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レイザン、授業を思い出す

ソソラルラは彼女に霊魂学の具体的な技術などは教えていないようだった。

モーレーン曰く、それは文明が急激に進歩することで星の魂を裏返さないように、低レベルな文明圏への知識の提供を禁じられているせいだという。

私は教えてもいいのかと聞いたら、彼女と同じ文明圏の私ならば何を教えても問題はないと言われた。


「私はラボで様々な事を教えてもらったが、あれはいいのかな?」

そう聞くと、モーレーンはわからないと答えた。

「ラボが何なのか、私は知らん。ソソラルラは知っていたようだが、彼女の故郷は宇宙でも歴史の長い星だからな。宇宙連邦に見逃されているということは許可が下りているということだろう」

宇宙連邦の研究チームで、ラボの事を知っている者はいなかった。

ソソラルラから少し聞いた程度で、ホントにあるのかと半信半疑に訊かれもした。

明世主に口止めされたわけではないが、あまりラボの事を話すのは自慢に聞こえてしまいそうな気がして、聞かれたときは適当にごまかしている。


ラボを作った張本人である明世主の星は、もうすでに無くなったと聞いた。

そう言った姿がとても寂しそうに見えたので、それ以上聞くことはしなかったが、彼が何のためにラボを作ったのかくらいは聞いておけばよかった。

私はラボで明世主と霊魂学のことばかり話していた気がする。

それは私と彼女の授業もそうだった。



私の授業を、彼女は熱心に聞き活発に質問をしてきた。

とても理解が早いので授業がサクサクと進み、私も彼女の発想から学ぶことも出てくる。

その間、モーレーンは部屋の隅で何も言わずに見ていた。



「ここに小動物の霊体を用意しましたが、見えますか?普通は見えないでしょう。……モーレーン隊長は見えますか?」

「見ようと思えば見える」

モーレーンはぐっと目を細めた。

「鳩か。よく保てている」

「ありがとうございます。今は私がこの子の魂を掴んでいるのでここに在りますが、この子は特に強い恨みや未練などがあるわけではないので私が放したらすぐに消えてしまいます」


