レイザン、師匠のことを思い出す
フランチェスカが言うには、ラボとは優秀な頭脳を持つ者を集めた機関で、物理的にはスペースコロニーのような施設らしい。
才能あるものはよく練られた濃い魂を持つので、星の上に居ると星の意志により強制的に還らされる恐れがあるため、ラボは宇宙空間のボイドを漂っているそうだ。
「あなた程の頭脳をここに置いておくのは勿体ない。ラボなら、霊魂学の先駆者もおりましてよ」
それはとても魅力的だと思い、少し悩んでしまう。
「おい伶。こんな怪しい奴の言う事信じてええんか」
「まあ、信じる信じない以前に、俺は邑日会長と契約してるからねえ……」
そう言うと緑之は少し安心したように息を吐いた。
「ここより良い待遇を約束しますわ。あと、ラボの研究員には不老不死が約束されます」
「不老不死!?」
フランチェスカの言葉に一同耳を疑う。
「ええ。ラボでは寿命を克服しています。非公開の技術を使っておりますので、詳細はお教えできませんが」
「へえ……面白いなあ。どうやっているんだろうか」
興味を示すとフランチェスカはまた目を細めた。
「是非ご検討下さいな。地球人の先輩も多くおりますよ」
「そうだな……見学をさせてもらうことは可能ですか?」
「伶、お前!」
緑之が慌てたように声をかけてくる。
周りの研究員たちも、不安そうにこちらを見ている。
「いやいや、転職は考えていないよ。でも、見学とか長期研修とか受け入れてくれたらいいな〜って……」
そう言うと、フランチェスカは今度は声を上げて笑った。
「フフフフ!引き抜きは断られてしまいましたね。でも良いですよ。長期研修という形も可能か、掛け合ってみましょう。それに、転職はいつでも良いんですのよ。我々はあなたの寿命が尽きる直前まで待てますので」
フランチェスカはそう言うと扇を一振りし、フッと消えてしまった。
どういう技術かわからないが、またセキュリティに引っかかることなく帰ったのだろう。
緑之が帰ったあとに、関屋さんに呼び止められた。
「真堂くん。ラボの話は断るのかい?」
「ええ。話を聞いた感じ、転職するにしても年取ってからここを退職するときでいいかなあと思いまして」
不老不死になれるのなら、ここで時間をいくら使ったって良いだろう。
そう思ったのだが、関屋さんはいい顔をしなかった。
「人は、いつ死ぬかわからないよ。君が寿命まで生きられるとは限らない。それに、ラボとやらのほうが確実に君の研究にとっては良い環境だ。ここよりね」
関屋さんは私にラボに行って欲しいのだろうか?
私はここで役に立てていたと思っていたが、邪魔だったろうか。
「あ、あの……ここに居ては、ダメですか?クビってことでしょうか?」
私がそう聞くと関屋さんは目を見開き、困ったような顔をした。
「何でそうなるかな。我々の仕事は君に頼り切りじゃないか」
「じゃあ、背を押すような事を何で言うんですか」
「そうだな……人生の先輩からのアドバイス、ってところかな?チャンスの女神は前髪しかないという言葉があるだろう?あと、君の能力は確かに、ここでは役不足だと思う」
関屋さんは微笑みながら窓の外を見る。
もう夜もふけ、空には2つの月が昇っていた。
「我々のことや、緑之坊ちゃんを気にしてここを辞めないというのは、勿体ないよ。自分に利益のある方を選んだほうがいい。君にはそれだけの価値がある」
ここを辞めるという事は全く考えていなかったが、改めてラボに行くことをちゃんと想像してみる。
そして、私は首を横に振った。
「やっぱり、ここが良いです。緑之や会長を裏切って転職したあとの生活は、寝覚めが悪そうですから」
そう返すと、関屋さんは苦笑しながらうなずいた。
「君は甘いね。でも、それを聞いて安心したよ」
そう言ったあと、最後に関屋さんは少し真剣な顔をして言葉を付け足した。
「君は我々の世界を変えるだろう。それは良い事も悪い事も運んでくる。もし君が周りの声に押し潰されそうになったら、全てを捨ててラボに行けばいい。そういう逃げ道が出来ただけでも楽になると思うよ」
魂通信機が実用化段階に入り、私の手を離れたので私は一度ラボに行くことにした。
宇宙連邦の大使館にある魂転送機を使わせてもらったのだが、どうして肉体から魂を離して目的地まで送ることができるのか、また肉体のスキャン情報を魂にデータとしてどうやって乗せているのか、気になることだらけだった。
転送される感覚は夢を見るのに似ていて、きっと死ぬのもこれに似ているのだろうなと思う。
「もっと頭のおかしい人間かと思っていたが、案外普通の人間なんだな。驚いたよ」
ラボの管理人である明世主がそう言った。
彼の名前は元々が漢字のような表意文字で表すらしく、それを漢字に置き換えて教えてくれた。
名の意味さえ合っていれば呼び方は適当で良いというので、ミンセスと勝手に呼んでいる。
「普通だったことに驚くんですか?」
