お嬢様がいれば、私達に不可能なことなどないだろう。



「となれば、研究所が必要ね。書籍館の敷地に新しく建ててもいいわ」

「緑之の所の技術も組み合わせましょう。ラボに行って情報も集めてきます」

「勝手に巻き込むな。そんな事したら向こうの大陸が黙っちゃおらんぞ」

「黙っちゃいないと言われても……私とお嬢様の邪魔をするなら敵だが……私の相手になるのか?」


どんな手を使ってもいいなら、いつだって大陸ごと無くせる。

そう思ったのでそのまま言うと、お嬢様以外の皆がまた黙ってしまった。

お嬢様は私の言葉にウンウンと頷いている。



「おいお前の兄、頭のネジが急に700年分錆びちまったみてえだぞ」

「いや多分もともとこうなんすよ。サーシャを探すって目的のために理性的だっただけで」

「理性がなくて世界を滅ぼす力を持ってたら、もうそれは魔王か何かなのじゃないのかのう?」



マリーの言葉に、お嬢様が手を叩いた。

「それよ!レイザンが魔王なんて、ぴったりじゃない!素敵!」

目を輝かせて言うお嬢様は美しかったが、言っていることはよくわからない。


「魔王城を作りましょう!中は私達の研究所で、霊魂学の最新機器を揃えたサイバー魔王城よ。レイザンはそこの魔王で、いつでも人類を滅ぼせる力を持ってて、世界中の皆が恐れて手を出さない」