「魂を掴むっていうのは、どうやっているの?」

手を上げて質問する彼女に魂の手を伸ばす。

「今からお嬢様にも見えるようにしますね」

そう言って彼女の魂を覆う殻に穴をあける。

こうすることで魂がより多く肉体から漏れ出し、他の魂を感知しやすくなるのだ。

「ほんとだわ!鳩がいるわね……いる……のかしら?」

「視覚情報に変換されているだけなので、よく見えなくても感じ取れれば十分ですよ」



「なんだか、首を掴まれているように見えるわ」

おっと。優しく掴んでいたつもりだったのだが、力が入ってしまったようだ。

「すみません。力の加減がまだ得意ではなく」

気をつけていないと、軽い魂は取り込んでしまいそうになる。

魂の濃度は人それぞれだが、自分の場合はそれが人並外れて多い。

裏返るほどではないが、目が裂けてもおかしくない濃さだ。

そうならないのは魂の殻であるバウンダリーが強いからなのだが、なぜそれが強いのか原因はわからない。


なお魂が溢れるとき目が裂けたように見えるのは、目が一番バウンダリーが薄いところだからだ。

目は人の魂を強く表す。

他の魂と触れ合う部分はバウンダリーが薄い。

特に目や皮膚、耳、鼻、舌などの感覚器だ。


バウンダリーが大きく裂けると魂が漏れ出て拡散し、死に至るが、魂濃度が濃くなりその圧力で裂けてしまう場合は、その部分から魂が見える。

その魂は濃度が高すぎて普通の人間にも見ることができ、それは黒い底なしの闇のように見えるそうだ。


地球は地球自身の魂のバウンダリーが大きく裂けてしまったらしい。

そのせいで地球の末期には星の魂が溢れ、目の裂けた子供が多く生まれたと聞いた。

その見た目から差別や迫害があり、移民には目の裂けた子供を地球に残してきた者もいたようだ。

今ではアンタッチャブルな話題となっている。



彼女はしばらく考え込んでいたが、静かにその陶器のような手を挙げた。

「レイが掴んでいないと魂は星に吸収されてしまうのよね。それはリンゴが重力に引かれて地面に落ちるのに似ているわ」

「そうですね。物体に引力があるように、魂にも引力があります。より濃く、大きいものに引かれます」

「星に還らずに霊体となっているものは、未練のあるものに魂が縛りつけられているから還らないのだったわね」

「おっしゃるとおりです」

彼女は教えたことをよく覚えている。

彼女を教えるのは乾いた土に水をやるようで、やりがいがある。


「でも、未練って多少なりとも誰でもあるわよね?死にたくないとか」

「そうですね。なので死んですぐはこの世にとどまろうとする魂が多いのですが、時間が経てば肉体を持たない魂は拡散していくので、記憶をなくして未練もなくし、星へ還ります」

「じゃあ魂の拡散を防げれば、霊体を固定できるのね」

そう言うと彼女の魂の手が私から鳩の魂を取った。

ちゃんと教えてもいないのに、魂の手を操れるとは。

このひとは天才なのではないだろうかと、瞬時に戦慄した。


「こうしてあげれば魂が拡散しないのではないかしら?」

彼女は、彼女の魂で鳩の魂をコーティングしようとしているようだった。

危なくはないがそれを止める。

「お嬢様。それは実験済みです。お嬢様の魂は、お嬢様から離れた瞬間拡散していきますよ」

「あら。いい方法だと思ったのだけど」

彼女は手をとめ、口をとがらせた。

その子供のようなしぐさもたまらない。



「魂の殻って何なのかしら?先程あなたが破ったでしょう」

鳩の霊は部屋を自由に飛び回っているが、彼女の手に捕らえられたままだ。

彼女は魂の動かし方に天性のセンスがある。

教わってすぐにこんなことができるとは、無表情のモーレーンも少し動揺しているように見えた。

「肉体が持つ他者との境界線です。殻と言いましたが、実際は誰でも魂は漏れ出ているので、膜のような感じでしょうか」

「肉体に依存しているのね?」

「はい。肉体が持つバウンダリーを利用することで、魂が混じりにくくなり膜のような形で強化されます。霊体には肉体がないですが、強い存在欲求によってバウンダリーを形成しています」