「こんなところに来る奴は、みんなどこか狂っているからな」
明世主はフワフワと宙に浮きながら答えた。
コロニー内は重力制御がされているのに、彼は空を飛び壁を抜け急に消える。
幽霊のようだが、物理的な体も持つらしい。
ではなんで壁をすり抜けられるのかと聞いたら、私の専門外だから分からないだろうと言われてしまった。
その代わり、霊魂学については多くのことを教えてくれたが。
「狂っているといえば、君のところの星。あれも面白い」
「星?永星が狂っているんですか?」
「いや、星に捕まったあの女性さ。狂いきれればまだいいのに、強い魂を持っているせいでまともに生きるしかない」
サンドラのことだろうか。
そういえば、彼女が死に戻ってからもうしばらく経つ。
彼女はこの星に来たときすでに50を越えていたので、それほど長く生きられないと聞いた。
「彼女を救えるとしたら君くらいだろう。君はどうする?」
「なぜ私なんですか?今宇宙連邦の研究者が原因を探っているそうじゃないですか」
「君が思っているよりも宇宙連邦の技術は進んでいないよ。彼らよりも君のほうが可能性があると言っているんだ。それ程、君の星の状況は特殊で複雑だ」
そう言われて思い出す。サンドラのニュースをきっかけに霊魂学に興味を持ったことを。
私は彼女を可哀想だと思った。
彼女を救えるのに救わないで生きるのは……それも寝覚めが悪い。
今の言葉を聞いていなかったならと、明世主を恨めしく思う。
見上げると、明世主は髪の毛からぶら下がる珠のような器官を揺らしながら、空中に寝そべり笑っていた。
「私の一言は君の人生を変えたか?人生は川の流れじゃない。坂を転がるボールのようなものだよ。小さな石一つで方向を変える」
「小さな石でも置くときは気をつけろということですか」
「違う。たかがボールの転がる方向だ。行き着く先はみんな坂の下。自分の転がしたいように転がせばいい。軽率にね」
ラボを作っていろんな人のボールを蹴散らしてきた人の言うことは違う。
それでも、彼の言うとおりラボはクレイジーな奴ばかりだったので、ラボには地球人もいたのだが、比較的まともな明世主と話すことが多かった。
私はその後サンドラを救う方法に焦点を当てて、明世主に師事した。
サンドラを救うには、私は永星のことを知らなすぎた。
そのため一度帰星してサンドラ大陸に行く必要があった。
名残惜しいが明世主に別れを告げ、数年ぶりに星に帰ると緑之が出迎えてくれた。
「やっと帰ってきよったか。もう帰らんかと思ったわ」
「悪い。つい楽しくなってしまってね。仕事、溜まってるんだろうな」
「そうやで!はよ戻って我が社に貢献してくれや」
「うーん、その前にサンドラ大陸に行きたいんだが」
そう言うと緑之が眉根を寄せに寄せて「ハァ??」と返してきた。
「どうやって行くつもりや。今あっちとの関係は過去最悪やぞ」
「最悪?どうして」
「あっちの人口が増えて支援の増加を求められて、政府が渋ったら女王が逆ギレよ。戦争だとか言い出しよったから、向こうの日本人も引き上げてきとる。それが余計火に油を注いどるんや」
緑之の話を聞いて、家に帰り様々なニュースを調べてみると。
日本はまず日本大陸の開拓が第一だったため、サンドラ大陸への支援は細々としたものだった。
それでも人口が少ないうちは良かったが、日本人の移住が終わった後にサンドラ大陸への移住者がどんどん送り込まれ、さらに彼らが子供を作っていったことで、日本の支援では追いつかなくなる。
サンドラ大陸人は自分達でできる範囲で自給自足をしていたが、生活レベルは日本大陸とは比べ物にならなかった。
日本もまだ開拓が終わったとは言い難いので、隣の大陸への支援を増やすほどの余裕はない。
そもそもその支援についても、できればそろそろ打ち切りたいという雰囲気があった。
サンドラはそれに対して激昂し、戦争というワードを持ち出してしまい、それをきっかけに日本はサンドラ大陸へ送っていた技術者たちを機械ごと引き上げた。
技術力に差があれば戦争にはならないというわけだ。
現状では食料と医薬品支援は行っているが、それも危険になってきたら止める可能性もあるとのことだ。
私がサンドラ大陸へ行くには、それらの物資輸送機に乗せてもらう必要があるが、今は許可が降りるとは思えない。
ため息をつきながら邑日総合研究所で仕事をしていると。
野菜ジュースのパックがそばに置かれ、そちらを見ると関屋さんが立っていた。
「疲れているようだね。それとも悩み事かな?」
「後者ですね。なかなか思い通りにいかなくて」
関屋さんがくれた野菜ジュースを飲みながら、ラボで明世主に言われた事と、サンドラ大陸に行きたいという悩みを話した。
「なるほど。真堂くんは彼女を救えると?」
「それは、向こうに行って調べてみないとわかりません」
「それはそうだろう。でも、できると言うんだ。そう言えば、道が開けるかもしれない」