楽しそうに語るお嬢様に、よく分からないがお嬢様がそうしたいならそうすべきだと思った。

そんな我々の様子を見て緑之が口を出す。

「でも魔王っちゅうのは勇者に倒される運命ちゃう?」

「この世界に勇者なんていないもの」

それに別に恐れられるだけで悪いことするわけじゃなし、とお嬢様が言うのでホッとした。

お嬢様にやれと言われれば何でもするが、できれば寝覚めの悪いことはしたくない。



「永遠に生きるっていうのも魔王っぽくていいわね。レイザン、ツノとか生やせない??」

「こんな感じでしょうか?」

羊のような角の形を作るために、此岸の剣を利用した。

濃度が高く、普通に視認できるほどの魂の凝縮体である此岸の剣を無理やり曲げると、形を変えて漆黒の角になる。

「ハァッ………!!!格好いい………ッ!!!」

お嬢様が崩れ落ちた。



そんな我々に呆れながら、ザカハが緑之に声をかける。

「あんた会長だか何だか知らないが、レイザンを止めてくれよ。あんたしか口出しできそうな奴いないんだよ」

「止めへんよ。魔王城なんておもろそうやん。儲ける方法はいくらでも思いつくで」

緑之の返事にザカハは口をあんぐりと開ける。

「お前も商人の端くれなら、流れは止めずに盛り上げてより儲けることを考えるんや。ただし、流れが止まったときに損をせんように流れの外からな」

「……あんた、商人なのか」

「俺は年に五千万マイツを売り上げる大商人やで。拝め」

あまりの額にザカハは嘘つきを見る目で緑之を見ているが、言っていることは本当だ。




「聖女として問うが、魔王とその王妃は人々をどう恐れさせるのじゃ?」

今までになく真面目な顔でマリーが言った。

「……返答次第では、あなた方の末裔として責任を持って、命を賭してでも止めねばならぬ」



お嬢様はマリーと目を合わせながら、ふわりと微笑んだ。

ああ、なんて美しいのだ。

私以外の人間に微笑まないでほしいほどに。


「そうね……西に戦争あれば力づくで止め、東に圧政あれば力づくで止め……そんな、世界の監視人になれたらいいわね」

「……それは魔王というより、神なのでは?」

お嬢様は横に首を振る。

「神様は平等よ。でも私達は魔王だから、気まぐれにしか人を救わないし、救う相手は選り好みするわ」

「常に世界を見ているわけにもいきませんしね。さすがお嬢様」

私としてはほとんどの時間はお嬢様を見ていたいので、そういう魔王ならできそうだ。



お嬢様の返答はマリーにとっては良いものだったらしい。

「じゃあ私からはなんの不満もないのじゃ。ぜひ早く魔王になって欲しい」

流石遠いとはいえ子孫、話が早くて助かる。


「お、王妃様でも私を雇ってくれるっすか……?」

カンナがおずおずと手を挙げる。

「あら、あなたは魔王の妹よ?王族なんだから貴族になっちゃえばいいのよ」

「ええええ」

「新しいメイドを雇ったり、そもそも王国の国民も集めないといけないし……結構やることあるわね」

「あ、では国民は霊を民にしてはどうでしょう?」


私が言うと、お嬢様は首を傾げる。

「レイ?」

「霊体のことです。星に還れず霊体となった者達に、仮の肉体を与える事ができると思います」

今ちょうど結構な量の霊を引き連れているので、使えるに越したことはない。

私の発想はお嬢様のツボにはまったらしく、たいそう喜んでくれた。

「良いわね!不死の王とアンデッドの国民、まさに魔王の王国だわ!」















サンドラ大陸の魔王城には、1000年を生きる魔王とその王妃がいると言われている。

魔王は恐ろしい姿をしており、その力は指一つで数千人の命をも奪えるという。

魔王城では死人が死後もなお労苦を負い、税を収めさせられているそうだ。

 


魔王を倒すために神が翡翠湖に勇者を遣わしても、皆敵わず姿を消す。

魔王の支配するこの大陸から逃れようと海へ漕ぎいでても、逃れる先はなかった。

魔人大陸があると言われる西に向かった船は、皆東の海から帰ってきた。



これはサンドラ大陸全体を囲う魔王の力である。

魔王がこの大陸を支配するためと、日本大陸でも魔王は悪し様に言われている。

確かに実際行っていることは支配だが、その目的は日々の平穏のためというのは知られていない。



魔王は読書好きで、騒がしいのを嫌うと言われている。

各国の王たちは武力による争いをやめ、魔王の気を引かぬよう大人しくしていた。

過去に焚書を行おうとした国では、魔王が現れ王家を挿げ替えたという話も残っている。

人々は本を大切に扱い、各地の図書館では恐ろしい魔王像を屋根の四方に配置した。



魔王領はサンドラ大陸の北、古くはアガートと呼ばれた場所にある。

北の地にありながらにして、一年中花が舞い小鳥が歌う常春の異常な土地。

人がそこへ近づけば皆狂ってしまうと言われており、近づくものはいない。

ただし、ザカハ商会という老舗の商会だけは魔王領との貿易を行っている。



魔王は恐ろしい姿だと言われているが、美しい王妃がいるとも言われている。

魔王の王妃はよく物語や歌劇の題材にされ、魔王に見初められた人間の女性、しかし魔王は実は美しい青年であったという結末が好評である。

実際の王妃はそれらを欠かさずチェックし、「でも実際の方が何百倍も格好良いけれどね」と毎回言って魔王を赤面させている。







「こら!言うこと聞かないと、魔王様のとこに連れて行くよ!」

「うわーん!やだ〜〜!」

子供の泣き声と、親の叱る声。

それを聞いた金髪の令嬢がクスクスと笑う。


「ですってよ、レイザン。行ってきたら?」

「連れて来られても困るのですが」


二人は久々に魔王城を離れ、世界を巡る旅に出ていた。

「ここは100年前とそんなに変わりないわね。流石観光地といったところかしら」

「懐かしいですね。一番最初にここを訪れたのは、まだ魔王になる前でしたか」



波の音がゆったりと二人の耳に届く。

アルルーナはつばの広い帽子が飛ばされないように、少し手で押さえた。

夏のコモコビーチは多くの観光客で賑わっている。

魔王に怯えながら暮らす世界には、平和があった。



アルルーナは鞄から本を取り出す。

その鞄は革も部品も何度も取り替え、もう元の材料は何一つ残っていなかったが、形はレイザンから彼女へ贈られた時のままだ。


「永遠に生きることができても、存在するすべての本を読むことはできないのよね」

「私は嬉しいです。お嬢様が本を読んでいる限り、そのお顔を見つめることができますので」

アルルーナが本から目を上げると、愛しの魔王がニコニコとこちらを見ている。



初めて出会った時、ひと目でこの人と結婚するのだと感じた。

あれは魂が引き合うというものなのだろうか。

その時はまさかこんな未来になるとは想像していなかったが、想像していたよりも遥かに素晴らしい。



誰もアルルーナの邪魔をしない。

そばには愛しい人がおり、好きなだけ本を読めて、時間はいくらでもある。

まるで天国のようだ。

最初に、森の中の噴水で同じことを思った。

ふたたび天国を手にするまでに、どれだけ時間がかかったことか。




「私を二度と見失わないでね、レイザン」

「はい。ずっとお側に」







永星と呼ばれる星の不運は、常識を外れた2つの個体を生み出してしまったことであった。

永星は知的生命体を育んだ経験がなく、生み出される器に入るだけの魂を与えてしまっていた。

その2つの個体は星の魂を支配し、永星はその名の通り永遠に魂を進化させられぬまま、二つの月を伴い宇宙を漂い続ける。



宇宙に無数にある星々のうちの、よくある話のひとつであった。

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