「存在欲求って……霊が未練に縛り付けられていると言っても、結局は自分の意志なのね」

「魂とははある面から見れば複雑へのベクトルとも言えます。それは意志であり、欲求ですので」



彼女は鳩の魂を離した。

鳩の姿は薄れていき、空気に溶け込むように消えていく。

「お上手です、お嬢様。次は魂濃度についての話をしましょうか」

「ええ。とっても面白いわ。どんどん進めて頂戴」




授業を終えて研究チームのキャンプに戻ると、モーレーンが私をつかまえた。

「真堂。お前のその魂の量は何だ」

「さあ……私も、すこし多いなとは思っていましたが」

「何が少しだ?常人の濃度ではないぞ。バウンダリーが強くて分からなかったが」

今日は少しバウンダリーを弱めて講義をしたので、気づかれたようだ。

「ラボとやらがお前に目をつけたのも理解できた。その魂量ではな……しかしわからんのはあのお嬢様だ」

モーレーンがひげを揉みながら眉間の渓谷を深くする。

「サーシャはなぜあんなに魂を操るのが上手いのだ?魂量が普通なのに、何年も訓練を受けた操魂士のレベルだ」

操魂士が何かはよく分からなかったが、確かに彼女の技術はレベルが高かった。

繊細な部分は自分より上手かもしれない。

自分の魂の操り方は、濃度と量を上げてなんとかするパワー型だからだ。

「何か理由があるか、不世出の天才かのどちらかだ。少し探ってみるが、本人には言うなよ」

そう言ってモーレーンは去っていった。




「モーレーン隊長がお嬢様のことを天才かもしれないと言っていましたよ」

次の日の朝、泉のほとりで彼女を膝に抱きながら言った。

「本当に?それは光栄だわ。レイはどう思うの?」

「間違いなく天才だと思いますよ」

そう返すと、彼女は肩をすくめながら笑った。

金色の巻毛がふわふわとゆれる。


「ねえ見て。今なら泉から湧き上がる魂のゆらぎも見えるわ」

彼女が言うとおり、この泉も死に戻りの聖地になってしまっているため、星の魂が湧き上がっている。

「わたし、いつも見ていたのだけれど。これって、止められないのかしら?」

「と、いいますと?」

「つまりね、死に戻りを起こす場所さえなければ、お母様も死に戻らずに済むのじゃないかしら?」


彼女の指摘はもっともだ。

私は少し考えて、言葉を返す。

「恐らく星は、静水域を死に戻りに使っているのだと思います。流水では肉体を構成するスピードが間に合わないのでしょう。もしかしたら、地中や海底でも同様の事が起きているのかもしれません」

「つまり、湖の水を流水にするとか、水を無くせば死に戻りは起こらないのね」

彼女の言葉に頷く。

そして湖を指さして言った。

「試しに、その泉を埋め立ててみてはいかがでしょう?」

「嫌よ!あなたと会う目印がなくなるじゃない」

その言い分が可愛すぎて頬がゆるんでしまう。

すると彼女は何かを思いついたように、ぱっと表情を明るくした。

「流水にすればいいのだったら、ここに噴水を作りましょう!森の中に噴水があるなんて素敵じゃない?」

少女のようにきらきらとした目で見上げられ、私は一も二もなくうなずいた。





数ヶ月後、夏の暑さも和らいだ頃に噴水が完成した。

工事の間は朝に会うことが出来ず、彼女は不満げな顔をしながら「あんなことを思いつくのではなかった」と後悔していた。

実験は成功で、噴水となった泉からはもう生き物が生まれでてくることは無く、やはり死に戻りには静水域が必要なのだとわかる。


サンドラはこの実験の成果を聞き、翡翠湖を埋め立てる計画を立てさせたが、あまりに大きい湖なので何ともし難かった。

日本にも協力を求めたが、やんわりと断られたことでさらに怒りを増していると人伝てに聞く。

そこをモーレーンがなだめたとも聞いたので、本人のところに詳細を聞きに行った。



「埋め立てるならこの地上すべての湖を埋め立てる必要があるからな」

モーレーンの言葉に、それもそうだと気づいた。

「サンドラは魂を掴まれている。翡翠湖はおそらくこの星で一番条件が整った場所なんだろう。しかしここがなくなったとしても他にも静水域はある」

モーレーンはよその星の嗜好品らしきものを食みながら、ため息をつく。

「また周りに街もなにもない所からやり直したいのかと聞いたよ。全く、死にたい気持ちはわかるが冷静さを取り戻して欲しい」

「すみません、私が余計な真似をしたばかりに」

「お前は実験をしただけだ。あれはいい成果が得られた。翡翠湖の湖流と他の湖の湖流を比較してみるのも良いかもしれん」

モーレーンはまたすぐに学者の顔になり、過去のデータを参照しだした。

こうなると声が届かなくなるので、黙って隊長室を出る。



自室への帰り道、ばったりとサンドラに出くわした。

このキャンプに来ることはまれなので、まさかの遭遇に驚いてしまう。

「わっ。こ……こんばんは」

私がそう言うと、サンドラは鋭い目でこちらを見た。

「あなた、まだ居たの」

「はい。勉強させていただいています」

「そう。私を殺せそう?」

「……それにはまだ、あなたの事を知らなすぎます」

そう言うとサンドラは目を見開き、初めて私の前で笑みを見せた。

「坊や、そんな殺し文句どこで覚えたのかしら?」

そんなつもりはなかったのだが。

確かに字面だけ見るとそう聞こえなくもない。

「そういう意味で殺してと言っているんじゃないのよ。まあそうね、考えておくわ」

そう言ってサンドラは去っていった。


何を考えておくというのだろうか。

それは、その次の日にわかった。

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