関屋さんは何かをメモしながら言った。
そして私に検索画面を見せる。そこにはサンドラ大陸にいる宇宙連邦の研究員についての記載があった。
「君ならサンドラを助けられると言えば、この研究チームに入れる可能性がある。それに、日本政府は彼女を救える研究者を派遣したという体裁が保てる」
「でも、どうやって」
関屋さんはメモをちぎって私に渡した。
「これを緑之坊っちゃんに。今の話をまとめてある。緑之坊っちゃんからなら日本政府にアプローチできる。会社としては君をまだ隠しておきたいだろうが、君の名を売るタイミングでもある」
「……ありがとうございます。やってみます」
そう言って頭を下げると、関屋さんは笑って手を振った。
「サンドラを救ったら、ぜひその方法を教えてくれ。楽しみにしてるよ」
ソソラルラと会ったのはその一年後だった。
「君がラボに行ったっていう日本人?会えて嬉しい!私はソソラルラ」
彼女は跳ねながらなんとか私に目線を合わせようとしてくるが、身長差があり難しい。
「真堂伶です。ラボでは数年ほど霊魂学について学びました。サンドラ大陸の状況についてお教えいただきたいのですが」
用意された卓についてソソラルラと対面すると、彼女は少女のような顔を曇らせた。
「あれは難しいよ。魂をとても強く掴まれているから。私もいろいろ試したけれどだめだった」
「解放条件は子供を産むことでしたか……男性でもその条件ですか?」
ソソラルラは手元を操作して私との間に画面を表示した。
「男性も自分の子供ができたら解放されていたよ。でも少し微妙でね、恐らく条件は魂を分け与えているかどうかなんだ。だからクローンでは魂の由来が違うからだめだった」
ソソラルラの言うことに違和感を覚える。
「魂は、全て星から来ると聞いていましたが」
「そうだよ。コアは星から来る。でもそこに付加される魂がある。最初に付加されるのが親の魂だよ。そして、成長しながら他の魂に触れて大きくなっていくよね」
椅子の下で足をパタパタさせながら、ソソラルラは歌うように言う。
彼女も子供がいると聞いた。10代前半の子供にしか見えないが、宇宙人の年はわからない。
「キミはサンドラをこの星から助けてあげられる?」
ソソラルラの瞳がじっとこちらを見る。
たじろぐが、勇気を出して言った。
「できます。出来なきゃ、ラボの名に泥を塗りますからね」
「そりゃプレッシャーだ。うん。期待してる」
彼女は最後に大人びた笑みを見せた。
彼女もサンドラを救いたかったのだろう。その気持ちが伝わってきた。
ソソラルラのためにも、サンドラを救いたい。
明世主が私に軽率に植え付けた目標は、転がりながら膨らんで今や人生の大きな目標となっていた。
私はソソラルラと交代する形でサンドラ大陸へ行くこととなった。
ソソラルラはもうすぐ寿命らしい。
全くそうは見えなかったので驚いてしまう。
日本を発つとき緑之には相当嫌味を言われた。
会社はどうするんや、こないだラボに行ったばかりやろ、などなど……。
この件が終わったら会社の仕事に専念すると約束し、なんとか許しをもらえた。
空から翡翠色の大きな湖が見える。
これがサンドラ大陸の翡翠湖か。
その周りにはそびえ立つ山並みと、その反対側に街がある。
今回の目的地、イスミトだ。
輸送機が着陸すると、兵隊のような人々が整列して敬礼をしてくれた。
そしてその列を割って一人の老女が杖をつきながら歩いてくる。
その目は鋭く、グレーの瞳が私への不信を如実に表していた。
「貴方が、日本政府が送り込んできたという研究者?」
サンドラにそう聞かれ、私は頭を下げた。
「はい。真堂伶と申します。これからお世話に……」
「貴方のような若者に何ができるの?日本政府は私をバカにしているのかしら?」
私の言葉をさえぎり、杖で大地を叩きながらサンドラは言う。
その声色は相当イライラしているようだった。
彼女は死に戻りのしすぎでおかしくなったという人もいる。
しかし、彼女の言うことはまだまともだ。
30にもならない若造がやってきて、信用できるはずがないだろう。
ただ、大陸間の溝はだいぶ深まってしまっているようだ。
「日本がどういうつもりか知らないけれど、人質をくれるなら貰っておくわ。あなたの命は私次第だということを忘れないように」
「……はい」
サンドラに完全に敵対視されているまま、時間が過ぎていく。
彼女に近づくこともままならず、しばらく翡翠湖の調査を行った。
ソソラルラ隊のまとめた資料も再確認し、やはりこのあたりは星の魂境界が地上近くまで出てきているとわかる。
境界深度のヒートマップを見ていると近くの森の中にも深度の浅いスポットがあるようだった。
特に気にするほどの値ではないのだが、時間も余っているので、ある日その森に向けて足を伸ばしてみた。
私はそこで女神を見た。




